視力を失ったからこそ備わる次なる力。見えないからこそ身に付けたい次なる力。この連載では、そんなネクストパワーを研究していきます。
こんにちは。仕事では心の支援者で、生活では視覚障害の当事者で、趣味では音楽と文芸のへっぽこ表現者でもある福場将太です。
みなさんは憶えたことを忘れてしまうことがありますか? 大切な予定をすっぽかしたり、用意していた荷物を持たずに家を出たりしませんか? 今回研究するのはそんな『記憶力』です。
僕もよくこんなことがあります。患者さんの診察で、「普段のお薬の他に風邪薬もお出ししておきましょう」と伝えたのに、その後にまた別のお話をしてから診察を終えると、処方箋を書く時に風邪薬のことがすっかり抜け落ちてしまう。もちろん看護師さんから患者さんに処方の内容の確認が必ずあるため、そこで僕が風邪薬を忘れていることは判明して事なきを得るのですが。
また、初対面の人と名刺交換をしてお互い自己紹介したものの、話しているうちにその人の名前をすっかり忘れて、誤魔化しながら会話を続けるなんてこともしょっちゅう。
きっと多かれ少なかれ、誰にでもあるのではないでしょうか。記憶は不確実なもの。絶対に忘れないということはなく、特に新しい情報を入力する力は年齢とともに衰えていくことが多いです。
そんな不確実な記憶をカバーするのが、メモや目印などの視覚情報。先ほどの風邪薬の例でいえば、処方することが決まった時点で手元のメモ帳に書いておけばいい。初対面の例でいえば、こっそりもらった名刺を読めば相手の名前はわかるのです。
ところがどっこい、目が不自由だとそんな書いたり読んだりが難しい。では、いかにしてメモやカンニングペーパーを活用すればよいでしょうか。
僕が最初に重宝したのはボイスレコーダー。予定の日時、名前や連絡先、ゴミの回収日やお店の定休日など、忘れてはいけないことはすぐ自分の声で吹き込んでおく。そして定期的にその録音を聞き直すようにしたのです。
幸いこれはすぐに定着しました。というのも、目が見えていた学生時代の頃から、音楽を創作する趣味があった自分は、メロディを思い付いたらすぐ鼻唄で録音する習慣があったからです。まあ当時持ち歩いてイタのは、アナログのテープレコーダーでしたが。
続いて重宝したのが、音声読み上げ機能を搭載した携帯電話。スケジュール帳に予定を入力して通知アラームもセットすることで、すっぽかすことが格段に減りました。
また忘れ物対策としては、翌朝必ず持っていかなければならない物は前夜のうちに仕事鞄に縛り付けておく、玄関の必ず蹴飛ばす場所に置いておく、などして対策しています。
ちなみに人の名前については…もう自分は人の名前を憶えるのが苦手なんだとあきらめることにしました。だって一秒前に聞いた名前すら思い出せなかったり、もう何年も通院してくれている患者さんで、病歴もお薬も家族構成も頭に入っているのに、名前だけが思い出せなかったりするのですから。
ただ「あきらめる」という言葉は「明らかにする」という言葉から派生しているそうで、けっして後ろ向きなニュアンスではありません。自分の苦手や弱点を明らかにすることで、逆に強みや得意もわかってくるのです。
記憶力の上達にもそこが肝心。自分はどんなことを憶えるのが得意なのか苦手なのか、どんな方法で憶えると頭に入るのか入らないのかを、まずはしっかり把握しましょう。そして苦手な記憶については、思い切って周囲に伝えておくと楽になります。そうすれば、何度も同じ確認をしても失礼に当たりません。
逆に特異な記憶についてはどんどん伸ばして、その憶え方を発展させていきましょう。大きく分けると、目で見て憶えるのが得意な人と、耳で聴いて憶えるのが得意な人がいます。僕は圧倒的に前者で、学生時代も、勉強はひたすら教科書を見て憶えていました。そうすると、これはあのページの右上に書いてあったやつだ、という記憶が働いて、試験中に思い出すことができたのです。
では目が見えなくなった現在はその手法が使えないかというとそんなことはなく、耳で聴いた情報を頭の中で音ではなく文字として思い浮かべ、文章にして、ちゃんと改行や段落もつけてレイアウトすることで、その映像を頭の中で見るようにしています。
また、記憶の出力については声に出すのが向いているようで、例えば頭の中で曲の歌詞を思い浮かべろというとなかなか出てきませんが、実際に歌ってみるとどこからともなく出て来るもの。
そんなこんなで、映像にして入力、音声にして出力、というのが自分に向いている記憶法だとわかってからは、講演会や授業をする際には、頭の中で文字が書かれたスライドを思い浮かべながら、実際に喋って練習するようにしています。みなさんもぜひ、自分に合った記憶力を研究してみてください。
では今回はこの辺で。最後に少しだけ予告編。みなさんは初めてのホテルに宿泊した際、ボディソープとシャンプーとリンスのボトルをどうやって判別していますか? 次回はそんな『推理力』のお話です、お楽しみに!
(『点字ジャーナル』 2026年6月号掲載)