第四章 追憶

 眩しい春の陽光の中、入学式を終えた新入生たちはぞろぞろと会場から出て部活勧誘の大群に迎えられる。エレキギターを抱えた軽音楽部、アイドルグループのような女子テニス部、学ランに身を包んだ応援団…もみくちゃにされながら新入生たちは期待と緊張で胸を高鳴らせる。そんなふうに始まる医学生の青春時代に僕は君と出会った。
君はいつも華やかさの中心にいた。僕とは縁のない別世界の人間…そう思っていた。でもあの日、僕は君に心を奪われた。
突発性難聴を患いもしかしたら右耳の聴力を失うかもしれないと診断された1年生の夏。医学部をやめることさえ考えていた僕に、クラス委員だった君は「奥森くん、午後の講義は休講だって」と声をかけてきた。聴こえなかったわけじゃない、ただ僕の反応が遅れただけだった。それなのに君は「あ、ごめん、あたしって発音が悪いから、わかりにくくてごめんね」と謝った。本心はわからない。でも僕には君が僕を気遣ってくれたように感じられた。あなたの耳は大丈夫、ちゃんと聴こえてるよと言ってくれたような気がした。そして僕が「ごめん、ちょっとぼんやりしてた」と返すと君は「よかった」と屈託のない笑顔を見せたのだ。
その微笑みが特効薬であったかのように僕の難聴は無事全快した。それからも君とは特別なつき合いはなかったけど、広い階段教室で僕はいつも君の後頭部を探していた。
そしてこのまま疎遠に終わるのかなとあきらめかけていた5年生の春、僕はポリクリという試練の場で君と同じ班になることができた。君だけじゃない、最高の仲間と僕はそこで出会えたんだ。

紀子はさすがの特待生、指導医からの口頭試問にも班を代表して答えてくれる。まとめたノートやレポートも惜しげもなくみんなに見せてくれた。
菊川はいつも楽しい冗談で場を盛り上げてくれるムードメイカー。飲み会や遊びもたくさん企画してみんなをどんどん仲良くしてくれた。
恵はまさにお嬢様の風格で、学生が苦手とする教授との宴会で接待を一手に引き受けてくれる。実習で誰かの歩みが遅れた時にはさり気なくサポートしてくれる優しさも持っていた。
そしてみどり。君は…どんなに実習や勉強が大変な時でもけして明るさを絶やさない沈まない太陽。僕はソーラーパネルのようにその笑顔からいつもエネルギーを充電させてもらった。

そんな五人で回った病棟、五人で入った手術室、五人で怒られた教授回診、五人で頑張った徹夜の試験対策、五人で出掛けたピクニック、五人で交わしたグラス…。
医学部という閉鎖社会、汚いことも悲しいこともそこにはたくさん潜んでいた。それでもみんなで過ごす時間は…大袈裟でも誇張でもなく、幸福だった。どんな名作映画にも負けない最高の時間だった。

 ノックの音で僕は目を覚ました。眠っていたのか、それともただ物思いにふけっていたのか…よくわからない。でもなんだかとても心地良い夢を見ていたような気がする。
伏していた頭を上げると壁の時計は4時半を回っている。ドアが開いてカイカンと老警官が入ってきた。そう、現場に駆けつけた警官だ。彼はドア付近に立ち、カイカンは机を挟んで僕らの正面に歩み出た。
「みなさん、お疲れのところ申し訳ありませんがもう少しだけお願いします」
低い声が室内に響く。僕も、そしてみんなもカイカンを見た。不安な視線が集まる中、刑事ははっきりと告げた。
「それではご説明しましょう、荻野みどりさんの死の真相を」