あとがき

思えば自分はいつからミステリが好きなのだろう。小学生の頃に父親に見せられた映画『犬神家の一族』は今でも鮮烈に脳裏に焼き付いているし、テレビで何度も見た『刑事コロンボ』のコロンボ警部は生涯で一番好きな名探偵になったことも間違いない。

中学時代には漫画『金田一少年の事件簿』が大ヒットし、僕も何回も何回も読み返しては犯人当てに挑戦していた。続いて『名探偵コナン』も大ヒットし、他の漫画雑誌もこぞって推理漫画を連載したため多くの作品に触れることができた。テレビドラマ『古畑任三郎』も世間の話題となり本当に面白かった。通学電車のお供はいつも文庫本で、アガサ・クリスティ女史や綾辻行人先生の作品を好んで読んでいた。特に綾辻先生の『館シリーズ』の魔力は凄まじく、どうしてもページをめくる指が止められなくてそのまま徹夜になってしまったことが何度もある。

そんなこんなで高校を卒業する頃にはすっかりミステリファンになっていた僕が人生で初めて書いた推理小説がこの『図書室の悲惨』である。春からの大学進学を控えた忙しい3月、何かに憑りつかれたように一気に書き上げた記憶がある。

今回の新装改訂に当たり二十年前の自分の文章に触れたわけだが、もちろん稚拙さや不慣れは盛り沢山として、やはり今の自分にはもうない感性やエネルギーがたくさんあったのだなと感じた。正直、こんな込み入った物語をよくも勢いだけで書き上げたものだと思う。実はプロットは一切用意せず、ただ思い付くままに書いていき解決編で無理矢理まとめただけ。途中まで誰が犯人でこれからどんな事件が起こるのか作者すら知らなかったわけだ。推理小説の執筆にはあるまじき行為だが、その向こう見ずな姿勢が少しうらやましくもある。

ミステリとしては、暗合・密室・叙述トリックなど当時知り得た知識を総動員していたのが伺える。終盤で探偵が関係者を集めて解説し犯人を指摘するシチュエイションはまさに定番である。

また本作の部隊設定は僕が実際に所属していた高校の図書委員会をそのまま引用している。『大工』と書かれた謎の貸し出しカードも、出入り口が二つある妙な構造の書庫も本当にあった。登場人物の多くも実在している。プロットなしでも筆が進んだのは、きっとよく見知ったモチーフばかりだったからに違いない。

今はっきりとわかる。人生初の推理小説の舞台に図書委員会を選んだ理由はただ一つ、そこが自分にとってとても居心地の良い場所だったから。ジャンケンに負けて偶然所属した図書委員会であったが、そこで過ごした時間はかけがえのないものになったから本当に人生は何が伏線になるかわからない。

当時こんな愚かな小説の増刷を快く承諾してくれたばかりかこっそり解説文まで添えてくれた先生、製本を手伝ってくれて笑いながら読んでくれた仲間たちには感謝でいっぱいだ。そのおかげで今もこうやって文章と戯れる楽しみを続けられている。

たまたまそこにあった物、たまたま出会えた仲間たちが素敵な化学反応を起こし、伏線ではなかったものまで伏線になって結実してくれた計算では書けなかったミステリ、それがこの『図書室の悲惨』である。

当時の雰囲気を大切にするために、この度の加筆・訂正はどうしても説明不十分な箇所、矛盾している箇所、表現やリズムがおかしい箇所のみに留めた。ストーリーや設定は一切いじっていない。

携帯電話なんてものはまだ手元になかった時代の物語、そんな青春の息吹を少しでも感じて頂けたら嬉しい。いつかまた沖渡先生を探偵役にした推理小説を書いてみたいものだ。

ではでは、お読み頂き感謝します。

令和元年7月1日  福場将太