第二章② ~ムーン~

 正午前、周辺住民への聞き込みに回っていた私に警部からの電話が鳴った。
「やあムーン、そっちはどうだい?」
「お疲れ様です。いえ、特に新しい情報はありません。空き巣らしき不審人物を目撃したという人もいません。そちらはいかがですか?」
「今喫茶店で秋元さんと水橋さんに会ってきた。やっぱり間違いないね」
 そこで警部の声が重たく続ける。
「犯人は彼女だ」
 私は立ち止まった。そしてゆっくり唾を飲み下す。
 やはりそうか…肩を痛めていた被害者がボウリングの約束をするはずがない、となれば昨日の午後に被害者と電話で話したという秋元早苗の証言は嘘、つまり彼女こそが加害者ではないかと警部は疑念を抱いていたのだ。きっといつものように相手に揺さぶりをかけてその反応から確信を得たのだろう。
「だとしたら警部、秋元さんはどうして親友を手に掛けたのでしょうか」
「その動機も…わかった気がするよ」
 変人上司は少し淋しそうに言ったが、すぐに声に張りが戻る。
「それよりムーン、リビングのコンセントの差し込み口が空いていた謎がわかったよ。あそこには、とある家電がつながれていたんだ。君に探してほしい。必ず現場の部屋のどこかにあるはずだ」
 とある家電…天才気取りはどうしてこうもったいぶった言い回しをするんだろう。
「はい、何でしょう」
 苛立ちを抑えながら尋ねると、思いもしない物が告げられた。
「日本人の心、こたつだよ」

 天才気取りは確かに天才だった。現場の者いれの奥にうまくこたつ本体が隠されており、上の棚には四本の脚とこたつ布団もこれまたかなり奥の方に押し込まれていた。普通にこたつを片付けるのにこんなしまい方をする必要はない、これは明らかに誰かがこたつの存在を隠したのだと私は直感する。
 さらに私は警部が水橋和樹から受け取ってきたレシートを頼りに彼のアリバイの裏も取る。お台場近くのレストランで昨日彼は昼食を摂っていた。念のため防犯カメラも確認したが確かに友人と一緒に写っていた。移動時間も考えると彼に反抗は不可能。となるとやはり秋元早苗の単独犯ということだ。しかし…。

 有刻、レストランから現場の部屋へ戻るとリビングの中央に警部が佇んでいた。昆布を口にくわえ、ぼんやり虚空を見つめている。
「ただ今戻りました」
 私が水橋のアリバイを報告すると警部は昆布を指に挟む。
「ご苦労様。さっき司法解剖の結果も届いたよ。遺体があたためられていたとすれば、死亡推定時刻はもっと早まるって。詩織さんのお母さんとも話したけど、彼女はとても友人思いだったっておっしゃってた。秋元さんとも本当に仲良しだったって」
「そうですか」
 なのに二人の間でこのようなことが起きてしまうなんて…この仕事をしているとこんな思いを何度もする。人間というものがとても悲しくなる。
「もうじき彼女にここへ来てもらうことになってる。せめて…逮捕じゃなくて自首してほしいな」
 警部はそう呟くと昆布をポケットに戻した。カーテンの隙間から差し込む夕日が警部と私に濃い影をまとわせている。
「あの、一つだけよろしいですか?」
 彼女を慮るのを避けるために私は別のことに思考を向けた。
「警部はどうして遺体をあたためるのにこたつが使われたとわかったんですか? ホットカーペットや電気毛布でも同じことができます。でも警部はこたつだと断定していらっしゃいましたよね」
「それはね、フフフ…」
 警部は不気味に笑って数歩進む。
「こいつのおかげだよ」
 そしてキッチンのテーブルの上のオレンジ色の果物を手に取った。

★読者への挑戦状
 ここまで読んでいただいてありがとうございました。次章にてカイカンが秋元早苗の犯行を暴きます。ムーン刑事も不思議に感じていますが、カイカンにはどうして事件現場にこたつがあったことがわかったのでしょうか? それを考えながら解決編をお楽しみいただければ幸甚です。