第5回 推理力 ~見ないで見抜く名探偵~

 視力を失ったからこそ備わる次なる力。見えないからこそ身に付けたい次なる力。この連載では、そんなネクストパワーを研究していきます。
 こんにちは。仕事では心の支援者として誰かを支え、生活では視覚障害の当事者として誰かに支えられ、趣味では推理小説の愛好者として誰も気にせず読んだり書いたりしている福場将太です。
 みなさんは初めてのホテルに宿泊した際、浴室に並ぶ3つのボトル、シャンプーとリンスとボディソープをどうやって判別していますか? 買い物に行った際、豚肉のパックと牛肉のパックをどうやって判別していますか? 表示を見ればわかる? でもそれが難しいのが視覚障害者。だったら頭を使うしかない。今回研究するのはそんな『推理力』です。

 僕もよくこんなことがあります。職場の朝礼前、ある女性看護師が「前髪こんなふうにしたんですけどどうですかね」と尋ねて、一人の同僚が「いいね、似合ってるよ」と返し、他のスタッフも可愛いと盛り上がっている。でも僕には、前髪がどんなふうになっているのかさっぱりわかりません。
 確かに情報の9割は視覚と言われます。では目の不自由な人間は世の中の1割のことしかわかっていないのかというと、そんなことはありません。視覚以外の感覚を手掛かりに、推定することができるからです。

 ちょっと難しい話になりますが、物事を推定する方法には帰納法と演繹法があります。帰納法は高校数学で聞き覚えのある方もおられるでしょうが、簡単にいうなら「実例を使って考える」というもの。浴室のボトルの問題であれば、これまでに宿泊した色々なホテルでシャンプー・リンス・ボディソープがどんな順番で並んでいたかのデータを集め、一番多かった並び方がわかれば、今回もそうだろうと推定するわけです。

 一方で演繹法とは「理屈を使って考える」というもの。例えば「シャンプーとリンスを離して置くことはない」という理屈を使うと、3本並んだボトルの真ん中がボディソープということは有り得ない、真ん中はシャンプーかリンスのどちらかということになります。さらに「シャンプーのボトルには触ってわかるデコボコがついている」という理屈を用いて、もし真ん中のボトルにデコボコがなければリンス、残りの2本のうちデコボコがあるのがシャンプー、ないのがボディソープ、と推定できるわけです。

 続いて、昼休みに大きな会社の中で誰かの部屋に迷い込んだ場合を考えてみましょう。いったい自分はどの部屋にいるのか。みなさんは何を手掛かりにしますか?
 窓から太陽が差し込んでいるのを肌で感じたら、南向きの部屋。たくさんの子供たちが遊ぶ声を耳で感じたら、小学校のグラウンドに近い東側の部屋。さらに、美人秘書さんの香水の残り香を鼻で感じたら、秘書さんがお茶を配る部長職以上の部屋。南向きで東側にある部長職以上の部屋は、そう、A部長の部屋だ!
 ドアの表札が見えなくても、このように演繹法で絞り込むことができるわけです。もちろん、シャーロック・ホームズのように百発百中ではありません。子供たちの声は学校ではなく、町内会のお祭りかもしれない。実は美人秘書さんとB課長が不倫をしていて、B課長の部屋にも香水の残り香があるかもしれない。それでも推理力を使えば、当てずっぽうよりも正答率を高めることができるのです。

 ここで、読者への挑戦を一つ。入場料が子供は500円、大人は1000円のイベントで受付をしていたあなたは、お客さんから「一人分です」と1000円を渡されました。相手の姿が見えなくても、声で区別がつかなくても、あなたにはそれが大人だとわかりました。どうしてでしょうか? はい、シンキングタイムスタート、推理がまとまってから続きをお読みください。
 よろしいですか? 答えは、渡された1000円が小銭だったから。もし子供料金を払うつもりなら、500円分だけを渡すはずです。

 このように、目の不自由な人間は日常的に謎解きをしているようなもの。見えないからわからないとあきらめてしまう前に、データを集めて帰納法、論理を積み上げて演繹法、みんなで名探偵を目指しましょう。
 声色がいつもより暗いことで、友人が悩んでいることがわかる。触ったパックの形の違いで、牛肉か豚肉かがわかる。洗剤の香りで、スタッフがトイレを掃除してくれたことがわかる。料理の味付けの濃さで、妻が疲れていることがわかる。目が見えている人にはわからないことまで、視覚障害者は見抜いちゃうこともある。そう、障害を負ったからこそ備わった力、バリアバリューの名探偵なのです。

 ちなみに僕が一番好きな名探偵は刑事コロンボ。「うちのカミさんがね」のセリフで日本のお茶の間でも大人気でしたが、演じておられたピーター・フォークさんは幼い頃の病気で片目が義眼。でもそれがコロンボの視線の合わない独特の表情を生み出した。これもまた、障害を価値に変えたバリアバリューですね。

 では今回はこの辺で。最後に少しだけ予告編。みなさんはちゃんと運動をしていますか? 次回はそんな『体力』のお話です、お楽しみに!
 そういえば、職場の看護師さんの前髪は結局どうだったのか。まあ、世の中には謎のままでよいこともあるということで。

(『点字ジャーナル』 2026年7月号掲載)