科学技術コミュニケーター養成講座 すれ違う支援者満足と当事者満足

 2025年11月22日(土)、北海道大学大学院CoSTEP主催の科学技術コミュニケーター養成プログラムの講座に登壇した。CoSTEPとは科学技術コミュニケーション教育研究部門のこと。はたして僕の講演なんぞが学生さんたちにどうお役に立つのかわからなかったが、昨年出版した書籍『目の見えない精神科医が、見えなくなって分かったこと』をCostepの宣誓が読んでくださったのが縁でお声が掛かった。
 大学院で話をするのは2023年の国際医療福祉大学大学院の乃木坂スクール以来、奇しくもあれも11月22日だった。今回はそんな秋の学びについて。

■演題

すれ違う支援者満足と当事者満足 多様性の時代に求められる回復の視点

■セットリスト

第1章 障害との関係の変化
第2章 障害からの3つの回復
第3章 心理的回復へのアプローチ
第4章 よかれと思っての問題
第5章 みんなが暮らしやすい社会
第6章 まとめ

1.大志を抱いて

 JR札幌駅まで迎えに来ていただいていざ北海道大学へ。到着して車を降りると地面がフカフカ、芝生かと思いきやそれは落ち葉の絨毯だった。まさに自然豊かな敷地を持つ北大キャンパス。そのまま案内されて高等教育推進機構2階講義室へたどり着いた。

 北大といえばクラーク博士の胸像。高校の修学旅行で訪れたのがなんともう28年も前。クラーク博士は、札幌農学校で学生たちに禁酒を説いたことでも知られており、日本のアルコール依存症治療や断酒会の歴史文献でも名前をお見かけする。本業の精神科医としても、そんな場所でお話ができるのは誠に光栄である。

2.貴い営み

 今回は90分の持ち時間。なので定番のお話に加え、初めて『よかれと思っての問題』というのをセットリストに入れてみたところ、結果的にはそれが講座のメインとなった。
 支援者がよかれと思ってやったことが、当事者をモヤモヤさせたり、不愉快にさせたり、時には深く傷つけてしまうことがある。

●Aさんの事例

 50歳の男性です。電車の中で杖を持って立っていたら、近くに座っていた青年が「どうぞ」と席を譲ってくれようとしました。自分は立っているのはつらくないし、むしろ座るために膝や腰を曲げる方がつらいので「大丈夫です、ありがとうございます」と断わりましたが、青年は「遠慮しなくていいですから、さあどうぞ」とさらに勧めてきました。断わりきれなくて痛みを我慢して座りました。
 私はモヤモヤしましたが、青年はニコニコしています。

●Cさんの事例

 全盲の40歳男性です。初対面の同行援護Xさんとイベントに出掛けました。遠慮したのですが持ってくださるというので鞄を預けました。会場に到着して受付でチケットを出す場面になったのですが、Xさんがすでに私の鞄を開けてチケットを取り出しており、「はい、これです」と手渡してきました。
 私はとても不快でしたが、Xさんは自信に満ち溢れている様子でした。

 AさんやCさんの心情がみなさんにはおわかりだろうか。講座ではこういった事例をいくつか挙げて考えてもらった。
 確かに支援者の「よかれと思って」がよくない場合がある。ただしこれは支援者側だけの落ち度ではなく、当事者側にも課題は多い。時に余計なお世話になったり、ありがた迷惑になったとしても、手を貸すこと、手を借りることは、人間という動物の貴い営みに他ならない。
 まだまだ答えをお示しする技術も見識も僕にはないが、今回の講座が一緒に考えるきっかけになってくれていたら嬉しい。

3.止められない営み

 実は北大へ向かう車中でELSI(エルシー)の話を聞いた。新たに開発された科学技術を社会で実用する際に生じる技術面以外の課題の総称のことで、Eは「倫理的」、Lは「法的」、Sは「社会的」、そしてIは「課題」の頭文字。
 例えば、遺伝子を解析すればその人の寿命がわかる、という技術が開発されたとする。それを実用するとどうなるか。少なからず社会に混乱が起ることは想像に難くなく、そのまま実用に踏み切るのは非常に危険である。そこで、技術の開発に伴って、どんな倫理的な問題、法的な問題、社会的な問題が生じるか、どう対応するかを考えることが大切であり、それをELSI研究と呼ぶわけだ。

 医療技術の進歩は確かに素晴らしい。それによってかつては治せなかった病気を治せたり、かつては望めなかった人生の選択肢が生まれたりしている。ただ一方で、かつてなら無理だからと気持ちを切り替えられていたのが、健全にあきらめることができず、いつまでも残酷な希望によって苦悩する期間を伸ばしてしまうこともある。かつてはわからなかったことがわかることによって、知りたくなかったことを知らされる、不当な差別や迫害を受けてしまうリスクがあるのだ。

 今回の講座でも少しだけ触れたが、新しい技術が開発されて助かる人たちがたくさんいる一方で、困る人たちも一定数いる。技術の進歩を目指すのは人間にとって止められない営み。ただそれによって困る人たち、傷付く人たちの存在を、誰もが心の片隅に忘れてはいけない。

4.研究結果

 よかれと思って行動するのは親切心。それは貴いもの。
 技術を進歩させるのは探究心。それは止められないもの。
 だからこそ、ちゃんとコミュニケーションを!

令和7年11月26日  福場将太