心の名作#27 ドラえもん映画の研究⑥ のび太の宇宙小戦争

 僕の人生に何度も気付きとエネルギーを与えてくれたドラえもん映画を研究するシリーズの6回目です。

■研究作品

 9月3日はドラえもんの誕生日。まあ2112年の9月3日なので、愛され続けるネコ型ロボットが誕生するのはまだまだ先なわけですが、2025年現在の子供たちならその日を迎えられそうですね。その頃の地球はどんな世界になっているのでしょう。宇宙旅行が当たり前になっていたりするのかな。
 今回は今からちょうど四十年前、1985年3月16日公開の第6作『のび太の宇宙小戦争』を研究します。有り得ない、あのスモールライトはこっちの手にあるはずなんだが!

■ストーリー

 ラジコン戦車を使った映画撮影を楽しむスネ夫たち。仲間外れにされたのび太だが、ふとしたきっかけで手のひらサイズの宇宙人・パピと知り合う。故郷のピリカ星でギルモアという将軍が独裁政権を樹立し、彼はそこから逃げてきたという。スモールライトで小さくなってパピとの交流を深めるドラえもんたちだったが、ギルモア配下の諜報機関・PCIAの魔の手は地球にまで伸び、実は亡命した大統領であったパピを奪還されてしまう。
 元のサイズに戻れないまま、それでもパピを救出するためにピリカ星へ旅立つ五人。はたして小さな宇宙戦争の行方は?

■福場的研究

1.主旋律と副旋律

 本作の主旋律はタイトルどおりの『戦争』、宇宙空間での実線の迫力もさることながら、PCIAを率いるドラコルル長官と、自由同盟を手助けするドラえもんとの知略の駆け引き
が大きな見所となっています。
 前半戦の部隊は地球。パピの宇宙船の波動を追って地球まで来るドラコルル、ひみつ道具で四次元空間にパピを匿うドラえもん、ジャイアンのポケットに探査球を忍び込ませてその場所を特定するドラコルル、探査球の電波の発信源からPCIAの戦闘艦の場所を特定して出陣するドラえもん、入れ違いにしずかを人質にしてパピだけを脅迫するドラコルル…とまさに戦略の交差。結果として、ドラえもんはパピとスモールライトを奪われるという敗退をきします。
 後半戦の部隊はピリカ星。PCIAの無人戦闘艇を撃退するドラえもん、その戦闘艇に忍ばせていた発信機で動きを把握しながらあえて自由同盟を泳がせるドラコルル、ピリカ星に潜入しひみつ道具で姿を消して行動するドラえもん、姿を見失っても監視カメラに目を光らせてボロを出す瞬間を待つドラコルル。直接対峙しないドラの名を持つ二人の司令官の知恵比べは、クライマックスへ向けてさらに白熱していきます。
 ドラえもん映画の中でも、敵側と味方側を交互に描きながら視聴者に俯瞰で戦況を見せる構成はシリーズ屈指。うまくいくと思った作戦が失敗したり、絶望的な状況が意外な好転を見せたり、その展開から目が離せません。

 子供にはわかりにくいセリフもちらほらあり、自由を求める民衆と独裁者の争いというシビアなテーマを扱っている本作ですが、けっして難しい感じはしません。その理由として、ドラえもんたちが乗り込んでいる戦車がスネ夫の作ったラジコンというのが大きいでしょう。小さくなっておもちゃの車や飛行機に乗りたいという夢を叶えてくれているあたたかい設定だからこそ、子供たちは冷たい戦争と感じることなく、いつもどおりワクワクしながらドラえもんたちの冒険を見守ることができるのです。

 シリーズも6作を数え、キャラクターの内面を掘り下げた場面もしっかり挿入されています。本作は前作がドラえもんとのび太中心だったのに対して、しずか・ジャイアン・スネ夫の三人が中心。それぞれの見せ場があり、特にスネ夫は実質的な主人公とも呼べる扱いです。

 ストーリーの特徴としては、前々作・前作に引き続き、映画の序盤では得体の知れない恐怖を視聴者に強く感じさせていること。しずかのぬいぐるみのウサギが何故ひとりでに消えたのか、それらしきウサギの影が何故スネ夫の撮影した映画に写り込んでいたのか、そして何故そのウサギがのび太の家の庭に転がっていたのか…不安な効果音も合わさって、これらの謎は子供心にかなり怖かったです。
 ただ謎が解けた後はみんなで小さくなり、お人形の家で遊んだり、お風呂をプールにして泳いだり、メロンをお腹いっぱい食べたりと、スモールライトで叶えられる夢が満載。恐怖感はどこへやら、今度は楽しい高揚感。ドラえもん映画はいくつもの大切な感情を心に教えてくれるのです。

 そんな主旋律に寄り添う本作の副戦慄は『少年期』、そのまま映画主題歌のタイトルですが、本作をこの主題歌に触れずに語ることは絶対にできません。
 『少年期』は7歳の少年の心情を歌った曲。歌詞も歌声も、そして何よりメロディラインがあまりにもせつない。このメロディがピアノやストリングスによってくり返しくり返し作中に流れるだけで、例えばただジャイアンが昼寝をしているだけの場面でも、泣きそうな気持ちになってしまうのです。ラジコン戦車が出陣する勇ましい場面でさえ、このメロディが流れればどこか物悲しく見える。ドラえもんのひみつ道具『ムード盛り上げ楽団』よろしく、本当に音楽が感情に与える影響は絶大ですね。
 歴代ドラえもん映画主題歌の中でもベストの呼び声が高い『少年期』、その魅力はきっと映画の製作段階から実感されていたのでしょう。だってここまで何度も何度も作中で流れる主題歌はシリーズでも他にありません。こんなにくり返してもくどくならないのは、まさにこのメロディラインの美しさの賜物。

 短調が基本の曲ですが、サビだけは長調。ただしそれも、どこまでも広がる無限の未来を感じる明るさではなく、どこまでもは届かない自身の無力と世界の限界を感じさせる儚い明るさ。「僕はどうして大人になるんだろう」「いつ頃大人になるんだろう」という歌詞と合わさって、たまらないせつなさが込み上げるのです。
 何故この曲はここまで本作に味わいを与えているのでしょうか。別に歌詞の内容がのび太たちに重なるわけでもありません。重なっているのは僕の心、つまりは映画を観ている者の心。宇宙で独裁者と戦うという壮大な渦の中にいるのび太たちがまだ小さな子供であることを、この曲で視聴者は無意識に感じさせられる。それによってのび太たちの勇気や一生懸命さが、余計にけなげでいじらしく映るのです。
 もしも宇宙戦争らしい派手で元気な別の曲が本作にあてがわれていたら、どうだったでしょう。全く同じ脚本・同じ映像だったとしても、それは全く別の映画。それくらい『少年期』という曲の存在は強いのです。
 ふと想像します。『宇宙小戦争』の『小』の文字が、大人に対しての小人、のび太たちの少年性を意識したものだったとしたら? 藤子F先生のそんな意識の下の思いを感じ取り、武田鉄矢さんが『少年期』を書いたのだとしたら? シリーズ最高のこの主題歌の誕生にも納得がいく気がするのです。

2.冒険の渦中で帰宅

 本作にはピリカ星での冒険の途中で、のび太たちが地球へ帰る場面はありません。ただし、のび太たちが地球に住んでいる人間であるという当たり前すぎて意識していない設定が、クライマックスに思わぬ形で発動することになります。どの場面かって? それはもちろん…!

3.冒険の切り替わり

 ドラえもん映画で僕が大好きなのは『巻き込まれた冒険』だったのが『自分で選んだ冒険』に切り替わる場面。本作にもしっかりあります。
 それはPCIAにパピが捕まった後のシーン。五人はこれからどうするかについて話し合いをし、救出に向かうことに決めます。パピの問題は別の惑星のこと、たまたま関わっていたけどここから先は地球とは関係ない、それでも今度は自分から飛び込んでいく…まさに冒険が切り替わった瞬間でした。

 僕はこの決断に向けて五人が話し合いをする場面が大好きで、迷いなくピリカ星へ殴り込みだと宣言するジャイアン、守ってあげるというパピとの約束を果たせなかったことを悔いるしずか、宇宙戦争で僕らが勝てるわけがないと現実を訴えるスネ夫。彼らが少年であるからこその無鉄砲さ、誠実さ、そして臆病さが等身大で描かれています。
 ピリカ星へ向かうロケットの中でも三人それぞれの心情が語られ、ドラえもんは「はっきり言ってこれは楽観できないと思うよ。でも逃げることは許されない、頑張るしかないじゃないか」と、大人の見解も交えながら少年としての結論を述べる。威勢よくではなく、不安いっぱいで冒険が切り替わっているのがこれまでのシリーズにはなかったリアリティです。

4.その他

 それでは、他の見どころもいくつか。
 まずは出木杉くん。冒頭で設定にまつわる知識を解説するのが毎度の彼の役割ですが、本作ではいつもより出番が多め。なんとジャイアン・スネ夫と共にPCIAの戦闘艦から襲撃を受けるのです。テレビ画面に写り込んだウサギに瞬時に気付いたり、熱線を勇敢なアクションでかわしたり、やはり只者ではありません。そしてこんなに物語に関わった彼が、いざ冒険という時にどこへ行ってしまったのかは永遠の謎です。

 続いて印象的なのが、パぴに俺たちが守ってやると声を掛ける場面でそれぞれアップになるジャイアンやのび太の顔の背景色。のび太の部屋にいるはずなのに何故か一人ずつ異なる鮮やかな単色でバックが塗られています。ひょっとしてイメージカラー? 子供心に不思議なインパクトがありました。

 続いて、のび太としずかの距離感。隠れ家の異変を察して瞬時にしずかの危機を考えるのび太、自分の身代わりにパピが捕まったことでのび太に泣きすがるしずか、別行動になる時にのび太だけを心配して声を掛けるしずか、離れて会えないしずかを寝言で心配するのび太、クライマックスで再会する時に一番にお互いの名前を呼び合う二人。
 …前作よりも心の距離が明らかに縮まっています。いやはや、いつの間に?

 中盤の見どころとしては、五人がいつもと違うチーム分けで行動していること。ドラえもん・のび太・ジャイアンがピリカ星へ潜入チーム、しずかとスネ夫が同盟軍基地で待機チーム。のび太とジャイアン、しずかとスネ夫という新鮮なカップリングでのやりとりを見ることができ、それぞれで名場面があるのもまさに脚本の見事さです。

 最後にのび太について。今回、個人としては見せ場がなく、体力が追い付かなかったり、泣きわめいたりと情けない姿も多い彼ですが、やっぱり彼がみんなの心をつないでいるんだなあと感じました。
 映画の撮影から仲間外れにした後でジャイアンが「のび太の奴、うらやましがるぞ!」と言っていたり、しずかにラジコン戦車の操縦を教える時にスネ夫が「大丈夫、のび太よりずっとうまい!」と言っていたり、その場にいなくても名前が出るのは、結局みんなのび太が大好きってことですよね!

 では今回はこのくらいで。次回は映画第7作、1986年公開の『のび太と鉄人兵団』を研究します。

■好きなセリフ

「そんなこと、どうだっていいよ」
 のび太
 迷惑をかけそうだからと匿われることを遠慮するパピに返した言葉

令和7年9月29日 大山のぶ代さん一周忌に  福場将太