こんにちは。仕事では精神科医という支援者として誰かを支え、生活では視覚障害の当事者として誰かに支えられ、趣味では音楽と文芸の表現者として誰も気にせず好き勝手している、そんな福場将太と申します。
前回はうっかり自己紹介だけで終わってしまったので、今回はさっそく本題に入っていきましょう。
みなさんは『バリアバリュー』という言葉をご存じでしょうか。直訳するとバリアは「障害」、バリューは「価値」、バリアバリューは「障害の価値」という意味になります。
視覚障害も障害の一つ。目が見えないこと・見えにくいことの価値と言われて、みなさんはどんな場合を想像しますか? 例えば空港で美人の地上係員さんに誘導してもらえるとか、町内会でやらなくてはいけないゴミ拾いを免除してもらえるとか、障害年金を受給できるとかでしょうか。いいえ、バリアバリューはそういうことではありません。
バリアバリューとは、障害を負うことによって秀でる能力や得られる見識のこと。視覚障害でいうなら、目が見えないことによって、あるいは見えなくなったことによって、見えている人にはできないことができるようになる、わからないことがわかるようになる、ということです。つまり、晴眼者では持ち得ない力を視覚障害者は持っている、ということですね。
にわかには信じられないかもしれません。いくつかの例を挙げてみましょう。
以前に職場が停電した際、真っ暗な中で多くのスタッフはあわてふためいていましたが、僕はいつもどおりに廊下を歩き、いつもどおりにデスクで仕事をすることができました。建物が見えなくても、広さや構造、物の配置を把握していたからです。
新型コロナウイルスが流行した際も、お互いマスクをしていて表情がわからず会話がしにくいと言っている人がいましたが、僕はいつもどおりにできました。姿が見えなくても、声や雰囲気から相手の感情や会話のテンポを感じ取れたからです。
これらの能力は意識して練習していたわけではなく、知らず知らずのうちに備わったもの。生き物は環境によって変化します。陸で暮らしていたクジラが海で暮らすようになって、足が退化した代わりにヒレが成長したように、視力を使わない代わりに別の力が進化した。目の不自由な人間が音やにおい、味や感触に鋭くなる話は有名ですし、ブラインドスポーツをやっている選手の脳を調べると、目の見えている人よりも空間や記憶を司る部分が発達している、といった研究もあるそうです。
もちろん自然に備わる力だけでなく、必要に迫られて、工夫や訓練によって高まる力もあります。僕はギターが趣味ですが、チューニングが大の苦手でした。大学時代の音楽部でも、音がずれてるとしょっちゅう先輩から言われていました。当時はチューニングマシーンの針の動きを見て音を合わせていたのですが、目が見えなくなってからはそうもいかない。そこで耳だけで合わせるようにしたところ、以前よりもチューニングが上手になりました。
仕事で講演や授業をする際も、原稿を見ながら話せないため、内容を頭の中に入れて自分の言葉で話すようにしたところ、以前よりも伝わりやすくなった気がします。
このように、自然に備わったり、練習で習得したり、障害を負ったからこそ得られる力がバリアバリューです。もちろんこれは視覚障害に限ってのことではありません。耳の不自由な人は、騒音で声が聴こえない場所でも手話によって会話をすることができます。声が届かない距離にいる相手でも、表情や口の動きでメッセージを読み取ることができます。精神障害で周囲に対して敏感になり過ぎてしまう人も、その繊細さによってみんなが気付かなかった誰かの痛みや物事の変化に気付けたりするのです。
そんなわけで、この連載では視覚障害者の視力以外の力について毎回一つずつ研究していこうと思います。確かに視力は生きる上で大切な力、ないと何かと不便です。目の見えている人なら一瞬でできることが自分にはできない、目の見えている人が楽しんでいることが自分には楽しめない。そんなことばかり考えていると、自分が人より劣っている、人生で損している負け組のような気がしてきて、気持ちが落ち込んでしまいます。
でも忘れてはならないのがバリアバリュー。確かに障害を負ったことで失ったもの、できなくなったことはあるかもしれない。でも、障害を負ったことで得たもの、逆にできるようになったことも必ずある。負けている部分もあるけど、勝っている部分だってあるのです。障害者はけっして健常者よりも劣った存在ではなく、同じことはできなくても、健常者にはできないことができる存在なのだということを、本人も家族も支援者もけっして忘れてはいけません。
視力を失ったからこそ備わる次なる力。見えないからこそ身に付けたい次なる力。この連載のタイトル「高めよう、視力を超えたネクストパワー!」は、そんな願いで命名しました。
では今回はこの辺で。いよいよ次回から、具体的な力について書いていきます。最後に少しだけ予告編。
みなさんは、自分の見え具合・見えなさ具合を上手に人に伝えることができていますか? 伝えたつもりなのにうまく伝わっていなかったり、誤解されたりしませんか? 次回研究するのはそんな『伝達力』、お楽しみに!
(『点字ジャーナル』 2026年4月号掲載)