プロローグ

人の感情ほど繊細なものはないという。
人の感情ほど恐ろしいものはないという。
人の感情ほど不可解なものはないという。

日々の生活の中でそれぞれに様々な感情が生まれ消えていく。それは制御できるものではなく、把握すべきものでもない。しかしそれは時としてその宿主の魂をも奪ってしまう。『人間』の語が定義しているものは、その感情のことなのかそれとも表面に見える行動のことなのか…。

今、その人物は完全に『殺意』なる一つの感情に支配されていた。普段の協調性と無難性を重視するその他の感情たちはまるで凍りついてしまったかのように動かない。その『殺意』は欲望でも逃避でもない。しかし確かにそれはそこにある。
その人物は周囲から見れば普段と何も変わらない。誰もその人物に内在する『殺意』に気付くことはない。
しかし、確かに『殺意』はその部屋にいた。

(あいつを…
殺さなくては…

そうしないと… そうしないと…
ここから先へ進めない…

…罪への制裁?
いや、そんなたいそれたものじゃない…

ただ、殺す…
…それだけの過程だ)