第六章 刑事の思考

1

 出口遊が書庫の中で発見されてからの動きは本当にめまぐるしいものだった。
まず岡本が呼んだ救急隊が到着、騒然とする空気の中で出口は担架で運び出され、彼を乗せた救急車はけたたましいサイレンと共に病院へと走り去った。彼を運び出す際、書庫の廊下側のドアは完全に取り外された。沖渡と岡本が酒井教頭に経緯を必死に説明、そして酒井は今日も大学の方へ行っている校長に連絡、事情を聞いてもうじきその校長も駆けつけるらしい。
図書委員たちは図書室での待機を命じられた。嫌でも大人たちのめまぐるしさを肌で感じながら、彼らはその間何を考えていたのか。もはや何が何だかわからなくて当然な状況だ。図書の偽名延滞、鍵の盗難、それを使った図書室への侵入及び包丁の悪戯…そして『大工』は今日ついに殺人までやってのけたというのか?
馬鹿げてる、誰もがそう思っただろう。
鉛のように重たい空気の中、福場は先ほどの場面を思い起こしていた。

***

「息を、してない…くそ!おい、しっかりしろ!」
そう絶え絶えに言いながら沖渡は出口の心臓マッサージを続ける。福場は呆然とそれを見守るしかなかった。頭の中で声がする。
(嘘、だろ…?
な、何がどうなってんだ、この状況は何だ…?)
心が揺れる。激しく揺れる。現実をうまく受けいれることができず、軋むような鼓動が体中を駆け巡りながら絶叫する。
「先生、何があったんですか?救急車は呼びました…怪我人ですか?」
廊下から岡本の声。しかし沖渡も福場も返さない。誰からも応答されないその声は所在なさそうに冷たい書庫の壁に消えていく。
福場はふと気付く。倒れた出口の頭部から少し離れた床に、角に血痕の付着した厚い本が落ちていることに。
(何が…どうなって…)
そのままどれくらいの時間が経っただろう…。遠くから救急車のサイレンが近付いてきた。

***

(出口、無事でいてくれ…)
混乱する思考と感情の中、福場はただ祈る、祈る…。長机を囲む他の委員たちも無言のままそれぞれの思索に耽っていた。誰も何も話そうとしない。室内には普段意識することのない壁の時計の針の音だけが無機質に響いていた。
やがて少しずつ頭のどこかがはっきりしてくる。福場の思考は出口への祈りを離れ無意識に論理を組み立て始めた。それはどうにかなってしまいそうな心を守るための本能的な防衛…あるいは逃避だったのかもしれない。
(書庫は…『密室』だった)
その謎が大きく持ち上がってくる。
(密室の書庫の中に、どうして出口が倒れていたのか…?)

2

 午前10時半を回った。広島県警の捜査員が到着し一通りの現場検証の後、関係者への聴取が開始された。
委員たちはもとより、沖渡と岡本に原田、酒井、そして到着した埴生校長といった教師陣も図書室に集い着席する。正面のカウンター前には数人の刑事が整列。廊下側の前後二つのドアはまだ鍵穴が粘土で塞がれたままなので、全員司書室経由での入室である。
「えー、出口くんの容体についてはまだ連絡は入っておりません」
中央の刑事が深々と一礼してからそう口火を切った。40歳前後、背は低めだががっちりとした体つきの男。くたびれた灰色のスーツが年季を感じさせる。
「まずは経過を改めて教えてください。誰か代表でお願いします」
「それでは私が…」
岡本がためらいがちに手を上げた。出口が運び出された時は半狂乱だった彼女だが、教師としての自覚と責任を取り戻したのか、今は冷静な態度である。
「では、お願いします。あなたはここの先生ですね?」
「はい、国語を教えている岡本です。図書委員会の顧問でもあります。日々の図書室や書庫の管理も私がしています。混乱しているもので、少しお聞き苦しいかも知れませんが全てをお話しするつもりです」

「…なるほど、おおよその流れが呑み込めました。とすると何で巣?書庫は…いわゆる密室状態だったと?」
岡本の説明を聞き終えてから、刑事は半信半疑な口調で尋ねた。
「そ、そうです…そうなります」
「…う~ん。これは少々厄介ですねえ。…いや、生徒のみなさんは誰もその『大工』とかいう人物に心当たりはないんですか?」
委員たちは何も言わない。刑事はその様子をしばし静観してから言葉を続ける。
「…そうですか。他に何か情報をお持ちの方はいませんか?」
教師たちも何も答えない。酒井は神経質にボールペンをカチカチ鳴らし、その隣で埴生は額の汗をハンカチでせわしなく拭っていた。刑事は小さく息を吐く。
「みなさん、ご協力をお願いしますね」
その後刑事は図書委員会の普段の活動、図書室や書庫の運用状況、出口遊の人となりなどについていくつか質問をした。瀬山委員長を中心に数名の生徒がポツリポツリと返答したがいずれも機械的なものでそこから話題が膨らむことはなかった。
「わかりました、とりあえず今のところはこれくらいですね」
そう言うと、刑事は全員の氏名をもう一度確認してから最後に一礼して図書室を出ていった。他の捜査員たちもそれに従いカウンターの奥から司書室へ消えていく。
その場に残された者たち…生徒も教員も誰も動こうとしない。再び重たい沈黙が降りてくる。それぞれ出口の安否に思いをはせているのだろうか。それとも事件の謎への思考を巡らせているのだろうか。
お互いの息遣いが気になり始めた頃、ようやく校長が立ち上がり正面に出た。
「い、未だ私は何が何だか…という感じなんですが…」
一同が注目する…生徒の中には俯いたままの者も数人いたが。校長は黒いスーツの襟を直すと、時々言い淀みながらも言葉を続けた。
「とにかく、我が校で悲しい事件…事故、というべきなのかもしれませんが、そのような出来事が起こったことは…起こってしまったことは確かです。警察の捜査方針などについては、この後で私と酒井教頭が先ほどの刑事さんから伺っておきます。生徒のみなさんは…もう随分噂が広まっているかもしれませんが、むやみにこのことを口外しないように。
今後もみなさんは警察に質問される機会を持つことになるかもしれませんが、我が校の生徒らしく堂々とした態度をとること。少しでも早くこの事件…が解決するように全員で協力しましょう。先生方もよろしいですね」
教員たちは合わせて頷く。ふと校長はその時、先ほどまでここにいた教員一人がいないことに気付いた。
「あれ…、沖渡先生はどこに行かれたんです?」
そういえば、といった様子で全員室内を見回す。捜査員たちに紛れて退室したのか、足音を持たない数学教師はその場から完全に消え失せていた。

「刑事さーん!」
図書室での聴取を終えた先ほどの刑事は、廊下で後ろから呼びかけられた。振り返ると背の高い無表情な男が駆け足でやってくる。
「どうしたんですか、沖渡先生。…何か?」
目の前で正確に立ち止まると、沖渡は直線的な笑顔で言った。
「もう…わかっているでしょう、兄さん?」

3

 校舎の外れにある学生食堂、その外壁に並んだ自動販売機の前に沖渡と刑事であるその兄がいた。体格にしても表情の豊かさにしても、同じ血を分けたとは思えないほど対照的な二人だ。刑事の方が缶コーヒーを取り出しながら言った。
「で、雅文、何だって?」
「だから、少しばかり警察の考察を教えて頂けないかなあ…と」
「で、そのついでに捜査に協力させてくださいってか?」
「いやあ、そんな…」
刑事は缶コーヒーをゴクリと飲んでから、含みのある目で弟を見た。
「隠してもわかってるぞ。お前もずいぶん学生時代はミステリーマニアだったからなあ。それにぼんやりしてそうで意外と頭も切れる。確か前にもお知恵を拝借したっけ」
「いや、これまでは好奇心でのお節介でしたが、今回は教師としての責任です…兄さん」
弟は兄の目を直視してはっきりとそう言った。僅かな沈黙が流れる。
「そうか…、よし」
刑事は缶コーヒーを一気に飲み干すとごみ箱に投げ、辺りを見回した。
「大丈夫ですよ、今は授業中です。この辺りにうろついている生徒はいません」
「サボタージュは皆無ってわけか。さすがは天下のアカシア大学附属だな。よし、では話そう。雅文、お前は第一発見者だ…当然気付いてるだろう?」
「ええ、倒れていた出口の頭には傷がありました。そして彼の横に凶器と見られる厚い本が」
「そう、落ちていたな。調べたらあれはもともとあの書庫にあった本だった。『航空力学と飛行の論理』とかいうタイトルで、人力飛行機からジャンボジェットまで設計とか計算とかを書いた…、まあ、難しい本だな。パラパラめくっただけで俺はすぐに読む気が失せたよ」
「内容はともかく、十分凶器になりうる重たそうな本でした。『大工』と名乗る何者かがあれで出口を殴打したということになるのでしょうか」
そこで刑事は「本当にそう思うか?」と顔をしかめる。
「兄さん、凶器に指紋は残っていましたか?」
「今鑑識が調べている…、といってもおおよそ予想はついてるがな」
「というと?」
「お前だってわかってるだろう、雅文?現場の状況から判断して一番強い可能性さ」
再びの沈黙。秋の風がそよぎ、木の葉が一枚両者の間を舞った。
「雅文、結論を言いたくないのならもう一度現場の状況をおさらいしようか。いいな?もし俺が間違いを言ったらすぐに指摘してくれ。
まず図書室についてだ。図書室には廊下側に前後二つのドアがあって普段開放されているのは前方のドアだけだ。ドアはどちらも二枚セットの引き戸式で、盗まれた鍵は前方・後方どちらも開け閉めできる」
「はい、間違いありません。僕も岡本先生に確認しました」
「よし。じゃあドアの鍵穴は廊下側と室内側のどちらにある?」
「廊下側だけです。ですから室内から施錠することはできません。図書室に限らず、ほとんどの教室が同じタイプのドアになっています」
「そうだな。じゃあ次は書庫についてだ。書庫への侵入ルートは二つある。図書室から鉄扉を通って入るルートと、廊下から引き戸式のドアを開けて入るルートだ。廊下側のドアは普段開放されておらず、生徒は鉄扉から入って書庫を利用している…これも間違いないな?」
「間違いありません。まあ書庫の本は難しい専門書ばかりなので利用していた生徒は少なかったようですが」
「では出口くんが発見された時の状況だ。図書室の前後のドアも、書庫のドアも、どれも施錠された上で鍵穴が粘土で塞がれていた。では鉄扉はどうだった?」
「確かに施錠されていました」
「あの鉄扉を施錠する方法は?」
「…あの鉄扉には鍵も鍵穴もありません。書庫側のドアノブについているツマミを回すのが唯一の方法です」
そこで刑事は神妙に頷く。
「そうだ。ではそれを踏まえて考えてみるとどうなる?確かに図書室の鍵を盗んでおけば、図書室から鉄扉を通って書庫に入ることは問題ない。そこに出口くんを呼び出して殴ることもできただろう。しかしその後はどうする?鉄扉は書庫側からしか施錠できないんだ。『大工』はどこから書庫を抜け出したんだ?」
教師は口をつぐむ。
「どうだ?現状で『大工』の正体として一番有力なのは誰だ?凶器に指紋が残っているとしたらそれは誰の指紋だ?」
刑事の視線に応えるように教師が言った。
「…出口本人の指紋、というわけですか」
「そうだ。『大工』なる人物は出口くん本人だと考えるしか、あの状況を説明できる答えがない。つまりこれは彼の自作自演の自殺だったんだ。
…一昨日図書室の鍵を盗むことに成功した彼はその翌日、つまり昨日だが、包丁と赤い塗料の悪戯を決行。そして今朝再びその鍵で図書室に侵入。鉄扉を通って書庫に侵入。ドアノブのツマミを回して鉄扉を施錠する。彼はそうやって密室を作るとそこにあった本で自分で自分を殴ったんだ」
「しかしそれだと鍵穴の粘土はどう説明します?書庫の中にいてはそんなことできませんよ?」「わかっているんだろう?そんなことはわけないさ。
いいか?彼は図書室に侵入した後、廊下側の窓の鍵を開けてから一度外に出る。そして図書室のドアを施錠、書庫のドアと共に鍵穴を粘土で塞ぐ。最後に先ほど開けておいた窓から図書室に入って窓の鍵をかけたんだ。…これだけのことだよ。どうだ?問題ないだろう?出口くんはこの作業をした後で書庫に入ったんだ」
「兄さん…確かにそう考えると辻褄は合いますが…。それでは出口の行動に謎が多過ぎる」
「それは百も承知さ。彼は一体何がやりたかったのか意味不明だ。しかし彼が『何者かに襲われた自分』を過剰に演出したと考えれば筋は通らなくもない。書庫も図書室も施錠されて、しかも鍵穴まで塞がれていたら確かにすごい密室に見えるからな。それこそ推理小説みたいに。
それに自分で自分の頭を殴るというのも、重たいあの本を空中に投げ、自分の頭に落とせばやってやれないことはない」
教師はそこで黙り込む。目を閉じ、何かを考えているようだ。
「雅文…しかしな、他に考えようがない。もし第三者が書庫で出口くんを殴ったのだとすると、その人物はどこから脱出したんだ?くり返すがあの鉄扉は書庫側からしか施錠できないんだ。書庫から廊下に出るドアは普段から使われていないし、鍵も盗まれていないから誰にも開け閉めできない」
噛んで含めるように語りながら刑事は徐々に語調を強める。
「つまり、書庫が密室になっている以上、どんなに不自然でも…その中にいた人物がこれをやった『大工』でしか有り得ないんだ」
教師はそこで目を開いた。
「兄さん、出口は盗まれた鍵を持っていたんですか?」
「いや、持っていなかった。彼の衣服も書庫の中も隅々まで探したが…どこにもなかった」
「じゃあ…」
「だから今からその確認に行こう。お前も一緒に来い」
「確認って…どこへ?」
教師は目を丸くする。
「わかってるんだろう?いちいち訊くな、悪い癖だぞ」
刑事はそう言って歩き出した。

 沖渡兄弟は中庭にやってきた。ちょうど書庫の真下にあたる位置だ。刑事が先に口を開く。
「さっきも言ったが書庫と外を繋ぐルートは二つある。図書室への鉄扉と廊下へのドア。だが実はもう一つあるんだ、人間は通れないルートがな」
「はい兄さん、窓ですね」
「そう、壁の高い位置にある小さい天窓…ほら、あれだ」
刑事は眩しそうに校舎の4階を見上げてその窓を指差した。もう昼が近い。太陽も高い。暗い事件とは裏腹に天は澄み渡った秋晴れを見せている。
「出口くんの自作自演だとすると…盗まれた鍵は彼が持っていたはずだ。しかし現場にはなかった。となれば考えられるのは…」
「…出口さんが書庫を密室にした後、窓から鍵を投げ捨てた」
答えたのは教師・沖渡ではなかった。突然の返答に2人は振り返る。
「そうでしょう?刑事さん、沖渡先生」
「き、君は確か1年生の…」
「久保田です。おそらくお二人と同じ考察でここに来ました」
刑事は頭にバンダナを巻いたその不敵な生徒の出現に少々戸惑う。教師が目を丸くして尋ねる。
「そ、そりゃあ…いいが、他のみんなはどうしたんだ?」
「校長先生と教頭先生は出ていかれました。委員のみんなはまだ図書室で沈黙状態ですよ。俺はああいう非生産的な行動は嫌だから、色々調べてるんです」
兄弟は顔を見合わせる。そして視線を戻して兄の方が言う。
「う~む、まあ…いい…かな。では君も出口くんの自作自演だと思うんだね?」
「ええ、そう思います。もちろん心象ではありません。論理的に…というより物理的に考えて、書庫の密室を作り出せるのは出口さんしかいません」
マニアックマンはそこで先ほど沖渡刑事が語ったのと同じ推理を披露した。
「そうだとすると出口さんが『大工』で、盗んだ鍵も持っているはずです。でもせっかく密室で殴られたように偽装したのにそこで鍵を持ってちゃ自分がやったってバレバレです。だからきっと出口さんは鍵を書庫の中には残していないはず…と考えられるわけです。
書庫から鍵を消すためには、あの天窓から外に投げるしかありません。つまり中庭に鍵が落ちているはずです」
数学教師はそこで感心したように頷く。
「よし、わかった。じゃあ久保田も一緒に鍵を探してくれ」
「その必要はありませんよ、先生」
得意げに答える若者に刑事は「それはどういう意味だ?」と眼光を厳しくする。
「だってあそこに落ちてるじゃないですか、ほら見えるでしょう?」
マニアックマンの指差す方を見ると、確かにそれは落ちていた。まさに書庫の窓の真下、校舎から2メートルほど離れた位置。その辺りには背の高い草も生えていないので容易に視認できる。
刑事が慎重に近付いて地面に顔を寄せた。
「どうやら当たりだな。『図書室』という木の札が付いてるし…これが盗まれた鍵に間違いないだろう」
「ということは、やっぱり出口さんの自殺ってことですか…」
マニアックマンはバンダナを調整しながら冷めた目で言った。
「これで、ほぼ決まり…かな」
刑事がそう言いながら弟の方を見ると、彼はまた目を閉じてボソボソ何やら呟いている。
「ええと、久保田くん。君は図書室に戻って先生の指示を受けた方がいい。あと、このことはまだ口外しないように。捜査は警察の仕事だ」
「わかりました」
マニアックマンは頷いてその場を去った。兄は弟に言う。
「おい雅文、生徒への指示はお前の仕事だろう?」
教師・沖渡はまだ何かを考え続けている。
「う~ん、窓、から…?」
刑事はその独り言を聞きながら、やれやれと肩をすくめた。

4

マニアックマンが司書室経由で図書室に戻ると、まだ委員たちは沈黙のまま着席していた。ただ岡本と原田だけは窓際に立って何やらヒソヒソ話をしていた。岡本がマニアックマンに気づく。
「あら、久保田くん、どこへ行ってたの?」
岡本の目は涙ぐんでいる。マニアックマンはそれをあまり見ないようにして着席し、力なく答えた。
「いや、…別に。そう言えば沖渡先生、外で刑事さんと話をしてましたよ」
「あら、…そう」
そう言うと岡本は原田と頷き合ってカウンター前に出た。
「みんな、今日は本当に疲れたでしょう。だからこのまま帰宅しても構いません。もちろん授業に出る元気のある人は出てもらっても構いません」
そこで岡本は一息ついてから続ける。
「みんな…、こんな時だけど気を強く持ってね。出口くんの回復を祈りましょうね」
希望を託した言葉だった。だが委員たちは全員、彼が運び出される時に息をしていなかったのを見ている。無論、岡本もそうだったのだろうが…。
「出口くんのことについては、学校から他の生徒にも伝えますから…みんなから何も言う必要ないからね」
震える唇でそう言うと、岡本は涙を隠しながら原田と司書室へ引っ込んだ。委員たちはまだ全員腰を上げない。誰も何も言わない。
その時、午前の授業終了を告げるチャイムが鳴った。

 その後鑑識により、凶器と見られるあの重たい本に出口遊の指紋が残っていたことが確認された。また中庭で発見された鍵は盗まれた図書室の鍵に間違いないことが追って確認され、その鍵にもまた出口遊の指紋が残っていた。原田は保管していたあの包丁を警察に提出したが、それを触った原田以外の指紋は検出されなかった。

そしてフゾクの昼休憩はいつものように過ぎていったが、病院に運ばれた出口についての続報が届くことはなかった。