2026年3月20日(金)、所属している公益社団法人 NEXT VISIONのイベントに登壇するため、三ヶ月ぶりに神戸へ赴いた。会場は国際展示場の特設ステージ、イベントは第25回日本再生医療学会の中の一企画として開催された。ここにその思い出を。
1.雑談
今回はトークイベント、共に登壇するのは眼科医かつ産業医として活躍する三宅琢くん。NEXT VISIONのメンバーであり、大学時代の同期にして友人という間柄だ。
これまでも彼が司会を務めるイベントに出たことはあるが、今回のように完全に二人だけでやるのは初の試み。にも関わらず、近況報告の雑談を交わしたら打ち合わせはほぼなしで本番に臨む。まさにNEXT VISIONのモットー『行き当たりバッチリ』である。
2.対談
開始の数分前に二人で壇上へ。企業展示スペースに設けられたステージのため、周囲では様々な発表や展示が行なわれており、行き交う人は多いもののステージ前の座席に着席している人は少ない。そんなわけで注目がない状態でのスタート、三宅くんともとにかく声を張っていこう、楽しんでやろうと決めて語りを始めた。
彼の口からまずはNEXT VISIONの活動が紹介され、その後は彼の出す質問や話題にコメントするという形で僕も参加。ぎこちなかったのは最初の数分で、すぐに二人のチューニングが合い、肩の力を抜いての対談となった。
僕は網膜色素変性症の患者だが、別に再生医療を受けているわけではない。三宅くんは眼科医だが再生医療を専門としているわけではない。ではこの対談企画はどうして再生医療学会の中で行なわれているのか。
それは『医師の再生』の物語を語り合うためだ。僕は医学部在学中に診断を告げられ、その後十年ほどで失明した。進む道は絶たれたかに思われたが、『視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる』と出会い、自分と同じく目の不自由な医師が多く存在している現状を知り、また歩き出すことができた。これが第1の再生。さらにそこから数年後、眼科医をしている大学時代の先輩からの誘いで網膜色素変性症の講演会に登壇し、『目を患った人たちの心のケア』という新たな目標を得た。そこからは自身の視覚障害をオープンにし、NEXT VISIONにも関わるようになっていった。これが第2の再生。
幹細胞が様々な因子の影響を受けながら再生と分化をくり返していくように、僕も当初想定していた進路とは変わったが、なんとか道をつないでここまで来られた。
三宅くんも眼科医としての行き詰まりを感じた時期があったが、そこから産業医としての道も歩み、二つのキャリアを活かした新たな活動をしている。僕たちは共に再生した医師なのだ。
再生医療学会の本来の主旨とは異なるかもしれない。ただ最先端の再生医療をもってしても治せない病気はまだまだ存在する。そんな病気を持つ患者が回復するために必要なのは、治療(キュア)ではなくケア。患者の話を聞き、人生を感じ、共に迷い共に探し、再生の物語を描く支援だ。
全てはこれからだけど、共に文学と著述を愛する彼となら、そんな道も進んでいける気がする。きっとそれが僕にとって第3の再生なのだ。ちなみに今回の演目も彼の命名。
3.冗談
目の見えない僕はアイコンタクトができないが、三宅くんの見事なタイムキープのおかげで三十分のイベントはつつがなく終わった。気付けばステージ前の座席に座って話を聴いてくれている人は開始時の数倍、ステージを降りた後で声を掛けてくださる方もいた。
その後はNEXT VISIONの仲間も加わって喫茶店で談笑。次はこんな企画がいいんじゃないか、こんなアプリがあれば面白いんじゃないか、など冗談も含んだ夢が多く語られた。
個人のことでも社会のことでも不安だらけの時代。それでも人は再生をくり返しながら未来へ進む。次に三宅くんと会うのはいつだろう。その日まで、無理せずお互いの日々を頑張ろう。楽しい時間をいつも本当にありがとう。一緒に仕事ができて幸せだ。
4.研究結果
幹細胞からできている人間が、再生できないはずがない!
進化も退化も楽しみながら、僕たちはまだまだ生まれ変われる。
令和8年3月22日