第11話 中途半端な最終戦争 (ポリクリ発表会)

 秋月まりか留年の噂は瞬く間に同級生たちへ、ひいては学内全土へと広まっていった。まったくどこから漏れたのか…尾ひれに背びれに胸びれまでついた悪評は、今日も無責任に医学生たちの間を泳ぎ回っている。当然それは14班メンバーの耳元もかすめた。
しかし同村重一は、あの夜学務課の前で立ち聞きしたことを誰にも話さなかった。確かなことがわからないのに何かを言うべきではない…無口な男が決め込んだ沈黙は、さながら鋼の強度を誇っていた。

2月第1週、14班が臨むのは神経内科の後半戦。個人プレイの前半戦と異なり、班員揃っての実習が主体。朝の学生ロビー集合、指導医に連れ立っての診療見学、教授回診、そしてクルズス…これまでと何も変わらないポリクリの日々。ただ一つ、そこに班長の姿がないことを除いては。
沈黙を守りながらも同村は待っていた…彼女からの連絡を。彼だけではない。井沢、長、向島、そして美唄…誰もがまりかの言葉を待っていた。しかし、一身上の都合でしばらく欠席するという簡単なメールが届いたきり、彼女は音信を絶っていた。
そんな毎日についにしびれを切らした男がいる。日に日に喫煙本数が増え、バイクの運転も荒くなり、寝つきも悪くなっていた彼。そう、ここにきて望まずも出番が回ってきた副班長である。彼はまず班員たちに緊急招集をかけた。

 水曜日の午後7時、すずらん医大病院から少し離れたファミレスに彼らは集結した。夕食の頃合であったがコーヒー以外を注文する者はいない。どんなにおいしい料理が運ばれても、楽しい食事にならないのは明らか。まりか不在となってから、キーヤンカレーからも自然と足が遠のいていた。
「みんな、勉強も大変な時なのに集まってくれてありがとな」
飲み物が来るのも待たずに長が切り出す。
「話したいのは秋月さんのことだ。単刀直入に言うけど…どうしてポリクリに来ないんだ?誰か理由を知らないか」
答える者はいない。長は美唄を見たが、彼女も不安な瞳で俯いているだけだった。少しして向島が口火を切る。
「問題を起こして謹慎処分になったって噂だけど…本当なのかな」
「俺も…」
井沢も口を開いた。
「同級生とか先輩とかに訊いてみたんですけど…どれが事実かわからなくて。秋月さんが入院患者に手を出したとか、デートに誘って連れ出したとか…勝手な話ばっかで、聞いてて腹が立ちました。あの秋月さんがそんなことするわけないのに」
誰も言葉を続けない。ウエイトレスがトレイを運んできたが、その雰囲気を察して人数分のコーヒーを置くとすぐに退散した。
「同村…何か知ってるんじゃないのか?」
カップには手も触れず長がやや厳しい声で尋ねた。視線が集まった男はそれでも黙っていたが、美唄の「同村くん、ちゃんと答えて」の言葉に顔を挙げる。
「遠藤さん…」
「ずっと何かを隠してるのはあたしにもわかるよ。多分まりかちゃんのために黙ってるんだろうけど…ここにいるのはみんな仲間でしょ?だったらもう隠さないで。実はあたしも知ってることがあるから先に話すね。まりかちゃんとは秘密にするって約束したんだけど、みんなになら…きっと許してくれると思うから」
彼女は決意の目で全員を順に見た。
「ポリクリに来ない理由を知ってるの?」
尋ねた井沢に美唄は首を振り、「でもきっと関係あることだと思う」と答えた。そしてゆっくりと、あの日まりかから相談されたアカシアという青年のことを話し始める。
高校時代の部活の後輩で、アーチェリー部のエースでムードメーカーだった彼。まりかに想いを伝えて断わられ、その直後に進行性の神経疾患を発病し養護学校に転校。現在はすずらん医大病院に入院していて車椅子を使う生活となっている。そんな彼が一緒に出掛けたいとまりかに要望した。
「まりかちゃん、行くか行かないか、すっごく迷ってた。どっちがアカシアくんのためなんだろうって…」
美唄はコーヒーカップに頼りなく人差し指を掛けたが、結局口に運ぶことはしない。そしてせつない眼差しになり、まりかが逡巡の末に彼との外出を決断したことを明かした。
「そういえば…」
井沢がそこで思い出す。
「確か緩和ケア科の時だったかな。みんなでカルテを見てて、美唄ちゃんがアカシジアをアカシアって読み間違えた時に、秋月さん、不自然な反応してたよな。今から思えば、きっとそのアカシアくんのことが頭に浮かんだんだろうな」
美唄も頷く。
「あたしもそう思う。まりかちゃん、何も言わなかったけど…、きっとそんなふうに動揺しちゃうくらい、アカシアくんのことはいつも気にかけてたんだよ」
「じゃあそのアカシアくんと出掛けたことが問題になってるのか?」
長が誰にでもなく尋ねる。また会話が滞りかけたが…。
「実は」
ついに同村が重たい口を開いた。みんなが再び注目する。
「この前の日曜日…俺、大学に来てたんだ。学生ロビーで自習しながら、秋月さんのノートを盗んだ奴が返しに来るのを待ってた」
長が目を細める。
「まあそれは結局無駄足だったんだけど。夜になって、帰る前に学務課に行ったんだ…ノートが落とし物として届いてないかなって思って。馬鹿だよな、日曜だから学務課は休みなのに。そしたらそこで…中から喜多村さんと話す秋月さんの声が聞こえてきたんだ」
全員息を呑む。彼は立ち聞きした内容を整理しながら説明した。一緒に外出した先でチンピラにからまれ後輩を怪我させてしまったこと、彼が入院中の患者であったため大きな問題になっていること、まりかに対するひとまずの処分は謹慎、そして最終的な処分として留年が確定的だということ…。
「ごめん、言い出せなくて」
そう締めくくった彼に、長が座り直してから言った。
「いや、その内容なら言うのをためらっても仕方ない。秋月さんの名誉に関わることだ。同村の判断を俺は咎めないぞ。それにしても…そんなことになってたなんて」
驚きを隠せない他の三つの顔も頷く。
「僕も同感、同村くんは間違ってないよ」
向島が優しい目で言った。
「それより問題は秋月さんだ。そういう状況になってるんなら、早く手を打たないと本当にまずいよ」
美唄が「まずいってどういうことですか?」と問う。
「このまま何もしないと、本当に留年になっちゃうってことさ。仮にアカシアくんを怪我させた件がお咎めなしになっても、謹慎で出席が足りなけりゃどっちみち同じことになる。しょっちゅうサボってた僕が言うのもおこがましいけど、ポリクリは一つでも出席の足りない科があった時点で即留年だから」
「そう…ですよね」
向島の言葉に同村は急に焦りを感じ始める。口を閉ざしていた頃はしばらくなりゆきを見ようと構えていたが、冷静に考えればそんな悠長な話ではない。もちろんそれ相応の理由があれば、ポリクリの欠席を、例えば別の日に振り替えて実習するなどして後から補填してもらう方法はあるだろう。しかしもうそんな時間もない。今月末で実習期間は終了するのだ。そして来月頭にはすぐ進級試験が控えている。
「じゃあせめて…謹慎処分だけでも解いてもらえるように何とかできませんかね。ええと、そうだ嘆願書、嘆願書ですよ。同級生に署名をもらって、大学に嘆願書を出しましょう」
同村の提案を井沢が却下する。
「無理だ。一体どれだけの奴が協力してくれると思う?秋月さんは部活も入ってないし、友達が多いタイプじゃないし…。それ以前に特待生がついに留年だって喜んでる連中までいるんだぜ。…最低だよな」
「喜ぶって、どうしてだよ?」
「そりゃ、みんな自分のことを考えてるからさ。6年生への進級試験で留年するのは毎年三人前後…秋月さんは学年トップだから、いなくなれば確実に進級の枠が一つ増える」
また同村の嫌うこの話だ。まるで救命ボートの数が足りない沈没船。留年の恐怖にかられた医学生たちは、出し抜き合い、蹴落とし合い、正々堂々なんてことはどこかに忘れ去られてしまう。
「そんなのおかしいだろ!」
思わず声を荒げ、テーブルのコーヒーが少し波立つ。井沢がなだめた。
「落ち着け。確かにおかしい、おかしいよな。でも…そういうふうに考える癖がついちまったんだ、みんな。自分の下に何人いるか、そんなことばっかり考えながら勉強してる。まあ…この班になれなかったら俺もそうだったと思う」
爽やか青年は頬を緩め、放置していたコーヒーを先陣切って口に運ぶ。そしてカフェインが全身に行き渡るのを噛みしめるようにゆっくり息を吐いた。
「俺さ…この班になれて本当によかったって思ってる。正直に白状しちゃうと、最初はハズレ班だと思ってたんだ。この一年、まあ無難につき合おうかなって。
でもこの班のおかげで…いつか同村に言われたけど、自分で考えるってことをしなくなってることに気付けた。大事なことを見失わずにすんだんだ」
「それは俺もだよ、井沢」
口調を穏やかに戻して答える同村。井沢は小さく笑って続ける。
「ありがとな。俺、今まで色々な人にいい顔して気に入られて…それで勝ち組だ、うまくやれてるんだって思ってた。でも同村の小説とか、向島さんの音楽とか…みんな自分の好きな物の話をしてる時すっごく幸せそうだった。なんて言うか…勝ちとか負けとかばっかり考えてた自分がしょうもなくて…俺もみんなみたいに幸せな顔したいなって」
「あたしも…14班、大好きよ」
美唄もコーヒーに口をつけ、弱く微笑む。
「みんなで色んな科を回って、実習して勉強して一緒に考えて…。医学部に入って、こんなに毎日が心に残ったことなんて今までなかった」
彼女はカップを置くと、指折りいくつもの場面を挙げてみせる。産婦人科では出産見学の待ちぼうけを食らってみんなでゲームセンターに行ったこと、外科では初めてのオペ室に戸惑ったこと、緩和ケア科では余命少ない患者に出会って生きる意味を考えたこと、精神科では心の解釈をみんなで議論したこと、眼科では教授の宴会を連携プレイで乗り切ったこと、九十九里の療養センターではいつも怒っていたおじいさんが微笑む瞬間を見たこと、クリスマス・イブに救命救急センターに現れたサンタクロースのこと、そして何度もみんなで通ったキーヤンカレーのこと…。
男たちは黙ってそんな美唄の語りに耳を預けた。彼女の言葉に導かれ、いくつもの思い出が共通の記憶の中から導かれる。その場はしばしのコーヒータイムとなった。
「あたし、この一年感謝ばっかり。あたしの病気のことだってみんな優しく受け止めてくれて…こうしてやってこれたのもみんながたくさんたくさん助けてくれたおかげだよ。
みんな、本当にありがとう。あたし、この班で本当によかった」
「俺もそうだ」
同村も素直な言葉を口にする。
「自分がどれだけ身勝手で、思い上がってたかがわかった。大した覚悟もなく医学部に入って、こんなに目が覚めた一年はなかった。みんなのおかげだ」
そうだね、君にとってこの一年はまさに青春だったと思うよ。可愛い彼女もできたことだし…いや、こりゃ失敬。
続いて浪人生のボスも頭を掻く。
「俺も…みんなに感謝してる。こんなオッサンを仲間に入れてくれて。この一念なんか若返ったっていうか…青春再びって感じだったな」
長にとっては第二の青春。そして生涯青春真っ盛りのミュージシャンは?
「僕も…先輩なのに迷惑かけてごめん。気を遣わずに過ごせたのはみんなのおかげだよ」
美唄が「ちょこっとは気を遣ってほしかったかな~」とおどけ、その場に小さな笑いが生まれる。そしてそれが余計に今そこにある一つの空席をせつなくさせる。隣の無人の椅子を見て美唄が言った。
「まりかちゃんも…そうだよ。まりかちゃんだって、きっと14班大好きだと思うよ。だからあたし…みんなで一緒に進級したい」
脱線しかけた話題が戻る。同村も強く頷いた。
「こんなにスムーズに実習できたのは秋月さんのおかげだ。みんなのために本当によくしてくれた。集合時間の連絡とか、医局や学務課とのやりとりとか…絶対手抜きしなかった。口頭試問の前だってみんなに色々教えてくれたし、ノートやレポートだって惜しまずに見せてくれた」
「本当に最高の班長だよな」
井沢も認める。
「最初はちょっと成績が良いだけのくせにって、ハハ、嫌な奴だった頃の俺は嫉妬したりもしてた。でも…秋月さんは本物だった。俺なんか足元にも及ばない。ポリクリ一日も休まなかったし、患者さんへの対応もすごく丁寧だった。あれは本当に医学への情熱がなけりゃできないよ」
「だよな。秋月さんこそ医学生の鑑だ。なのにどうして留年とかいう話になるんだよ。そもそもそれがおかしくないか?」
同村が熱い疑問を投げかけた。

 全員がカップを置く。井沢が少し考えてから答えた。
「責任の問題…じゃないか?秋月さんが患者を連れ出して怪我させちまったのは事実なんだから。普段の実習が真面目だからって、それは帳消しにはならないだろ」
「でもそれは医学生としてやったわけじゃない、高校時代の後輩と出掛けて…たまたまトラブルに巻き込まれただけだぞ。アカシアくんに大きな怪我もなかったようだし、遊びに行った先でトラブルに巻き込まれるなんてよくあることじゃないか」
同村の意見に長が反論する。
「それは甘いな。そんなに簡単じゃない。大した怪我じゃなかったのはあくまで偶然で、もしかしたらもっと大変なことになってたかもしれない」
「でもそんなこと言ったら、チンピラが現れたのだって偶然じゃないですか。予想できるはずない。そいつが現れなければ、何の問題もなかったわけですよね?」
「それはそうだけどな、結果は結果だ」
「長さんそんな…」
釈然としていない男に井沢が「だからな」と説明する。
「結局、立場の問題なんだよ。アカシアくんがただの友達と外出してて同じ目に遭ったんならそれは単なる不運な事故さ。でも一緒にいたのがよりによって入院してる大学病院の医学生だったから責任が生じてくるんだ。しかもちょうどアカシアくんがいる神経内科を回ってたのもタイミングが悪かった」
「タイミングって…」
「いいか同村、バカバカしいと思うかもしれないけど、例えばこう考えてみろ。外来に通院しているおばあちゃんが自分の家で転んだとしたら…それは事故だろ?それで病院を責める家族はまずいない。でも入院中のおばあちゃんが病棟で転んだとしたらどうだ?骨折でもしたらどうだ?訴訟になってもおかしくない。病院は間違いなく謝罪するさ。
たまたまですなんてのは通らない。それくらい病院ってのは社会から信頼されて…期待もされてるんだ。俺の親父だって、不可抗力に対して何度も頭を下げてる」
「待てよ、秋月さんはただの友達として出掛けたんだろ?誘ったのも相手だし、その日は日曜で別にポリクリをしてたわけじゃない」
「そんなのわかってる。でも、立場がある」
「立場って…じゃあ何か?医学生の俺たちは全員もう二度とただの友達として行動できないのか?」
また興奮してきた彼を長がいさめる。
「冷静になれ、今回は…相手がうちに入院中の患者だったのがまずかったんだ。井沢も言っただろ?外来の患者ならここまで大きな問題にはなってない。入院している患者に対して病院は責任がある、医学生だって一切なしとはいかない」
唇を噛む同村。美唄が口を開いた。
「あたし、まりかちゃんがどれだけ悩んでアカシアくんと出掛けることを決めたか知ってる。それにアカシアくんだって…すっごく悩んだと思うよ。そんなことしたら迷惑かけちゃうかもしれないって。
それでも勇気出して誘って、まりかちゃんも一生懸命それに応えたんだよ。お互い患者とか医学生とかそんな立場を乗り越えて…」
「でもね美唄ちゃん」
長が噛んで含めるように諭す。
「いくら本人たちがそうでも、立場ってのは周囲が判断するもんだ。医学生が患者を怪我させた以上、大学は責任を示さないわけにはいかない。大学の判断も筋が通ってないわけじゃない」
同村が何か言いかけたが、その隙を与えずに長は続けた。
「だから秋月さんを留年にして、それで体面を整えようとしてるんだ。そんなに睨むなよ同村。俺だってそれが全面的に正しいなんて思ってない。井沢だってそう、理不尽だってちゃんと感じてるさ。
でもな…社会ってそういうものなんだ。責任とか誠意と課…それは気持ちだけじゃ示せない。秋月さんも心得た人だから…きっとわかってる」
その言葉は重く響いた。同村も開きかけた口をつぐむ。
こんな議論がしたかったんだろうか?誰も己の胸に問っていた。無言で残り少ないコーヒーを啜るだけの苦い沈黙が過ぎる。
「みんな、思い詰めるのはやめようぜ」
ふいに井沢が空気を和ませるように両手を広げた。
「まだ絶対留年って決まったわけじゃないんだし、謹慎だけでひょっこり戻ってくる可能性もあるんじゃないか?なんてったって秋月さんは四年連続の特待生だぜ。水面下でそんな話も動いてるかも」
誰も何も返さない。楽観したくても出席日数のリミットは刻一刻と迫っているのだ。ポツリと向島が「そうだね」とだけ呟いた。

その後コーヒーをおかわりしてから小休止。もう一度議論を交わしたが…大学、病院、医学生、患者、立場、責任…と同じ単語が空回りするだけで何も生まれることはなく、その場は散会となった。

 帰りの地下鉄、吊り革を握って美唄が言った。
「同村くん…あたし、やっぱりまりかちゃんと進級したい。一緒に卒業したいよ」
「俺だってそうさ」
「みんなには言ってなかったけど、まりかちゃんね、何度もあたしを助けてくれてたの。字が小さい資料を拡大コピーするのとか、一緒に残って読み上げてくれたりとか…。あたし、恩返ししたいよ。友達だもん、何とかしてあげたいよ!」
「そうだね…」
同村は考えていた。友情…もちろんそれは尊いものだがその理屈では大学を説得することはできないだろう。あの日二人は医学生と患者ではなくあくまで友達だった、という理屈と同じことだ。そんな感情論では、井沢や長の言う責任論に太刀打ちできない。
もしかしたら留年という処分は正しいのかもしれない…とそんな気さえしてくる。本人もそれを受け入れているのかもしれない。余計なことをすればもっと事態は悪くなるのかもしれない。だとしたら…。
「ねえ同村くん、どうすればいいかな?」
愛しい二つの大きな瞳に見つめられながら、彼は無言を返すしかなかった。

 翌日木曜日の昼休憩。同村と向島は連れ立って学務課のドアを叩いた。
「君たちが来ても仕方のない話ですよ」
用件がまりかのことだとわかると、カウンター越しの喜多村の応対は途端に冷遇に変貌した。
「それより実習はどうしました?ちゃんとやるべきことをしてください」
「今は休憩時間です」
同村が答える。昨夜一瞬弱気になりかけたが、心は再び奮起していた。ノートを盗むような連中が進級して、誰より医学に情熱を持っている者が留年する…考えているうちにその理不尽が許せなくなったのだ。
「秋月さんがこのまま留年になるなんてこと…俺たち納得できません」
「しかしね、彼女が患者さんを怪我させてしまった以上、責任を取らされるのは社会のルールですよ。大学としても、ご家族に誠意を見せなくてはいけませんしね」
「外出に誘ったのは患者さんの方です。というより…二人は昔からの友人なんです。患者とか医学生とかそれ以前に。だからご家族だって…懲罰なんて望んでいないと思います」
「例えそうでも、大学は誠意を示さなくてはならないんです」
「誰も望んでいない誠意に何の意味があるんですか?」
語気を強める同村。
「大きな意味があるんです。わからないんですか?そうですね、君たちのようにいい歳して学生をやってるとわからないかもしれませんね。でも社会とはそういうものです。不可抗力だろうが、悪意がなかろうが、失敗したらその責任は取らされて当然です」
「失敗ですか?」
「そうですよ、同村くん。残念ながら彼女は失敗した…間違えたんです、判断を」
「じゃあ秋月さんはどうすれば正解だったんですか?大事な後輩からの誘いを無下に断わるべきだったんですか?」
喜多村はメガネの奥の瞳に嘲笑を浮かべる。
「怪我をさせるよりは…その方がずっとよいでしょう」
そこで同村が一歩カウンターに詰め寄った。
「でもそれは結果論で…」
「ですから、結果に責任が伴うのは当然です。いい加減青臭いことを言うのはやめてください。君たちは医者になるんでしょう?医者になったら立場と責任はずっとついて回りますよ。友人だからとか、結果論だからとか…そんなの通用しません」
同村はイライラしてくる。これでは結局昨日のファミレスでの議論と同じだ。もともと医学部に対して抱いていたドロドロとした感情が、腹の底から押し上がってくるのを感じた。もういい、ぶちまけちまえ!
「医者になるなんて決め付けないでください。俺は…」
「待って、同村くん」
それまで黙っていた向島が、寸でのところで彼の噴火を防いだ。それを口にしてしまったら相手をますます刺激するだけ…泥沼の議論になるだけだ。同村が医学部への鬱憤をぶつけようとしたように、喜多村もこれまで医学生に対して溜め込んできたストレスをぶつけてきている。その喧嘩を買ってもまりかの救済には繋がらない。
「本当に…秋月さんは留年になるんですか?」
同村を一歩下がらせ、向島は冷静に尋ねた。
「それは上の人たちが考えています。それに一年留年したからって何です?彼女なら来年ちゃんと進級するでしょう。まったく…医学生はプライドばかり高くて挫折に弱過ぎる。何年か前にも、留年したからって失踪騒ぎを起こした学生がいました。本当に馬鹿げてる。
君たちも、こんなことしてる暇があったらちゃんと勉強してください。そうそう、ポリクリ発表会も明後日でしょう、準備は大丈夫ですか?」
「どうせ誰も聞いてない茶番の発表会じゃないですか。あんなことをやらせる大学の方が馬鹿げてる」
懲りずに吐き捨てる同村。喜多村は呆れたように鼻で笑った。
「気に食わなくなったら大学批判ですか。本当にお子様ですね。みなさん医師免許が欲しいんでしょう?同村くん、昨年のような成績では今年の進級は危ないですよ」
「今、関係ないでしょう。それより秋月さんは…」
「それと向島くん」
喜多村はあからさまに同村を無視した。
「君は一度留年しているし、今年も前期の欠席が多い。ギリギリ単位は取ったみたいですが…噂では病室で楽器を演奏したりもしたそうですね。これ以上やらかすと君も進級できなくなりますよ」
「どうして…問題を起こしたら留年なんですか?」
向島も少しだけ敵意を浮かべる。
「理由を決めるのは大学です。君たちはすずらん医大という大学の学生なんです。医者になりたいんでしょう?だったら大学に従いなさい」
学生はふてぶてしくどちらも頷かない。喜多村はやれやれと肩をすくめると、そのまま自分のデスクに戻ってしまった。同村は呼び掛けようとカウンターに身を乗り出したが…それをやめる。隣を見ると、向島もこれ以上は無駄だというふうに小さく首を振った。
「失礼します」
その時、入り口のドアがノックされて一人の男が入室する。
「ああ、どうぞどうぞ」
喜多村が打って変わった笑顔で腰を上げた。入ってきたのは北里、同村の同級生にしてクラス委員…つまり小学校でいうところの学級委員長のような存在。学年代表として頻繁に学務課や教授陣と交流を持ち、大学・学生間の連絡並びに調整役を果たしている。学業でも優秀でいつもまりかの次点の成績。それゆえ大学側からも一目置かれ、同級生からは『北里』を音読みした『ホックリー』の愛称で、「将来は厚生労働省のホックリー大臣」なんて皮肉半分で評価されている。まあ物語の終盤にニックネーム付きで登場したくらいだから、当然今後の展開に絡んでくるのだが…それは読んでのお楽しみ。
「あれ、同村?それに向島さんまで」
彼はカウンター前に立つ二人に大袈裟に驚く。その出で立ちは黒いジャケットにポマードたっぷりのオールバック。
「どうしたんだ、学務課で会うなんて珍しいな」
口ごもった同村を再び無視して喜多村が言う。
「気にしないでください、彼らの用はもう済みました。それより北里くん、君に来てもらったのはですね、ポリクリ発表会のことです。段取りについてもう一度確認してほしいと教授先生方からお達しがありましてね」
「先週のが何かまずかったでしょうか?」
「いえいえ、とんでもない。より良くするためにってことです。先日は1班から順番に発表してもらいましたが、もっと内容によって順番を決めてもいいんじゃないかという提案です」
「なるほどなるほど」
北里はすっかりお手の物といった具合で打ち合わせに応じる。所在なくなった二人はいそいそと学務課を出た。
「彼…ホックリーくんだっけ」
廊下を少し歩いた所で向島が尋ねた。クールダウンした同村は「ええ」とだけ返す。
「クラス委員だったよね。ああやって学務課と調整してるんだ」
「あいつはやり手ですよ。学生たちの要望を取りまとめて大学に伝えたり、それを実現する代わりに大学からの条件を学生に呑ませたり…。実際に去年から試験の問題用紙を持ち帰ってもいいことになったじゃないですか。あれもあいつの交渉の成果なんです」
「じゃあホックリーくんが味方についてくれたら、秋月さんのこともなんとかなるかもよ」
それは名案だと一瞬同村も思った。しかし…すぐに思い直して「難しいでしょうね」と答える。北里に限ってではない、昨日井沢も言っていたが、ポリクリ発表会や進級試験を控えたこの時期に、他人のために協力してくれる人間がどれだけいるだろう。しかも大学に目を付けられるリスクを冒してまで…それは医学生の最も臆病なところじゃないか。
ノート盗難事件以来、同村は同級生たちへの失望を禁じ得ない。そんな胸中を察したかのように先輩はポンと彼の肩を叩く。
「さっきのガッツはどうしたの。何事もやってみなくちゃ始まらないよ」
そんなわけで二人は学務課から出てくる北里を廊下で待ち伏せることにした。間もなく姿を見せた彼を捕まえてまりか救済の相談をする…と、さすがのクラス委員は彼女の現状を大学から聞いておおよそ知っているようだった。
「なあ北里、何とかならないかな」
「そうだなあ。これは大学と学生だけの問題じゃないからなあ。ご家族とか病院とかも絡んでるんだろうし…気の毒だとは思うけど」
「君ならうまく交渉できるんじゃないか?」
「無茶言うなよ。俺が大学に交渉するのは学年全体の要望、しかも学業に関することだけさ」
つまりこれは極めて個人的で、学業とも無関係な案件ということだろう。はっきりとは言わなかったが、その様子から自分を巻き込まないでくれと思っているのは明らかだった。結局同情の念だけを示して彼は去っていく。
「やっぱりダメでしたね」
「…世知辛いねえ」
落胆の同村の隣で、向島はそっと虚空を仰いだ。
打つ手なし、万事休す。突破口はどこに存在するのか?

 同じ頃、井沢と長は明石の病室を訪ねていた。まりかが謹慎処分を受けたことは聞かされていたらしく、車椅子の青年はまるで子供のように泣きじゃくっていた。
「ぼ、僕のせいです。僕が先輩を誘ったりしなければ…う、うう…」
こんなに大泣きされてはまたこれが問題になってしまいかねない。井沢は「大丈夫、落ち着いて」と彼をなだめた。
「僕、学長先生にも院長先生にも何度も言いました。先輩は何も悪くないって。だから先輩が責任を取ることなんかないって…」
興奮して車椅子から飛び出しそうになる体を長が支える。
「明石くん、体に障るよ」
「いいんです、体なんてもう…。僕は何度も頼みました、でも、みんなこれは大学のけじめだからって頭を下げてばっかりで…。う、うう…僕が悪いんだ、全部僕が!」
才能と人望に恵まれていた青年。不治の病を告知され、たくさんのものをあきらめてきた青年。それでも泣き言一つ言わず、いつも冗談めかして笑っていた青年。そんな彼が今誰よりも慟哭している。嵐のように激しく自分を責めている。その隣で、医学生二人は何も言えなかった。
ふと井沢がドアの方を見ると、隙間から覗いている者が一人…神経内科医の原田、まりかの指導医だ。彼は無言で手招きする。井沢は長に合図し、明石にも一礼してから二人で病室を出た。
「すいません、原田先生…」
言いかけた井沢に「しっ」と指を立て、彼は周囲を気にしながら無言で二人をカンファレンスルームに導く。入って鍵を掛けてからようやく言葉が放たれた。
「君たちに訊きたいことがあるんだ」
「すいません、勝手に患者と話をして。俺たち…」
長の弁明を原田が遮る。
「わかってるよ。秋月先生のことで居ても立ってもいられないんだろ?僕が訊きたいのは、今彼女がどうなってるのかってことだ。連絡は取れてるの?」
「いいえ…」
なしのつぶてであることを長が説明。原田は「そうか…」と重たく息を吐いた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
そう頭を下げた井沢だったが、意を決して言葉を続けた。
「あの、先生は何か…ご存じではないですか?秋月さんはどうなってしまうんですか?」
「状況はかなり悪いね。秋月先生の処遇の最終決定は学生部長になるけど、噂ではこのまま留年にするご意向のようだし。ただあくまで処分は謹慎のみで、その結果単位が足りなくての留年…という形さ。ほんと、医学部らしいよ」
指導医は小さく舌打ち。
「いやごめん。僕としてはね、秋月先生のことはもちろん心配してる。あんなに一生懸命で優秀な学生は滅多にいない。ただ僕がもっと心配なのはね、明石くんのことなんだ。あの患者は…進行性の病気を患ってる。だから、ためらわずに今やりたいことをやってほしい。でもこのままでは…きっと彼は心を閉ざしてしまう」
原田はさらに声を落とした。
「正直に言うとね、うちの教授も准教授も、誰も秋月先生を責めちゃいない。もちろん僕もそう。彼女と出掛けることが決まってからの明石くんは、とても良い顔をしてた」
「だったら…」
言いかけて井沢は黙る。だとしても大学として誠意を示さねばならない、それは昨日自分で同村に説いたことだった。
「状況はわかった、ありがとう。力になれなくて申し訳ないね。せめて明石くんのメンタルケアはできる限りやらせてもらうよ。だから、君たちも自分の勉強に集中して…。学生部長は時々明石くんに会いに来る。鉢合わせしたらまずいだろ」
そこで原田のPHSが鳴る。それに「今行きます」と答えた彼は、学生二人に会釈しながら忙しそうに部屋を出ていった。
「そうだよな…」
長が駆けていく原田の背中を見ながら言う。
「医者はみんなたくさんの患者を抱えてるんだもんな。心の中では秋月さんの味方でも、大学に立てついて仕事がやりにくくなったら、他の患者さんたちに悪いもんな」
「そうっすね。一瞬何か協力してもらおうかと思いましたけど、表立って動いてもらって…それで原田先生に迷惑がかかっちゃまずいですもんね」
そう、口にはしないだけで、今回の件の責任で、原田はすでに何らかのペナルティを負っているかもしれないのだ。
「敵が学生部長…っていうのも痛いですよね」
ぼやく井沢。学生部長…耳鼻咽喉科の教授でもあるその閻魔の手中には、学生たちの命運が握られている。生かすも殺すも指先一つ。耳鼻咽喉科を回った時に感じたあの恐怖と戦慄が蘇り、二人はしばし何も言えなかった。

 その頃、美唄はまりかに電話をかけていた。病院駐車場の片隅、周囲に誰もいない場所。
「出てよ…まりかちゃん」
携帯電話を握る右手に力を込める。そして左手には一枚の写真…それはいつかキーヤンカレーで撮影した六人の集合写真。笑顔全快の美唄、その隣でちょっと照れてピースをするまりか、二人を囲む男連中…誰もが微笑んでいる。
「まりかちゃん…」
しかしその願いも空しく、押し当てた耳に返されるのは無機質なコール音だけだった。

 同日午後5時の学生ロビー。彼らはいつものソファでポリクリ発表会の準備をしていた。本番はもう明後日、のんびりはしていられないが…当然身が入るはずもない。本来は班長を中心にこの一年の集大成として盛り上がるはずだったこの作業、今はただ機械的に進めるだけ…ふとすればすぐにその手は止まってしまう。
「みんな集中しよう…って言っても無理か」
長が力なく言う。昼休憩に動いたそれぞれの戦況報告を聞き、事態はさらに最悪の色を深めていた。どこにも解決の糸口さえ見当たらない。このまま何をしてよいかもわからず、何をすべきでないのかもわからず、何もできず…ただまりかに決定的な処分が下されるのを待つしかないのか。
もちろんたかが留年だ。命を奪われるわけではない。最悪もう一回5年生をやるというだけの話だ。それでも勉学に誰より心血を注いでいた彼女が人生に足止めを食らうことに…やはりやりきれなさは大きい。そして、ずっと助けてくれた彼女を置いて自分たちだけ前に進むことにも…強い後ろめたさがあった。
美唄がそっとペンを置く。
「いつかまりかちゃん言ってたよね。卒業したら本当はオールラウンド研修なんかより、早く神経内科に進みたいって。もしかしたらあれも…アカシアくんのことがあったからだったのかもしれない。少しでも早く現場に出て、少しでも早く力になりたかったのかも…」
進行性の病を抱える者にとって、無駄な時間は存在しない。とりあえず一年、なんとなくもう一年なんて生き方はできない。それは美唄自身も誰より感じていることに違いなかった。
「すごく泣いてたな…彼」
呟く井沢。長も黙って頷いた。
「まりかちゃんだけじゃないよ。このままだとアカシアくんもダメになっちゃう。自分の病気を恨んで、もう幸せになろうとか、人を好きになろうとかできなくなっちゃうよ」
同村は思う…美唄も一度はそんな孤独を覚悟しようとしていたのかもしれないと。
だがどうする?このままではいけないとは思うが、一体何をどうすればいいんだ?秋月さんと明石くんの気持ちを考えてくれ、と大学に直訴するか?でもそれでは結局個人的な感情論。同級生も協力はしてくれないし、大学だって相手にしないだろう。
それに…何かが違う。二人へのやりきれなさ、大学の処分への腹立たしさ、もちろんそれらの気持ちは本物だが、どちらも表層的な感情に過ぎないのではないだろうか。昨日ファミレスでみんなと議論した時にも感じた。今日学務課で喜多村と言い争った時にも感じた。この違和感…このモヤモヤは何だ?
心の奥底で引っ掛かっていることがある。今回の出来事にはそのままにしてはいけない、通り過ぎてはいけない重大なことが含まれている気がする。それがはたして何なのか…わかりそうでわからない。それはずっと感じてきたもので、今もすぐそこにあるもののはずなのに!
頭を抱えてしまう主人公。その隣で向島も視線を落として黙り込んでいる。頼む天才アウトロー、何か思いついてくれ!

五人は二時間ほどその場にいたが、結局作業は完了せず残りはまた明日となった。

 アパートの部屋に帰りつき、夕食もそこそこに同村はいつもの机に向かう。進級試験のための問題集を開いてみるが…全く手につかない。趣味の執筆でもするかとパソコンの電源を入れたが…これも一行も進まず。モヤモヤはどんどん膨張し彼の心を占有していく。
溜め息をついてふと正面の壁を見た。そこには14班六人の名前と役職を記した紙が貼ってある。そう、一年前の3月、初めて集まったあの日の夜に作った物だ。
「まさか、最後の最後でこんなことになるなんて…」
また独り言。モヤモヤを薄めるように、彼は頭の中でこの一年の記憶をリプレイしてみる。やがてそれはこの一年に留まらず、入学してからの様々な記憶に広がっていった。これまで医学部に対して感じてきた理不尽や葛藤、矛盾や希望が陽炎のように蘇ってくる。
彼は無意識にパソコンの中の文書データを開いていた。そう、それはポリクリで各科を回りながら作成してきたレポートたち。誉められたり叱られたりしながら、それでも貫いた『乾燥のコーナー』も含まれている。中には実習の後で追記した文章もある。彼はそこに記されたその時その時の自分の想いを読み返していった。

まずは4月の産婦人科。右も左もわからず大混乱だった最初のポリクリ。その感想には『天使のラッパを聴いた』と記されている。
続いて5月は外科の実習が続く。初めてのオペ室は宇宙船に搭乗するかのような緊張感だった。感想には『百本の無駄骨を折れ』。
6月で印象に残っているのは血液内科。感想には『いつまでも分化と再生をくり返す幹細胞であれ』。
7月の耳鼻咽喉科では『それでも医学部に来てよかった』。
8月の緩和ケア科では『希望を灯せる人間力を持て』。
9月の精神科では…この科にレポート提出はなかったが、『心はわからない。だからお互いが必要』と書き残している。
10月の眼科では『どうすれば視力を失っても未来が見えるのか』。
11月の地域療養センターでは『迷惑をかけないことより、誰かの役に立てる人生を』。
そして12月の救命救急センターでは…ここでもレポートはなかったが、『あきらめない命の応援団になれ』と結んでいた。

人が生きていく上で最も難しいことは、その時の心を留め置くことだろう。感情、感覚、感動、感銘、感性…どんなに望んでもそれらを保管することはできず、時の流れの中で心は自ずと変化していく。それでもそれを文字にしてしたためることで、ほんの少しだけ思い出すことができる…その時大切だと感じたことを、正しいと考えたことを。
彼は探していた…医学部に入ってから今日までの日々の中に、今目の前の道を示してくれる手掛かりが必ずあるはずだと。夜が更けていくのも忘れ、彼は何度も何度も自分の心を読み返していった。

 明けて金曜日、同村はポリクリを休んだ。幸いレポート提出は昨日終わっていたので不在でも単位はもらえた。無口な男の無言の欠席を気に掛けながらも、四人となった14班は、結局まりかの復帰もないまま神経内科の実習を終える。
そして夕方からは昨日の続きで発表会の準備。事務的な作業で完成したのは、他の班と同様に原稿を棒読みしてやり過ごせる無難な代物だった。
「まあ今はこれが精一杯だな、みんなお疲れ様」
長が手をパンと叩いて言う。
「明日の本番も何とかなるだろ。今日は同村もいないから、明日は少し早く集まって最終確認しよう」
「そうっすね。日本語がおかしくないかのチェックも明日文芸部にお願いしましょう」
井沢が返すと、美唄と向島も力なく笑う。では帰りますかと腰を上げたところで…、学生ロビーの入り口から噂をすればの男が飛び込んできた。
「みんな、今日はごめん」
「ちょっと同村くん、遅刻…っていうかもうとっくに終わってるよ」
息を切らした男は、睡眠不足らしい充血した目で言う。
「ごめん。実は…ずっと考えてたんだ。秋月さんのこと、もしかしたら何とかできるかもしれない」
一同は言葉を失う。そんなまさか…と無言の空気が問い掛ける。だが目の前の男の瞳には、確かに昨日まではなかった光が宿っていた。息を整えてから同村は言い放つ。
「みんな話を聞いてくれ、頼む」

 戸惑いの中にいる仲間たちを、同村は4階の教室へと誘導した。明日の発表会の会場でもあるその部屋には、この時刻誰の姿もなく、がらんと静まり返っていた。
「おい同村、今日お前そのことを考えてて休んだのかよ」
到着するや井沢が尋ねる。
「ああそうだ。それでわかったんだよ、今俺たちは何をするべきなのか。何と…戦うべきなのか」
「まりかちゃんを助けてあげられるの?」
すがるように言う美唄。彼は「もしかしたら」と答えた。
「どういうことなんだい?説明してよ」
向島も問う。そこで同村は全員に着席を促し、自分は正面の壇上に立って説明を始めた。
「みんな、少し長くなるけど…落ち着いて聞いてください」
医学部に来てから抱いてきた様々な想い、一晩中振り返った自分の心…そこから導いた今すべき戦いの答え。同村は時に不安も覗かせながら、必死に言葉を続けた。
黙って耳を傾けながら、みんな改めてこの男の特性を思い知る。誰もがそういうものだと当たり前に素通りする場所に、その都度足を止めて考え込む。わずらわしく不器用な生き方だが、時としてそれが見過ごしてはいけない大切な物を掴み取るのだ。同村はそんな大切な物を守るための突拍子もない手段を提示し、最後には「みんなに協力してほしい」と力強く言った。
「この戦いにはみんなの力が必要だ、頼む」
そう締めくくって頭を下げる。
…返される沈黙。誰もすぐには何も発さない。
当然だ。彼の道理は間違ってはいないが、それを通すにはかなりのリスクを覚悟しなくてはならない。
「いくらなんでも…無茶だろ」
最初に言ったのは井沢だった。
「それをやろうと思ったら、今から大急ぎで準備しなくちゃいけないんだぞ」
同村は頷き、しかしみんなでやれば間に合うと言い切った。
「だとしてもさ…さすがに勝算がなさ過ぎないか?いや、同村がすごく考えたのはわかるよ。正直そのとおりだなって感動した。でも、下手したら秋月さんを救うどころか俺たち全員留年だぞ」
「井沢、これは俺たちのための戦いでもあるんだ」
今度は長が言う。
「わかるよ同村。でもな、みんなそれぞれ事情がある。いつでも正しいと思うことをやれるわけじゃない。俺だって…やっぱり自分の人生が大切だ」
「長さん…」
つらそうに眉根を寄せた同村に、向島が確認した。
「同村くんは、本当にこの作戦やる気でいるの?君だって処分を受けるかもしれない。本当にそんなリスク冒せるのかい?経験者だから言うけど、同級生と一緒に卒業できないのは寂しいもんだよ。高い学費も余計に払うことになる。親にも負担をかけるんだ。それに…」
彼はちらりと音楽部後輩を見る。それで同村も察した。もしみんな留年なんてことになれば、彼女の視力もその一年間でさらに低下してしまう。もしかしたら卒業試験や国家試験までたどり着けなくなる可能性だってある。
美唄はずっと黙って俯いていた。彼女の人生を考えた時、余計な足踏みをさせるわけにはいかないことは同村にも痛いくらいわかっている。
「そうですね…強制はできません。希望者参加、ということにしましょう」
その言葉を最後に再び沈黙が訪れる。ジリジリと何かが焦げるような気まずい時間。壁の時計、空調、遠くの車のクラクション…そんな音だけが鼓膜に障る。
どのくらい経っただろうか。やがてゆっくりと腰を上げたのは長だった。
「ごめん…俺には無理だ」
そう言って申し訳なさそうにそそくさと教室を出ていく。井沢も「すまん」とだけ呟き彼に続く。二人が退室すると、ドアの閉まる音が広い室内に悲しく響いた。
残ったのは三人。昨年春、偶然によってこの場所に集結した彼ら。少しずつ絆を深めながらやがてそれは奇跡の色にも染まってきたのだが…やはり偶然以上には届かないのか。
次は美唄が無言で席を立った。
「遠藤さん…」
呼び掛けそうになるのを寸前で止め、同村は彼女が退室するのを黙って見送った。ドアが再び悲しい音で閉まる。
…また一人減り、残された二人にはさらに重い沈黙がのしかかる。
同村は立ったまま拳を強く握った。鈍く爪が食い込む。
…やっぱり無理か。そりゃそうだよな、馬鹿みたいだな、俺。自分だけその気になって、勘違いして…。結局俺は…口だけ野郎か。
「ハハハ…」
虚しい笑いがこぼれた。全身から力が抜けていく。心の中はもう何もなくなってしまったように空っぽだった。

 教室を出た彼女は、そのまま会談を上り教育棟の屋上に出た。もう日も落ちて辺りは十分に暗い。遠くに新宿の繁華街のネオンがぼんやり光っている。手探りで屋上の中央まで進み、夜空を見上げる…大きな二つの瞳に星は映らない。
数秒の後、彼女は汚れた東京の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「ワン、ツー、スリー!」
そうカウントしてステップを踏むと、遠藤美唄は歌い出す。自分はこのまま医者の道を歩いていくのか?その命題に答えを見つけたあの日、初めて作ったオリジナル曲だ。誰もいない闇のステージに歌声はどんどん強さを増しながら響き渡っていく。祈るように、嘆くように、何かを振り払うように…彼女は観客のいないコンサートを続けた。何度も何度も自分にアンコールしながら、その心を暗闇に解き放ち続けた。

「しょうがないよ」
沈黙の教室、やがて向島が穏やかに口を開いた。
「長くんの言ってたように、みんな自分の人生の事情があるから」
「そう、ですよね…」
放心していた同村は我に返って答える。
「すいませんでした…お騒がせして」
先輩は腕を組むと、嬉しそうに首を振った。
「同村くんと僕は少し似ているよね。医学部にいるくせに…医師免許にあまり執着がない。むしろ免許を取ることをためらっている。フフフ、変だよね」
「まったくです」
同村も苦笑いして教壇を下りる。
「本当に…どうしてこんな奴が医学部に来ちゃったんでしょう。向島さんだって、どうして…」
「でも今は、それが僕らの強みじゃないかな」
向島は同村の言葉を遮ってウインクする。そして「せっかくの作戦…やめちゃうのかい?」と尋ねた。
「え?でも…」
「僕はやるよ」
向島鍵は椅子から立ち上がって同村を見る。底知れず純粋な目だった。同村は忘れていた。この班にはこの人がいたのだ。入学式で「僕はミュージシャンを目指します」と学長に宣言し、その後も数々の伝説を残してきた風雲児、医学部でずっと孤独を抱えていた同村が初めて憧れを抱いた男…天才アウトロー・MJKが!

…M、スタンバイ。

「ありがとうございます。あなたに会えただけでも、すずらん医大に来た意味がありましたよ」
「ありがとう…っておいおい、まるで二人して退学決定みたいじゃないか」
「ごめんなさい。でもこの作戦、さすがに二人だけでは…」
「ジャジャジャーン!」
その瞬間、軽快な声とともにドアが開かれた。二人が驚いてそちらを見ると、そこには天下無敵のハイテンション娘。
「あたしも、やる」
息を弾ませた美唄は力強いガッツポーズで宣言した。その声は少々枯れている。
「あたしもやるよ、同村くんの作戦」
「いいのかい?だって…」
「もう何言っても無駄、全開エンジンかかっちゃったから止まらないよ!」
そこで200パーセントの笑顔が炸裂する。

…E、スタンバイ。

「このまま、まりかちゃんを残して前になんか進めないもん!このままお医者さんになったらそれこそ一生後悔する。大丈夫、絶対うまくいくから」
本当に君って子は…同村はまた心の中で抱きしめてしまう。それを知ってか知らずか、彼女はおどけて首を傾けた。
「でも万が一お医者さんになれなかったら、同村くん、責任取ってもらうからね」
「え?え、え~と…」
赤くなる男を二人が笑い、その場に僅かだが明るさが灯る。
「何を弱気な顔になってんの、同村くん。言いだしっぺなんだからまさかやめるなんて言わないよね」
「え?あ、ああもちろん」
「じゃあちゃんと言って」
しぼみかけた勇気の風船が膨らむ。エントロピーの法則を無視したエネルギーが全身にみなぎってくる。何とかなるかもしれない…そう心が語りかけてくる。
頷くと、無口な男は精一杯腹から声を出した。
「明日、宣戦布告します!」

…D、スタンバイ。

「よし」
向島がパンと手を叩いた。
「じゃあさっそく準備開始!」
こうして、小さな反乱軍は集結した。

 バイクを走らせ自宅に戻った長は、両親と夕食を囲みながら考えていた。何年も好き勝手してようやく医学部に入った自分。それを支えてくれた父と母。一刻も早く医者になって安心させてやりたい、楽させてやりたい、親孝行したい…その気持ちでこの5年間若人に混じって頑張ってきたのだ。それを棒に振ることは…やっぱりできない。
「実習の方はどうなんだ?」
ふいに父が尋ねた。
「え?ああ、もうすぐ終わりだからなんだか名残惜しいよ。すごくためになってる」
「そうかそうか。実際に患者さんと触れ合うんだから大変だろう」
「まあね。でもこの歳だからよく本物の医者と間違われるんだ」
長は無理に笑って会話を弾ませる。続いて母が言った。
「しょっちゅう喧嘩して人様を怪我させてたお前が、まさかお医者になろうとはねえ…しかもちゃんと勉強してもう来年は6年生なんだもんねえ。驚いちゃうわ」
「自分でもびっくりだよ、本当は一番応援してくれたじいちゃんに医者になった姿を見せたかったけど」
「見守ってくれてるだろう」
父がちらりと仏間を見る。
「それに親父はよく言ってた。ゆっくりでもまっすぐ進めってな。猛はたくさん回り道をしてたから心配だったけど、やっと道を見つけたんだからな。あとはまっすぐ歩いたらいい」
「そうね。無理してるんじゃないかと思ってたけど、5年生は本当に楽しそうで安心したわ。いいお友達もできたみたいだし、悔いのないようにね、あんたのための学生時代なんだから」
「ありがとう母さん。でも早く自立しないと」
「もうここまできたら私たちも腹括ってるわ。お父さんだってまだしばらくは生きてるでしょうし」
「おいおい、縁起でもないぞ。それより熱燗を頼む」
仲の良い夫婦は明るいやりとりを交わし、妻はその用意に立った。
「まあ猛のことはもう安心してるよ。転んでもいいから、これからもまっすぐ行きなさい」
まるで事情を知っているかのように言い、父はテレビを見て笑い出す。やがて「はい、お父さん」とご所望の品も運ばれてくる。
「まっすぐ行けばいい…」
口の中でくり返す。
そうじゃよ、と仏壇からも聞こえた気がして、長猛はそっと微笑んだ。

 同じ頃、井沢もマンションの自室で考えていた。改めて感じさせられた自分の臆病さ、器の小ささ、平凡さ。いつか見つけたはずの答え…けして医者になることが決まって生まれてきたわけじゃない、自分は自由なんだと。それなのに…人生を賭ける勇気がなければ結局は不自由と同じだ。
ふいに電話が鳴る。力なく受話器を取ると…父親だった。
「大輝、元気にしているか?5年生ももうじき終わりだが…進級試験の勉強はどうだ?」
「はい、大丈夫です」
「そうか、まあ心配はしとらんがな」
その力強い声に自然と背筋が正される。
「実は知り合いの先生がな、卒業したらお前を預かりたいっておっしゃってくれてるんだ。その先生の病院はオールラウンド研修にも対応しててな。優秀な先生だし、実家の病院を継ぐ前に腕を磨くにはちょうどいいと思ってな」
そんな話に生返事をしていると、「疲れているのか?」と尋ねられる。
「いえ、そんなことないですけど…。あの、一つ相談していいですか?」
「どうしたんだ、改まって」
そこで彼は子供の頃からずっと胸に留めていた言葉を口にする。それはことごとく親の期待に応えて生きてきた息子が、初めて親に投げかけた疑問だった。
「もし俺が医者になれなかったら…どうします?」
無言の数秒を挟み、電話の向こうの声が言う。
「大輝、何があったのかはあえて聞かないが…これだけは言っておく。医者ってのはな、なれるとかなれないとかじゃないんだ。ましてやならされるものでは絶対にない」
「…はい」
「自分でなるのかならないのかだ。それを忘れるな」
医者の大先輩としての言葉だった。続いて人生の先輩としての言葉。
「お前はうらやましいくらい器用だからな、自分でそれが嫌になることもあるだろう。たまには父さんみたいに不器用もいいもんだぞ」
最後に父親としての言葉が告げられる。
「いいか、父さんはな、お前が医師免許のない人生を選んでも別に怒らんが…誇りのない人生を選んだら絶対に許さんぞ」
「…わかりました」
目頭が熱くなる。お礼を伝えて受話器を置くと、井沢大輝はそっと微笑んだ。

 気付けば午後10時。教育棟4階の教室では、三人が秘密の作業を続けていた。同村の作戦を実現するための方法を、演出を…何度も試行錯誤していく。それは細い細い綱渡りだったが…音楽部コンビはまるでライブを企画するようにどんどん名案と妙案を出してくれた。
「同村くん、それいけるよ!やっぱMJさん天才です!」
美唄の笑顔が小さな可能性を拾い集めていく。頼りない希望を繋ぎ合わせていく。
「それにしても腹減ったなあ、キーヤンカレーでも買ってくる?」
「ダメですよMJさん。それはまりかちゃんが復活してから、みんなで一緒に行くんだから」
「それにもう閉店時刻ですって…じゃあコンビニでも行ってきます?」
同村がそう言った時、「それには及びませんぜ」と入り口のドアが開いた。そこには…。
「井沢くん!」
美唄が歓声を上げて立ち上がる。恥ずかしそうに鼻を擦りながら、爽やか青年は買ってきた差し入れの袋を示した。
「俺も14班の仲間だもんな。一緒に戦わせてくれ、同村」

…I、スタンバイ。

「ありがとう井沢、君がいたら心強いよ」
そこでしばしの小休止。お菓子や飲み物を広げていると、窓の外から車のクラクションに混じって一際大きいバイクのマフラー音が聞こえてきた。荒っぽいドラムのようなその音は、圧力を増しながら接近しドカンドカンと窓ガラスを震わせる。やがて下の駐車場まで来て停止、みんなの手も止まった。
「まさか…」
呟く同村。固唾を飲んで待っていると、教室のドアが開かれる。その音は明るく室内に響いた。そこに現れたのはもちろん…。
「待たせたな、若造共よ!」
バイクスーツにイカついグラサンのチョイ悪親父。しかし恥ずかしそうにサングラスを外すと、そこにはいつもの優しい目が現れる。
「みんなごめんな、最年長なのに逃げ出しちゃって…」
「いえいえ、来てくれると思ってましたぜ」
井沢が両手を広げて迎える。
「俺もやる、一緒にやらせてくれ」

…C、スタンバイ。

「長さん、ありがとうございます」
微笑む同村。
「すごい音だから、暴走族のお礼参りでも来たのかと思っちゃいました」
「おいおい美唄ちゃん、勘弁してくれ。それより遅くなったお詫びに…ちゃんと連れてきたから」
長がドアを振り返る。すると、目を伏せた彼女が一歩ずつ姿を見せた。
「まりかちゃん!」
美唄が駆け出し、突き飛ばすような勢いで抱きついた。
「まりかちゃん、まりかちゃん…」
「ごめんね、心配かけて」
今にも泣きそうな親友に、彼女は申し訳なさそうに告げる。
「長さんから…話は聞いたの。何にも言わずに部屋に篭ってるのは班長失格だ、男らしく筋を通せって怒られちゃって…。私一応女なんだけど」
「長さん、なに班長をいじめてんですか!」
井沢がツッコミを入れると、大きな功績を果たした副班長は「言葉のあやだって」と照れ笑い。
「長さんからね、同村くんの作戦も聞いたの。でも、本当にみんなそんなこと…」
不安そうなまりかに一歩歩み寄って主人公が告げた。
「俺たちはやるよ、秋月さん。君のためじゃない、自分たちのためにね」
美唄もまりかの肩に埋めていた顔を上げる。
「そうだよ。まりかちゃんがダメって言っても、あたしたちはやるからね!」
もう何も言わずに頷く。そしてゆっくり鼻で深呼吸すると、メガネの奥の瞳に断固たる決意を灯して秋月まりかは仲間たちを見た。
「14班が戦うのに…班長が知らん顔はできないわ」
「秋月さん…」
「私も参戦します」

…A、スタンバイ。

「ところでさ」
ふいに向島が尋ねる。
「秋月さん、もしかしてここまで長くんのバイクで来たの?」
「はい…ヘルメットかぶって後ろに。バイクなんて初めて乗りました」
「うわあ、そのタンデム面白過ぎ!見たかったなあ」
美唄が言うとその場に懐かしい笑いが起きる。同村が何故か拍手を始め、みんなも自然にそれに続いた。
「じゃあ、久しぶりに全員集合したところで、あれをいきますか。遠藤さんよろしく!」
「任せて同村くん!」
と、みんなの輪の中心に歩み出る美唄。
「じゃあみんな、明日は頑張るぞー!絶対勝つ!エイエイオー!」
「エイエイオーイエー!」
六つの拳が振り上げられた。そして美唄の手には、14班の守り神・ラブちゃんがしっかりと握られている。

…L、スタンバイ。
MEDICAL、全員スタンバイ完了!

最終戦争の前夜、聳え立つ病院から比べれば小さな小さな教育棟。その一室で、最後の奇跡に火が着こうとしていた。
かくして最強の布陣を敷いた反乱軍。自分たちのため、そして医学部のために頑張ってくれたまえ!健闘を祈るぞ!

TO BE CONTINUED.