僕の人生に何度も気付きとエネルギーを与えてくれたドラえもん映画を研究するシリーズの3回目です。
■研究作品
どの作品にもそれぞれの魅力と思い入れがあって甲乙つけ難いドラえもん映画シリーズですが、あえてマイフェイバリットを挙げるならこの作品。今回は1982年3月13日公開の第3作『のび太の大魔境』を研究します。昔地球は謎と神秘に満ちていた!
■ストーリー
春休みに探検旅行がしたいからとジャイアンに魔境探しを押し付けられてしまったのび太は、ひょんなことから野良犬ペコを飼い始める。ドラえもんの道具でアマゾン奥地に謎の巨神像があることがわかり、魔境が見つかったと大喜びでペコを連れて旅立つ五人。しかしトラブルで日本へ帰れなくなり、やがてたどり着いたのは犬の王国、さらにその国は未曾有の危機に陥っていた。「10人の外国人が巨神の心を動かし国を救う」という初代国王の予言を信じ、のび太たちはあの巨大な犬の石像を目指す!
■福場的研究
1.主旋律と副旋律
本作はシリーズ第3弾にして、ついにドラえもん映画のフォーマットが確立した作品です。前作が異世界と日常を行ったり来たりしていたのに対し、本作では異世界冒険という主旋律が序盤から終盤までしっかり鳴り響いています。異世界の設定も巧みで、アフリカ奥地に外界と異なる進化を遂げた犬の文明がある、空がいつも厚い雲に覆われ衛星写真に写らないせいで人類はそのことを知らない、なんて子供心にはとてつもないロマンでした。藤子F先生が創造される架空の国家は、けっして緻密な解説がなされるわけではないのに、確かに長い歴史を歩んで今その国がここにあることを感じさせてくれるのがすごい。この後のシリーズでも魅力的な国や文明がいくつも登場しますが、のび太たちと不思議な世界を一緒に冒険していくのが毎回楽しいです。
そんなわけで本作はとにかく冒険がメイン。序盤でお馴染のひみつ道具を手放したことに加え、頼みの綱のどこでもドアも失い、どうやってピンチを乗り切るのか、どうやって日本へ帰るのか、先の展開が全く予測できません。そしてジャングル、ワニのいる河、ライオンのいるサバンナ、切り立った崖、不思議な信仰の原住民、謎の王国、空飛ぶ船と火を吐く車、巨神像と予言の秘密などなど、アドベンチャー要素がこれでもかと盛り込まれます。中盤ではペコが国の王子であることが明かされ、さらに終盤ではあっと驚く大逆転と全く退屈させません。まさか近所で拾った野良犬からこんなに壮大な物語になるなんて、身近な所から広がる藤子F先生のストーリー運びが大好きです。
そんな大満足の主旋律にそっと寄り添っている今回の副旋律は『だからみんなで』。
本作で一番掘り下げられているキャラクターはジャイアンです。冒険の序盤、みんなを窮地に追い込むきっかけを作ってしまった彼。中盤からいつものガキ大将ぶりが身を潜め、押し黙ったり、いじけたり、一人涙したりといった、普段見せない彼の姿が描かれます。
そして敵に囲まれたクライマックス、「これ以上外国人のみなさんを巻き込むわけにはいきません」と一人戦火へ飛び込んでいくペコを見た彼は、ここで一世一代の行動。そう、あのBGMが勇ましく鳴り響き、「俺も行くぜ。お前らさっさと逃げろ」とペコを追っていくのです。戸惑うのび太たちにしずかが告げます…「あの人なりにずっと責任を感じ続けてたのよ。それで男らしく、ああやって」と。
ここからのシーンが本当に本当に大好き。無言で頷き合い、ジャイアンを負って歩き出すドラえもんとのび太。そんな二人を見守るように、支えるように、後ろをついて行くしずか。最後までうずくまっていたけれど、やっぱり駆けつけるスネ夫。そして、全員の再集結に涙するジャイアン。一人ひとりは弱いけど、みんなと一緒なら少し強くなれる。一人が闘うならみんなで闘おう。セリフはなく主題歌『だからみんなで』と爆音だけで描かれるこの場面は、五人が本当の仲間に、そしてドラえもん映画が本当の映画作品になった瞬間だと思います。
弱虫だけど、ドラえもんと一緒なら一番勇気が出るのび太。優しさと厳しさを併せ持ち、一番仲間を見ているしずか。自分勝手で気分屋だけど、一番頼りになるジャイアン。臆病で逃げ腰だけど、一番現実を見ていて、それでもみんなのそばにいたいスネ夫。
冒険の主旋律の陰でずっとくすぶっていた副旋律がここで一気に花開く! ああ、やっぱり何回見ても涙が出ちゃうなあ。
2.冒険の渦中で帰宅
本作には、ジャングルに踏み出した序盤でのび太たちが所要のために何度かどこでもドアを使って日本へ帰る場面があります。これは僕の好きな「冒険の渦中でふっと日常に帰った時の不思議な安堵感」を与えてくれるものではありませんが、とても藤子F先生らしいギャグシーン。「いちいちうちへおしっこに帰る探検隊なんて聞いたこともないぞ!」というジャイアンのツッコミが最高!
また冒険が遊び半分だったこのシーンとの対比で、どこでもドアが失われた時の絶望感を引き立てているのも見事です。
3.冒険の切り替わり
遊び気分で始まったジャングル探検がトラブルで前に進むしかなくなり、のび太の「なんでこんな無茶な旅に出たんだろう」というセリフにも表れているように、当初は『巻き込まれた冒険』でした。それがペコの事情を知る中で少しずつ主体的になっていき、前述の戦火に飛び込むシーンで『自分で選んだ冒険』に切り換わります。
ペコが示してくれた脱出ルートへ行けばひとまずは安全、それでもペコを放ってはおけない、ジャイアンを筆頭に五人は自ら冒険へ飛び込んでいく。同じ無茶でも心意気は全くの逆。そして逃げずに飛び込んだからこその大逆転がその先に待っているのです。
4.その他
自作以降監督さんが代わることもあり、本作でドラえもん映画の初期3部作は完結といった趣です。3部作に共通する演出の一つは中盤で『ドラえもんのうた』が流れること。本作ではみんなで楽しく蒸気船で河を進むシーンとなっています。
また、過去2作の主役がドラえもんとのび太だったのに対し、本作の主役はジャイアン。しずかとスネ夫にも見せ場があり、本作は映画版における五人それぞれの特技と役割分担を明確に描いた最初の作品と言えるでしょう。
そして本作は出木杉くんの映画初登場作でもあります。冒険には参加しないものの、最序盤で冒険の設定に関わる重要な知識をわかりやすく説明してくれるのが彼の役割。本作における『ヘビースモーカーズフォレスト』の解説、とんでもない説得力です!
ちなみに本作はしずかがのび太・ジャイアン・スネ夫たちを君付けで呼ぶ最後の作品でもあります。昔は同級生男子をさん付けで呼ぶしずかちゃんに違和感を覚えましたが、今の小学校ではそれが推奨されているそうで、時代による価値観の変化は興味深いですね。
時代といえば「それでも男か!」「なあに、男のくせに」など、やたらに男がどうのというセリフが多いのも本作の特徴です。
さらに着目したいのはBGM。本作にはペコが映っているシーンで使われるオリジナル曲があります。雨の中で野良犬をしている悲しげなシーン、のび太たちとアフリカへ行ける可能性が出てきた希望のシーン、孤立したジャイアンを慰める思いやりのシーン、王子としての風格が漂う荘厳なシーン、敵と剣を交える勇敢なシーン。
同じ曲の音色と編曲を変えることで、優しくもせつなくも勇ましくもなる、これは本当にもともとのメロディラインが素晴らしいからできること。みなさんもぜひ本作を見返す際は、場面によってアレンジが変わる『ペコのテーマ』を楽しんでみてください。
僕は今回改めて観賞して、自分にとってどうして本作の評価が高いのかがわかった気がしました。それはカタルシス。序盤から散りばめられたものがクライマックスでどんどん集約し結実していく感覚が大好きなんだと思います。
例えばひみつ道具。序盤に遊び半分の探検をしていた時に使ったひみつ道具が終盤の闘いで活躍。
例えば五人の人間関係。ジャイアンと四人の間に生まれてしまった心の距離が、最終決戦直前に縮まって一致団結。
例えば巨神像。物語の最初の謎だったこの巨大な犬の石像が最後の最後でとんでもない大活躍。
例えばセリフ。やたらに男がどうのというセリフが多かった分、クライマックスでしずかがジャイアンを評した「男らしい」という言葉に重みが出る。
そしてBGM。ペコのシーンに流れるメロディは場面によって様々に編曲され、まるでクラシックの交響曲のように、最終楽章で最高潮の盛り上がりに至るのです。
ストーリーだけでなく、映画を形成するいくつもの要素にカタルシスが感じられる。やっぱり名作です!
それでは今回はこのくらいで。次回は映画第4作、1983年公開の『のび太の海底鬼岩城』を研究します…と言いたいところですが。
■好きなセリフ
「頑張れよ、ペコ」
ジャイアン
大団円を迎えた後、日本へ帰る直前に王座に座ったペコに対して聞こえない距離でそっと告げた言葉
令和7年5月20日 福場将太