あとがき

今回は記憶ミステリー。数年前に広島に帰省した時、友人と学生時代によく通ったカレー屋に行ったのですが、店に入った瞬間そのカレーの香りであの頃の情景が鮮やかに蘇ったのです。そして口にしたカレーは間違いなく思い出の味でした。
視覚が役に立たなくなっても、こうやって他の感覚の記憶で懐かしさを感じられるんだなあと大変嬉しく思ったものです。本作の物語はそんな着想から生まれました。

書き始めは7月末、短編なのできっとすぐに仕上がるだろうと思ったのですが…その見込みは大いに甘し。猛暑でエネルギーを奪われたせいもあったのか、結構な難産となりました。特に何度も書き直したのがプロローグ、まだまだ修行が足りません。

ちなみに今回カイカンよりも活躍してくれた精神科医の飯森先生は、記念すべき第一作『支持的受容的完全犯罪』に犯人として登場したお気に入りのキャラクターです。つまり本作はまだあの事件が起きる前の時系列ということですね。実は彼女にはもう一回、このシリーズに登場してもらう構想を持っていたりします。

それでは、お読みいただきありがとうございました。夏の終わりの夕涼みのように、早く世の中が穏やかになってくれることを願っております。

令和3年9月3日  福場将太