僕の人生に何度も気付きとエネルギーを与えてくれたドラえもん映画を研究するシリーズの10回目です。
■研究作品
昨年広島空港で『どこでもみじ』というお菓子を見つけました。羽田空港にはドラえもんの描かれた東京バナナも売っていました。いやあ、何十年経っても色褪せない人気です。
そんなわけで今回は新しい年の幕開けにふさわしく、平成の幕開けのドラえもん映画であり、僕らが暮らす国の幕開けを描いた1989年3月11日公開の第10作『のび太の日本誕生』を研究します。まかされよ!
■ストーリー
それぞれの理由で家出を考えたドラえもんたちだったが、住む場所を探そうにも日本中の土地に持ち主がいるという現実に直面。まだ人間のいなかった時代の日本へ行けばよいとのび太が思い付き、さっそく7万年前の世界で夢のような原始生活を開始する。その頃、原始人の少年ククルは不思議な現象によって20世紀の東京へ送り込まれていた。
やがてククルと出会った五人は、彼の属するヒカリ族が凶悪なクラヤミ族に捕えられたこと、その背後には精霊王ギガゾンビと名乗る人物がいることを知る。はたしてギガゾンビとは何者なのか? 最初の日本人はどこから来たのか?
■福場的研究
1.主旋律と副旋律
シリーズ10作目を数える本作は、なんといっても安定感が抜群。作る側にとっても、観る側にとっても、ドラえもん映画というものがすっかり定着した感じです。
それはのび太たちにとっても同じで、映画の主旋律である『異世界冒険』をすることもすっかり慣れっこ。ククルから事情を聞いた後、ヒカリ族救出のために一肌脱ぐことに全く気後れしていません。命懸けの冒険を何度もしてきた経験値が、五人に余裕を感じさせています。
ヒカリ族を追跡する場面でも、ギャグやポップな会話が抱負であまりシリアスになり過ぎず、クラヤミ族との戦いの場面でも、ドラえもんがドラゾンビという精霊大王に扮したり、敵がコミカルに逃げ回ったりと、楽しい雰囲気が持続します。仲間の誰かが行方不明になったり、人類に危機が迫ったり、元の世界へ戻れなくなったりといった事態も起こりません。
そんなわけで過去作品と比べるとスリルやサスペンスの少ない映画前半なのですが、実はここに本作のストーリーの巧みさがあります。シリーズを重ね、視聴者にものび太たちにも冒険に対する慣れと余裕が出ている。しかも今回の敵はこれまでのような魔物やロボットや軍隊ではなく原始時代のまじない師、正直あんまり恐ろしくない。実際に前半戦はドラえもんがひみつ道具で圧勝。ヒカリ族を中国大陸から日本へ移住させ、「ギガゾンビも手の届かない楽園です」と宣言します。
ところがどっこい後半戦。視聴者ものび太たちも安心していたら、ヒカリ族の新しい村が無残に壊滅。直前のシーンのスネ夫のセリフ「たかが原始人のまじない師、たいしたことないさ。タケコプターやどこでもドア持ってるわけじゃないんだよ」が思い出されて、強い衝撃が走ります。いったいどうやって、ギガゾンビは中国から距離を超えて攻め込んできたのか…その得体の知れなさが子供心に恐怖でした。
だってドラえもんがギガゾンビの襲来を恐れるヒカリ族の人たちに「大丈夫です、僕が保証します」と笑顔で言っていたんですよ。それが裏切られちゃうんですから。
そう、みんなの慣れを利用して本作で藤子F先生が仕掛けたのは、敵の正体をラストまで明かさない大展開。クラヤミ族のアジトに侵入したドラえもん、通り抜けフープで脱出しようとしたら超空間を封じられる、そして時間を止めたはずなのに誰かの足音が近付いてくる。まさかまさか、ギガゾンビはドラえもんと同じ…!
ここにきて『ドラえもん』という作品の基本設定に立ち返った敵の正体は本当にお見事。ギガゾンビの目的が明かされた時の高笑いには、驚愕と絶望が映画館に響き渡りました。
そんな本作のストーリーには他にも見どころがたくさん。家出という小さな子供の日常から壮大な冒険へとつながる流れ、みんなとはぐれたのび太が見る不思議な夢、映画第1作へ回帰するような怒涛の決着などなど、本当に最後まで飽きさせません。
毎度ながらの恐怖演出もしっかりあり、原始人ククルが突然空の穴に吸い込まれて20世紀の東京へ来てしまったことについて、ドラえもんが解説する『時空乱流』のくだりがあまりにも怖い。僕もそうでしたが、おそらく映画を観た多くの子供たちが「自分も吸い込まれたらどうしよう」と振るえたはずです。
続いてゲストキャラクターについて。これまでの映画シリーズでも、のび太と絆を結ぶ友達ポジションのゲストキャラクターと、のび太が可愛がるペットポジションのゲストキャラクターが登場しましたが、通常はどちらか一方。それが本作ではどちらも登場し、どちらも存在感が大きいのが特徴です。
前者はもちろんククル、彼を助けるためにのび太たちは冒険に踏み出します。そして後者はのび太が生み出したペガサスのペガ、グリフォンのグリ、ドラゴンのドラコの空想動物トリオ。
ゲストが盛り沢山な分どちらとのドラマをメインにするかが難しくなるわけですが、藤子F先生はそれも見事に振り分けておられます。
前半はペガたちを一度別行動にしてククルがメイン、後半はククルを別行動にしてペガたちがメイン。まあ、どうしてもラストシーンでは両方にさよならを言わなければならないため、ククルにはわりとあっさり別れを告げ、ペガたちとの別れはやたらに惜しむのび太になってしまっていますが。
ただククルには、映画の中盤、落ち込むのび太を励ますという名シーンが用意されています。七万年の時を超えて出会った二人の少年が、夕焼けの川辺に座って話す…とってもとってもドラマティック。しかも原始人の少年が、現代人の少年が落ち込んでいることに気付いてそっと声を掛けるのがよい。実は映画の序盤では、逆に夜眠らずに番をしているククルにのび太が一緒に寝ようと声を掛ける場面があり、ほのかな思いやり返しにもなっています。
精神科医という仕事柄も大いに興味のあることですが、時代が変わって生活や文化が変わったとしても、人間の心はずっと同じなのでしょうか。一億年前の人も、一万年前の人も、今の人間と同じように泣いたり笑ったり、妬んだり恨んだり、優しさや思いやりを持ったりしたのでしょうか。まさに本作の主題歌『時の旅人』でも歌われているテーマ。
映画後半の出番が少ないのが寂しいけど、やっぱりククルは本作を象徴するゲストキャラクターです。
そんな本作の副旋律は、何度かセリフの中にも出てくる『楽園』。
前述のように、前半は緊迫感の乏しい本作ですが、けっして退屈はしません。というのも、のび太たち五人が営む原始生活の場面が、いつまでも見ていたいほど癒されるから。
やわらかい色調と優しいBGMで描かれる空と緑と大地はどこまでも広大で、そこに毛皮と石槍の格好をした五人がいる。洞窟を掘って住まいを作ったり、花を植えたり、野菜を育てて食べたり、本当にゆっくりゆっくり優しく優しく時間が流れています。
しずかの「こうやって大きな自然に包まれてると、小さな悩みなんかどうでもよくなっちゃうわね」というセリフにも表れているように、心が広がっていく人間らしい生活。ITが進化して無数の情報や電波にさらされている現代社会を思うと、七万年前は別世界。
この度久しぶりに本作を観賞して、子供の頃には感じなかった癒しを思いっきり味わいました。本来は日本にミスマッチなはずのペガサスが溶け込むのも、視聴者がそこに楽園を感じるからなのでしょう。
そして、そんな夢を叶えてくれるドラえもんという存在の大きさと愛しさが、改めて子供たちと大人たちの胸に込み上げてくるのです。
2.冒険の渦中で帰宅
僕の好きな冒険の渦中で日常の世界に戻るシーン。本作では、タイムマシンで七万年前と現代とを何度か往復しています。行きっぱなしではなく、行き来が自由で日常生活と冒険が並行する、という構造は第2作『のび太の宇宙開拓史』と似ていますね。
授業中、七万年の時差ボケで眠そうなのび太たちを叱る先生。まさか放課後に原始時代へ家出してるなんて思わないだろうなあ。子供には大人の知らない世界があるのです。
3.冒険の切り替わり
本作では、最初からのび太たちが能動的に冒険に関わっていきますが、前半と後半でその深刻度が大きく変化します。そのきっかけが、ドラえもんが七万年前から現代へ持ち帰ったある物。
無事に冒険は終わったかと思いきや、とあるアイテムから事態の大変さが判明して再び冒険に飛び込んでいく、という流れは第7作『のび太と鉄人兵団』を彷彿とさせます。この緊張と緩和のバランスが大好き!
4.その他
それでは、他の見どころもいくつか。
本作は、ドラえもん・のび太・しずか・ジャイアン・スネ夫が最初から最後まで一緒に行動しており、五人の仲間意識が強く感じられる映画。そして、のび太がみんなにとってどんな存在なのかがわかる場面も多いです。
のび太が家出を始めると最初はからかいつつもやっぱり仲間にしてもらおうとしたり、のび太が毎年朝顔を枯らしてしまうことやすぐ迷子になることを知っていたり、七万年前に行くことやペガサスのペットなど、のび太のアイデアの才能を素直に認めていたり。普段はドジでノロマだけどいざという時は勇敢、でもやっぱり心配で放っておけない、一緒にいると幸せな気持ちになる存在。吹雪の中でのび太が行方不明になってみんなが泣き崩れる場面は、本当に彼のことがみんな大切なんだなあ、友達っていいいなあとしみじみ思います。
本作ではメンバーそれぞれの役割もすっかり定着。責任感があって頼もしいけどおっちょこちょいなドラえもん。優しさでククルの心を開いたしずか。口八丁でドラゾンビを盛り上げ、知識で歴史解説をするスネ夫。そして喧嘩っ早いけど仲間思いで情にもろいジャイアン。まさにシリーズで培ったキャラクターの深みです。
ちなみに前々作から引き続き、ジャイアンの言い間違いギャグも健在。「クラヤミ族」を「マックラ族」、「常闇の宮」を「床屋の宮」。その度にほっこりさせてくれます。そして、彼の持ち歌も、第5作『のび太の魔界大冒険』以来久しぶりの熱傷! さらに、映画冒頭のジャイアンと母ちゃんのやりとりのセリフが面白過ぎる!
のび太としずかのロマンスについては控え目ですが、二人で一頭のペガサスにまたがって空を翔る場面はとっても素敵。「遠い先祖をたどればきっと世界中の人たちが親戚なのね」というしずかに対して、のび太の返事は「っていうことは、僕とエジソンは親戚かもね」。おそらくのび太のこういう所にしずかちゃんも惹かれたんじゃないかなあ。
また第3作『のび太の大魔境』では大きな木の実を割ったらそこにおいしいごはんが入っている、というひみつ道具がありましたが、本作では太い大根を割ったらそこにおいしいごはん、というこれまたほっこりのひみつ道具が登場。ああ、食べたい!
そして第1作『のび太の恐竜』以来、「おじいちゃんの、おじいちゃんの、おじいちゃんの…」といいう面白い言い回しが登場。それがラストののび太の「これでククルは僕の先祖かもね」というセリフにつながっているのが味わい深いですね。まさに、日本誕生!
では今回はこのくらいで。次回は映画第11作、1990年公開の『のび太とアニマル惑星』を研究します。
■好きなセリフ
「よかったね、よかったね!」
のび太
両親と再会できたククルを見ながら口にした心の底から嬉しそうな言葉
令和8年1月21日 福場将太