子供たちへの講演(中編) こども塾

 今夏は偶然にも子供たちへの講演をする機会が重なった。続いては2025年8月23日(土)に北海道難病センターで開催されたこども塾の思い出を。

■演題

 目指せ、バリアバリューの名探偵!

■時間割

 1時間目 病気が相棒になるまで
 2時間目 状況を推理しよう
 3時間目 事情を想像しよう
 4時間目 まとめ&弾き語りミニライブ

1.学びの塾

 今回お招きいただいたのは『こども塾』。難病患者・家族団体である北海道難病連が、毎年子供たちとその保護者を対象に難病について普及・啓発を行うために開催しているイベントだ。
 先日のRDDスタディツアーが高校生中心だったのに対し、こちらは小学生から中学生が中心。これまでに精神科医の仕事で高校や中学校でスマートフォン依存の講演をしたことはあったが、自らの視覚障害や難病について、しかも小学生を相手に話すというのは初めてのこと。同じ内容の話をするにしても、ちゃんと小学生にも届く言葉、興味を示してもらえる表現で話さねばと思った。

 小雨のちらつく中で当日会場へ赴くと、そこには三十名を超える子供たち、そしてその保護者や関係者が集ってくれていた。小学生や中学生がワイワイ話している空間に身を置くのはどこか懐かしい。その手にスマートフォンというアイテムが握られている点を除けば、子供たちの雰囲気は自分がその年頃だった時代とさほど変わらない気がした。

2.学びのクイズ

 いよいよ小学生・中学生に向けての講演スタート。「僕が生まれた広島県が何地方にあるか知ってますか?」などと投げ掛ければ、「中国地方!」と元気な声たちが返ってくるのが嬉しく、特に前半は難病と歩いてきた人生を振り返る際にドラえもんの話をふんだんに盛り込んだので、そこに楽しそうな反応をしてくれる子も多かった。

 今回伝えたかった一番のキーワードは『バリアバリュー』、難病や障害を負ったからこそ高まる能力のこと。病気の当事者は助けてもらうだけの存在ではない、支えてあげなくちゃいけないだけの存在ではない。助けたり支えたりしてもらう面もある一方で、健常な者では持ち得ない優れた力でちゃんと誰かの役に立てる存在なのだ。
 もちろん講演ではこんなに難しい言い回しはせず、僕自身の姿を見て、バリアバリューを何となくでも感じてもらえればいいなと思いながら話をした。

 なので後半では、実際に多くの視覚障害当事者がそうしているように、音だけを聴いて状況がどれだけ想像できるかを、クイズ形式で体感してもらった。その反応は予想以上で、足音だけでも履き物の種類や歩いている場所、その人の年齢や仕事、さらには気持ちや手に持っている物まで推理してしまう子もいた。まさに名探偵である。
 そして講演の最後は、人にはそれぞれの事情があることを想像してもらうクイズ。例えば、どんなに誘われてもお葬式や結婚式に参加しない親戚のおじさん、彼にはどんな事情があるのか。例えば、落とし物を拾って渡してあげたのにお礼も言わずに去っていく女子高生、彼女にはどんな事情があるのか。
 これにも子供たちからたくさんの意見が出て驚かされた。大切なのは何が正解かではない。そうやって人のことを少し思いやれる優しい想像力を育むことなのだ。

3.学びの歌

 そして今回はギター弾き語りコーナーも。講演会で演奏するのは2回目の経験。子供たちと大人たちがいるということで、僕が子供の頃に見ていた20世紀のドラえもんアニメの主題歌『ドラえもんのうた』と、アニメがリニューアルしてから作られた21世紀の主題歌『夢を叶えてドラえもん』を連続で歌ってみた。やはり大人たちには前者が、子供たちには後者がお馴染みだったようだが、どちらも知っているという子もいた。さすがはドラえもん、世代を越えた人気である。

 そして持ち歌の『学びのうた』と『十色の研究』も演奏。当然子供たちにとっては初めて聴く曲になるのだが、はたしてどんなふうに感じてくれたのか。
 小学生・中学生の脳の吸収力は大人と段違いだ。いつか大きくなった時、そういえば目が見えなくて、心の医者をやっていて、やたらドラえもんの話をしていて、ギターを弾いてはしゃいでいたおじさんがいたことを思い出してくれたら嬉しい。

4.学びの体験

 こども塾の僕の担当は午前中まで。お昼以降は一参加者として楽しませてもらった。
 ランチタイムはおいしい中華弁当をみんなで食べた。子供たちは代わりばんこにアイマスクを着用して、クロックポジションで指示をもらいながら食べる試みを楽しんでいた。僕はすっかり慣れてしまったが、見えないと肉団子一つを箸で掴もうにも距離感や力加減が難しく、口に運んだら予想より大きかったり熱かったりするようで、綺麗にお弁当を食べるのも大変らしい。

 もちろん全盲の状態とただアイマスクを着けた状態はイコールではないのだが、こうやって体験して苦労や技術を想像してみるのはよいこと。
 大人たちの世界でも、例えば精神病院における身体拘束についての研修。実際に自分が体を縛られる体験をすると、考え方が大きく変わる。やはり経験に優る学びはないのだ。

5.学びの実験

 そして午後からも面白い試み。玉子を高所から落としていかに割れないようにできるかの工夫を競い合うのだが、玉子を守るために使ってよいのはA3用紙二枚だけ。子供たちは、紙でパラシュートを作ったり、クッションやスプリングを作ったり、それぞれ創意工夫して玉子に装着。まさに夏休みの自由研究の工作さながら、室内は楽しそうな声に溢れていた。「先生、スマホで調べていいですか?」という質問が飛ぶのが、現代ならではのご愛嬌。
 この玉子の試みは『エッグドロップ』と呼ばれ、宇宙から帰還した宇宙船をどうすれば無事に地上に着陸させられるかを考えることに通ずる。実際に大学の研究室でも実験がくり返されているそうだ。

 こども塾でも工作が終わったらもちろん実験。見事に雨も上がってくれたので、おもてに出て、それぞれが作った玉子の宇宙船が頭上遥かの窓から放たれるのをみんなで固唾を呑んで見守った。成功したり失敗したり、その度に上がる歓声。もちろん僕には子供たちの顔も宇宙船の行方も見えないが、その声と着地の音で十分一緒にワクワクを共有できた。
 ちなみに僕の作ったクラゲ型の宇宙船は…空中で回転してしまい、頭から墜落して足のクッションが全く役に立たず無残な姿に。ばっちり成功した子もいたので、大人がいつもすごいわけではない、やっぱり未来を創るのは子供たちであることが見事に証明された。

 屋台に並んだたこ焼きとかき氷を味わってから部屋へ戻り、玉子を無事に着地させた科学者たちの表彰式。そして全員での記念撮影をもって、いくつもの学びをもたらしたこのイベントは終わったのである。まさしくこども塾、難病センターの一室は気付けば教室に変わっていた。
 閉会の後、感謝の言葉やお礼の言葉を伝えに来てくれた子、高校受験の模試も近いのに参加してくれた子、ギターを運んでくれた子などなど、たくさんの子供たちとふれあうことができた。みんなみんな、本当にありがとう!

6.研究結果

 今の僕を支えてくれている物のいくつかは、小学校時代や中学校時代に手にした物。みんなもそんな一生の支えを見つけてほしい。
 そして玉子の宇宙船では負けたけど、まだまだみんなに負けは認めないぜ!

令和7年8月25日  福場将太