第59回アカシア医会総会 あの放課後から今を生きて

 2026年6月13日(土)、アカシア医会総会の中で催された卓話に登壇した。会場は広島アンデルセン。そう、あの有名なパン屋さんのアンデルセンは広島が発祥、今回会場となった広島市のここが本店である。
 昨年10月と今年2月に続き、故郷の広島で講演をするのはこれで3回目。

→コラム「広島県眼科医会主催 第20回ロービジョンの集い」
 https://micro-world-presents.net/2025/10/17/lowvision_tudoi_20-hiroshima/

→コラム「社会福祉法人広島いのちの電話主催 第21回公開講演会」
 https://micro-world-presents.net/2026/03/02/inochi-no-denwa-hiroshima-lecture-21/

 ひとまず広島講演3部作の完結編として、ここにその思い出を。

■演題

 人間は多面体 あの放課後から今を生きて

■セットリスト

第1章 放課後からの贈り物
第2章 視覚障害と歩んだ医療の道
第3章 まとめ

1.白い同窓会

 『アカシア』とは僕の母校である広島大学附属中・高等学校の愛称。『アカシア会』とはその同窓会のこと。そして今回参加した『アカシア医会』とは、アカシアの卒業生の中でも医師になったみなさんの集まりである。
 高校卒業後に広島を離れてしまっている僕は、このような会が存在することを正直把握しておらず、卓話のご依頼をいただき、期待と不安でドキドキしながら広島へ赴いた。
 今回はまず飛行機で新千歳から羽田へ移動し一泊、翌朝新幹線で広島へと向かった。そういえば、大学時代に実家へ帰省する際はいつも東京から新幹線だった。寝過ごして博多まで行ってしまい、お土産に明太子を買って引き返したのが懐かしい。
 もちろん今回は寝過ごさずに広島で降車。タクシーで本通りへと向かい、いざ訪れたアンデルセン本店。まさかパン屋さんの上階にこんな空間があったとは。卓話というからには数名で丸いテーブルを囲んでのんびり談笑かなとも思っていたが、会場に入ればたくさんの椅子が並べられ、正面にはしっかりマイクとプロジェクターが用意されていた。
 そして続々と集まってくる、広島で医療に従事しておられる先生方。総会は定刻で始まり、いくつかの連絡や決議がなされ、ついに僕の順番が回ってきたのである。

2.青い時代

 アカシア医会でお話をするに当たって悩んだのが、その内容。同窓会と捉えて思い出話をすればよいのか、医師会と捉えて学術的な話をすればよいのか。考えた結果、それらをブレンドすることにした。
 まず前半では、アカシア時代に自分がどんな放課後を過ごしていたのか、それが将来どのような形で役に立ったのかを紹介。
 例えば部活。マイクロワールド研究班でパソコンを触っているうちに自然と習得していたのがブラインドタッチ。目が見えなくなった時、すぐに音声読み上げソフトでパソコン操作を続けられたのは、このスキルのおかげ。
 また中学時代のパソコンはできることにたくさん限界があったが、だからこそ「不便な道具をどう創意工夫して楽しむか」という考えになった。目が見えなくなった時、その不便さをどう楽しむかと気持ちを切り替えられたのは、この価値観のおかげだ。

→コラム「THE HISTORY OF MICRO WORLD」
 https://micro-world-presents.net/2020/05/03/historyofmicroworld/ 

 続いて、友達とやっていた音楽活動も放課後の象徴。目が見えなくなって色々なことが不自由になった後も、音楽は自由に動き回れる世界として心を支えてくれた。また、過去に自分が作った楽曲を聴くと、そこに込められたメッセージに今の自分が励まされる、大切な気持ちを思い出す、という経験も何度も下。僕が未だに曲を作り続けているのも、きっと未来の自分を励ますためなのだ。

→コラム「AREA51、再始動?」
 https://micro-world-presents.net/2019/10/16/area51/

→アルバム『20年後のアカシアソウル』
 https://micro-world-presents.net/cat_musics/acaciasole-after20years/

 ただ放課後といえば、やはりアカシア最大のイベントである体育祭の準備。僕は裏パートのやぐらの担当だったので、今回はスライドで懐かしい写真を紹介しながら、いかにしてやぐらを作ったのか、裏方にはどんなドラマがあったのかを語った。
 一番会場からの反響が大きかったのはやはりこの話。どうしてあんなに一生懸命やっていたのか、それはよくわからない。でもあの理由のない情熱が、一生心を支えてくれる思い出を与えてくれた。目が見えなくなっても、あの輝く光景は永遠に忘れないのである。

→コラム「体育祭 ~理由のない情熱の研究~」
 https://micro-world-presents.net/2021/09/04/210904-01/

→ボイレコラジオ 第24回★アカシア体育祭SP
 https://micro-world-presents.net/cat_broadcasts/radio24/

3.銀色の学び

 後半は少々医療の話。
 赴任した北海道、視力を失う渦中の精神科臨床で学んだ「不治の病の治療法」。目が見えなくなって出会った『視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる』で学んだ「医者も人間」という当たり前の事実。仕事を続けることを決めて出会った『公益社団法人NEXT VISION』で学んだ「バリアバリュー」という発想。

 全てに共通するのが、病気も障害もその人の一面にしか過ぎない、人間は多面体の存在なのだと言う気付きだった。

 文化祭では表舞台だったり、体育祭では裏方だったり。精神科では支援者だったり、眼科では当事者だったり。休日はギターを弾いたり、小説を書いたり。そしてアカシアの同窓生だったり。

 人間はそんな多面体。

 視覚障害者として行き詰まった時には、精神科医としての知識が助けてくれたり。精神科医として行き詰まった時には、視覚障害者としての経験がヒントになったり。どちらにも行き詰まった時には、ただの愚か者になって創作活動に没頭したり。社会でどんな立場になっても、アカシアが変わらない居場所をくれたり。

 どれも自分にとって大切な一面。

 そんな言葉で、僕は卓話を締め括ったのである。

4.金色の時

 その後はさらに上階のお食事会会場へ移ってみなさんと打ち上げ。50名ほどの参加者全員がスピーチをされていたが、現在やっておられる医療の話はもちろん、アカシア時代は体育祭でどのパートだった、どの部活に所属していた、という話題が盛りだくさん。その度に会場からあたたかい拍手と遠慮ない笑いが上がる。
 みなさん、普段はきっとそれぞれの職場で責任ある立場におられる方々。けっして笑ってばかりはいられない仕事。でもこの場では、時代も世代も飛び越えて、誰もがアカシアの生徒になる。あの頃の心が顔を出す。医師免許があったって、それがその人の全てを覆い尽くすわけではない。まさに人間は多面体だ。
 この会には若き医学生諸君も参加していて、体育祭がコロナで休止した後に再始動させた世代の話も聞かせてもらった。情熱を引き継いでくれてありがとう。なかなか失敗が許されない仕事だからこそ、ぜひ失敗が許される学生のうちに惜しみない挑戦をしてほしいと願う。
 アンデルセンのおいしいパンを食べながら、僕は懐かしくて新鮮で、とても幸福な時間を過ごしたのである。

5.赤い叫び

 そして最後は、どこからかピアノの音が流れてきてみんなで校歌斉唱。さらに、お馴染みのアカシア会の会長さんによるエールへと続く。昨年4月の120周年記念式典、昨年10月のロービジョンの集いに続き、この情熱の演舞に触れるのは3回目。今回は一緒に壇上に上げてもらい、アンデルセンの会場に響き渡る熱い魂の叫びを間近で聴かせていただいた。
 そしてふと思い出す。同じくアカシア出身で、医師をしていたじいちゃん。亡くなるその日まで患者さんを診ていたあのじいちゃんに、自分が医者になった姿を見せることはできなかったが…今の僕をどう思っているのだろう。

 中途半端な存在だけど、この業界の片隅でどうにかやってるよ。今夜はじいちゃんが大好きだったアカシアの医会にも呼んでもらったんだよ!

6.研究結果

 アカシア100周年記念式典でエネルギーをもらって、そこから始まった医療の道。
 歩いてきてよかった、これからも歩いていけたら嬉しい。

令和8年6月14日  福場将太