2026年5月31日(日)、所属している『視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる』の通常総会が開催された。今年の会場は東京。というわけで足を運んだわけだが…。
1.総会の歩み
ゆいまーるの創設は2008年。日本各地の会員が一堂に会する機会として、通常総会は年一回、東京と大阪を交互に開催地にしながら行なわれてきた。新規役員の承認、活動や予算の決議もそうだが、普段会えない仲間との交流が一番の目的である。
コロナ禍の2020年は初めての中止を余儀なくされたが、翌年からはオンラインを用いて再開、2023年からは会場参加とオンライン参加をつなぐハイブリッド形式が定例化している。
そんなわけで会場参加の僕は新千歳からいざ羽田へ旅立つ、いや、旅立とうとしたのだが、ここで思わぬ事態に見舞われた。
2.左足の歩み
今年の冒頭に『ハウツー空の旅』という研究コラムで、目の不自由な者が飛行機を利用する際のトラブル対処法について書いたが、今回の出来事はその中でも全く想定されていなかった。
何が起きたのか? それは、いつものように地上係員さんに誘導してもらいながら搭乗ゲートを目指していた時のこと。保安検査場も通過して順調に歩みを進めていたのだが、どうも左足の感触がおかしい。これはもしやと思いながら、無事に搭乗ゲート前の座席に座らせてもらう。
去っていく地上係員さんにお礼を言ってから確認すると、やはりそうか、靴底のゴムがペロンとめくれてはずれかけている。以前にも古いスニーカーの底のゴムが腐ってボロボロ崩れた経験がある。今回は革靴なのでさすがに崩れはしていないが、単純に靴底のパーツの接着が効かなくなっているのだ。まだかろうじてくっついてはいるものの、このまま歩き続ければ完全に剥がれるのは必至。
さあどうする? 論理的思考で考える。人が多く利用する場所や施設には、靴のトラブルに対して応急処置をしてくれる専門の店があると聞く。空港にもきっとある。しかしそれは保安検査場の外の話。しかも時刻はもう夜、さすがに営業していないだろう。
となれば自身で応急処置を施すしかない。靴底のゴムは爪先の方から剥がれており、踵の部分はまだ接着している。つまり爪先部分を紐で縛ればよいのだ。
しかし、鞄の中を探ってもそんな紐は持ち合わせていない。ネクタイやイヤホンのコードを代用するのは無理がある。友人に持ってきてもらおうにも、保安検査場をすでに通過しているここに来てもらうのは難しい。
こんな時に目が見えないことに不便を感じる。空港のスタッフさんを探そうにも、席を立って歩き回れば、下手するとここに戻って来られなくなってしまう。しかも歩いているうちに完全に剥がれてしまうと、もはや紐での応急処置も不可能となる。左右で靴の高さが変わってしまうと、非常に歩きにくい。普段から段差や階段には気を付けなくてはいけない視覚障害当事者、できれば危なっかしい状態で歩きたくはない。
あまりにペロンと綺麗に剥がれているものだから、もしや取り外し可能・交換可能のカートリッジタイプの靴底かとも思ったが、やはりそんなことはなさそうだ。
あれこれ思案しているうちに登場時刻が近付き、僕を機内へ誘導するために先ほどの地上係員さんが来てくれた。かっこ悪いことこの上なく事情を伝えると、持ってきてくださったのは養生テープ。空港には色々な物が用意されているらしい。ひょっとして手荷物をまとめるのに使う物だろうか。それともハイジャック犯を縛り上げるために使う物だろうか。
いずれにせよテープのおかげで応急処置は完了。不恰好だがこれなら歩ける。僕はいつも以上に地上係員さんに感謝を伝え、機内へ誘導してもらったのである。
3.右足の歩み
ナイトフライトでつつがなく羽田に着陸し、僕は宿へ向かった。童話の様に眠っている間にこびとたちが靴を縫ってくれたらよいのだが、それはなさそうなので道中のコンビニで接着剤を購入。眠たい目をこすりながら剥がれた左足の靴底を接着した。
そして翌朝、靴を履いてみるとバッチリ。無事にくっついてくれたらしい。
いざ行かんと足を踏み出すこと小一時間。今度はJRの駅で右足にあの感触が。確認するとやはり靴底がペロン。山下達郎さんのヘロンという曲が頭を過る。
さあどうする? 左の次は右までも。本当に中がおよろしいことで。
迷いはなかった。もはやこれまで。意を決して靴屋へ赴き、軟らかくて歩きやすい靴を僕は購入した。もう少し粘ろうかとも思ったが、テープと接着剤を駆使した靴では、帰りの保安検査場で怪しまれかねない。スパイじゃあるまいし、けっして靴底に何かを隠しているわけではございませぬぞ。
そんなこんなで、図らずも靴を新調して望んだゆいまーる総会。一年ぶりの再会がやはり嬉しい。お互いの近況を分かち合いながら、穏やかな時が過ぎていったのである。
4.技術の歩み
午前の議事を終え、午後からは特別プログラム。昨今毎日のように話題になる人工知能AIについて、実際に使っているゆいまーるメンバーが講演と実演をしてくれたのだ。
あるメンバーは人前で発表をする際の原稿の叩き台をAIに作ってもらっているという。この度の講演でもまさにそうで、「視覚障害を持つ医療従事者のAI利用について、10分くらいの発表をしたいので内容を考えて」とAIに頼み、提示された叩き台に対してまた修正を頼み、とAIとやりとりしながら原稿を作ったそうだ。
他にも、メールの返信を頼んだり、何か企画をする際のシナリオを頼んだり。もちろん不自由な自身の目に代わって、文章を読んでもらったり、目の前の物を説明してもらったり、道案内をしてもらったりしているメンバーもいた。
文章を読み上げるだけなら確かにこれまでにもあった技術だが、そこにAIが入ることで、要約して伝えてくれたり、必要な箇所、重要な箇所だけ読んでくれたりするのがすごい。
みなさんのお話を伺うと、昨今のAIは、人間が出した指示を勘違いしたり理解できなかったりすることがかつてより格段に減ったのだという。つまり、話の通じない天才だったのが、話のわかる天才になってきたということ。
とはいえ、まだまだ完ぺきではない。とんちんかんな返答をしたり、自信満々で嘘の情報を提供したりすることもあるそうなので、AIユーザーのみなさんが口を揃えておっしゃっていたのは「鵜呑みにしてはいけない」ということ。叩き台を作ってもらったり、情報を仕入れてもらったり、作業を手伝ってもらったり、見えない物を説明してもらったりするのは本当に便利だが、最終確認・最終判断はやはり人間がしないと危険なのだ。
それを聞いて僕は少しほっとした。そうでなくては困る。一つ前の研究コラムで『ドラえもん のび太とブリキの迷宮』について書いたが、あの映画では便利な道具に頼りきり、自分では歩くことすらままならなくなった人類が描かれた。肉体だけではない、何もかもAIにお任せしていたら、脳みそだって衰えてしまう。
そんなこれまでにない感慨を覚えながら、今年の総会は閉幕したのである。また一年、ここでチャージしたエネルギーをもとに、それぞれの医療現場で頑張ろう。
5.研究結果
コロナ禍では、オンラインミーティングの技術を習得したゆいまーる。きっとAIを使う技術だって、この先どんどん求められる、取り入れないわけにはいかなくなるだろう。
靴底が剥がれて途方に暮れたあの夜、AIに尋ねれば一瞬で解決策を提示してくれたのかもしれない。それでもあの思案した時間、試行錯誤した時間の価値を忘れずにいたい。
不格好でも、自分の足で歩き続けていくために。
令和8年6月3日 福場将太