第一章② ~ムーン~

 私の名前はムーン、警視庁捜査一課の女刑事である。もちろんこんなふざけた名前の日本人がいるはずもなく、ムーンというのは職場上のニックネームのようなものだ。これは一般の方はあまりご存じないのだが、警視庁捜査一課はミットと呼ばれるいくつかのチームに分かれており、私の所属するミットではお互いをニックネームで呼び合うのが古くからの慣例らしい。ちなみに私の上司は私以上に奇異なニックネームで呼ばれている。

 さて、今回の現場は布団に入りかけたところを呼び出されたムナカタグランドホテル。都内でも有数の老舗ホテルだ。その1215号室のユニットバスで、この部屋に宿泊している男性が溺死体で発見された。時刻はもうすぐ午前2時を回る。
 警察が到着したのはちょうど土曜日から日曜日をまたいだ頃…それから一通りの現場検証と監識作業がなされ、今現場に残っているのは私一人。…そろそろ来るはずだ。
「やあムーン、どんな感じだい?」
 低くよく通る声がドア口に現れた。そう、その主こそカイカンなるニックネームを用いる私の上司である。
「警部、相変わらずの重役出勤ですね」
「まあそう言わないで、君からまとめて話を聞く方がよく頭に入るんだよ」
 嫌味をものともせず警部は室内に足を進める。その出で立ちはボロボロのコートにハット、長い前髪は右目を隠している。普通の人間が見たら悲鳴を上げてもおかしくない異様な風貌だが…これがこの人のスタンダード。職場でも現場でも季節を問わず屋内外を問わずいつもこの格好だ。当然ながら行く先々でしょっちゅう職務質問を受けている。
 かくいう私も初めて会った時は警察署に侵入した不審者かと想い取り押さえてしまったが…慣れというのは恐ろしい。今のミットに着任して五年、このド変人のいる風景がすっかり日常になってしまっている。
 私の正面に立つと、警部はいつものように質問を始めた。
「それで…亡くなられたのは?」
 私は手帳を広げここまでの捜査でわかったことを伝える…これもいつものこと。
「はい、亡くなられたのは今夜この部屋に宿泊していた佐藤利雄(さとう・としお)さん、32歳男性です。メロディアス製薬という製薬会社のMRだそうです」
「MRってのは何だっけ?」
「病院を回って医師に薬剤の情報を提供する人のことで…昔はプロッパーと呼ばれていた仕事ですね。まあ外回りの営業マンみたいなものでしょうか」
 警部は独特のイントネーションで「ナルホド」と頷き、室内をウロウロしながら「続けて」と促した。
「はい。実は今日…正確にはもう昨日ですが、このホテルでメロディアス製薬主催の学術講演会があったそうです。佐藤さんもそのスタッフとして参加していました」
「製薬会社の講演会というと…聴きに来たのはお医者さん?」
 そう言うと警部は窓際で足を止め、視線を屋外に注ぐ。そこにあるのは眠らない街のネオンを映した灰色の闇…汚れた東京の空だ。私もそちらに視線を向けながら答える。
「はい、かなり大規模だったようで、全国から医師が300人ほど集まったそうですよ。会場は2階のフェニックスホール、時刻は…」
 講演会のタイムテーブルの説明に続き、佐藤は第一部のみの担当で午後5時過ぎには会場を出ていたこと、その後部屋に戻って入浴中に溺死した可能性が高いことも伝えた。警部は室内に向き直りユニットバスの方を見る。特に質問もないようなので私は続けた。
「それで、亡くなられている佐藤さんを発見したのは同僚です。永島さんという男性なんですが、講演会の後で一緒に飲みに行く約束をされていました」
 しかし約束の10時半になっても佐藤がロビーに来ないので永島はこの部屋を訪ねた。ドアをノックしても応答はなく、携帯電話を鳴らしても室内からコール音がするのみ。心配になった彼はホテルのスタッフを呼んでドアを開けてもらった…これがおおよそ11時。
 ホテルスタッフは小西という女性。彼女はドア口で待ち、入室した永島が浴槽に沈んでいる佐藤を発見。それを聞いた小西が急いでホテルの支配人に報告、その支配人から救急に通報がなされた…というのが一連の流れだ。
「すぐに救急隊が到着しましたがすでに死亡していることが確認され、警察に連絡が入りました。私が到着したのは0字頃です」
 警部はそこで右手の人差し指を立てる。
「となると…佐藤さんの死亡推定時刻は会場を出た午後5時過ぎから発見された11時までの間ってことかな?」
「いえ、もっと縮まると思います。発見された佐藤さんの携帯電話には午後7時に電話をかけた記録が残っていました。飲みに行く店を予約するための電話だったようです。つまり、この時刻にはまだ生きておられたわけです。
 しかし、8時過ぎに永島さんから何度か電話がかかってきていますが…佐藤さんはそれには出ていません。8時以降に届いたメールも全て未読でした」
「さっすがムーン、お見事!よく調べたね」
 正直この人に誉められるのはあまり得意ではない。その言葉には答えず報告を続ける。
「あとこれも確実な話しではありませんが…永島さんが佐藤さんを発見した時、浴槽から助け出そうとしたそうですがお湯はかなり冷めていたそうです。まあお風呂の温度には好みがあるでしょうけど、少なくとも沸かしてすぐという感じではなかったそうです。以上の情報を総合しますと…」
 私が言い終わるのを待たずに警部は立てていた指をパチンと鳴らして言った。
「死亡推定時刻は午後7時から8時までの一時間の可能性が高い」
「はい、そう思います。監察医の先生もその時刻で遺体の所見とも一致するとおっしゃっていました。解剖が行なわれればもっとはっきりするかと」
「了解、じゃあ次は現場を見ようか」
 警部はユニットバスに向う。私も手帳をしまって後を追った。

 バスルーム、検死のためお湯は抜かれているが佐藤の亡骸はまだそのまま浴槽にある。
「確かに…溺死だね」
 警部はそのそばにしゃがみ、遺体に顔を近付けて言った。コートが濡れてしまっているがそんなのお構いなしだ。私もその後ろに立って答える。
「警部、遺体には苦しんだ様子も争った形跡もありません。それに後頭部に打撲の跡がありますから…おそらくは浴槽に入る時か出る時に滑って後頭部を強打し、そのまま気を失ったのではないでしょうか」
 警部は振り返らずに「そう…だね」と曖昧に呟いた。その後しばしの沈黙が流れる。私も警部の肩越しに改めて遺体を見た。
 …まだ若い、私と同世代の男性。きっとこの人は今夜ここで自分が命を落とすなんて考えもしなかっただろう…私がそうであるように、多くの人間がそうであるように。突然の悲劇…毎日のようにこんな現場に立ちながら、私はそれがけして特別なことではないと知っている。悲劇はいつ誰にでも起こりうる。それが自分や自分の身近な誰かであったとしても何ら不思議はないのだと。
 しかしそれでも…やりきれなさに慣れることはない。
「現場に何か…不審な点はあったかい?」
 上司はそう言って立ち上がり、こちらを向いた。その言葉で私は我に返る。そうだ、今は捜査に集中せねば。
「今のところ…特には見つかっていません」
「そう…」
 警部は浴室内を見回す…と、そこで視線が止まった。
「ドライヤー、コンセントに挿してあるね」
「はい、確かにそれは私も少し気になりました。不審とまではいえませんが、ドライヤーはお風呂から上がって使う物ですから」
 鏡の前に置かれたそれに顔を近付ける警部。
「ドライヤーに指紋は?」
「はい、持ち手の部分に佐藤さんの指紋が残っていましたので…使用したのは本人かと思われます」
 その後警部は黙ってコンセントを見つめると、ゆっくりバスルームを出た。私も従う。
 警部は再び室内に足を進め、ベッドの横で立ち止まった。ベッドの上には衣服が散らかっている。
「これは…佐藤さんの服だね。持ち物に何か不審な点はあったかい?」
 私はまた手帳を取り出して答える。
「ええと…スーツの右ポケットには財布、左ポケットには名刺、あと胸ポケットにはUSBメモリーが入ってました。携帯電話はテーブルの上で充電器に繋がっていました。いずれも今監識さんが調べています」
「鞄の中身はどうだった?」
「はい、仕事の書類やノートパソコン、着替えなどが入っていましたが…特に不審な点はありません」
 警部は少しうつむき加減で考えていた。わかっている、探しているのだ…『取っ掛かり』を。これが事故であることを確定するために、あるいはそうでないことを疑うために。
 私が言葉を終えても警部は黙っている。こんな時はこちらも静かに待つのがいつものこと。頭の中で私なりに考えてみる。
 はたしてこの溺死の真相は?それは状況から考えて単純な事故である可能性が最も高い。ドライヤーは多少気になるが、事故を否定するものではない。誰かと争った形跡もないし、持ち物に荒らされた様子もない。仮にもしこれが殺人事件だとすれば、ホテルの浴槽で溺死させるというのは犯人にとって効率的な計画とは思えない。
 と、そこまで考えたところで警部が口を開いた。
「じゃあ念のため、USBメモリーとパソコンの中身もチェックしておいて」
 まだ取っ掛かりが見つけられていないようだ。「了解しました」と答え、忘れないように手帳にメモする。
「それじゃあムーン、第一発見者の二人の話を聞きに行こうか。異体はもう運んでいいよ」
 警部は少しだけ明るい声になってそう言った。こんな仕事だからこそ明るさが大切、こちらも声に元気を込めて答える。
「わかりました。永島さんと小西さんには別室で待機してもらってます」
「さっすがムーン、お見事!」
 警部は意気揚々と部屋を出ていく。う~ん、やっぱりこの人に誉められるのは苦手だ。

 警部と私はホテルのスタッフルームを借りて事情聴取を行なった。時刻はすでに深夜3時を回り、都会を行き交うタクシーのクラクションだけが遠くから聞こえている。
 提供されたのは八畳ほどの広さで窓のない部屋。客室よりも明るい照明の中、その二人は長机を挟んで私たちの対面に座る。
「まずは…永島さんにお伺いします」
 警部がそう切り出す。永島は佐藤と同じくらいの年齢、長めの髪と柔らかい顔立ちが中性的な印象を与える。彼は怯える目で「はい」と答えた。あんな現場を目にしたのだ…無理もない。警部はまず佐藤との関係を尋ねた。
「は、はい。佐藤とは同期で年齢も同じだったから、入社当時から何かと仲良くしてました。今はお互い別々のエリアを担当するMRですから、最近はなかなか会えなかったんですけど…」
 警部が黙って見つめる中、永島は続ける。私も彼の言葉に集中した。
「それで、今日の講演会では久しぶりに一緒の仕事だったんで…飲もうってことになったんです。私は第二部の担当で、第一部担当の佐藤とは入れ代わりだったんですけど…だから、全部が終わる10時半にロビーで待ち合わせをしてました」
 そこで警部は「講演会が終わったのは9時では?」と問う。永島は緊張で声を上ずらせながら説明した。9時からは情報交換会という医師たちの簡単な宴会があり、それが終わるのが10時過ぎだったという。警部は「ナルホド」と答えるとこちらを見た。私は頷いて先ほど鑑識から戻ってきた物を取り出す。警部はそれを指差しながら質問を続けた。
「これは…佐藤さんの携帯電話なんですが、午後8時以降に何度かあなたから着信があります、メールもね。これについて教えて頂けますか?8字といえばまだ第二部の最中ですよね」
「はい…」
 永島は順を追って答えた。
「実は第二部の最中に一人スタッフが体調不良で早退しまして…。それで、情報交換会の時の人手が足りないかもしれないから佐藤を呼ぼうと思ったんです。あいつがこのホテルに泊まっているのは知っていましたから。
 …でも、何度電話しても出なくて、メールも返ってきませんでした。その時から少しおかしいとは思っていたんですけど…」
 警部は黙って永島を見ている。ここでも探しているのだ…取っ掛かりを。
「それで、10時半の待ち合わせにもやっぱり来ないんで部屋まで行ったら…あんなことに」
 永島はそこで目を閉じ下を向いた。警部は一度彼への質問をやめる。そして今度は一つ席を空けて座っている小西の方を見た。ずっと視線を落としていた彼女はゆっくり顔を上げたが、その瞳には強い不安が浮かんでいる。
 二十代半ば…接客業ゆえか化粧も髪形も相手に不快感を与えない程度に派手さを押さえられている。もちろんこの時刻だ、せっかくのメイクも疲労の色に負けてしまっているが。
「小西さん、あなたは永島さんに呼ばれて1215号室に行かれたんですね?」
 そこで彼女は一瞬眼光を厳しくした。警部に対する猜疑心…まあこれも無理はない。今更のことではあるが、どうして私の上司は不必要に相手を警戒させる格好をしているのだろう。
「はい。メロディアス製薬様には今までにもお世話になっていまして…な、永島様とも面識がございました」
「佐藤さんとのご面識は?」
 彼女は黙って首を振る。そこで少し優しい声になる警部。
「小西さん、おつらいとは思いますが発見された時のことを教えてください」
「は、はい。永島様に呼ばれて行くと…部屋の中から携帯電話が鳴る音はするのに何度呼んでも返事がありませんでした。ですから私がマスターキーでドアを開けて、永島様が中に入られました。そこで永島様がバスルームの佐藤様を見つけて…」
 彼女の声はどんどん小さくなっていく。
「わ、私は怖くてちらっとしか見てないんですけど…永島様に佐藤様が浴槽に沈んでるって聞いて、すぐに支配人に報せに行きました」
「そうですか…ありがとうございます」
 警部はそこで少し間を置いた。車道のクラクションが遠くに響く。彼女が落ち着くのを待って、質問が再開される。
「もう少しだけお聞かせください。ここのホテルの客室はオートロックですよね。あなたがマスターキーでドアを開けたということは、内側の防犯ロックは掛かってなかったということですか?」
 防犯ロックとはあの金属製のチェーンのことだ。その質問に彼女は頷く。続いてこれまでに浴槽での溺死自己が起った例があるかも確認されたが、彼女は悲しそうに「知りません」と返した。遺体を見つけたことはもちろんだが、自分の職場で客が死亡したということそのものに彼女は傷ついているのだろう。
「…ありがとうございました、小西さん」
 警部は静かに礼を言うと、再び永島に視線を戻した。小西は力尽きたようにまた俯いてしまう。
「永島さん…よろしいですか?」
 そう言われてまた彼に緊張が強まる。
「はい。だ、大丈夫です」
「もう少しだけすいません…この佐藤さんの携帯電話なんですが」
 警部は私の手からそれを取ると永島に見えるように画面を向けた。
「このスケジュール帳のページなんですが、よくわからない部分がありまして」
 永島は身を乗り出して覗き込む。
「頻繁に書かれている『MTG』というのは何ですか?」
「ああ、これは社内でやるミーティングのことです。サラリーマン用語ですね」
「ナルホド。では色々な人の名前が日付の欄に書き込まれていますが、これは?」
「それはドクターとの面会のアポイントでしょう。私たちMRは事前にアポを取ってから会いに行くのが基本ですから」
 質問の内容が今夜のことから逸れたためか、永島に少し余裕が出てくる。
「面会のアポですか。それにしてもすごい数…MRさんってのはお忙しいですね」
「いえいえ刑事さん、これでも少ないくらいですよ。できるMRなら一日に数十人のドクターと面会してます」
「ナルホド、そういうものですか」
 感心したように頷きながら、警部は画面をさらに彼に近付ける。
「ここを見てほしいんですが…昨日の日付です。午後3時から講演会というのはわかるんですが…」
 そう、それは私も先ほど鑑識から戻ってきた携帯電話を見ていて気が付いたこと。私は警部の質問に集中する。
「講演会、と書いてあるその後ろにアルファベットで『I・U』と書いてあります。これが何なのかおわかりですか?」
 永島はしばらく黙って考えていたが、やがて画面から顔を離して答えた。
「すいません…思い当たりません。他の日を見ても仕事の予定ばかり書いてありますから、これもそうだとは思うんですけど…」
「そうですか。『I・U』って一体何でしょうね」
 警部は携帯電話をしまった。しかし、残念そうでありながらもその口振りにはどこか期待のようなものが感じられる。そう…掴んだのだ、『取っ掛かり』を。
「それでは永島さん、小西さん、ありがとうございました。また何かあればお伺いしますので本日はゆっくりお休みください」
 その言葉で聴取は終わる。力なく腰を上げる二人に私も立ち上がって一礼した。

 午前4時。二人が退室した後も警部はそこに座ったままでいた。口にはコートから取り出されたおしゃぶり昆布をくわえている。…これも一般的には異様だが警部にとってはスタンダード。そう、この人の不可解な点にいちいちツッコミを入れていたらきりがない。
 変人上司が考えをまとめるのを少し待ってから私は話しかけた。
「警部、これからどうされます?」
 「そうだね…」と昆布をタバコのように指に挟んで低い声は答えた。
「正直なところまだ事故か事件かわからないけど…いくつか君に頼みたいことがある」
「はい、何でしょう」
 手帳を取り出しメモの準備をする。
「まず一つ目はホテルの防犯カメラ。明日でいいからさっきの小西さんと一緒にチェックしてほしい…特に死亡推定時刻に12階に出入りした人間がいないかどうか」
「わかりました」
 私が書き留めるのを待って警部は続ける。
「二つ目は、鑑識さんに頼んで指紋を調べてほしい箇所が現場にある。それは…」
 警部が告げた箇所は非常に細かい、しかし事件性の有無を判定する上で極めて重要なポイントであった。私は忘れないようにしっかりメモする。この人がどんなに変人でもその下で働きたいと思う理由の一つは、着眼点の勉強になるからだ。悔しいが、警部のそれは何度も事件の真相を見破り、私を成長させてくれた。
「そして三つ目は…永島さんと小西さんのアリバイも確認しておいて」
 少し厳しい声がそう言った。そう、どんな可能性も疑わなければならない。悲しいがそれが私たちの仕事。それこそ二人が共犯である可能性だってゼロではないのだ。頷いてメモする。
「そして四つ目は、さっきも言ったけど…」
「パソコンとUSBメモリーのチェックですね?」
 そう答えると警部はこちらを向き、「そのとおり」と微笑んだ。
「警部はこれから何をお調べになるんですか?」
「そうだね…」
 昆布をポケットにしまうと、警部は代わりに先ほどの携帯電話を取り出した。
「『I・U』を捜してみるよ」
「何か…心当たりでも?」
 佐藤のスケジュール帳に書かれた謎のアルファベット…確かにこれはとても気になるところだ。
「いいかいムーン?スケジュール帳には面談するお医者さんの名前がびっしりだ。もしこのアルファベットも名前だとして…何故他の日みたいに普通に名前を書かれていないのか。どうしてイニシャルになってるんだと思う?」
「秘密の…あまり知られたくないアポイントとかでしょうか」
「私もそう考えた。そう思ってこの携帯電話のアドレス帳を見てみると一人だけ該当する人物がいる。この人物は、講演会の前日にも面会のアポが入ってる…金曜日の午後6時にね。この時はイニシャルではなく実名だけど」
 私も画面を覗き込んだ。確かにそこには『I・U』のイニシャルに一致する名前がある。警部はそこで椅子から立ち上がり、ゆっくりと言った。
「アカシアメンタルクリニックの飯森唄美先生…私はこの人に会いに行ってみるよ」