エピローグ

あれから三年。
俺は薄く閉じていた目を開く。そして窓辺にこぼれる朝の日射しを見ながら、またゆっくり月日を振り返った。
事件から数ヶ月も経つと、みんな就活や卒論で忙しくなったこともあり、輝夫の噂は次第に聞かれなくなっていった。イマルはあれだけ望んでいたデザイナーへの道をやめた。一度だけ理由を尋ねてみたが、俺との時間を大切にしたいからと彼女は笑うだけだった。俺は予定どおり就活を行ない、それなりに満足のいくパソコン関係の会社に内定をもらった。その時も彼女は俺以上に喜んでお祝いしてくれた。
そして卒業。俺たちは正式に一緒に暮らし始めた。
「セージ、朝ごはんできたよ」
妻がキッチンから呼ぶ。そちらに行くと、彼女は二人分の朝食をテーブルに運んでいた。
「おいそんなに一気に持って大丈夫か?」
俺が手伝おうとすると、彼女は「大丈夫」と微笑む。
「妊婦でもある程度は運動した方がいいんだよ。ほら、そこ座って」
二人でいただきますをしていつもの朝食が始まる。しっかり焼かれたトーストをおいしそうにかじる妻を見て、俺は幸福を感じる。そう…間違いなくこれは幸福だ。
俺はイマルと結婚した。卒業して初めての夏に俺からプロポーズした。彼女は涙を浮かべてそれを受け入れてくれた。夫婦になってもうすぐ一年、秋には夫婦から家族になる予定だ。
コーヒーの香りの中、俺はそっと彼女のお腹に触れる。
「もう、どうしたのセージ」
「いや待ち遠しくてさ」
「フフフ、そうだね」
妻も俺の手の上にそっと自分の手を重ねる。二つの暖かさに挟まれて俺はまた幸福を噛みしめる。

結局あれから刑事が姿を見せることはなかった。犯人が捕まったという話は聞かない。人知れず解決したのか、それともまだ捜査中なのか。
俺は…あの時データの復元プログラムを中断した。100%に達する前に、ボイスレコーダーをパソコンから引っこ抜き、踏み付けて壊したのだ。怖かったのかもしれない、あるいは自分が嫌になったのかもしれない。自分でも驚くほどそれは発作的な行動だった。
そして俺は決めた。イマルを信じ抜こう、仮に彼女の正体がどうであってもその全てを愛し抜こうと。

大丈夫、この幸福は永遠に続く。でも願わくば…あのカイカンとかいう刑事が留守電の応答メッセージを聞く機会が巡ってこないことを神様にお願いしたい。例えばあの女刑事に電話をかけた時、自宅で電話が鳴った時…応答メッセージが再生されればあの刑事はひらめいてしまうかもしれない。
もちろん俺にどうこうできるものではないが、そんな偶然が起こらないよう密かに怯えながら、祈りながら、俺はこの幸福を生きている。

 やがて妻は皿洗いに立つ。俺も腰を上げて出社の準備を始める。そこで家の電話が鳴った。またお袋かな?
仕方ない出てやるか…我が家の電話には留守電はセットしていないから。

-了-