自分もスクリーンの中へ入り込んで登場人物たちと一緒に熱狂してしまう、そんな心の名作を研究するシリーズの23回目です。
■研究作品
以前に研究した漫画『スパイラル ~推理の絆~』然り、映画『BACK TO THE FUTURE』然り、音楽という素材が魅力的に用いられている作品はたくさんあります。またこれも以前に研究した漫画『デスペラード』のように、音楽そのものが題材になっている作品も少なくありません。
今年最後は音楽の中でもロックを題材にしたハートフルコメディ、公開20周年を迎えた映画『スクール・オブ・ロック』を一つのテーマに絞って研究します。さあみんな、ロックしようぜ!
■研究テーマ
ロックとは何か?
■ストーリー
しがないアマチュアミュージシャンのデューイは、バンドバトルというライブイベントに出場して優勝するのが夢。しかし普段観客からの評価は芳しくなく、その独り善がりなステージパフォーマンスもあって組んでいたバンドからも解雇されてしまう。さらに家賃滞納で首が回らなくなった彼は、教師になりすましギャラ目的で名門小学校に潜り込むのだが、クラスの生徒に音楽の才能があることを見抜くと特別研究課題と称して子供たちとロックバンドを結成。かくして堅物の校長にも保護者にもばれないようにこっそり教室で練習しながら、前代未聞のロックバンドはバンドバトル出場を目指す!
■福場的研究
1.研究動機
実は本作を観賞したのは今年が初めて。映画が公開された2003年、当時所属していた大学の音楽部でも話題になっていたのでその存在は知っていたのですが、なかなか見ようと思えなかったのです。理由は、予告編で見た印象で大きな誤解をしていたから。ロック好きのおじさんが学校でハチャメチャなことをする物語なんだと勝手に思ってしまいました。
しかし2023年春、高校時代の友人…このコラムでも度々登場する図書委員長だった男…から電話があり、面白い映画だから見ていないのなら見た方がよいと勧められたのです。以前に『タイタニック』の研究コラムでも書いたように彼の作品を分析する力はかなりのもの、そこまで言うのならとDVDをレンタル。
実際に観賞すると、溢れるロック愛はとにかく熱く、主人公と子供たちの心の交流は微笑ましく、さらに高らかで痛快な人間賛歌にもなっていて、僕の好みど真ん中の作品でした。そして友人と感想を語らう中、度々話題になったのが「ロックとは何か」ということ。もちろん音楽のジャンルとしての解説ならインターネットで検索すればすぐ出てくるわけですが、本作におけるロックはそれだけの意味ではない様子。
ではではデューイの印象的なセリフを引用しつつ、自分の大学時代の音楽部でのバンド経験も振り返りながら研究してみましょう。
2.ロックとは情熱で楽しむこと 「ロックをやる時に大切なのはパッションだ。楽しんでるか?」
当初子供たちは音楽の授業のように楽譜どおりに演奏していました。小学生ならそれが当然ですが、デューイは「もっとグニャングニャンしよう」「どうせ倒れるなら燃え尽きて倒れろ」と楽しんでプレイすること、情熱でプレイすることを説きます。
いつしかその教えは音楽の話だけにとどまらず、偏差値教育の学校で教師と保護者の言いなりになるしかなかった子供たちの生き方にも影響を及ぼしていきます。淀んでいた瞳が輝きだしたのは「楽しくないなら自分の情熱で楽しくすればいい」というロックの魂が宿ったからなのでしょう。
そういえば大学時代の音楽部でも、「忙しいからバンドをやめたい」という部員は引き留めることができても、「情熱がなくなった、楽しくなくなったからやめたい」と言われてしまうとその部員を引き留める術はありませんでした。スポーツの筋トレのように、気合いと根性で無理矢理やるわけにいかないのが音楽の難しいところですね。
3.ロックとは大物への反抗 「ロックやるなら大物に怒りをぶつけろ」
デューイがくり返し言っているのが反体制の姿勢、世の中の理不尽なルールに反抗するための手段がロックなのだという教えです。彼は子供たちに日常の鬱憤を吐き出すよう促し、それを即興の曲にして歌ってみせます。
バンドのギタリストである少年ザックは厳格な父親から決められたルールの中で生きていました。言われるままに勉強し、自分の要望など何も口に出せない。そんな望まない優等生であった彼がデューイに促されて初めて文句を口にした…まさにこれも「大物に反抗しろ」というロックの魂が宿ったからなのでしょう。
そういえば僕も音楽部で『Medical Wars』という医学生の苦悩を訴える曲を作ってライブで演奏していました。ジャンルはフォークでしたが姿勢はロックだったんですね。
4.ロックとはみんなでやるもの 「楽器を演奏しないからって仲間外れになるわけじゃないぞ」
演奏に参加できるのはクラスでも数名です。デューイのバンドマスターとしての姿勢で僕が最も好感を持てるのが、子供たち全員に役割を与えてみんなをロックバンドのメンバーとしたことです。安全を守る警備係、ステージを演出する照明係、機材をセッティングするローディー係、衣装を考えるスタイリスト係、さらにバンド名を考えたりグッズを作ったりするグルーピー係までデューイは任命してしまいます。
最も印象的なのがクラス委員をしていたサマーという少女。大人にも強気で仕切りたがりな彼女の特性を見抜いたデューイはなんとバンドのマネージャーに任命。彼女はメキメキとその頭角を現し、やがてはデューイの片腕となり、ついにはバンドの危機を何度も解決してくれるリーダーとなったのです。「成績のためにやってるんじゃないわよ」という彼女の満足そうな様子も「ミュージシャンもスタッフもみんながバンドのメンバー」というロックの魂が宿ったからなのでしょう。
そういえば音楽部では、みんながミュージシャンでみんながスタッフでした。ライブ前はみんなで機材を運び、フライヤーとチケットを作る。ライブ中は誰かが演奏している時は誰かがタイムキーパー。ライブの後は機材撤収組と打ち上げ先導組に分かれて動くなどなど、ステージはみんなで作るものでしたね。
5.ロックとは自己表現 「君はロックスターなんだ。ステージに立って声をみんなに聴かせてやるんだ」
人前に立って歌う、楽器を演奏するなんてとても勇気がいる恐れ多いこと。デューイのクラスにも歌は大好きだけど内気なトミカという少女がいました。当初はローディー係をやっていた彼女ですが、バンドが徐々に盛り上がっているのを見ると自らデューイの所へ来て「歌いたい」と要望、そして驚きの歌唱力を披露してバックボーカルに起用されるのです。本番が近づいてくると、一度は自分の容姿を気にして降りようとした彼女ですが、それも「客の度肝を抜いてやれ」というデューイの説得で思いとどまります。
歌いたいけど怖い、怖いけど本当は歌いたい。そんな葛藤を何度も勇気で乗り越えながらトミカはステージに立つのです。そしてその勇気を引き出したものこそ「自分を表現しろ」というロックの魂なのでしょう。
音楽部でも優しい先輩たちが何度も僕の勇気を引き出してくれました。心の中ではやりたいと思っていてもなかなかそう言えなかったオリジナル曲のバンド。そのきっかけを作ってくれた先輩たちには一生感謝です。
6.ロックとは奇跡を起こす 「最高のステージは世界を変えられるんだ」
ロッカーというとどうしてもやさぐれた不良、酒と女に溺れた無法者のイメージがあります。本作で鮮烈だったのはそういう価値観でロックを見ていないこと。デューイは言います、ロックとは別にモテるためにやるわけでもなく、現実逃避でもなく、酒を飲んでフラフラすることでもないと。「俺たち真剣にやってるんだ。責任がある。全力を出して最高のロックを聴かせることが仕事だ」という彼の言葉は目から鱗でした。
ただ当初の彼はどうだったでしょうか。ミュージシャンの夢を追うと言うだけで怠惰に過ごし家賃を滞納、お金欲しさに教師になりすまし、自分がバンドバトルに出るために子供たちを利用しようとした。けっして彼が憧れるロッカーの姿ではありませんでした。
しかしバンド結成時には「ボーカルもギターも俺がやる。音楽の方向性も俺が決める。誰も俺に逆らうな」と完全なワンマンだった彼が、練習が進んでいくと「じゃあここで俺がギターソロを弾いてもいいか?」とメンバーに相談するようになり、最後のライブでは「ザックの曲をやるべきだと思うがこれは俺一人の意見だ。バンドは全員の物なんだからみんな意見を言え」と仲間の一員として振る舞うようになるのです。きっと子供たちにロックを教えているうちに、デューイの眠っていた真のロックの魂が目覚めたのでしょう。
さて、そんな本作、正直ストーリーとしては王道中の王道です。型破りな教師が騒動を巻き起こして子供たちの心を解き放ち、最後は教師自身が子供たちから救われる…というのは日本のテレビドラマでもすっかり手垢の付いたプロット。本作においてもやがては偽教師だとバレてデューイは学校から追放、それでも子供たちとステージに上がって奇跡を起こすんだろうなという結末は最初から予想されます。そしてまさにそのとおりのエンディングを迎えるわけですが、肝心なのはその奇跡のステージにどれだけ説得力を持たせられるかということ。ある意味ここに作品の全てが掛かっていて、これが嘘っぽいとただの薄っぺらいベタ映画になってしまうのです。
漫画や小説であれば実際に音楽は聴こえないので、「奇跡のステージ」と表現されれば読者は自らの想像力でそれを補うことができます。しかし本作は映画です。実際に歌って演奏して音も流れる。誤魔化しが利きません。
この映画がすごいのは見事にそのハードルを越えたこと。抑圧された少年ザックが堂々とギターソロを引く姿、内気な少女トミカが最大限に自分を表現して熱唱する姿、サマーを筆頭にそんな演奏を笑顔で見守る仲間たちの姿にはとてつもないカタルシスが押し寄せ、客席の校長にも保護者にも、そしてスクリーンの外にいるはずの僕たち視聴者にもロックの魂が宿り、映画であることを忘れて観客と一緒にこの奇跡のステージに熱狂してしまうのです。
子供たちの輝きもさることながら、見事なのは主人公デューイがメンバーの一員として完全に溶け込めていること。大人が一人だけという異様な絵柄のはずなのに、年齢差も体格差も立場も越えてごく自然にバンドメンバーになっている。僕が予告編で誤解したように子供たちが引き立て役になって主人公がヒーローになる物語とは全くの真逆。精神的に対等な彼らはメンバーみんなで心から最高のステージを楽しんでいるのです。
僕も音楽部で多くの先輩や後輩とバンドを組みました。普段は上下関係の厳しい業界ですが、バンドの中ではみんな対等。初対面の大先輩が飛び入りしても、演奏が始まればもうメンバー。音楽とは本当に素敵ですね。
■好きなシーン
難しい音楽の知識や理論はほとんど出てこない本作ですが、バンドとはどのように作り上げられていくのかを知れるドキュメンタリーとしても楽しむことができます。
特に好きなのがザック少年がこっそり作っていた曲をみんなでやってみようとデューイがバンドアレンジを施していく場面。「ここの歌詞をちょっと変えてみよう」「ここでウーランララって感じでコーラスを入れてみよう」とか言いながら、小さな弾き語り楽曲が少しずつ厚みを増して大きなバンドサウンドになっていくのは本当に音楽の魔法だと思います。
■福場への影響
これまで『心の名作』シリーズで研究してきた作品は、それこそ子供の頃から何十回も観賞してきたものばかりでしたが、今回は今年初めて見た作品、まだ十回程度しか観賞していません。偉そうに研究できるほどの知識もないのですが、やっぱりこれは今年のうちに書きたいと思いました。
理由の一つは公開20周年であること、そしてもう一つは僕にとって大学時代の音楽部の仲間と再会できた記念すべき年だったということです。この作品に出会えた年にバンドの思い出をたくさん語らえたのは本当に嬉しい。またバンドがやりたいなあ。
そんなわけで、心の名作と呼ぶには日は浅いけど情熱のままに楽しんでこのコラムを書きました。これもロックの魂が宿ったからこそということで。
■好きなセリフ
「明日は持てる力を全て出せ、失敗したっていい」
デューイ・フィン
令和5年12月20日 福場将太