心の名作#27 ドラえもん映画の研究⑭ のび太とブリキの迷宮

 僕の人生に何度も気付きとエネルギーを与えてくれたドラえもん映画を研究するシリーズの14回目です。

■研究作品

 目の不自由な自分が、こうしてパソコンで研究コラムを書けるのは、音声読み上げソフトが発明されたおかげ。現地へ出向かなくても講演や会議に参加できるのは、オンラインミーティングのアプリが発明されたおかげです。
 科学の進歩で新しい道具が開発されると、暮らしは便利になります。ただ、労力を要さなくなるということはそれだけ心身がなまるということでもあり、例えばどこでもドアやタケコプターばかり使っていたら、足腰が衰えてしまいそうです。ホンヤクコンニャクやアンキパンばかり使っていたら、勉強のやり方がわからなくなってしまいそうです。

 便利な道具で助けてくれるのがドラえもん。その便利さの危険に踏み込む本作は、シリーズで最も名ゼリフが多い映画でもあります。
 今回はそんな1993年3月6日公開の第14作『のび太とブリキの迷宮』を研究します。お前らは人間のしぶとさを知らんのだ!

■ストーリー

 春休み、家族旅行へ行きたがっていたのび太のもとへ届いた謎の旅行トランク。その中から出現した門をくぐると、そこにはブリキでできた不気味なホテルがあった。そして突然攻めてくるおもちゃの軍隊、ドラえもんは宇宙へと連れ去られてしまう。
 追いかけようにも手段がない、途方に暮れるのび太たちの前に現れたのは宇宙人の少年・サピオだった。彼の住むチャモチャ星では、便利な道具に頼り過ぎて人間が弱体化し、ロボットに支配されてしまったのだという。サピオと共に宇宙へ旅立つ決意をする四人。はたしてドラえもんを助け、チャモチャ星を救うことはできるのか?

■福場的研究

1.主旋律と副旋律

 ドラえもん映画の主旋律は『異世界冒険』、本作の部隊はチャモチャ星。『おもちゃのチャチャチャ』の歌が聞こえてきそうな可愛いネーミングで、実際に敵の兵隊もゼンマイ仕掛けの見た目は可愛いロボットたちなのですが、実はとっても怖い。そう、本作はシリーズ屈指の恐怖映画なのです。
 藤子F先生がご存命だった頃のドラえもん映画の特徴は、恐怖演出。悪魔や恐竜といった直接的な恐ろしさも然りですが、何か得体の知れない怖ろしさが描かれることも多く、本作は圧倒的に後者です。
 まず冒頭、真夜中に消し忘れたテレビ画面の砂嵐に映る謎のホテルのコマーシャル。翌日自宅に届く旅行トランク。その中から出てきた門をくぐると美しいブリキのホテル。そこに人間の姿はなく、華やかだけど静まり返っていて、全て無料でサービス満点だけどどこか含みを持った人形たちがもてなしてくれる。もうこれだけでうっすら寒気がします。
 さらにドラえもんが言う「あの人形たちを動かしているコンピューターも、20世紀の地球の科学じゃとても作れない」。人形の一人が言う「地下室だけはけっして覗かないでください、わかりましたか」。海で遊ぶのび太とドラえもんを見つめながら謎の声が尋ねる「どう、あの二人?」。そんなセリフたちにどんどん不安が膨らみます。
 さらにさらに、何故かホテルの玄関は毎回施錠。なのにドラえもんとはぐれたのび太がホテルへ戻ると開けっ放し、いるはずのドラえもんも人形たちも誰もいない。ここで流れる『のんびりのび太』のメロディのアレンジが不気味。そして彼が地下室へ行くとそこにはなんと…! 序盤の恐怖がここで爆発、思わず映画館で叫びそうになります。ちなみにこの場面で第4作『のび太の海底鬼岩城』でも使われたサウンドエフェクトが用いられている気がするのですが、いかがでしょう。
 その後の、オモチャの兵隊が突然牙を剥いてドラえもんがやられてしまう場面もショッキング。捕えられたドラえもんが拷問され、コンピューターの回路が焼き切れるまで電流を流される場面なんて、直視できないほどの恐ろしさです。

 映画の中盤ではいよいよチャモチャ星の現状が明かされますが、それもまた恐怖。便利な道具の開発に突き進んだ結果、人間は働かなくても歩かなくても、指一本動かすことなく遊んで暮らせるようになり、ついには肉体が衰えて自力では動けず、移動カプセルに乗って生活する状態に。さらには人間のために便利な道具を発明していたナポギストラーというロボットが、ある日突然国営放送で宣言する…「人間の時代は終わった。役立たずの人間どもに代わって、我々が世界を支配する」と。
 本作を初めて見た子供の頃は、いくら便利な道具ができたってまさかそんなことはないだろう、というくらいのほのかな恐怖でしたが、この場面、今の時代には全く笑えません。スマホを操作するだけで仕事も遊びもできてしまい、外出しなくても生活できてしまう現代。人工知能AIがとんでもないスピードで進化、どんどん社会に広まり、倫理も法律も追いついていないのに誰もその動きを止められない。そう、今回久しぶりにこの映画を観賞して、僕にはナポギストラーが精製AIに見えました。
 どんどん便利な道具を発明していたけど、やがて発明するのも面倒になってナポギストラー任せになったチャモチャ星の人たち。今、指示を与えれば論文の要約でもデータの図表化でもすぐにやってくれる精製AIに対して、どんな指示を与えればよいかまでAIに尋ね始めている地球の人たち。
 当初は人間に十順な存在だったナポギストラーが密かに反逆を企てていたように、もしもAIが自分たちより人間の方が劣っていると判断したら? 虎視眈々と人間がダメになるタイミングを待っているとしたら? チャモチャ星の人たちが衰えたのは体力でしたが、何でもAI頼みになって地球人が衰えてしまうのは体力より知力、つまり自分で考える力かもしれません。経済も軍事も政治も医療も教育も、多くのシステムがAI任せになりつつある今、反旗を翻されたらきっと人類はひとたまりもないのです。
 チャモチャ星でも、このままではまずいと気付いた一人の科学者が国王に掛け合いますが、時すでに遅し。その際のナポギストラーの呟きには背筋が凍ります。

 …「あの男、勘づいたか」。

 僕たちの暮らす現実世界、今はこんなに優しいAIたちが、そんなことを陰で呟いていないことを願うばかりです。
 いやあ、まだ携帯電話もパソコンも希少だった時代にこんな予見をしてしまう藤子F先生、本当にタイムマシンで未来を見てこられたのではないでしょうか。

 映画の中盤から終盤にかけても、敵の見た目は可愛いいのにやることはえげつないというシュールな恐怖が続きます。ナポギストラーとの決着も、笑えばよいのか怯えればよいのか、その最期の姿は子供心に奇妙な余韻を残しました。
 そんな恐怖多めの今回のストーリーを一言で表すなら、作中でのび太も言っているように「ドラえもんなしの大冒険」。第8作『のび太と竜の騎士』ではスネ夫が、第12作『のび太のドラビアンナイト』ではしずかが、それぞれ行方不明になることから冒険が始まりましたが、今回はこれまで助けに行く側にいたドラえもんが序盤で敵に捕まり行方不明。のび太たち四人はドラえもんなしで考え、ひみつ道具なしで戦うことになります。
 まさにシリーズを重ねてきたからこそ成立する、掟破りのストーリー。これによりドラマ性が高まって、特にのび太とドラえもんの関係が深掘りされています。

 自分の我侭でドラえもんを怒らせてしまったのび太が、第一声に「僕が悪かったよ」と言いながらホテルの部屋に戻ってもそこにドラえもんはいない。探しても、家に帰っても、やっぱりドラえもんはいない。仲直りできないまま別れた友達を思うせつなさは、きっと多くの人が幼い頃に経験しているのではないでしょうか。
 いなくなってしまったドラえもんに向けてのび太が呟く「ねえ帰ってきてよ、もう道具、何にも出してくれなくていいからさ」。そう、ついつい道具に甘えちゃうけど、本当は何よりドラえもんのことが大好きだから一緒にいたいのび太。そしてスクラップとして海底に捨てられたドラえもんが言う「のび太くん、もう一目会ってから、僕壊れたかったよ」。のび太のことはもはや、お世話をするための相手ではなくなっているドラえもん。声優さんたちの名演もあって、どちらのセリフも涙なしには聞けません。

 そして思います。ロボットを恐怖の敵として描く本作ですが、けっして藤子F先生はロボット全てを否定しておられるわけではないのだと。大切なのは関係性なのだと。
 作中でドラえもんのことを「かけがえのない親友さ」と説明するのび太に対して、ロボットに国と家族を奪われたサピオは「でもロボットだろ?」と返しますが、のび太はさらにこう続けます…「ロボットだって、人間以上のロボットなんだよ。ドラえもんのためなら僕は…」。彼がドラえもんのことをどう思っているのか、シリーズで最も強く語られたセリフです。
 他にも、ドラえもんがさらわれたと知ったジャイアンは「友達を見捨てられるか」と迷いなく助けに行くことを決断します。しずかもさり気なく「ドラちゃんのポケットみたい」とドラえもんを思い出します。スネ夫も再会の場面で「ドラえもん、無事だったんだ!」と歓喜します。そして救出されたドラえもんも「助けに来てくれたんだ、ありがとうみんな!」と泣いて喜ぶのです。
 みんなにとってドラえもんはもう保護者ではなく、自分たちと何も変わらない友達の一人になっていた。そしてドラえもんにとってのみんなも。シリーズを重ねてきたからこそ説得力を持つこの絆、素敵ですね。

 終盤、もはや万策尽きたかに思えた時、のび太の起死回生のアイデアでドラえもんを救出。そこからの快進撃はまさしく痛快。出番が少なかった分、オッチョコチョイなしの頼もしいドラえもんが炸裂します。劣勢が一気に優勢になる逆転劇、とくとお楽しみあれ。

 そんな本作の副旋律はやっぱり『依存』。ひみつ道具に依存するのび太に対してドラえもんが言った「道具ばっかりに頼ってると、自分の力じゃ何もできないダメ人間になっちゃうからね」や「ほんとにほんとに今度だけ?」などのセリフは、依存症の問題を考えさせられます。ドラえもんなしの大冒険は、まさに依存からの脱却だったのでしょう。
 普段は助けてもらうのび太だけど、いざという時はドラえもんを助ける。この関係性はもう依存ではありません、自立です。自立とは、自分一人の力で立っていることではない。誰かに助けてもらって立っていることでもない。持ちつ持たれつの営みに参加していることなのですから。

 ゲストキャラクターのサピオは、実際に道具に依存し過ぎた人間として登場し、「チャモチャ星人はカプセルに入らないと何もできないのです。自由に動き回れる君たちがうらやましい」と当初は嘆きます。ただのび太たちに頼った彼ですが、冒険の中で少しずつ心身のたくましさを取り戻し、ついにはのび太たちを戦場から避難させてこう宣言します、「人間の誇りを懸けて頑張るよ!」。
 仕事で依存症治療に携わっている僕ですが、人間の誇りを懸けているという解釈は目からウロコでした。

 そして映画のラストには彼の父親のセリフ。もしかしたら今の時代の僕たちにこそ必要なメッセージかもしれませんね。

 …「やり直しましょう。機械任せでなく、人間が人間らしく生きていける社会を作りましょう!」。

 いやあ本作、本当に盛りだくさん。テーマ性も名ゼリフもいっぱいで、ストーリーも人間ドラマも抜群。14作目にして衰えないこのクオリティは素晴らし過ぎるぞ!

2.冒険の渦中で帰宅

 僕の好きな冒険の渦中で日常の世界に戻るシーンですが、前作『のび太と雲の王国』に続き、本作でも一番の名場面として存在しています。
 敵が迫っていることを恐れたサピオによって、強引に地球へ戻されてしまうのび太としずか。そこはみんなで遊びに出発した懐かしい高架下。自分たちだけ脱出しても、ジャイアンとスネ夫はチャモチャ星、ドラえもんも行方不明のまま。でももうチャモチャ星に戻るための方法がない。
 どうすることもできず家に帰ったのび太は、ドラえもんのいない押入れの布団に寝転がる。そして寂しく親友のことを思い出していると、ある可能性に気付く。それは…!
 これぞ、急がば回れの発想。そうか、その手があったか! 胸躍る主題歌も最高のタイミングで流れ出し、この高揚感を味わうために、本作を見て来たと言ってもよいくらい、とびっきりの大転回。藤子F先生、天才!

3.冒険の切り替わり

 ドラえもん映画によく見られる、最初は「巻き込まれた冒険」だったのが、途中から「自分で選んだ冒険」へ切り替わる場面ですが、本作では巻き込まれた直後にその切り替わりが起ります。
 サピオによって強引に宇宙へ連れて行かれた四人。最初は地球に帰らせてと懇願しますが、ドラえもんを助けるには行くしかない、と協力に承諾します。
 この時のみんなの気持ちを一つにするのび太のセリフがまた絶品。まったく、本当に名ゼリフだらけだぜ。

4.その他

 それでは、他の見どころもいくつか。

 まずは映画の冒頭。本作で不思議世界への扉を開くのはのび太のパパです。これはシリーズでもかなり珍しい。その後ののび太が旅行へ行くスネ夫たちをうらやましがる展開は、もはや定番ですね。

 そして初めて訪れたブリキンホテルをワクワクしながら探検する姿は、懐かしい気持ちを思い出させてくれます。そういえば子供の頃は、旅行先でそんな気持ちになったなあ。

 続いて、四人のチーム分けについて。本作は終盤までドラえもんが不在のため、のび太としずか、ジャイアンとスネ夫という二つのコンビがそれぞれの冒険をします。実は、のび太としずかが二人だけで行動する場面は映画シリーズでは希少。残念ながらロマンスの展開はありませんでしたが、それは次作のお楽しみということで。

 逆にジャイアンとスネ夫のコンビはすっかりお馴染みですが、今回はこの二人の活躍シーンが多め。少年らしい勇気と知恵で苦難を打破していく姿に胸が熱くなります。特にスネ夫の操縦による飛行機で脱出するシーンは圧巻。ここで流れる『俺はジャイアン』のメロディも、解放感と安堵感が込み上げる素敵なアレンジ。

 ちなみに冒険の序盤、ジャイアンはヤシの木をへし折った即席バットと拾った石で、おもちゃの空軍を撃ち落とすという神技を見せていますが、そこでも『俺はジャイアン』のメロディ。一つの映画で二つのアレンジが味わえるとは贅沢です。

 面白い場面としては、序盤ではひみつ道具の説明を長々とするドラえもんに対して「説明なんていらないよ」と言うのび太ですが、いざ自分がひみつ道具を出す際には長々と説明をしてしまい、しずかから「説明はいいから」とツッコミを入れられています。道具を出す時にはみんな説明をせずにはいられない、そんな症候群があるのでしょうか。

 また、のび太が手にしたある物を見たしずかが、それをとんでもない物と勘違いするやりとりはもう大爆笑。日頃の行ないがあるとはいえ、緊急事態の渦中でそんな物を持って走ってくるわけないだろ! 思わず素になるのび太のリアクションも最高です。

 続いて映画の終盤。救出されたドラえもんの快進撃では色々なひみつ道具が登場しますが、特に印象的なのが『迷路探査ボール』。一瞬にして地下迷宮の全てのルートを読み取って、目的地までの正しい道順を示してくれるのはまさにコンピューター。一瞬で論文を読み取って要約を出してくれる精製AIを彷彿とさせます。藤子F先生のすごさを感じるのは、迷宮の全てのルートを読み取る手段が探査ボールから吹き出したガスということ。気体なら上下左右関係なく、どんな隙間にも入り込む。まさに天才の発想。いずれ本当にセンサーを搭載したガスが登場するかもしれませんね。

 ところでドラえもん映画といえば、おいしそうな食事シーンも魅力。第3作『のび太の大魔境』では木の実を、第10作『のび太の日本誕生』ではダイコンを、パカッと割るとホカホカの料理が出てくるひみつ道具がありましたが、本作でもヤシの実を割るとおいしいごはん。いつもは序盤の食事シーンが終盤にあることで、ドラえもんが復活したからもう大丈夫と、映画館の子供たちを安心させてくれたように思います。

 サピオに告げる「通りすがりの正義の味方です」という言葉も、第9作『のび太のパラレル西遊記』で登場してから、いつしかドラえもん映画を象徴するセリフになっていますね。

 ここで、のび太の人柄がよく出ているなあと思う場面を一つ。どうしようもない状況に追い込まれてつい投げやりなことを言ってしまうのび太ですが、サピオに「ごめんね、こんなピンチに巻き込んじゃって」と謝罪されると、彼は「あ、いや、別に君が悪いわけじゃ」とすぐに気遣います。第6作『のび太の宇宙小戦争』でパピに謝られた時もそうでした。例え危険に巻き込まれても、けっして助けを求めてきた人を責めない、迷惑だと言わない。それは人を傷付けることのできない彼の臆病さでもあり、最大の魅力であるとびっきりの優しさでもある。きっとしずかちゃんも、僕たち視聴者も、野比のび太のそんな所が好きなんだと思います。

 では最後に、もしかしたら本作のキーアイテムかもしれないひみつ道具をご紹介。それは『荷物運び用お荷物』。初めてブリキンホテルを訪れた際、荷物運びをする人形のために、手ぶらだったドラえもんが出しました。わざわざ運ぶ必要のない荷物を運んでもらう…効率や実益を考えたら、全く無駄な道具です。でもこの道具のおかげで、人形は存在価値を失わずに笑顔で役割を果たせました。

 本当は必要ないんだけど相手のことを思ってわざと仕事を頼む、そんな思いやりがあるのが人間の社会。『荷物運び用お荷物』を発明していることが、ドラえもんのいた未来の世界と、人類衰退の道を辿ったチャモチャ星との違いなのかもしれませんね。僕たちの暮らす現実の地球は、どちらの世界へ向かうのでしょう。

 では今回はこのくらいで。次回は映画第15作、1994年公開の『のび太と夢幻三剣士』を研究します。

■好きなセリフ

「僕たちで、できるところまでやろう」

 のび太

 サピオに協力を乞われて戸惑うみんなに対して、肩を落としながらそれでも告げた言葉

令和8年5月25日  福場将太