僕の人生に何度も気付きとエネルギーを与えてくれたドラえもん映画を研究するシリーズの8回目です。
■研究作品
夏から一気に冬が来るような短い秋ですね。そんな時にはドラえもん映画で秋の夕焼け小焼けを感じましょう。今回は1987年3月14日公開の第8作『のび太と竜の騎士』を研究します。それは言えません。
■ストーリー
地球上に恐竜は生き残っているかいないかでスネ夫と張り合うのび太。そんな時にドラえもんのひみつ道具で偶然見つけたのは地底の大空洞、さっそくそれぞれの自由な時間をそこで満喫する五人だったが、トラブルで出入り口が失われ、スネ夫だけが取り残される事態に。救出のため別ルートから地底世界へ入ったのび太たちは、なんと6500万年前に絶滅したはずの恐竜たちが地底で生息しているのを目撃する。
そして現れる地底人の騎士バンホー。はたして、彼は敵か味方か? 地底文明に隠された秘密とは? 6500万年前にいったい何があったのか?
■福場的研究
1.主旋律と副旋律
本作の主旋律は『異世界冒険』、もちろんドラえもん映画は毎回そうなのですが、今回は『異世界』がとても強調されています。大昔でも宇宙でも、これまではその異世界をすんなり受け入れてすぐに馴染んできたドラえもんたち。しかし今回旅する地底文明には、不気味さ・奇妙さが漂い続け、なかなかドキドキワクワクの雰囲気になりません。
その理由の一つは、明確な敵が存在しないこと。これは本作最大の特徴でもありますが、これまでのシリーズのようにドラえもんたちが世界を守るために倒さなくちゃいけない悪者がいない。スネ夫の救出という序盤の目的はあるものの、それ以降は、敵を倒すとか、宝を探すとか、元の時代へ戻るといった一貫した冒険の目的がなく、五人は迷い込んだ異世界に驚きながら、戸惑いながら、半分流されるように不安な旅を続けていくのです。
異世界になかなか馴染まないもう一つの理由は、ゲストキャラクターが立派な大人であるということ。これまでも犬の王国や海底国家、魔法文明のような不気味さが漂う異世界はありましたが、案内役のゲストキャラクターはのび太たちと同世代の少年少女で、友情によってすぐにその世界にも馴染むことができました。
しかし本作のバンホーさんは違います。友達とは言い難く、敬語で話し掛ける距離の相手。ドラえもんもバンホーさんの前では頼もしい未来のロボットではなく一人の子供の立場になっています。思えば映画の冒頭から、のび太が0点の答案を隠すのを手伝ったり、ママの外出禁止令には逆らえなかったり、今回のドラえもんは完全に子供の立場であることが印象付けられていました。だからこそ、バンホーさんに促されるまま、導かれるまま、半信半疑で足を進めて、のび太たちと一緒に困惑する。バンホーさんと出会って以降のBGMも安心を与えるものではなく、冷たさと神秘さを感じさせるものになっています。
ドラえもんを頼もしく描かず、巻き込まれた子供の立場にすることで異世界の不気味さを際立たせる演出。中盤の「それでは22世紀の道具を久しぶりにお出ししましょう」という可愛いセリフで、バンホーさんと連れ立ってからずっとひみつ道具を使っていなかったことを視聴者も思い出すのです。
本作は前作とは違うベクトルで異色作。大人になって観賞すると他の作品にはない味わいがあり、好きな人はとことん大好きな作品なのだと思います。ただ子供心には、ドキドキワクワクが少なく、ドラえもんたちの見せ場もあまりなく、敵も目的もはっきりしない冒険の映画はやや退屈に感じました。恐竜が絡んだ大冒険は第1作『のび太の恐竜』ですでに見ていたため、どうしても比較して地味に思えたのです。
本作の内容は正直子供には難しいです。「法王」「聖域」「聖戦」「大遠征」「白亜紀」などの言葉は小学生の常識にはなく、「6500万年前に何らかの大災害があって地球上の生物はほとんど死に絶えたが、一部の恐竜たちが聖域に潜んで生き延びた」「中でも飛び抜けて大きな脳を持っていたステノニコサウルスが際立った進化の道をたどり、それが地底人の先祖になった」「その聖域は何故か定規で引いたような四角形をしている」という壮大な設定&伏線も、一度の説明で理解するのは難しく、「地上世界を取り戻す」という地底人たちの大遠征の詳細もぼやかされて話が進むため、ドラえもんが「この船は巨大なタイムマシンだったのだ!」と驚愕の叫びを上げる頃には、小学生の僕は頭にクエスチョンマークがたくさん浮かんでいました。
それでもドラえもん映画として楽しめたのは、お馴染みのキャラクターたちの微笑ましいやりとり、大山のぶ代さんが歌う主題歌『友達だから』のおかげ。テーマが難解な分、主題歌をとても親しみやすくわかりやすくされているのは、子供たちへの優しさも含んだ見事なバランス調整だと思います。
ちなみに恐怖演出は本作でも顕在。まず映画冒頭、湖を横切るネッシーの影と無言で流れる説明テロップが怖い。序盤でスネ夫が目撃するいないはずの恐竜の姿、そして川底に沈んだはずのラジコンが地底で飛んでいる姿はあまりにも怖い。さらにバンホーさんの初登場場面なんて、子供は泣きだすんじゃないか、夢に出て来るんじゃないかと思うくらいとんでもなく恐い。
効果音も含めて、そこまで怖く演出しなくても…とも思いますが、ただこれが当時のドラえもん映画の魅力の一つでもあります。
そんな本作の副旋律は『藤子F先生の願い』なんじゃないかな。先生が恐竜を大好きなのは、多くの作品で題材にしていらっしゃることからも、その緻密な作画からも疑いようがありません。もしも恐竜たちを絶滅から救うことができたら…そんな願いを叶えるお手伝いを、自らが生み出したドラえもんたちにさせているというのが本作。
恐竜たちを呼び寄せる囮になるのび太、恐竜たちに桃太郎印のきび団子を与えるしずか、恐竜たちを「こっちだ、列を離れちゃダメだぞ!」と力強く誘導するジャイアン、そして恐竜たちを口の上手さで安全な場所へ歓迎するスネ夫。それぞれの得意技を活かして恐竜たちを絶滅から救出する姿。この映画には、ずっと先生の大好きと優しさが流れているように感じるのです。
ついにドラえもんが頼もしい未来のロボットに戻り、地底文明の謎も全て明らかとなるクライマックス。不気味だった異世界は愛しい夢世界へと変わり、敵を倒すのではない形で世界を守るという地味ながら優しい活躍をした五人には、あたたかいBGMの中で柔らかな秋の夕焼けが注がれます。そこでしずかが言った「本当に素晴らしい旅だったわ」というセリフ…子供の頃にはピンときませんでしたが、今なら何が素晴らしかったのかが納得。そして、これは藤子F先生のお気持ちから出たセリフだったのではないかと想像するのです。
今回改めて観賞して魅力をたくさん感じた本作。また十年後に研究してみたいなあ。
2.冒険の渦中で帰宅
僕の好きな、冒険の渦中で日常の世界に戻るシーン。本作はずっと地底世界で話が進んでいくので、途中で家に帰る場面はないのですが、一度だけ地上に戻ってカナディアンロッキーを目撃する場面があります。久しぶりに太陽の下に出た開放感…と思いきや、直後に起こる予測不能の大展開。まさに緊張と緩和、一瞬ほっとさせる見事な演出です。
3.冒険の切り替わり
前述のように、ドラえもんたちにあまり主導権がなく、ずっと巻き込まれるような形で進んでいくのが本作の特徴。
それでも、スネ夫が取り残されているとわかって二度と行けないとあきらめた地底世界へ再び飛び込んでいくシーン、地底人が地上世界を狙っているかもしれないとわかって恩人のバンホーさんから離れるシーンは、のび太たちが自分で冒険を選んだ瞬間だと思います。
4.その他
それでは、他の見どころもいくつか。
映画の冒頭はすっかりお馴染み、のび太とスネ夫の張り合い場面。本作はのび太たち五人の誰かに際立った活躍があるわけではありませんが、ストーリーを転がしているのはこの二人。特にスネ夫は、彼の行方不明から始まり、終盤で聖域の謎を解くのも彼。冒頭で恐竜は絶滅したと豪語していた彼が、ラストでドラえもんに恐竜救出作戦完了を嬉しそうに報告しているのは微笑ましいカタルシス。そんなわけで本作の主役はスネ夫、映画冒頭の第一声も彼が担当しています。
またテレビシリーズでも基本的にはいつも同じファッションの五人ですが、映画シリーズでは少しずつ服装にアレンジが加えられていきます。本作のしずかちゃんは、よそ行きみたいな洋服でオシャレだなと子供心に感じました。
またファッションだけでなく、画面の色彩が鮮やかなのも本作の特徴で、地底の土肌の茶色や湖面の青、ジャングルの緑や巨大船の紫など、全ての色が生き生きと輝いています。そしてそんなカラフルな世界が彗星の衝突で一気に色あせ、灰色に染まってしまう。ラストの淡い夕焼けも含めて、シリーズでも一番色調が美しい作品だと思います。
のび太としずかのロマンスについては控えめな本作ですが、それでもバンホーさんの妹のローさんを可愛いと言うのび太に対してプンとするしずかや、彗星衝突で建物が倒壊する中でしずかを助けようとするのび太など、二人の絆を感じる場面があります。
また、耐えられない暑さの場面、のび太とジャイアンは思わず裸になってしまうギャグシーンでもありますが、しずかちゃんは一切脱がずに机に突っ伏して暑さに耐えているのがとても素敵。五人の中では一番大人、しっかりレディなんだなあと感じさせられます。
シリーズでよく見られる異世界案内のシーンもあり、本作ではローさんが担当。オア大陸の首都エンリルの中を色々紹介してくれるのですが、実はここに本作の伏線が集約。どうして地底にも昼と夜があるのかについての伏線も原作漫画にはあったのですが、複雑になってしまうからか、映画版ではカットされているのがちょっと残念です。
お馴染みのギャグシーンとしては、しずかのバイオリンが下手という設定も映画初登場。お稽古が嫌いなピアノは上手なのに好きなバイオリンは下手、というのもお転婆な彼女の魅力ですよね。
またジャイアンの言葉のいい間違いギャグも初登場、何度説明してもノイローゼをノゼローゼと言ってしまうやりとりが最高です。
そしてたまに見られるスネ夫からジャイアンへの毒舌ツッコミも初登場。普段は持ち上げているだけに、自分も心がデリケートだというジャイアンに対して「どこが」と返しているのが面白いです。
さらに思わぬ見所としては、ドラえもんとスネ夫のママのやりとりの場面。この二人、いつから顔見知りになっているのかわかりませんが、どんどん喋るスネ夫のママに対して言葉が挟めないドラえもんの反応がキュート。お金持ちだけど他者を見下すことはなく、息子の友達やその家族にしっかり敬意を払っているのがスネ夫のママの素敵な所。「ちょっと心配ざましたけど、ドラちゃまが一緒なら安心と思って、可愛い子には旅をさせろって言うざましょ、あの子元気にしてるざます? お母様におよろしく」など、
ざますざますの上流階級口調で歌うように語り、本質的な人柄の良さをかもし出している声優さんの演技がお見事!
そしてお見事といえば、やっぱり大山のぶ代さん。主題歌『友達だから』を完全にドラえもんと一体化して歌っておられます。これはどう聴いてもドラえもんが歌っているとしか思えません。この曲が流れる楽しいエンドロールは、シリーズでは初めて映画の後日談になっている点も押さえておきましょう。
最後に、僕が子供の頃から一番大好きな見どころを。それは映画の序盤、これからどうするのと尋ねたドラえもんに対して「とりあえず買い物をすませる」と答えたのび太が行ったお店の名前が『スーパートリアエズ』。これがツボに入って入って、今でもそのシーンで心をくすぐられてしまいます。
では今回はこのくらいで。次回は映画第9作、1988年公開の『のび太のパラレル西遊記』を研究します。
■好きなセリフ
「信頼を裏切ることは最大の罪だぞ!」
バンホー
無断で姿を消したドラえもんたちを保護した際に怒気と共に放った言葉
令和7年11月30日 福場将太