第八章 緊急個人面談

1

 1997年11月13日(木) 午前8時50分

新しい朝が来た。一晩中警官が図書室を見張っていたこともあって、ようやく何事も起らない平和な朝がフゾクに訪れたのだ。
一時限目、2年4組の教室では沖渡による数学の授業が行なわれていた。相変わらず静寂を絵に描いたような波風のない授業。今日においてはその沈黙は生徒たちの視線を空席の出口遊の机へと誘う。学校側から彼に関する新しい情報はない。果たして彼はどうなったのか…。便りがないのは良い便りなんて言葉があるが、生徒たちの想像はどうしても悪い方へ膨らんでしまう。それは福場も例外ではなかった。
福場は友人の安否を案じながら、無言で板書する沖渡の背中をぼんやり見ていた。
(沖渡先生は事件をどう思っているのだろう。本当に解決してくれるのか?できるのか?
そういえば、まだ昨日林くんから得た情報を伝えていなかったな…。
今朝は何も事件は起こらなかった。やっぱり『大工』は出口だったのか?)
重たい溜め息が福場の口から洩れた。
「以上から次の式が導かれます」
ようやく静寂を破って沖渡が生徒たちを振り返った。そして再び黒板に向かうと二次方程式を書き込む。

x2-3x+4≦0

「これを因数分解すると、xの条件は…、え~と…?」
沖渡は目をまん丸にして白い数式を凝視し始めた。そしてオイルが切れたロボットのようにピクリとも動かなくなってしまう。イージーミスや突然の行動停止も彼の授業の特徴である。教室は再び静寂に包まれかけたが…。
「先生!」
と、一人の男子生徒がそれを阻止した。
「式が違います。3と4が逆さまです!」
苛立たしげに言ったのはクラスの秀才・徳永。数学教師は動きを取り戻してポンと手を打つ。
「ああ、そうか。すまんすまん、書き間違えた。3と4を入れ換えたらうまくいくな…」
自分でその式を導く過程を板書しておいて、どうして最後で書き間違えるのか不思議なところである。まあとりあえず正しい式が出たのだからこれでようやく流れ出す…とはいかないのが沖渡の授業である。彼はまた固まってしまった。徳永が語気を強めて言う。
「先生!因数分解するとその式は(x-3)(x-1)≦0だから、xの範囲は1≦x≦3です!」
聞こえていないのか、教壇の男は石のように動かないままだ。そして徳永がさらに言葉を投げようとした時、彼はふいに手にしていたチョークを力強く置いた。そして生徒たちの方にくるりと向き直り、直線的な笑顔を作る。
「今日は、ここまで!」
そう高らかに宣言すると、今度はターボエンジンでも搭載したような勢いで教室を飛び出していく数学教師。生徒たちは当然何が何だかわからない。徳永はやれやれという顔をして自習に入る。福場はいつしか眠りに落ちていった。

昼休憩。味わうことなく弁当をかき込んだ福場は、沖渡の所に行く前に中庭の池に寄ってみた。直径3メートルほどの円型の池。水面を覗き込むと小さな魚たちの群れが所々に目につく。福場は昨日の林の言葉を思い出しながらしばしそれを眺めた。
「何してるんですか、福場先輩」
振り返ると瀬戸川がいた。いつも優しい顔の彼だが、今日はどこか余裕がない。
「いや、池の魚たちを見てたんだよ」
「そうですか…。でも、やっぱり天空がいないと寂しいですね」
まるで福場が考えていたことを見透かしたように後輩は言った。
「知ってたのか?天空って鯉のこと…」
「ええ、結構有名ですよ。天空が死んだ時、委員長や西村先輩、マニアックマンなんかもショック受けてましたもん。天空ファンはたくさんいたみたいです」
「そうなのか…」
福場はそんな鯉について存在すら知らなかった自分を少し悔やんだ。
「ところで先輩…」
瀬戸川が何か言いかけた時、校内放送のメロディが響いた。
「連絡です。図書委員に所属している生徒は今すぐ図書室に集合してください。くり返します、図書委員の生徒は図書室に集合してください…」

 午後0時45分、図書室には生徒たちが集っていた。午前中に業者がやってくれたのだろう、昨日鍵穴が塞がれた図書室の前後二つのドアと出口発見の際に破られた書庫のドアは新しい物に取り換えられていた。ただし書庫内部は未だ警察によって現場保存されたままだ。
いきなりの召集にも関わらず、その場にはほとんどの委員たちが集っている。まだ昼食の最中だったのだろう、平岡のようにパンをかじっている者や、瀬山のように魔法瓶の水筒を持参してお茶を飲んでいる者もいる。会話している者は少なく、みんな包丁の傷跡だけは避けて長机の周りに散らばっていた。
また、図書委員会に所属していない生徒の姿もある。昨日沖渡が名前を挙げていた1年男子の二人だ。渡辺太郎(わたなべ・たろう)と板村朋之(いたむら・ともゆき)。彼らは直接担任教師からここに集合するように言われたのだが、その理由はよく把握できていないらしい。二人ともキツネにつままれたような顔をしている。小柄であどけない容姿をしているのが渡辺、色白で気弱そうなのが板村。
やがて司書室からのドアが開き、岡本と原田、そして沖渡が入ってくる。岡本と原田はそのまま窓際に立ち、沖渡は正面のカウンター前に出た。集った生徒たちの顔をゆっくり見回すと、無言で頷いてから数学教師は口を開く。
「私が集合をかけた。急ですまないが、今から君たちに個人面談を行ないたい」
一瞬どよめきが起こるが、それを制するように沖渡は続けた。
「もちろん進路相談などではなく、昨日ここで起こった悲しい事件を解決するためだ。ぜひ協力願いたい。個人面談だから少し時間がかかるので、君たちには午後の授業を休んでもらいたい。担任の先生には話をつけてあるから心配はないよ」
断固たる声。その迫力に圧倒されたのか、異を唱える生徒はいなかった。
「刑事さんにも言われたから協力するんだが、沖渡先生、本当に必要な事なんでしょうな?」
ふいに原田が言う。
「ええ、必要なんです。これが最初で最後ですから」
「くれぐれも生徒を傷付けるようなことは言わんでくださいよ」
そう言って厳しい目で沖渡を見ると、英語教師は司書室へ引っ込んだ。沖渡は彼の背中に無言で一礼すると、再び生徒たちに向き直る。
「では、個人面談の前に岡本先生からお話があります。先生…お願いします」
沖渡はカウンター前を国語教師に譲った。彼女はゆっくり歩み出る。
「みんな…落ち着いて聞いてね。出口くんのことなんだけど…」
声が震えている。
「出口くんね、先ほど…息を引き取ったそうなの、病院で」
室内の空気が凍りついた。岡本は涙をこらえて気丈に続ける。
「みんな…彼のことをいつまでも忘れないでね。沖渡先生が出口くんのためにも事件を綺麗に解決したいっておっしゃるから、みんなで協力しま…しょ…うね…」
後半はほとんど聞き取れない小さな声だった。そして涙を隠すように国語教師も司書室へ姿を消す。
室内に残される重く冷たい沈黙。心のどこかで予想はしていたとはいえ、あまりの悲報に誰も黙する以外の術を失っていた。沖渡が再び口を開く。
「みんな、つらいだろうがここが踏ん張りどころだ。協力してくれるな」
誰も何も答えない。それでも沖渡は険しい顔で頷いた。
「よし。…では、隣の数学準備室に一人ずつ来てくれ。順番は適当でいい」
そう言うと数学教師は足音なく廊下に出、そのまま数学準備室の方へ歩いていった。生徒たちは気配だけでお互いの動向を伺う。意を決したように福場が立ち上がり、沖渡を追うように図書室を出ていった。
「…死んじゃったのか、出口さん。自殺成功ってわけか」
福場の姿が見えなくなってからマニアックマンが言った。瀬戸川が返す。
「よせ久保田。それにそうじゃないかもしれないから沖渡先生が調べてるんだろ?」
「そうじゃない?他に考えようがないじゃないか。出口さんは変わり者で有名だった…だから変な演出で自殺したんだよ」
「お前だって出口先輩にはお世話になっただろ。楽しそうに話してたじゃないか」
「あのな、俺は別にあの人が嫌いなわけじゃない。でもあの時の状況を理詰めで考えたら自殺しか有り得ないって言ってるんだよ」
「やめろ、お前ら!」
委員長が立ち上がって2人を諭した。
「じゃあ瀬山さんはどう思ってるんですか、この事件」
マニアックマンは喰ってかかる。彼は苛立っているようだ。
「それは…僕にもわからない。ただ、この面談は傷を掘り返すことにしかならないんじゃないかとは思う。みんなつらいのに、…今更何を話すっていうんだ。だから久保田…お前も迂闊なことは言うな」
委員長がここまで感情をあらわにするのをみんな初めて見たのだろう、その場は一同に静かになった。また沈黙が降りてくる。窓からは弱弱しい秋の陽光。しばらくして須賀がポツリと呟いた。
「今日、小笠原さんはいないんだね」
そういえば、と何人かが言う。元来自己主張の乏しい少女はまるで自らの存在を消すかのように学校を休んでいた。

3

「沖渡先生、福場です。入りますよ」
そう言って福場は数学準備室のドアを引く。沖渡は自分のデスクに深く腰掛けていた。
「ああ、…じゃあ、その辺りの椅子に座ってくれ」
室内に他の教員はいない。福場は腰を下ろすとさっそく切り出した。
「先生、面談の前にご報告があります」
福場は昨日林から得た情報を伝えた。出口は生物管理委員会に所属していたこと、可愛がっていた中庭の池の鯉のこと、中学時代のあだ名を付けるほど気に入っていたのに自分が当番の時に死なせてしまったこと、小笠原遥香とは恋愛関係にあったらしいことなど。沖渡は黙ってそれを聞き、福場が話し終えた後もしばらく目を閉じて何やら考えていた。
「鯉…天空…?とするともしかしてあれは…、そうか、そうに違いない!」
そこで目を開く沖渡。僅かに興奮しているようだ。
「先生、何か?」
「いや、今の話で『大工』の正体に一歩近づけたよ。…ええと、それと小笠原か。出口との恋愛については私も別ルートで噂を聞いたよ。池の鯉と男女の恋か、妙な符合だ。
まあそれは冗談としても、小笠原は今日休みみたいだね」
「昨日も早退したようですし、やっぱりショックが大きいんでしょうか」
「…多分ね。それにもしかしたら彼女は…全てをひっくり返せるような事実を握っているのかもしれない」
「どういう意味ですか?」
「いや、まだ話せない…近いうちに言うよ。では、面談を開始しよう」
沖渡がそう促したので福場は従うしかなかった。
「あ、はい、何なりと訊いてください」
「まず君はどこに住んでいる?通学方法は?通学にかかる時間も教えてくれ」
「わかりました。学校の近くのアパートに一人暮らしです。通学方法は自転車で、だいたい二十分ぐらいかかります」
高校生にして一人暮らし、という福場の生活はけして珍しいものではない。一応名門校のフゾク、地方から受験してくる者も多いのがその理由である。以前は学生寮もあったらしいが現在はそれもないため、遠距離通学よりも一人暮らしを選択する生徒はそれなりに存在する。
「一人暮らしか、大変だな。ご両親は?」
「呉市の実家に住んでます。週末は帰ってますから」
「そうか。では、一昨日と昨日の登校時刻・下校時刻を教えてくれ」
「はい。だいたいいつも学校に来るのは朝8時半くらいです。帰ったのは…、ええと、一昨日は大掃除が終わってからだから…夕方5時くらいだと思います。昨日は平岡と先生とで話した後そのまま帰りました。だから…4時過ぎかな」
「うん、なるほど」
頷きながら数学教師は手元のノートに何かしらメモした。福場には彼の意図がわからない。
「あの、先生、今僕にしている質問はみんなにもするんですか?」
「そのつもりだよ。じゃあ次は一昨日の大掃除中のことを思い出してくれ。自分の行動、他の委員の行動…」
「え、何ですって?大掃除…?」
さらにわけがわからない。沖渡は何故そんなことを知りたがるのか。
「先生、これは事件解決のための面談なんですよね?」
「もちろんだ。私の考えでは一昨日の大掃除の最中に、犯人はある行動をとったはずなんだ」
「ある行動?」
「う~ん、いちいち尋ねられちゃやりづらいな」
「すいません、答えます」
福場は自分の疑問は置いておき、今はとにかく沖渡を信じることにした。
「ええと、大掃除の時の行動ですね。あの時は…、そうまず出口と瀬山と一緒にドアを外しました。外して雑巾で拭くためです」
「ドアというのは?」
「司書室のドア、図書室の前後二つのドア、それと書庫のドアです。外した後は出口と一緒に塗料で悪戯された長机を運び出して、駐車場でずっとそれを洗っていました。なのでその間、他のみんなの行動は見ていません」
「では長机を洗い終わった後を教えてくれ」
「ええと、ある程度乾かしたら、出口と一緒に図書室まで運んで、元の場所に戻しました。もうその時瀬山以外はもう帰っていて誰もいませんでした。その後は…三人で窓の施錠を確認して、残ってた図書室の前方のドアをはめ直しました」
「そのドアだけまだ外されたままだったのか?」
「はい。そうじゃないと長机が運び込めませんから。他のドアはもうはめ直されてましたけど」
「…なるほど。で、その後はどうしたんだい?」
「ドアを施錠して帰りました」
福場は思い出しながらそう答えた。
「その時、確かに施錠したかい?」
「三人で確認しましたから間違いありません。図書室の前後二つのドア、書庫のドア、しっかり鍵をかけました」
「じゃあ図書室から書庫へ入るあの鉄扉はどうだ?」
この質問だけは福場も予想していた。
「それなんですよね…。あの鉄扉が閉まってたのは見たんですけど、鍵がかかってたかどうかは確認しなかったんです。もしあの鉄扉もちゃんと施錠していれば誰も書庫に入れないから…こんなことは起こらなかったのに」
福場の心にまたあの悔しさが込み上げる。沖渡はそれを断ち切るように大きな声で言った。
「…ご苦労、以上だ。お疲れ様!」
そして頭を掻きながら壁の時計を見る。
「…にしてもこのペースで面談してたら日が暮れちゃうなあ。あらかじめ黒板に質問内容を書いておくことにしよう。じゃあ福場、次の人を呼んできてくれ。十分後くらいがいいな」
「あ、はい…」
結局釈然としないまま福場は腰を上げる。そして部屋を出ようとしたが、沖渡がそれを呼び止めた。
「あ、福場、それともう一つ頼まれてくれるか?」

「瀬山です、入りますよ」
委員長が数学準備室に現れる。沖渡はデスクにいて、その横にはキャスター付きの黒板が置かれていた。
「適当に座ってくれ。そしてこの黒板に書いてある質問に答えてほしい。後がつかえてるので迅速に頼む」
黒板には彼特有の妙に正確な丸文字で質問内容が記されていた。

問1 現在住んでいる場所と同居人の有無
問2 そこからの通学手段・所用時間
問3 昨日・一昨日の登校時刻
問4 同じく下校時刻
問5 一昨日の大掃除における自分の行動・気が付いた他者の行動
*質問内容に対する質問は控えてください。その他言いたいことがあればどうぞ。

瀬山は多少やり方に理不尽さを感じながらも応じて答えた。
「問1は近くのアパートに一人暮らしです。同居人はいません」
「ご家族は?」
「両親が昔離婚しまして、僕は母方に引き取られているのですが、母も遠方におります」
「そう…。止めてすまん、続けて」
委員長は小さく息を吐く。
「問2は自転車で二十五分くらいです。問3は昨日・一昨日ともに8時15分くらいだと思います。問4は…一昨日は大掃除の後だから5時くらい、昨日は…疲れてたから授業が終わってすぐ帰りましたよ」
沖渡はメモを走らせている。
「問5…大掃除、ですか?ええと…まずワックスを取りに行って、その帰りに出口くんと会って運ぶのを手伝ってもらいました。そして支所室に戻ってみんなに掃除の分担の指示を出しました。その後は図書室の掃除を…、あ、その前に福場くんと出口くんとドア外しをやりましたね。
図書室の掃除には途中から1年生男子三人も加わりました。彼らには最初、ドアを外した敷居の溝の部分の掃除をやってもらってたんです」
「敷居の溝…?ああ、ドアをはめるレールの部分だね」
「はい。砂やほこりが詰まるとドアがうまく滑らなくなりますから。先生…僕の見る限りみんなちゃんとやっていましたよ。まあ鉄扉は閉じていたので、書庫の掃除をしていた女子の様子は図書室からは見えませんでしたけど…」
沖渡はメモをを走らせ続ける。
「4時半頃、女子が書庫の掃除が終わったと報告に来たので下校の許可を出しました。続いて図書室の掃除も終わったので、外していたドアを1年男子と一緒にはめ直して、彼らも帰しました。あ、でも図書室の前方のドアだけは洗った長机を運び入れるためにまだ戻しませんでしたけど…。
そのうちに福場くんと出口くんが長机を持って戻ってきました。三人で窓の施錠を確認して、残ってたドアもはめ直しました。最後に僕が岡本先生に鍵を借りて書庫と図書室を施錠しました。施錠は福場くんと出口くんも確認してくれました。そして鍵を返して下校しました。
…だいたいこんな感じですかね」
「う~ん、大変だったみたいだね、色々仕事して」
「まあ、一応委員長ですから」
「ちなみに1年男子三人を帰してから福場たちが戻ってくるまでの間、何をしていたんだい?」
「どういう意味です?どうしてそんな細かく調べる必要があるんです?そもそもどうして大掃除について訊いたりするんです?出口くんの事件と全然関係ないじゃないですか」
瀬山はいい加減腹立たしくなって語気を荒げる。
「…必要なんだ」
沖渡は無表情にただそう答えるだけだった。
「…特に何もしていませんでしたよ!ほんの数分のことですし、多分本棚の本をぼんやり見てたと思います」
「それを証明できる人は?」
「いませんよ、一人だったんです!」
最後に何やらメモすると、一息ついて沖渡は言った。
「…ありがとう瀬山、以上だ」
「そうですか、では」
委員長は憤慨してさっさと数学準備室を出る。優等生で通っている彼が教師に対してこんな態度をとったのもおそらくは初めてのことだった。

「あ、どうだった、瀬山?」
図書室に戻って来た委員長に福場が言った。
「一体何なんだ、あれは?まるで警察の尋問だった。不愉快だなあ。みんな、嫌だったらこんな面談受けなくてもいいよ。義務じゃないんだから」
「まあそう言うなよ瀬山、先生も一生懸命やってるんだからさ」
「でもさ…」
「どうやら先生は出口先輩が『大工』だとは思ってないようっすね」
平岡が口を挟んだ。
「それ、どういうこと?」
西村が尋ねる。答えたのはマニアックマンだった。
「この中に実は真犯人がいる、なんて考えてんでしょう、多分。月曜日に司書室から鍵を盗んで、火曜日に包丁を机に突き立てて、挙句に水曜日には出口さんの命を奪った『大工』が」
彼はバンダナを直しながら不敵な薄笑いを浮かべる。
「そ、そんな…」
怯えた声を出す須賀。その横で水田は目を閉じて何やら考えているようだった。
「やめてくれよ!」
聞き慣れない声…隅で静かに座っていた板村だった。
「真犯人だって?図書委員ならともかく、どうして無関係な俺たちまで疑われなくちゃいけないんだよ。ふざけるな!」
そう吐き捨てると彼は突然立ち上がり、隣の渡辺に「なあ、そうだろ」と同意を求めた。
「そうだよな、関係ないよな俺たちは…。帰ろう」
そう言って渡辺も腰を上げる。
「ちょ、ちょっと待って君たち…」
福場の言葉を無視して二人はさっさと図書室を出ていく。その刹那、板村が一瞬こちらを振り返ったように福場には見えた。
(…何だ?何を振り返ったんだ?
物、人、それ以外?でも確かに何かに視線を送ったような…)
「まあ無理もないよな。誰だって疑われて気分がいいわけがない」
二人が姿を消した後、委員長がそう呟いた。室内の空気がどんどん淀みつつある。
「とにかく僕は授業に戻るとするよ。後は適当にやってくれ」
そう言って委員長は脱いでいた学ランを着、手荷物を持つと図書室を出ていった。
…数秒の沈黙。そしてマニアックマンが立ち上がった。
「じゃあ、次は俺が行ってきます。俺は結構楽しい状況だと思いますよ、これ」

4

「問1は下宿ですけど、まあ一人暮らしです。問2は自転車通学で片道十五分。問3は昨日も一昨日もいつもどおり朝8時半頃だと思いますね。
ええと問4は…一昨日は、確か大掃除の後もまだ帰らずに教室で自習してました。6時から塾だったんで。昨日は…授業終了後にすぐ帰りました。そういえば自転車置場で瀬山さんに会いましたね。校門まで一緒に自転車押して、そこで別れました。
問5は…大掃除ですか。どうでしたかね」
数学準備室ではマニアックマンの面談が始まり、沖渡はメモを走らせていた。少年は自分には何も隠し立てすることはないというように堂々と黒板の質問に答え続けている。
「ええとですね、ずっと瀬戸川と平岡と行動を共にしてましたよ。最初は廊下のホウキがけをしてました。その後は掃除分担の指示を受けて、まずはゴミ袋を保健室に取りに行きました。戻ったらドアが外されていたので、指示どおり敷居の溝に詰まった砂やほこりを取りました。それが終わったら図書室の掃除に移りました」
「確かにずっと三人一緒だったかい?」
「そうですね。…あ、違う。レポートを出しに行きました。だからその時だけ二人と離れました」
「レポート、とは?」
「物理のレポート提出、遅れてたんですよ。それを思い出して、ドアの溝の掃除の後で物理準備室の藤川先生にレポートを持っていきました」
「…それを証明できる人は?」
「当然藤川先生ですよ」
「君がそのことで図書室を離れていたのはどのくらいの時間だい?」
「教室に戻ってレポート持って、それから物理準備室だから…それでもせいぜい十五分くらいだと思います」
沖渡は何やらメモして、少し笑って言った。
「よし、続けて」
「物理準備室から戻って、図書室掃除に加わりました。それが終わったらみんなでドアをはめ直して、帰宅許可をもらいました。その後はさっき言いましたよね」
「うん…、教室で自習だね。ところで図書室掃除中、書庫への鉄扉はどうだった?開いてたのか閉じてたのか…憶えてるかい?」
「閉じてましたね。鍵は…分かりませんけど、まあかかってなかったでしょう」
マニアックマンの言葉は常に自信に満ちている。そんな彼に沖渡がメモを止めて尋ねた。
「何故、施錠されていなかったと思うんだい?」
「いつもあの鉄扉に鍵はかけませんし。そうじゃないと昨日の事件が解けませんから。先生、出口さんは演出過剰な自殺をしたんですよ、それしか有り得ません」
「有り得ない?」
「はい。先生もそうだと思いますけど、みんな感情的になってるだけです。そりゃあ自殺したなんて誰も考えたくない、だからどうしても別の可能性を探したくなる。人間心理としてはわかります、でも事実を認定するには物理的な理詰めで考えるべきだと俺は思います。
出口さんは盗んだ鍵でドアを開けて図書室に入る。一度窓から廊下に出てさっき入ったドアを施錠する。そして年度で鍵穴を塞いだんです。その後窓から図書室に戻って窓を施錠する。これで図書室の密室は完成です。後は鉄扉から書庫に入って自分で頭を撲ったんです」
「…他殺だとは考えないのかい?」
感情のない声で問う沖渡。
「だって不可能ですから。出口さんはもしかしたら他殺を演出したかったのかもしれません。でもつい鉄扉に内側から鍵をかけてしまった。書庫が密室になって、それを作り出せるのは出口さんだけになってしまったんです。
もし他の人物が書庫の中にいたのなら、書庫を密室にしたまま脱出できるわけがない」
「…ありがとう久保田、以上だ」

「ではよろしく」
沖渡に言われ、瀬戸川の面談が始まった。
「問1はアパートで一人暮らしです。問2は自転車です。片道二十分ほどですね、平均して。問3は両日とも8時半です。問4は一昨日は…大掃除の後すぐですから午後4時半ですね。平岡と一緒に帰りました。昨日の下校時刻は…4時頃です。
ええと、問5は…」
瀬戸川は余計な質問など一切挟まず流暢に答えていく。彼が語った大掃除の行動は先ほどマニアックマンが答えたものと一致していた。
「ずっと久保田や平岡と一緒だったんだな?」
「そうです。ドアを委員長と四人ではめ直したら帰宅の許可が出たので平岡と下校しました。久保田は塾の時間まで自習するとかで」
「掃除中、他の委員の行動で気になったことってあるかい?」
「いえ特には…。みんないつもどおりでした。強いて言うなら『大工』の話題が多かったくらいですね」
「君自身は掃除の途中で図書室を抜け出したりとかはしてないかい?」
瀬戸川はそこで少し考えてから答える。
「…一度だけトイレに行きました。図書室掃除の最中に。4階のトイレは清掃中だったから3階のトイレでしたけど」
「…そうか。ところで掃除中にあの鉄扉は開いてたかな」
「いえ、閉まっていたと思います」
「施錠は確認したかい?」
「いえ、閉まってるのを見ただけで鉄扉には触れていません」
瀬戸川はただ質問にだけ答える。沖渡は満足そうにメモを終えて言った。
「よし、ありがとう。以上だ」

「さてさて、僕は何を白状すればいいんすか?」
おどけながら平岡は数学準備室に入ってきた。沖渡に黒板の質問に答えるよう言われ、髭を擦りながら着席する。
「じゃあ答えますね。まず問1は親戚の叔父さんの家に住んでます。叔母さんもいます。問2は自転車です。だいたい四十分くらいです」
「四十分…ずいぶん長いね」
「そうなんすよ。だから僕は学校の近くに一人暮らししたいって言ったんすけど、親が許してくれなくて。ちなみに親は九州にいます。親父の単身赴任にお袋がくっついて行ったもんで」
「…続けて」
平岡はそこで少し考えてから問3に答えた。
「一昨日は朝8時半、昨日は7時に登校しました」
「7時?これまた随分早いね」
「はい、実は物理のレポートをやってなかったんすよ。すっかり忘れてて、久保田が大掃除の途中でレポートを提出に行ったのを見て思い出したんです。だからその日の夜に大急ぎでやろうと思ったら今度は必要なデータを教室に置いたままにしてて。それで昨日朝早くに来て大慌てでやったんすよ。授業が始まる寸前に仕上げて提出に行ったんすけど、やっぱり藤川先生に大目玉食らっちゃいました」
「あの先生は昔から提出期限とかそういうのに厳しいからなあ」
「…そういえば、朝7時に学校に着いた時、自転車置場に出口先輩の自転車がもうあったっす。部活の朝練でもあるのかなって印象に残ってます。教室に行く途中、廊下で須賀先輩にも会いました。やけに早起きの人が多い日だなって思ったから印象に残ってます」
「そうか…昨日朝7時、出口、須賀…ね。よし、続けて」
メモを走らせながら沖渡は促す。
「問4っすね。一昨日は大掃除が終わって4時半頃に瀬戸川と下校しました。昨日は福場先輩と先生と話した後、そのまま下校しました。
残るは問5っすね。ええと…」
「まず廊下のホウキがけ、分担の指示を受けてゴミ袋を取りに保健室、その後はドアの敷居の溝の掃除、図書室掃除、ドアをはめ直してから帰宅…これでいいかい?」
「え、ええ、そのとおりです。あ、そうか、久保田たちから聞いたんすね」
沖渡にさらりと言われて平岡は少し驚いたようだ。
「その一連の流れで、君はその場を離れた時間があるかい?」
「いえ、別に…。終わるまでずっと図書室にいましたよ」
「他の委員はどうだったかな?」
「さっきも言いましたけど久保田がレポートを出しに行って、瀬戸川もその後ちょっとしてトイレに行きました。すぐに二人とも戻ってきました」
「他に気になったことはあるかい?」
「別に…ないっすけど」
「では最後にもう一つ訊くぞ。掃除している間、書庫の鉄扉は開いてたかな?」
「ずっと閉まってたような…いや、確かにずっと閉まってたっす。図書室を掃除してる時、書庫で掃除してる女子の姿を見た憶えがないっすから」
そこで平岡は照れ笑いしながら続ける。
「実は僕、小笠原さんのことが気になってたんすよ。いつもつい目で追っちゃって…。だからもし鉄扉が開いてたら絶対書庫の小笠原さんを見た記憶があるはずですから。彼女、素朴で可愛いと思わないっすか?」
「お疲れ様、面談は以上だ」
沖渡が会話を終了させる。平岡はもっと話したそうだったがそこで口をつぐんだ。そして腰を上げ、立ち去り際に思い出したように言った。
「先生、板村と渡辺なんですけど…自分たちには関係ないからって勝手に帰っちゃったんすよ」
「そうか…わかった」
沖渡はそれ以上答えず、ただ黙ってメモを見つめていた。

平岡は数学準備室を出て図書室に戻った。
壁の時計はもう六時限目に大きく食い込んだ時刻。室内には五人の人間。カウンターに寄りかかって何やら考えている福場、長机の隅に集まってひそひそ話している須賀・西村・水田、そして窓際でぼんやり立っている岡本。平岡の視線に気付いて国語教師は力なく微笑んだ。
「あらお帰りなさい。面談どうだった?」
「いやまあ、普通のお話でしたよ。…僕はこれから授業に戻りますんで。残り時間少ないですけど頑張るっす」
明るさを見せる平岡。彼なりに顧問教師を気遣っているのかもしれない。
「そう…」
「先生、元気出してくださいね。出口先輩のことは…先生の責任じゃないっすよ」
「うん…ありがとう」
悲しそうに答える岡本。平岡は髭を擦ってもう一度微笑んでからその場を去った。
彼が姿を消して数分後、女子三人が密談をやめて立ち上がる。福場が我に返って声をかけた。
「あ、次、君たちの面談か。誰から行くの?」
西村が毅然とした声で答える。
「私たちは…三人で行くわ」

「あれ、三人一緒に来たのかい?」
現れた彼女たちを見て数学教師は目を丸くして言った。
「はい。…何か差し障りありますか?」
と、西村。
「う~ん、まあ、時間も押してるし、正直に答えてくれるなら問題ないよ。じゃあこの黒板を見てくれ。…問1から4までは一人ずつ答えてもらおうかな」
三人が着席するのを待ってから沖渡は続けた。
「よし、じゃあ須賀から」
彼女は黒板を一瞥するとこくんと頷いて始めた。
「問1は市内に家族と一緒に住んでいます。問2は自転車で、片道十分くらいです。問3は一昨日も昨日も普段どおり朝8時半くらい…だと思いますけど」
沖渡は何やらメモのページを戻しながら聞き入っている。
「問4は…一昨日は大掃除が終わってからだから午後4時半くらいだったかな。委員長に許可をもらって…。そうだよね、唯ちゃん」
同意を求められて無言で頷く水田。沖渡がそれを確認するのを待って須賀が続ける。
「昨日は先生と図書室で会って話した後だから…下校は4時過ぎだったと思います」
「…なるほど。ところで君は一つ嘘をついていないか?」
沖渡が強い口調ではっきりとそう言った。動揺する須賀。
「そ、そんな。何が嘘だって言うんです?」
「昨日の朝7時頃、ある人物が君と廊下で会ったと言っていたんだ」
須賀がハッとして言った。
「あ、そうだ!すいません、忘れてました。それって平岡くんですよね。昨日は早く来たんでした」
「理由は?」
「その前の夜、とても眠たかったんで宿題やらずに寝ちゃったんです。だから、早起きして学校でやろうと…。ごめんなさい、わざと嘘ついたんじゃないんです」
「わかった。…では次、西村頼む」
矛先が変わった。西村は取り乱した須賀を少し気にしながらもゆっくりと話し始める。
「は、はい。問1は呉市の実家で両親と一緒に住んでます。だから問2はJRで呉駅から広島駅まで四十分くらい、駅からここまで市電で三十分。ですから、徒歩とか待ち時間を合わせると…全部で一時間半くらいかかります」
市電とは広島市の情感豊かな街並みを彩る路面電車のことだ。フゾクはその沿線にあるため、登下校の時刻には制服姿の男女が車内を賑わせる。耳を澄ませれば校内からでも遠くにプオーンという路面電車特有の警笛を聞くこともできる。こんなのどかな風景の中で悲劇が起ってしまったことは本当にやるせないが、今それを解き明かすために沖渡はメモを走らせているのだ。
「問3は一昨日も昨日も8時半で間違いありません、毎日同じ電車で来ますから。問4は、須賀さんと同じだから…」
「一昨日は大掃除の後の4時半、昨日が私と図書室で話した後の4時過ぎ」
「はい、そうです」
「…よし。次、水田」
文学少女が口を開く。
「私も西条の実家に家族と住んでいます。JRで広島駅まで来て、そこから学校まで自転車です。全部で片道七十五分くらいです。
問3ですが、一昨日も昨日も登校は8時20分くらいです。問4は須賀さんや西村さんと同じ…です」
冷静に答えていた水田の口調がそこで少しもたつき、彼女は額を右手で支えた。
「どうした、大丈夫か?」
沖渡がメモを止めて目を丸くする。
「すいません…少し気分がすぐれないもので」
「そうか、もう少しで終わるから…頑張ってくれ」
沖渡はゆっくりと三人に視線を送る。
「では問5だな。三人で思い出してほしい。…そうだな、須賀、先導してくれ」
「あ、はい、ええと…」
元気印の左右にはねた髪を左手で触りながら彼女が始める。
「大掃除の時間が始まって、まず司書室の掃除をしました。私たちと小笠原さんの四人で。そのうちに委員長がワックスを持ってきたので、委員全員司書室に集まって分担の指示を受けました」
不安そうに話す須賀に西村が「大丈夫、合ってるよ」と小さく告げる。
「指示どおりにまず男子たちが外してくれたドアを雑巾で拭きました」
「ドアを外したのは2年の男子三人だったな。その間、君たちはどこにいた?」
「廊下でそれを見てました。で、外されたドアから順に拭き始めました」
沖渡の細かい質問はさらに須賀を緊張させる。
「他の委員たちの行動は憶えてるかい?」
「う~ん、ドアを全部外したら福場くんと出口くんは洗う長机を運び出していきました。その後でゴミ袋を取りに行った1年男子が戻ってきて…ドアの敷居の溝を掃除し始めました。委員長は図書室の中をホウキで掃いてたかな。すいません、細かく憶えてません」
「大丈夫だ須賀、ありがとう。ではドアを雑巾で拭く作業が終わった後のことを教えてくれ」
「四人で書庫の掃除に移りました。特に変わったことはありませんでした」
「君たちが書庫の掃除を始めた時、あの鉄扉は開いていた?」
須賀は考えてからゆっくりと答える。
「いつも開いてたから開いてたんじゃないかと…。あ、確かに開いてました!だって図書室の掃除をしてる委員長をそのドア越しに見た記憶があるので」
沖渡はそこでメモを止め、また三人を順に見て言った。
「そうか…。じゃあ閉めたのは誰だ?」
「え?どういうこと…ですか」
西村が返した。
「1年男子三人の話だと、彼らが図書室の掃除に移った時、あの鉄扉は閉まっていたそうだよ。君たちが書庫の掃除を始めた時点で開いていたのなら、その後誰かが閉めなきゃ辻褄が合わない」
「でも…」
戸惑う西村。すると水田が口を開いた。
「閉めたのは私です。開いたままだと扉が掃除に邪魔でしたので」
「そうか、水田が閉めたのか。ではその時鍵もかけたかい?」
「いいえ、ただ閉めただけです」
彼女はまだ気分が悪いのだろう、右手でこめかみを押さえている。
「…そうか。他にあのドアに触れた人はいるかい?」
沖渡は須賀と西村をじっと見たが、二人とも無言で首を横に振った。少し待ってから水田が付け加える。
「書庫の掃除が終わった時、私たち四人は廊下側から外に出ました。まだドアがはまってなかったので何となく広い方から出たんだと思います。それから図書室の委員長に声をかけて、許可をもらって帰りました」
沖渡は何やらメモを一生懸命取りながら言った。
「確認するが、今話してくれた全ての行動は君たち三人と小笠原、常に一緒だったんだね?」
三人は奇妙なほど同時に頷く。
「大掃除の間、誰かがその場を離れたりはしていないかい?」
また合わせて頷く三人。その後西村が恐る恐る尋ねた。
「先生、どうしてそんなにあの鉄扉にこだわるんですか?こんな面談までして、いつ閉めたとか鍵をかけたとかかけないとか…」
「密室の要だからだよ」
「要というのは…」
沖渡はメモノートをパタンと閉じ、西村の言葉を遮って言った。
「以上だ。お疲れ様だったな、気を付けて帰れよ」
その時、六時限目終了のチャイムが鳴った。

 須賀・西村・水田はそれぞれの教室に戻り鞄を取ると、自転車置場に向かった。西村は路面電車で通っているので自転車はないのだが、二人につき合った。
「さっきの面談で何かわかったのかな…沖渡先生」
並んで階段を下りながら須賀が言う。
「う~ん、あの人なんだか普通の人と違う感じするから…わかってんのかも」
と、西村。
「でも授業出られなかったから、勉強を取り戻すのが大変だね」
「まあね。でもまあ今回で最後だって言ってたし、あんな面談」
そこで西村は隣を歩く水田が無口なのに気付いた。長いワンレンもどこかいつもの輝きが無いように見える。
「どうしたの唯ちゃん、まだ具合悪いの?」
水田は儚げな笑顔を作って答えた。
「大丈夫、ちょっと頭痛いだけだから。今日自転車で帰るの危ないかも…」
文学少女の言葉は見事に的中することとなった。