週明けの月曜日、江里口と戸塚が部屋を訪ねてきた。松野可奈をつつがなく送検したという。
「ビン警視、この度は操作協力をいただきありがとうございました」
江里口が頭を下げるとビンさんは笑顔で迎える。
「話は聞いたよ。いやいや、カイカンとムーンにとってもいい勉強になったと思うからそんなにかしこまらなくていいぞ。同じ捜査一課同士、今後とも仲良くしてやってくれ」
「恐縮です」
頭を上げると彼はこちらを見た。いつまでも曖昧にするわけにはいかない。私が口を開こうとすると先に言ったのは彼だった。
「ムーンさん、今回の異動の件はなしにしましょう。さすがにこれでヘッドハンティングするのはかっこ悪いですから」
そして警部に視線が向く。
「今回は助かった。君という奇異な存在も…警察の中で思わぬ効果を発揮することがあるんだとわかりましたよ」
「フフフ、そう言ってもらえると嬉しいよ。まあ本来は私の力なんか借りなくても君なら自分で事件を解決できたはずだ。例えば防犯カメラだって、いつもの君なら警備員の証言を鵜呑みにせずに自分でチェックしたはずさ」
警部がまた得意げに右手の人差し指を立てる。そしてちらりと私を見た。
「今回は…ムーンをゲットするために焦ってたんだよ、きっと」
「君に慰められるとはね」
やれやれと首を振る江里口。
「少々冷静じゃなかったのは認めましょう。ただ勘違いしてもらっちゃ困りますよ。あの時君に協力をお願いしたのは不安だったからじゃない。ムーンさんの反応を見たかったからです。
あのまま僕が捜査を続けるよりも、君に協力を頼んだら彼女がどんな顔をするか見たかった。そしてその顔を見て確信しましたよ」
江里口はまた少年のように綺麗な瞳で私を見る。
「やっぱり君は僕のミットに来るべきだとね。そんなわけでムーンさん、今回は引き下がりますがあきらめたわけではないですから。僕は君のふざけた上司を認めません、これからも絶対に。それではまた」
もう一度一礼するとさっそうと彼は部屋を出て行く。戸塚も会釈し、どこかニヤニヤしながら去っていった。なんだか変な感じ。江里口が警部に協力を頼んだ時、私はいったいどんな顔をしていたのだろう。
「では、今日の仕事を頑張りますか。そろそろ捜査の割り振りもありそうだ」
警部がそう言って伸びをする。私も自分のデスクに戻った。
「江里口くんはお前の警察学校の同期だったな、カイカン」
ビンさんが言う。同期…それを聞いて私はようやく腑に落ちる。なんだ、そういう関係だったのか。
「確か先月の広域捜査学会でもいい発表をしてたぞ。大した奴じゃないか」
「ええ」
警部も頷く。
「彼は私とは得意技が違います。同期は持ちつ持たれつですから、今度はきっとエリーに助けてもらうことになるでしょう」
「そうなんですか？」
思わず私が尋ねると警部は少しだけ微笑む。
「きっとそういう未来もあるだろうってことさ、ムーン」
未来か…私にはどんな未来が待っているのだろう。
それはまだわからない。まあひとまず、もうしばらくはこの変人の下でムーンと名乗らせていただきますか。
－了－