ピロリロリン、とスマフォがメールの着信を告げた。
目を開けると見なれた天井、ここはあたしの部屋…あたしのベッドの上。そしてあたしは内藤帆織(ないとう・ほおり)、間違いない。手探りでスマフォを掴んで顔の前に持ってくる。差出人は由実。アイタタタ、頭がガンガンする。
『おはよう帆織。昨日はかなり酔ってたけど、ちゃんと寝過ごさずに地下鉄降りた?あたしのアドバイスも憶えてる?頑張ってね☆』
そうだ、由実と二人で飲みに行ったんだっけ。正直帰り道の記憶はほとんどないけど、こうしてアパートの部屋で寝てるんだから無事だったらしい。動物の帰巣本能恐るべし。大丈夫だよと返信を送って上半身を起こすと、横隔膜が痙攣したような感覚。続いてとてつもないムカムカ感が胃袋から込み上げる。
ということは…またやっちゃったんだな、あたし。たいして強くもないのに飲み過ぎる癖はいい加減なんとかしないと。あ~頭が痛い、吐き気がする。メイクも落としてないし髪の毛もボッサボサ。女は寝起きが色っぽいなんていうけど、絶対嘘だ。
どうにかベッドから立ち上がると、足元にはインナーとワイシャツ。視線をずらすとその先にはストッキング、スカート、ベルト、スーツの上着、コート、マフラー…とまるでヘンゼルとグレーテルが落として歩いたお菓子のように、衣類たちがフローリングの床をベッドから玄関まで連なっている。
まあこれはつまりあれだ、記憶はないけど、昨夜帰宅したあたしは玄関から一枚一枚脱ぎ捨てながら寝室へ向かいそのままベッドにバタン。よっぽど眠たかったんだろうな…でもこれはさすがにだらしない。
「あ~もう…ったく」
相手のいない愚痴をブツブツ言いながら自分の抜け殻を拾い集めていく。壁の時計は午前11時。日曜日だから仕事はないけど。玄関まで歩いてマフラーまで拾ったところで、そこにもう一つ見慣れない物が落ちているのに気付く。脱ぎ散らかされたヒールのそばにそれはあった。
ボロボロのハット…冒険家がかぶるみたいなツバの大きなヤツ。そこまでに拾った衣類をひとまず床に置いて、その異物をつまみ上げる。
…何打これ?こんなの持ってたっけ?いやどう見てもこれはあたしのセンスじゃない。そもそも帽子をかぶる趣味なんてないし。それにヨレヨレだしところどころ敗れててかなりの年季物。
その場に放って溜め息を吐く。何なのよ一体。どっかのゴミ捨て場で拾ってきたのかなあ。服の落ちていた順番から考えるとこれを一番最初に脱いだらしい…ってことはこんなばっちいのをかぶって帰ったの、あたし?
あ~もう最悪!
そこでふと気付いて確認すると、玄関のドアはちゃんと施錠されていた。まあチェーンロックは掛かってなかったけどこれだけでも上出来。大きな声じゃ言えないけど、酔って帰ってそのまま開けっ放しにしてることもよくあるから。あたしも成長したわけか、これも年の功…なんて自分で思って空しくなる。
まったく…何やってんだかね、もうすぐクリスマスだってのに。