エピローグ

●ムーン

掘った穴をちゃんと埋め、二人で地面を踏み固める。そしてプラタナスの木の周りを年甲斐もなくクルクル回ったりもしてみた。
やがて美佳子がポケットから封筒を取り出す。
「これ…随分遅くなっちゃったけど、約束の写真」
「ありがとう。見てもいい?」
「いいけどさ、歳とったなあって思うだけだよ」
写真を取り出す。そこには制服姿の二人の少女。水色の春空の下、プラタナスの木の前に並んで立つ美佳子と私。ちょうど10年前…タイムカプセルを埋めた3月3日の写真。美佳子はいつものポニーテール、そして私は美佳子のおかげでまた伸ばそうと思えたセミロングだった。
ここで涙が滲むような可愛げがあればいいんだけど…残念ながらやっぱり私は私。美佳子にお礼を言って大切にそれをポケットにしまう。
「よおし、じゃあ次はね…」
悪戯っぽく笑って、今度はカメラを取り出す美佳子。私を木の前に立たせファインダーを覗き込む。
「ほら、もっとポーズとって、美人の女刑事さん」
「もお美佳子ったら、そんなポーズなんかできないって」
10年前にもこんなやりとりをした気がする。そう、あの時もこうやってたら用務員のおじさんが歩いて来て、シャッターを頼んだんだっけ。それでさっきの写真が撮影できた。
もう午後11時を過ぎている。さすがにこの時刻じゃ用務員のおじさんは…と校舎の方を見ると、なんと人影がこちらに向かってくる。しかし用務員さんではない。そのボロボロのコートとハットに身を包んだ姿は、昼夜問わず、屋内外を問わず、この世界であの人しかいない。
「警部!」
私が呼びかけると美佳子もそちらを向く。
「あら警部さんこんばんは。今朝はどうも。どうなさったんですか、こんな所で」
「いやあ氏家巡査、たまたま通りかかりましてね」
「そんなわけないでしょう」
思わず私はツッコミを入れた。警部は「やあムーン」と言いながら照れ笑いを浮かべる。
「実は野島さんから、君に返してほしいと言われて預かってきたんだ。はい、これ」
彼に渡したハンカチだ。受け取りながら私は言う。
「あ、どうも。野島さんはいかがですか?」
「正直に全部話してくれてるよ。聴取の続きはビンさんにやってもらってる。あ、夕べの君の分のカレーをビンさんの夜食にあげちゃったよ」
ハンカチなんて明日でも…、と言いかけて私は言葉を飲み込む。きっとこの人は確認に来たのだ、自分の推理の顛末を。それとももっと単純に、部下である私を心配してくれたのかな?
警部は私と美佳子の顔を交互に見て、満足そうに言った。
「そこに二人分のシャベルも置いてあるし…どうやら無事にタイムカプセルは掘り出せたようだね」
「ええ、おかげ様で」
感謝を込めて私は返した。続いて美佳子が言う。
「どうでもいいですけど、これはシャベルじゃなくてスコップでしょう、警部さん?」
奇しくもまたこの話題。そうだ、ちょっと仕返ししてやれ。説明しようとする警部より先に私が言った。
「そうですよ警部。これはスコップ。シャベルってのはもっと小さい物ですよ。ねえ美佳子」
そうそう、と頷く彼女。
「おいおいムーン、教えたじゃないか。スコップとシャベルは…」
「2対1、警部の負けです。もと孤独の美少女の言うことに文句ありますか?」
得意げに言う私。あたふたする警部。それを見ながら大笑いの美佳子。
「アッハッハ、あんた強くなったね」
一頻り笑ってから彼女が警部に歩み寄る。
「すいません警部さん、負けついでに一つお願いしてよろしいですか?」

 プラタナスの木の前に美佳子と並んで立つ。一瞬目を合わせて思わず笑った。
あれから10年。それぞれの時を重ねて、心も体もあの頃とは違う。もうセーラー服じゃないし、もう二人とも社会人…しかも揃いも揃って警察官。あの日は明るい日差しの中で撮影した。今日はもうすぐ日付も変わる夜の撮影。移ろいだ景色もたくさんある。薄らいだ記憶もたくさんある。
それでも…変わらない気持ちもある。普段は忘れていても、心の底にはちゃんとタイムカプセルが埋まっている。

警部が木から2メートルほど離れてカメラを構えた。
「よし、ではいきますよ」
私と美佳子は背筋を伸ばす。そして警部は…もちろんこれは推理でも論理でもなくただの偶然だろうけど…あの日の用務員さんと同じセリフを言った。
「お二人はお友達ですか?」
「はい」
二つの声が重なった。警部は嬉しそうに続ける。
「そうですか。ではいきます。はい、チーズ」

…パシャ。

-了-