翌日の月曜日、初めて会社をズル休みしてバカ彼氏を警視庁まで迎えに行く。玄関前、相変わらずのボロボロコートとハットのカイカン、その横にさえない顔の我が恋人。でも本当に誤解が解けてよかった。もし達郎がストーカーとして逮捕されてたら、それこそ冗談じゃすまなかったから。
「フフフ、それは大丈夫ですよ」
と、カイカンが笑った。
「昨日もお伝えしましたが、達郎さんにはこの一ヶ月、鉄壁のアリバイがありました。何せ職場や取引先の方がたくさん証言してくれましたから…昼も夜もなく仕事をされていたと」
そこで達郎も恥ずかしそうに教えてくれた。なんと彼は業績が振るわない支社を立て直すために、日夜駆けずり回っていたそうだ。12月の収益を見たらびっくりするぞと彼は笑った。あたしがあの電話で言った「頑張ってね」で気持ちに火が着いたんだという。だったら一言でもそう言えばいいのに…結果が出るまで連絡を絶って突然サプライズを仕掛けるなんて…男心って意味不明。
あたしに小突かれてオロオロしている達郎をカイカンは優しい目で見ていた。
「そういえば刑事さん、潤一くんは…」
「はい、全てを話してくれました。どうやら…私が思っていた犯人像とは少し違っていたようです」
取り調べで彼は泣きながら語ったらしい。今年の春にあたしがやった企業説明会に彼は来ていて、そこであたしに一目ぼれしたそうだ。テキパキ仕事をこなす姿が印象に残ったらしい。だけどもちろんそれ以降あたしとの接点はなく、ずっと会うこともなかった。
それがあの夜、酔って歩いているあたしを見かけた。そして思わず後をつけ部屋まで行き、鍵をかけた様子がなかったのでつい侵入して予備の鍵を盗んでしまった。あたしと仲良くなるために後日部屋に忍び込み、あたしの映画や音楽の趣味を把握したということらしい。
「まあ…心の中のことですからどこまで本当かはわかりませんが、私は少なくとも彼に卑猥な意図はなかったように感じました。例えば、あのカメラを仕掛けた場所が仕事部屋だったのもそうです。純粋にあなたが働く姿を見たかったのでしょう。
そんな一心で行動してしまった…だからって許されるわけじゃありませんがね。本当に彼は少年の心のままで大人になってしまったんです。好きだという気持ちが相手を傷付けるなんて想像もできない、あの頃の心のままで…」
少し遠い目をする刑事、その横で深く頷く達郎。いやいやいや、何をわかり合ってんだよ。でもそういえば…あたしも子供の頃、好きな人の住所を調べてわざと家の周りをうろうろしたりしたっけ。
「あなたとの出会いのきっかけ…落とした手帳を拾ったのも本当にそうだったと彼は言ってます。きっかけを作れなくて悩んでいた時に偶然そうなったと。まあ…どうでしょうかね。私の推理の方が汚れていたのかもしれません」
カイカンの言葉を聞きながら、あの時の潤一くんの挙動を思い出す。そう…だね。あれが全部演技だったとは…あたしも思えないかも。
「警部!」
後ろから声がした。振り返るとあの美人刑事が駆け寄ってくる。やっぱり別格だなあ。
「やあムーン、どうしたんだい?」
「先ほどお伝えしたじゃないですか。事件ですよ、現場へ行きましょう。新宿の外れにある雑居ビルのトイレで、男性の他殺体が発見されました」
「そうだったね。じゃあいつものように先に行っててよ、私は後から行くから」
「またですか。まったく…わかりました、ちゃんといらっしゃってくださいね」
そう言いながら女刑事は踵を返す。あたしは「お世話になりました」と声をかける。彼女は振り向いて一礼すると、そのまま去っていった。
職務に忠実で冷静な刑事…に見えるけど、きっと頭の中じゃ色々考えてるんだろうなあ。あたしにはわかるよ、だっておんなじ女だもんね。
ふと見ると達郎が彼女の後姿に見蕩れている。あんたやっぱり逮捕されなさい。
「あの刑事さん、あたしの証言次第では潤一くんの罪が軽くなりますか?」
「と言いますと?」
「いや、彼をその気にさせちゃったのはあたしの責任でもありますし…、鍵を掛けなかったのもあたしの不用心ですし」
「う~ん…、あなたは怖い思いをされたわけですから、彼のためにも甘やかさない方がよいと思いますが」
「でも、怖い思いをした原因の一端は刑事さんにもあるわけですし…ね?」
苦笑いのカイカン。そして小さく息を吐いて言った。
「了解しました。あなたの気持ちを汲んで対処します。まあ来週はクリスマスですから…サンタさんに免じましょう」
…よかった。
*
もう少しだけ話してから、あたしと達郎は警視庁を去る。久しぶりに腕を組んだらやっぱりしっくりきた。風前の灯だった恋のキャンドルがまた明るく未来を照らし始める。
29回目のクリスマスは…雪が降ったらいいな。