僕の人生に何度も気付きとエネルギーを与えてくれたドラえもん映画を研究するシリーズの9回目です。
■研究作品
あっという間に年の瀬。来年公開のドラえもん映画は、いよいよ海底鬼岩城のリメイク。AIが僕らの日常に存在して流暢なお喋りまでする現代において、バギーちゃんはいったいどんなアレンジで登場するのか。それも楽しみにしつつ、今年最後は1988年3月12日公開の第9作『のび太のパラレル西遊記』を研究します。お前は孫悟空だよ!
■ストーリー
孫悟空は実在することを証明する、とまた無茶な約束をしてタイムマシンで唐の時代を訪れたのび太は、そこで自分そっくりの孫悟空の姿を目撃する。歓喜してみんなを連れて来るものの今度は見当たらず、仕方なくドラえもんのひみつ道具・ヒーローマシンで孫悟空に扮して誤魔化そうとするも失敗。現代へ戻った五人だったが、町の様子がおかしいことに気付く。なんと過去でドラえもんが目を離していた隙にヒーローマシンから西遊記ゲームの妖怪たちが飛び出し、世界を支配してしまったのだ。
歴史を修正するには、もう一度唐の時代へ戻って妖怪たちを退治するしかない。それぞれのキャラクターに扮して本当の西遊記をすることになったのび太たち。はたして三蔵法師を守り抜き、あの大物妖怪を倒すことはできるのか?
■福場的研究
1.主旋律と副旋律
前々作・前作と異色作が続いていたためか、本作の主旋律の『異世界冒険』は単純明快、世界を救うために悪い妖怪をやっつけるという痛快活劇になっています。
まず特徴的なのが、『西遊記』という有名作品をそのままモチーフにしていること。これまでも第2作『のび太の宇宙開拓史』が『西部開拓史』、第6作『のび太の宇宙小戦争』が『スター・ウォーズ』というように、イメージ的なモチーフはありましたが、ここまで全面的なのはシリーズ初。1981年の中編映画『ぼく、桃太郎のなんなのさ』では、桃太郎の世界が部隊でのび太たちはそのキャラクターに扮したので、それを含めると2回目の試みということになります。
それにしても、桃太郎の時もそうでしたが、毎回驚かされるのがキャスティングのはまり具合。孫悟空はのび太、猪八戒がジャイアン、沙悟浄がスネ夫、三蔵法師がしずか、そしてお釈迦様がドラえもんと、西遊記のメインキャラクターに過不足なくバッチリはまっています。これは偶然なのか。それともこの五人の個性のバランスは、世界の色々な物語に対応できるくらい汎用性が高いのでしょうか。本当に唯一無二のチームです。
本作もう一つの特徴としては、藤子F先生がご病気だったため原作漫画が存在せず、藤子アニメでお馴染のもとひら了先生が脚本を担当しておられること。そのため、これまでのシリーズを踏襲したF先生らしさもある一方で、F先生であればされないような展開もあり、そのブレンドによって他作にはない魅力を放っています。
まず藤子F先生らしい点としては、冒頭がのび太とジャイアン・スネ夫の張り合いから始まるところ、ドラえもんとのび太が意地を張って喧嘩するところ、みんなでおいしい食事を囲むところ、宿泊部屋でのそれぞれの様子が描かれるところ、五人が柱にはりつけにされるところなど、いずれも過去のシリーズで見掛けた記憶がある場面です。
ストーリー全体の構成は、第5作『のび太の魔界大冒険』が意識されており、のび太の夢から映画が始まるところ、序盤の謎が実はタイムマシンによるものだったと後半で明かされるところ、僕の大好きなあのキャラクターがクライマックスで駆けつけるところなどが共通しています。
逆に藤子F先生であればされないような点としては、普段は冒頭にしか登場しない出木杉くんが中盤にも出てくるところ、妖怪が三蔵法師を食べたり、ママや先生が妖怪になってしまったりと、普段は不可侵の現実世界にまで敵の影響が及んでいるところなどが挙げられます。
そして本作のキーアイテム、ヒーローマシン。のび太たちが西遊記をすることになる事情を生み出すために、このオリジナルのひみつ道具を登場させたもとひら了先生のアイデアが素晴らしい。敵はあくまでこのマシンから出てきたゲームのキャラクターとすることで、のび太たちが妖怪を退治することに倫理的な抵抗感をなくしているのも、映画を観る子供たちへの優しい配慮と言えるでしょう。
ゲストキャラクターは二人。一人は実在の三蔵法師様で、歴史上の人物が登場するのはシリーズ初。ゲームのキャラクターではなく、三蔵法師は本物の三蔵法師様にしているところも、ドラえもんのSF要素を活かした魅力的な設定です。落ち着いた表情と語り口、全てを受け入れ許す懐の深さと謙虚さ。映画を観ている子供たちに、徳のある大人とはこのような存在なのだということを感じさせてくれます。
もう一人のゲストキャラクターは少年リンレイ。牛魔王に金角・銀角と、西遊記の中でも誰もが知っている有名なキャラクターで構成されている本作ですが、彼の正体である紅孩児は少々マニアック。そして、もともとは敵側にいながらその良心によって葛藤するゲストキャラクターもシリーズ初。
彼が謝りながら裏切り、三蔵法師様が妖怪に無残に連れ去られる場面は、子供心に一番恐ろしくて悲しかったのを憶えています。そして妖怪たちが滅んだ後で三蔵法師様に泣きすがるリンレイ。のび太たちとの友情の描写は控え目ですが、本作はゲストキャラクター同士のふれあいの描写が重厚。三蔵法師様とリンレイの心の交流には、胸があたたかくなります。
こうやって書いていてもまたドキドキしてくるのですが、実は本作、僕が一番最初に映画館で観たドラえもん映画。もしかしたら幼稚園の頃にも映画館には行っているのかもしれませんが、しっかり憶えているのはこの作品から。なにせ親に連れて行ってもらった後で親戚のおじさん・おばさんにも頼んだりして、計3回も映画館で観たのですから。入場特典のドラえもんが孫悟空の格好をしたキラキラシールも3枚ゲットしましたぜ。
それくらい本作は子供心、特に少年心を揺さぶりました。とにかく、孫悟空ののび太がかっこいい。ジャイアンと対等に相談したり、たった一人で敵に立ち向かったり、普段の弱虫でノロマの設定からすればちょっと勇敢過ぎる気もしますが、もしかしたらこれも、もとひら了先生だからこそ実現したアレンジかもしれませんね。かっこいいのび太に魅せられて、映画が終わるとあちらこちらで孫悟空の真似をしてる子供たちがたくさんいました。もちろん僕もその一人。
主題歌『君がいるから』もシリーズ初のロックサウンドでかっこいい。特にみんなで炎の中へ飛び込むシーン、噴火する火焔山から脱出するシーンは、この曲のもたらす高揚感もあいまって、映画館でドキドキが止まりませんでした。
また、インストゥルメンタルのBGMでも本作限定のテーマ曲が製作されており、中華風アレンジのこの曲は痛快。シリアスになり過ぎず、のび太と牛魔王の一騎打ちを盛り上げてくれます。
前半の如意棒のギャグシーンがクライマックスの伏線になっていたり、のび太とジャイアンの確執が最後に解消されたり、戦いでも人間ドラマでも落としどころが綺麗。さすが、脚本が本業の方が書かれているという感じです。
そんな本作のほのかな副旋律は『母親』です。妖怪になってしまったママを見てショックを受けるのび太。普段はガミガミうるさくても、やっぱりママが大好きなんですよね。映画を観ている多くの子供たちが共感する気持ちでしょう。だからこそ、そのママが妖怪になってしまったショックはあまりにも大きい。
のび太だけでなく、ママの変化に涙するしずか、ママとの再会を涙で誓うスネ夫の姿も描かれます。そして、冒険の渦中でみんなでドラえもんの用意した食事を囲む場面。のび太が普段あまりすることのないママの自慢をしているのが印象的。今ママは妖怪になっていて本物のママはいなくなってしまった、そんな状況でママのごはんのおいしさを笑顔で語る…子供の頃は何も思いませんでしたが、今回ここで一番泣きそうになりました。それに応えるように母ちゃんの話題を出すジャイアンもよいです。
一方、悪人と知りながら母親に従い続け、ついに逆らい、それでも母親を憎み切れず、悲しい別れを迎えてしまうのがリンレイ。この対比も作用して、エンディングで描かれる四人がそれぞれの母親と再会する場面が胸を打ちます。男の子たちがベソをかいている中、源母子だけは穏やかな抱擁を交わしているのが素敵ですね。
今回の戦い、子供たちにとっては、世界を救うためじゃなくてママを取り戻すための戦いだったんだなあ。だから勇気が出たんだなあ。
そんなこんなで、映画での活躍がご無沙汰だったのび太を完全な主役にする原点回帰に、過去8作のルーティーンを適度に散りばめ、シリーズ初の試みをいくつもしている本作。実は集大成にして、ここからの新たなシリーズへの露払いにもなっている、接続点のような作品です。
今回改めて観賞して思ったのですが、タイムマシンで出掛けた後に現代へ戻ってきたら歴史の流れが変わって大変なことに、だから過去へ戻って修正に行く…というストーリーは、まんま『BACK TO THE FUTURE』のパート2。もしかしたら影響を受けているのかなと思いきや、あちらの公開は1989年で一年こちらが先。すご過ぎるぜ、ドラえもん映画!
2.冒険の渦中で帰宅
僕の好きな冒険の渦中で日常の世界に戻るシーン。残念ながら本作には明確なものはなく、むしろ日常に戻ったかと思いきやそこが妖怪に支配された世界だったというひねり技になっています。
しかしだからこそ、全てが解決して家に帰った場面、ママが妖怪ではなくいつものママに戻っている場面の安堵感がものすごい。
妖怪退治に出掛ける時にも、のび太が悲しそうに「ママ」と呟いていますが、冒険から戻ってママと見つめ合って静かに呟く「ママ」は幸せいっぱい。映画のラストをこの一言で締めているのはあまりにも秀逸です。 もとひら了先生、最高!
3.冒険の切り替わり
本作は「巻き込まれた冒険」が「自分で選んだ冒険」に切り換わる明確な場面はありません。むしろ戦わないわけにはいかない状況、しかもドラえもんのミスで生じた事態なので知らん顔できるわけもない。
それでも全員が私服から西遊記の格好になってタイムマシンで唐の時代へ向かう場面には、いざ冒険という勢いを感じます。そして戦いの中で徐々にみんな勇敢になっていき、臆病を振り払って炎に飛び込む場面は、心のベクトルが完全に切り換わっていて本当にかっこいいです。
4.その他
それでは、他の見どころもいくつか。
前述のように本作は完全にのび太が主役。映画冒頭の第一声ものび太です。
そして、冒頭でのび太と張り合うのはスネ夫よりもジャイアン。本作、のび太に次いで存在感が大きくセリフが多いのがジャイアン。普段ならスネ夫やしずかが言うようなセリフまでジャイアンが担当しています。意地悪する嫌な奴だったり、先頭に立って戦う頼もしい奴だったり、最後はのび太を認めてくれるいい奴だったり、本作はのび太とジャイアン、あるいは孫悟空と猪八戒の友情物語としても味わうことができるでしょう。
前作から引き続き、ジャイアンの言い間違いギャグも健在。「娘と思ったらお猿じゃないか」が「おむすびと思ったらお皿じゃないか」、映画館の子供たちは大爆笑です。
さらにスネ夫のジャイアンへの毒舌も炸裂。「ほらブタ、ブタの出番、ブタの化け物の出番ですよ」とあまりにもひどい。ひどいからこそ面白い。その後のジャイアンのリアクションで、二人の仲の良さがよくわかります。さらに、あの出木杉くんにまで「行くぞブタ」と言わせていて、また笑ってしまう。脚本のプロのセリフ回しはさすがです。そして、ジャイアンvs出木杉くんという珍しい対決が見られるのも本作ならでは。
のび太としずかのロマンスもしっかりあり、砂漠で星空を見上げながら「孫悟空ってお話だけじゃなかったのかもね。本当はのび太さんがそうなのよ」と、本作の真髄を優しく言ってくれるしずかちゃんが素敵です。
そして僕にとって永遠のヒロイン・ドラミちゃんが登場するドラえもん映画は、大山のぶ代さん時代では、早くもこれがファイナル。代わりに、ドラミちゃん主演のスピンオフが製作されていくわけですが、やっぱり寂しいですね。ちなみに本作の併映は『エスパー魔美』だったので、よこざわけいこさんのボイスが好きな僕にとっては、ドラミちゃんと魔美の両方でその可愛い声が味わえるとても贅沢な回なのでした。
では最後に、僕が一番大好きな見どころを。それは、噴火する火焔山からの脱出が間に合わないと慌てるドラえもんに対して、「どこでもドアがあるでしょ」とドラミちゃんがたしなめる場面。画面には照れる兄とあきれる妹、まん丸な兄妹のツーショットがキュートすぎるぜ!
では今回はこのくらいで。思えば本作は昭和最後のドラえもん映画、奇しくも今年は昭和で数えるとちょうど100年の年でした。来年は平成最初のドラえもん映画、いよいよ第10作、1989年公開の『のび太の日本誕生』から研究します。
■好きなセリフ
「う~ん、ママより少し落ちるけどね」
のび太
みんなでおいしい食事を味わっている時に得意げに語った言葉
令和7年12月21日 福場将太