心の名作#24 平成版白い巨塔

 時代を越えて輝きを放ち続ける、そんな心の名作を研究するシリーズの24回目です。

研究作品

 くり返しドラマや映画がリメイクされるのが恒例になっているような作品があります。ミステリーで言うなら『犬神家の一族』や『オリエント急行殺人事件』などがそうで、ストーリーを知っていても、舞台や時代設定が変わっても、それでも惹きつけられてしまうのはやはり原作小説がとてつもない魅力を持っているからなのでしょう。
 今回研究する『白い巨塔』もまさしくそんな作品。何度も映像化されてきた本作、世代によって印象に残っている版は異なるでしょう。僕の父親のように一番最初に製作された白黒映画版が焼き付いている人もいれば、2019年の令和テレビドラマ版が初体験という人もいる。
 僕が一番熱中したのは2003年10月から2004年3月にかけて放映されたいわゆる平成版。ちょうど自分が大学病院で実習をしていたタイミングでもあり、しかもうちの大学が製作協力していたこともあって、学生ロビーはドラマの話題で持ちきり、同級生たちと毎週テレビにかぶりついていました。
 あれから二十年、輝き続けるこの名作の研究です。里見、僕に不安はないよ。

ストーリー

 国立浪速大学病院第一外科助教授の財前五郎は食道癌手術の若き権威者として世間でも注目を浴びる存在、自身でも次期教授に任命されるのは当然自分だと信じていた。しかしその野心を面白く思わなかった東教授は別の候補者を擁立、そこから長年の師弟関係が決裂しついには医学部全体を派閥闘争に巻き込む熾烈な教授選へと発展していく。はたして闘いの行方は? その果てに財前を待ち受ける運命とは?

福場的研究

 ものすごいエネルギーを持った原作小説に加え、印象的なセリフ回しと淀みない展開の巧みな脚本、アップのカットを挟んだりプツンと切れるように終わったりするスタイリッシュな演出、そして悲しくも美しいBGMなどなど、平成版の素晴らしさを挙げればきりがないのですが、ここでは二つに絞って研究します。

1.サブキャラクター陣の魅力アップ

 原作小説やそれ以外の版では財前先生の物語という印象が強い本作ですが、平成版では主人公以外の登場人物たちの輝きが増し、さり気ない言葉や振る舞いで鮮烈な印象を残してドラマを彩っているのが大きな特徴です。そのため視聴者は医療の業界ドラマとしてだけでなく、自分はこの人に似てるなとか、こういう人はうちの組織にもいるなとか、登場人物に姿を重ねて身近な人間ドラマとして味わうことができました。俳優さんもハマリ役と呼べるキャスティングが多く、原作小説の魂を宿しつつ容姿や価値観は現代風にアレンジされた新たな人物像を見せてくれました。
 ここではその中でも特に輝いていたお三方をご紹介!

●里見助教授 「医者ならどんな時でも患者を優先させるべきだろ」

 ドラマ放映当時、最も視聴者の支持を得たのがこの里見先生。権威に屈さず、名声にも目をくれず、ただ患者と医学のためだけに昼も夜もなく心血を注ぐその姿に、こんなお医者さんにいてほしいとたくさんの人が思ったはずです。平成版で興味深いのは、優しく穏やかな研究好きの内科医という設定でありながら、その容姿は長身・長髪のワイルドなハンサムだということ。一人称もライバルの財前先生が「僕」なのに対して「俺」、お金のことも「金」と言ったり、食事の時も「さあ食いましょう」と言ったりするのです。
 ただのおとなしい優等生ではなく野生的な魅力もギリギリのバランスで共存している平成版の里見先生。だからこそ財前先生との対決も盛り上がる。「これは僕の闘いなんだ」と主張する財前先生の身勝手さを「闘ってるのは君だけじゃない」と里見先生がいさめたり、「俺は悩むという一点で医者でいられるのかもしれん」という里見先生の割り切れなさを「いくら悩んでみたところで患者のためになるとは限らないんだよ」と財前先生が一蹴したり、互いに譲らない二人、でもお互いが必要な二人の論争はドラマ前編を通してくり広げられます。

 ちなみにつっこみ所としては、これはストーリーの展開上仕方ないのですが、平成版の里見先生はやたらにふらりと通りかかるのがお約束。財前先生が東教授ともめている教授回診に通りかかる、財前先生の報復に遭った東教授の惨めな引退式に通りかかる、病院の庭を歩けば財前先生の教授選の対立候補の菊川教授とご対面、エレベーターでは財前先生を訴えようとしている関口弁護士と乗り合わせるなどなど、忙しいはずの助教授はやたらに院内をうろついて天文学的確率でドラマの重要場面・重要人物に遭遇するのでした。

●大河内教授 「一つの症例に徹底的に向き合う、医学の根本姿勢だ」

 里見先生の恩師である大河内先生は病理学の教授。臨床医ではなく研究医ということで平成版では里見先生よりもさらに寡黙で物静か、近寄りがたい超然的なオーラをまとった人物像にアレンジされています。権威や謀略が横行する大学病院の渦中にいながら全く動じず、感情を見せず、全てを静観しながら時々発せられる一言がたまらなく重厚。この人の言葉にはドラマを視聴していた多くの医療従事者も胸を打たれたのではないでしょうか。
 そんな大河内先生が唯一微笑みを見せたのが大学病院を追われた里見先生を励ましに自宅までいらっしゃった場面。組織では白い目を向けられても、損をしているように思われても、まっすぐに清潔に生きている人間だけが知っている幸福がちゃんとあるんですよね。この時の微笑みには後光が射していました。

 つっこみ所としては、この人に定年退職はないのかということ。その口振りからすると退官する東教授よりも先輩のようですが?

●関口弁護士 「三千人を助けても一人を死なせては許されない」

 そして平成版で最もアレンジされたのがこの人、第2部の裁判編から登場し、財前先生を訴えることになる関口弁護士です。平成版では彼の内面がたくさん掘り下げられました。度重なる敗訴で事務所をたたもうとしていたところに今回の依頼が舞い込み、最初は借金返済のために勝つ気もなく引き受けた、しかしあるきっかけで消えかけた信念の炎が着火、少しずつ燃え上がってついには…という、一時期はこの人が主人公の法廷ドラマなんじゃないかと思うくらいの大活躍でした。
 どうしてここまでキャラクター性を付与されたのか。その理由の一つは、この平成版は裁判の論法がこれ以外の版とは大きく異なり、その大逆転の展開に説得力を持たせるためには弁護士自身が名もない存在では不十分だったからでしょう。平成版の関口弁護士は財前先生にとって里見専制とは異なる、大学病院の外にいるもう一人のライバルなのです。二人が対峙し、命についての見解をぶつけ合う場面はとても印象的でした。

 つっこみ所としてはやっぱり髭。アメリカ映画に出て競うな豊かな髭は関口弁護士のトレードマーク。だからこそ唯一髭を剃って登場した場面がとても印象的で、再び髭姿に戻ることで時間の経過を表す演出もユニーク。そして終盤、まさかこの人の恋心まで掘り下げられるとは。思わずクスッとしてしまいました。

 そんな魅力的なキャラクターに溢れた平成版白い巨塔。これだけの登場人物の中にあって存在感を保ち続けた財前先生のすごさがわかりますね。レギュラーキャラクターがほぼ全員登場し、これまで悪人面だった人物もほのかな人情味を覗かせ、それぞれが役割を果たした最終回は本当に見事でした。
 しかしそんな最終回にあっても最後まで悪い奴を貫いたキャラクターが一人だけいます。最後におまけでご紹介、それはこの人だ!

●鵜飼医学部長 「あそこまでの男ということだろう」

 里見先生の上司に当たる第一内科の教授にして医学部長、やがては学長にまでなってしまう鵜飼先生。表面的には患者にもスタッフにも柔和な物腰、しかし内心は出世と保身の謀ばかり、医者としての腕よりも政治的な器用さと人を見る目に長けていて、誰かを利用するのも切り捨てるのも非情、小悪党ながらなかなかの強者として医学部に不気味に君臨する存在です。そもそもこの人がそそのかしたから東教授が財前先生と決裂したのに、素知らぬ顔で財前サイドについてしまうのも本当にこの人らしい。一番の見せ場は教授選の開票の場面で、一票ずつ「財前五郎」「菊川昇」と読み上げる声のトーン、本当にゾクゾクしました。
 僕が実際に医療の現場に出て、一番リアリティを感じたのもこの人。本当は小心者だからこそ攻撃されそうになると声を荒げる、ペコペコしてくれるスタッフも心底では誰も尊敬してくれていない、医師会や教授会で酒を飲む仲間も形だけで友情はない、そして自身も誰の子とも愛せていない。医学部という閉鎖世界が生み出してしまう孤独の帝王…悲しいですけどたくさんおられます。
 そして「医師に私人の瞬間などない」「世間から大学がどう思われるかが一番重要」という面子最優先の鵜飼先生の考え方はけっしてフィクションではなく、現実の医学部にも蔓延している価値観。それは医者のみならず医学生たちにも深い陰を落とし続けているのです。

2.時代を反映した医療裁判

 関口弁護士の項でも少し触れましたが、何度も映像化されている本作、平成版とそれ以外の版の決定的な違いは裁判における判決理由です。財前先生は癌手術で死なせてしまった患者の遺族から訴えられ、一度は勝訴するも控訴審で敗れます。
 平成版以外の版では、敗訴の理由は明らかな誤診や医療過誤でした。最新作の令和版でも必ず行なうべきだった検査を怠ったことを糾弾されていました。
 しかし平成版においては「検査より手術を優先したのは妥当」と必ずしも医学的に間違っていないことが示されたのです。だから平成版の財前先生は、自らの落ち度がわかっていて隠蔽しようとするそれ以外の版とは異なり、自分の治療は医学的に正しいと確信、裁判での証言も堂々としていて理路整然、視聴者もそれはそうだと思わず納得しそうになります。ではどうして財前先生は敗訴したのでしょうか?

●財前の選択

 控訴審の判決で裁判長は言いました、「治療行為そのものは十分に平均的水準を上回るものであり誤りとは言えない。しかし全ての治療行為がリスクを伴うものである以上、患者にはその説明と同意が必要不可欠となる」と。つまり財前先生は確かに妥当な治療方針を選択した、しかしその選択を医師のみで行なってしまったことが過失とされたのです。
 これは大きな衝撃でした。財前先生も判決に対して「私は患者を救おうとしたんだ、何が悪い!」と叫びます。平成版の財前先生は自分の技術に自信を持ち、専門用語を並べて患者に不安を与えるよりも「大丈夫だから任せなさい」と安心させて手術をするスタンスをとってきました。それはけっしてヤブ医者ではなく、むしろ一昔前なら頼もしい名医の姿。「大丈夫と断言するなんて医者の傲慢だ」と忠告する里見先生に「治せないかもしれないなんて言ってる医者に命を預ける患者がいるか?」と返す財前先生は、確かに野心家で高利主義で目的のためなら手段を選ばない人ではあったけれど、けっして悪ではなく、先生なりの信念で医学を追究していたのです。だから最期の瞬間も先生は他の版のように懺悔や改心ではなく、「僕は間違っていたのか? わからない」と迷いと無念の中にあったのです。

 僕も学生時代、『インフォームド・コンセント』という言葉をくり返し習いました。国家試験でも、あるいはテレビのクイズ番組でも出題されていた記憶があります。医者には説明の義務があり患者には知る権利と選ぶ権利がある。治療は患者の同意を得た上で行なわなければならない。つまり治療の主役は患者、平成版の財前先生は自分が主役の医療をしてしまったことが過失だったのです。とても時代を反映した判決で、医療裁判そのものが珍しかった時代の原作小説を見事に現代にアレンジした脚本と言えるでしょう。さすがは井上由美子先生!

●最善の選択

 ここで作品の研究とは少しずれますが、改めて自分の胸に手を当てて考えてみます。治療の主役は患者、精神科もそれは例外ではありません。しかし自分自身への戒めも含めて言いますが、まだまだ日本の心の医療はそうはなっていません。患者が弱い立場に置かれ続けた長い歴史の影響は色濃く、支援者ではなく支配者になってしまう医療者、主役になることを自ら放棄してしまう患者は未だに多くいるのです。
 難しいのは、精神科では患者が治療を選択しようにも病気のせいで判断力が低下している場合があること。また不安や葛藤が強い患者では選択肢を提示し過ぎるとかえって混乱を招いてしまう場合もあること。それこそ財前先生のように医者が道筋を決めた方が回復につながることもあるのが事実です。ただ治療方針の選択は患者の生き方の選択にもつながります。医者は医療の専門家ですが生き方の専門家ではありません。最善の治療は提案できても、それが必ずしも最善の人生とは限らない。
 だからやっぱり一番大切なのは医者と患者の信頼関係。財前先生は教授選などの工作に追われる中、余裕なく患者や家族に対応してしまいました。作中で先生が唯一居眠りをする場面、それもまさにこの患者が急変していた頃で、それだけ疲れ果てておられたことがわかります。もしゆっくり時間を取って話し合い、しっかり信頼関係が構築できていたなら、例え医師が治療方針を選んだ結果の不幸だったとしても、ご家族の気持ちは違っていたように思います。

福場への影響

 上述したように僕の学生時代に白い巨塔は大ブーム。財前先生の考え方について学友と議論したり、ドラマの真似をして教授回診ではあえてエレベーターに乗らずに先に階段を駆け上って教授の到着を待ったりしていました。
 所属していた柔道部のホームページでは『白い巨寮』というパロディ小説を書き、教授を主将、助教授を副主将、医学部長を応援団長に置き換えて、次期主将候補として別の大学から連れてこられた柔道部員と副主将が主将の座をめぐって柔道対決するという内容でした。わけがわかりませんね。
 また音楽部では相棒の山田くんと一緒に新入生歓迎ライブでこのドラマのBGMを演奏しながら小芝居でドラマの名場面を再現。さらに主題歌の『アメイジング・グレイス』が流れ出すと客席の後ろからストレッチャーに乗せられた部員が運ばれてきて、最終回さながらに僕と山田くんでそれを一緒に運び出しながら会場を去るという演出。もはや演奏よりも演劇がメインのステージでしたが反響は上々、アイデアの勝利ですね。

好きな場面

 弁護士が乗り込んできたことでざわつく医学部。患者の遺族が訴えてくるなら受けて立つと強気の財前と、患者を送りたいからと葬式に行った里見の二人を呼び出して鵜飼は叱責。そして生き方も考え方もまるで違うこの二人に対して「君たちはどこか似ている所があるね」と不気味に指摘してその場を去るのであった。
→うまく言葉では言えないけど確かにこの二人は似ている…僕たち視聴者もそう思わされてしまうとても印象的なやりとり。鵜かい先生が去った後、その場に取り残されて無言で佇む二人の白衣の後ろ姿に白い巨塔を象徴するBGMが重なって、まさにキャラクター・脚本・演出・音楽の全てが融合した名場面だと思います。

 価値観や趣味嗜好の一致はもちろん人間関係では大切な要素ですが、必ずしも絆の深さとは比例しません。僕も学生時代、山田くんとは生き方も考え方も全く合いませんでしたが、気付けば唯一無二の相棒になっていました。自分と違うからこそ彼の意見を聞きたい、彼と議論したい。今でもそう思います。
 財前先生と里見先生が考え方が違っても一緒に働きたい、どれだけやり合っても困った時には一番頼りたい親友同士というのもわかる気がします。まあ僕と山田くん同様、変人過ぎて他に友達がいないだけかもしれませんが。

好きなセリフ

「医師にとって最も大事な物は、患者を敬う心だ」
大河内教授

令和6年3月30日  福場将太