第8回 周囲の協力 ~援助依頼でエンジョイライフ?~

 視力を失ったからこそ備わる次なる力。見えないからこそ身に付けたい次なる力。この連載では、そんなネクストパワーを研究していきます。
 こんにちは。仕事では心の支援者として誰かを支え、生活では視覚障害の当事者として誰かに支えられ、趣味では音楽と文芸の表現者として誰も気にせず好きなことをしている福場将太です。
 みなさんは周りの人から何かサポートを受けていますか? 困った時に誰かの手を借りていますか? 今回研究するのはそんな『周囲の協力』です。

 僕もよくこんなことがあります。タクシーで初めての場所へ向かう時、目が不自由であることを伝えると、タクシーを降りた後も、運転手さんが目的の場所まで一緒に歩いてくださるのです。本当に有難い。ただ中には、タクシーに乗る時に僕のシートベルトを締めてくださる運転手さんもいて、そこまではいいのにと思ったりします。

 まずは視覚障害の当事者としての考察から。初めての場所を歩く時以外でも、目が見えない・見えにくい人間にとって、助けてもらいたい場面はたくさんあります。僕の場合だと、手紙が届いた時がそうで、誰から送られてきたのか、どんな内容なのかを代わりに読んでもらえるととても助かります。ただ当事者の中には、白杖の技術に長けていて、初めての場所でも一人でスタスタ歩ける人もおられます。スマートフォンのカメラアプリを使いこなして、手紙の送り主や内容が音声読み上げでわかるという人もおられるでしょう。

 では逆に、助けてもらいたくない場面について。僕の場合、シートベルトを締めること以外にも、パソコンで長い文章を打つことは自分でできるので、誰かに代わりにやってもらうのは望みません。ただ当事者の中には、シートベルトに不慣れで装着に手間取る人、パソコンが苦手で代わりにやってもらえると助かるという人もおられるでしょう。

 つまり、当事者でも色々な人がいるということ。生まれながらに弱視の人もいれば、人生の中途で失明した人もいる。視力が下がって困っている人もいれば、視野が狭くなって困っている人、暗い場所が見えない人もいれば、明るい場所が見えない人もいる。目の状態は全く同じでも、自力で何でもできるベテランもいれば、まだまだ色々なことがおぼつかないビギナーもいるのです。
 だから助けてもらいたい場面も助けてほしくない場面も人それぞれ。サポートされて嬉しい人もいれば、そうでない人もいる。有難いことのはずなのに、過剰なサポートを受けると、僕もついイライラして、そんな自分が嫌になってしまうのです。

 では何が大切か? それは、適切に助けてもらえるように、当事者自身がちゃんとお願いできる力。助けをお願いすることを難しい言葉で「援助依頼」と言いますが、周囲の協力を高めるということは、裏を返せば自らの援助依頼の力を高めるということなのです。

 続きましては、サポートを仕事とする支援者としての考察を少々。障害の当事者を支援する際に大切なのは、相手のできない部分・わからない部分だけを助けるということ。相手が自分でできることまで支援者がやってしまうと、その人が持っている力を削ぐことになり、何より自尊心を傷付けてしまいます。
 支援者は一生懸命になると、つい自分の不安と相手の不安、自分の満足と相手の満足を勘違いしてしまうもの。患者さんはちっとも困っていないのに、僕だけがやってあげなくちゃと不安になって、その結果医者だけが満足して患者さんは不満足、なんてことにもなってしまうのです。

 では何が大切か? それは相手が助けを求めているのかどうかをちゃんと確かめること。仮に危なっかしく見えたとしても、まどろっこしく見えたとしても、相手が断わるのならサポートは不要。失敗するのも、悪戦苦闘するのも、その人の大切な権利なのですから。

 僕は周囲の協力のおかげで働けています。暮らせています。自分でできることはなるべく自分でするつもりですが、どうしても無理なこと、時間が間に合わないことについては、これからも助けてもらうでしょう。そのためには、ちゃんと援助依頼の技術を磨くこと、それが当事者としての責務です。そして、例え的外れなサポートでも、笑顔で感謝を伝えられる余裕を持ちたいです。
 一方で僕はこれからも、誰かを支える仕事を続けるでしょう。そのためには、やり過ぎにならない力加減を鍛錬すること、それが支援者としての責務です。そして、自分がすごく不安でも相手が大丈夫と言うのなら、笑顔で立ち去る勇気を持ちたいです。

 人が人に手を借りようとすることも、人が人に手を貸そうとすることも、とってもとっても尊い営みです。時には甘え過ぎや余計なお世話になってしまうこともありますが、協力が失われた社会ほど悲しいものはありません。障害の有無に関わらず、誰にだって得てと不得手がある。自分の右手と自分の左手では握手はできません。僕たちの手は、誰かとつなぐためにあるのです。

 では今回はこの辺で。最後に少しだけ予告編。みなさんはどんな人のどんな部分に惹かれますか? 次回はそんな『魅力』のお話です、お楽しみに!

(『点字ジャーナル』 2026年10月号掲載)