第三章 書くという幸せ

 初めての経験なので、いったい本が発刊されて生活にどんな変化が起きるのかドキドキしていたが、実は特に何もなかった。道を歩けば黄色い声が富んでくる、なんてことは一切なし。ただ生活そのものは同じでも、たくさんの「ありがとう」が心に生じたことは特筆しておきたい。

1.職場に

 僕が働くクリニックがある街は、今多くの地域がさらされている人口減少の問題に直面しており、残念ながら本屋さんも一軒しかない。キッシー氏から「札幌の大きな書店なら必ずあります」と聞いていたので、この街の本屋さんでは厳しいだろうなと思っていた。
 しかし職場のスタッフが今回の発刊を喜んでくれ、クリニックの受付で販売してみようという話になった。すると少しずつ興味を持った患者さんやそのご家族が購入してくださった。しかも、実は街で唯一の本屋さんにもあったという目撃情報まで!
 普段診察でアドバイスしていることもたくさん本の中に書いているので、あまり読まれてしまうと「それもう知ってます」と言われてしまうかもしれないが、視覚障害のことをひたすら隠して診療をしていた十年前と比べたら、こんなに働きやすいことはない。
 いつも支えてくれているスタッフたち、そして患者さんたちにはありがとうを伝えたい。

2.学友に

 発刊後、懐かしい友人たちからの電話やメールがちらほら届いた。小学校時代、中学・高校時代の同級生、そして大学時代の音楽部・柔道部の仲間たち。中には十年以上ぶりの人もいたが、書籍の話題から懐かしい思い出話、お互いの近況報告までできたのは思わぬ喜びであった。
 「書店で偶然本を見かけてびっくりした」「子供にも読ませたい」「体育祭の話を書いてくれて嬉しかった」「十冊買ったぞ」「今度北海道へ遊びに行くから印税でおごってくれ」なんて言ってくれる人もいた。
 自分勝手で頑固なこのド変人と青春を共にしてくれた学友たちに、ありがとうを伝えたい。

3.出会えたみなさんに

 祝福をくれたのは、目が不自由になって出会ったみなさんもそうだ。『視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる』の仲間たちの中には、電子書籍版を購入してタブレットの画面読み上げ機能で読んだという人もいた。多彩なイベントを企画して視覚障害者支援を行なっている『公益社団法人 NEXT VISION』の仲間からも激励が届いた。
 さらにこれまで講演の仕事で関わった日本各地の医療・福祉業界のみなさん、取材や寄稿で関わった北海道新聞、点字毎日、点字ジャーナル、ラジオ大阪など報道・出版業界のみなさんも、応援してくださった。
 目が悪くならなければ出会えなかったたくさんのみなさんに、ありがとうを伝えたい。

4.憧れの人に

 今回の書籍では、サザンオールスターズ、インディ・ジョーンズ、ブラック・ジャックなどなど、僕が憧れた人たちの話題がたくさん出てくるが、特に深掘りしたのが嘉門タツオさんとのエピソードだ。実在の人物では、人生で一番影響を受けた人と言っても過言ではない。
 文中でお名前を使わせていただくことについて、キッシー氏から所属事務所へ問い合わせていただいたところ、嘉門さんは快諾してくださった。しかもそれだけではない。書籍の発刊後、キッシー氏を通して嘉門さんは一つの楽曲を送ってくださったのだ。
 それは書籍の中から言葉を拾って作ってくださったオリジナルソング。こんなことがあるのだろうか。あっていいのだろうか。届いた楽曲を聴きながら、僕は感動を通り越して呆然としていた。
 中学時代からいくつもの笑いを、勇気を、生きるためのヒントをくださった嘉門さんに、ありがとうを伝えたい。

5.あなたに

 他にも家族や恩師、アパートの大家さん、北海道の生活を助けてくれている友人家族など、お辞儀したい相手はたくさんいるが、最後に感謝を伝えたいのは、この本を読んでくださった僕の知らないあなた。そして今から五年後、十年後の未来で、この本を読んでくださるあなただ。
 どんな感想でも構わない。この先も直接お会いすることはないかもしれない。それでも本当にありがとう。本棚の片隅にでも、あるいは心の片隅にでも置いていただいて、時々思い出してページをパラパラめくってもらえたら、僕はとても幸せです。