I See! Working Awards 2024 in the Dark

 2024年3月10日(日)、このイベントが今年もまたやってきた。公益社団法人NEXT VISION主催のコンテスト『I See! Working Awards』の授賞式だ。開催は通算8回目、審査員を務めるのも5回目である。
 今回のコンセプトは『真っ暗闇での授賞式』。ホームグラウンドの神戸を飛び出し、東京にあるダイアログ・ダイバーシティミュージアム「対話の森」という会場で、言葉どおり光が一切射さない暗闇の空間で開催するというなんだかすごいことになっていた。

1.ダークネス

 まずは通常の明るい空間での開会式。その後受賞者と審査員はそれぞれ連れだって授賞式会場へ移動。電車ごっこのように前の人の肩に手を置き、もう一方の手には白杖を持ち、その真っ暗闇の空間へと足を進めていった。部屋の広さも天井の高さもわからない場所に並べられた椅子に腰を下ろし、どうにか受賞者と審査員が向かい合う形に落ち着く。そして司会者の号令で授賞式が始まった。

 今回もコンテストの部門は二つ、視覚障害を持つ者が実際にどのように働いているのかという事例部門、そしてこうすれば視覚障害を活かして働けるぞというアイデア部門。両部門合わせて受賞者は総勢15名であった。
 司会者の呼び掛けで一人ずつ前に出る受賞者。体面に担当の審査員も進み出て手元の台に置かれた表彰状を授与、その後にそれぞれからコメントが語られた。この流れが全て真っ暗闇の中、手探りで行なわれたのだ。全員の授与が終わると全盲のピアニストによる演奏会もそのまま同じ空間で行なわれた。そしてまた、電車ごっこの要領で受賞者と審査員は光の世界へ帰還したのである。

2.ダークナイト

 まず思ったことは、人は光がなくなるとここまでうろたえるのかということ。暗闇の中を進む時もそろりそろりの小刻み歩行、椅子や壁、他者に接触する度に動揺している人たちがたくさんいた。そんな中平然としていたのは視覚障害当事者のメンバー。騎士のように勇ましく暗闇の中を闊歩した。
 自分もその一人。僕はまだまだ杖一本で一人旅ができるような技術は持ち合わせていないが、それでも今回の暗闇を全くストレスには感じなかった。そういえば以前職場が停電した時も、他のスタッフと異なり自分だけはいつもどおりに動き回ることができた。障害は価値、能力を失うことは新たな能力を得ること、このバリアバリューを晴眼者も視覚障害当事者も身を持って感じることができたのは有意義だったと思う。

 ただ、視覚障害者は普段からこんな真っ暗闇の中を生きているんだとは誤解してほしくない。個人差はあるだろうが、少なくとも中途失明の自分は真っ暗な世界を生きている感覚はない。部屋のレイアウトも、人の顔も服装も、窓の外の景色だって全てカラフルにイメージして生活している。中途失明者は視覚がないわけではなく、視覚をイメージして生活する視覚想像者なのだ。生まれつきの全盲の方は視覚をクリエートして生活する視覚創造者と呼んでもよいだろう。

 だから今回のイベントにおいて、僕にとっては光の中で行なわれた開会式も、暗闇の中で行なわれた授賞式も違いはない。そこに集った人たちの姿も表情も全てカラフルにイメージしていたのだから。

3.ダークフォース

 真っ暗闇での授賞式ということで光を放つスマホなどは一切持ち込み禁止、そうなると難しいのは時間の把握だ。やはり少しずつ押してしまい、司会者から後半のアイデア部門の授賞はテンポアップしてほしいという号令がかかった。
 そんなわけで僕の審査員コメントももともと1分で用意していたものを急遽15秒に短縮。申し訳ないのでここに少しだけ予定していたコメントを書いておく。

●味覚に着目したアイデア

 視覚障害者が優れた味覚を活かして料理に関する仕事をしてはどうだろうという発想。人間には視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚という五感があるが、情報の9割は視覚で得られると言われるように、視覚がかなりでしゃばっている。今回の暗闇の会場で晴眼者が右往左往していたことからもそれがよくわかる。目を閉じて飲むとオレンジジュースとアップルジュースの違いも一瞬わからなかったりするらしいから、料理の情報もかなり視覚がカバーしている部分が大きいと言える。
 その点では見かけに惑わされずに本当においしい味を見抜けるのは視覚障害者かもしれない。目が不自由な方のグルメレポートを僕も読んでみたい。また、一つの感覚にじっくり集中して味わうというのは心の医療でも用いられるマインドフルネスにも通ずるような気がして、僕はこのアイデアに一票入れさせていただいた。

●嗅覚に着目したアイデア

 嗅覚に着目した応募も二つあった。一つは思い出の香りを再現してあげる全盲の調香師というアイデア。香りが人間の感情や記憶を呼び起こすプルースト効果は医療の現場でも知られており、実際に言葉や映像では思い出せなかった記憶が懐かしいにおいで蘇った認知症患者の事例もあると聞く。体が不自由で動けない人に、行ってみたい遠い場所の香り、懐かしい故郷の幸せな香りを届けてあげられたらとても素敵だと思った。
 もう一つは、場所に適した香りの提供というアイデア。視覚障害者にとって、においは重要なランドマークでありパーソナルマーク。僕も道に迷った時にカレー屋さんのにおいのおかげで帰れたり、廊下ですれ違った人が誰だったのかコロンの香りでわかったりする。今回のような暗闇でも、香りはとても頼りになる道しるべなのだ。
 審査の時、この二つの香りのアイデアに投票しながら、僕は北原白秋の『においの狩猟者』という詩を思い出していた。ここにその一節を。

 においにも目があるような気がする。
 においのピアノは一つ一つキーを叩くごとに、一つ一つ記憶が聡明する。
 においが歩いてくる。ただにおいのみが歩いてくる。
 何がにおいなのか、におい自身は知っていないのだ。

4.研究結果

 悪事は闇に紛れて行なわれる。もしこの暗闇の中によからぬことを考えている輩がいたら…そのリスクを思えばこんなイベントは成立しない。
 でもみんなで笑顔で閉会式を迎えることができた。疑う心よりも信じる心を優先できる、それこそが視覚障害者の一番のバリアバリューなのだろう。

*この授賞式の模様はNEXT VISIONで公開中!
https://youtu.be/gqbXtPyTR2Y

令和6年3月12日  福場将太