第7回 回復力 ~丈夫になるより上手になろう~

 視力を失ったからこそ備わる次なる力。見えないからこそ身に付けたい次なる力。この連載では、そんなネクストパワーを研究していきます。
 こんにちは。仕事では心の支援者として誰かを支え、生活では視覚障害の当事者として誰かに支えられ、趣味では音楽と文芸の表現者として誰も気にせず好きなことをしている福場将太です。
 みなさんはつらいことがあって落ち込んだ時、ちゃんと気持ちを復活させることができていますか? 嫌なことが重なってイライラした時、どうやって気持ちをすっきりさせていますか? 今回研究するのはそんな『回復力』です。

 精神科医としてたくさんの患者さんの心に触れていて感じるのは、心そのものに生まれつき強いとか弱いとかの差はそんなにないということです。確かに打たれ強い人もいれば打たれ弱い人もいますが、それは心の丈夫さの違いではありません。
 違いの一つは、出来事に対する捉え方です。同じ出来事でも、悪い面ばかりを見て悲観的に捉えればダメージは多くなりますし、良い面に注目して楽観的に捉えればダメージは少なくなります。打たれ強く見える人は、実は捉え方が上手な人なのです。

 そしてもう一つ、打たれ強い人と打たれ弱い人の違いは、解消の仕方。つらいことがあっても、生じたストレスを引きずらずに早めに和らげるテクニックを持っている人は、心の調子を崩さずにすむのです。
 自分の経験でいうと、持病の進行でどんどん目が見えなくなっていった20代後半では、人の顔が分からない、本が読めない、一人で出歩けないなど、仕事でも生活でも色々なことができなくなって、心はたくさんのダメージを負いました。日に日に低下する視力に抗う術がなく、これ以上目を悪くしないでくれ、大切な物を奪わないでくれと、毎晩祈りながら眠る日々。ストレスの大きさを考えれば、うつ病や不安障害を発症していてもおかしくなかったと思います。実際に、視力低下のショックで心の健康を損なう眼科の患者さんは少なくありません。

 僕がどうにか心を保てたのは、音楽があったからです。中学時代から始めたギター弾き語り。幸いこの楽器は目が見えなくても演奏が可能でしたので、弾きながら歌っている時だけは視力を失ったことを忘れることができました。不自由になった日常において、音楽の中だけは自由に動き回ることができました。

 失明して視力低下の恐怖から解放された今も、ギター弾き語りは一番のストレス解消法で、つらい出来事があった日にはなるべく行なうようにしています。
 具体的なやり方としては、とにかくどんどん曲を演奏するというもの。学生時代のバンドで練習した曲でも、精神科医になって患者さんとの音楽プログラムで憶えた曲でも、レパートリーの中から思い付いた曲をランダムに歌い続ける。サザンが来たかと思えば中島みゆき、海を渡ってカーペンターズが来たかと思えばドラえもんの歌、時には中学校の校歌やオリジナルソングまでラインナップ。
 するとどうでしょう。5曲目くらいまではつらい出来事のことが頭にちらついていますが、10曲目の頃にはだんだん思い出さなくなって、15曲目の頃には完全に忘れて熱唱。20曲目で終了して、ちょっと思い出したとしても、その出来事はもうどうでもよくなっているのです。僕はこの方法を「弾き語りラッシュ」と呼んでいます。

 医学的に効果が証明されたテクニックではありません。ただ以前に、心がダメージを負った時には、なるべく時間を置かずに頭の中を別のことで埋めてしまうのがよいという文献は読みました。心に傷を負ったまま放置すると、傷がそのまま固まってなかなか消えないトラウマになってしまう。でもその日のうちに何かをして上書きすれば、傷が薄ら井でトラウマを残さずにすむという報告で、その文献では確かテレビゲームのテトリスを推奨していたように思います。ぼんやりしながらでもとにかくできる単純な作業が、傷を薄めるには効果的なようです。
 僕も弾き語りをしている時は特に何も考えていないので、知らず知らずにそれで傷を埋めていたのかもしれませんね。もちろんやり方は人それぞれでよし。運動が好きな人はジョギング、動物が好きな人はペットと遊ぶ、料理が好きな人はひたすらお米を研ぐのもよいでしょう。ぜひ自分なりのテクニックで、ダメージを和らげてください。

 心は筋肉の様に、鍛えれば丈夫になるものではありません。ダメージに対して強くなるよりも、テクニックを身に着けて対処が上手になる、それこそが心の回復力を高めることなのです。
 ただ一つだけ御用心。ストレスの原因で最も多いのが人間関係にまつわるものですが、自分はテクニックを使ってすぐに元気になったとしても、もめた相手はまだそのことを引きずっているかもしれません。自分だけ水に流して明るく接したら、わだかまり中の相手は余計にイライラ、なんてこともあります。回復にかかる時間は人それぞれということは意識しておきましょうね。

 では今回はこの辺で。最後に少しだけ予告編。みなさんは周りの人から何かサポートを受けていますか? 次回はそんな『周囲の協力』のお話です、お楽しみに!

(『点字ジャーナル』 2026年9月号掲載)