エピローグ ~有馬大介~

 ムーンさんの車に僕も乗せてもらって自宅の前に到着する。
「すいません。すぐ仕度して来ますから」
「いえ、ごゆっくり奥様とお過ごしください」
 と、助手席からカイカンさん。
「ありがとうございます」
「あ、そういえば」
 後部座席から出ようとした僕を低い声が呼び止めた。
「参考までに教えてください。あなたが頑なにハッシーの存在を信じていらっしゃるのは、幼稚園の時におじいさんと一緒に目撃されたからですよね」
「そうですよ。この目ではっきり見ましたから」
「それは理解しています。しかし…目撃したのはもう三十年前のことですよね。あなたが今でもハッシーが元気に湖にいると確信していらっしゃるのはどうしてなのでしょう。その確信があるからこそ、あなたは調査に高額の出費をし、自首してまで警察を湖に潜らせないようにされたのだと思うのですが」
 カイカンさんが振り返って尋ねた。
「何か…理由があるんですか?」
 それに合わせてムーンさんもこちらを見る。どこか冷たい目だった。答えあぐねた僕はドアを開けてから言った。
「特別な理由はありませんよ。ハッシーは必ず今も元気でいる、そう信じてるだけです」
「そう…ですか。私には信じているというよりも、知っておられるような気がするのですが」
「いえいえ、まさか。じゃあ、すぐ戻りますので」
 車を降りてドアを閉めると、僕は自宅に入った。

 亜希子さんの作ってくれた最後の晩餐を味わう。亜希子さんはいつもどおりクスクス笑いながら、たくさん僕を気遣ってくれた。僕にとっては紛れもなく最高の奥さんだ。この人を裏切ってしまったことだけはきっと一生悔やみ続けるんだろうな。
 寂しいけどのんびりはできない。急な仕事でまた出掛けるとだけ伝えて、僕は自室へ戻った。これまで集めてきた世界中の珍獣たちの資料や写真に別れを告げる。そして…引き出しの奥にある、ハッシーが写ったあの写真を取り出した。
 そう、この写真があったから、僕は今も湖にハッシーがいることを知っていた。
 動画の撮影の前に、湖のほとりでセルフタイマーで撮った写真。僕とアンヌちゃんが並んで立って、その後ろの湖面からハッシーが顔を出してる。
 それに気が付いたのは現像してからだった。まさかたまたま撮影した記念写真にハッシーが写りこむなんて。これは決定的な証拠、これを世間に公表できればハッシーの実在を完全に証明することができる。おじいちゃんの汚名も濯げる。
 でも…絶対に公表することはできない。神様はどうしてこんなに意地悪なんだろう。

 だって、ハッシーの前で僕とアンヌちゃんは熱い口付けをしてるんだから。

-了-