心の名作#22 刑事コロンボ COLUMBO

 主人公の立ち振る舞いに思わず愛しさが込み上げる、そんな心の名作を研究するシリーズの22回目です。今回はいよいよ人生の3大ヒーローの三人目が登場です。

■研究作品

 ミステリー作品に欠かせないのが謎を解き明かす名探偵の存在。名探偵といえばみなさんは誰を思い浮かべるでしょうか。国内産だと金田一耕助や明智小五郎、海外産だとシャーロック・ホームズやエルキュール・ポワロがやはり有名でしょうか。この四名はいずれも推理小説から生まれた往年の名探偵。一方現役の名探偵では、漫画から生まれた江戸川コナン、テレビドラマから生まれた杉下右京などが絶賛活躍中ですね。
 僕も小学生の頃に映画『犬神家の一族』を見てからのミステリーファン、特に中学・高校時代は『金田一少年の事件簿』を皮切りに世間でもミステリーブームが起っていたこともあり、小説・漫画・テレビの中で数々の名探偵と出会いました。中でもやっぱり一番大好きなのはこの人、『刑事コロンボ』シリーズに登場するコロンボ警部です。
 もともとはアメリカの舞台劇に登場したキャラクターだったのが主役以上の人気を博し、ピーター・フォークさん主演でテレビドラマ化されるとこれが空前の大ヒット、シリーズは35年間で全69話にも及び、アメリカだけにとどまらず世界中で愛される名探偵となったのです。
 最終作が放映されて早20年ですが、未だに本作を愛し続けるファンの熱は冷めません。今回はそんな『刑事コロンボ』を研究します。ちょっとようござんすか?

■ストーリー

 完全犯罪を見事やり遂げたかに思えた犯人、その事件捜査に現れるのはヨレヨレのレインコートにモジャモジャ頭のコロンボ警部。その愚鈍な言動に当初余裕の対応をする犯人だったが次第にコロンボ警部にリズムを狂わされ、完璧に思われた計画にも綻びが生じていく。さあ犯人の見落としはどこにあったのか? コロンボ警部はいかにして犯人を追いつめるのか?

■福場的研究

1.作品の魅力

 コロンボ警部の魅力は後に語るとして、本作はテレビドラマの作品としてもとても魅力的です。まずはその理由を考察。

●倒叙ミステリー

 本作最大の特徴は一貫して倒叙形式のミステリーであるということ。謎めいた事件が起き、名探偵が捜査を重ね、クライマックスで犯人の正体と犯行の手口や動機が解き明かされるのが通常のミステリーの形式ですが、その記述の順序を引っくり返し、冒頭で犯人と犯行が明かされ、その後の名探偵と犯人の駆け引きを描く形式を倒叙ミステリーと呼びます。本作はとことんこの形式にこだわっています。

 最初から犯人がわかっていていったい何が面白いんだ、犯人や犯行を暴く謎解きこそがミステリーの醍醐味じゃないのか、と思われる方もおられるでしょう。ところがどっこい、倒叙ミステリーには倒叙ミステリーならではの魅力が満載なのです。

●高いドラマ性

 まずこの形式は非情にテレビドラマとの相性が良い。視聴者に犯人だと悟られないようにする必要がないため、大物俳優が堂々と犯人役にキャスティングされます。しかも通常の形式では犯人の見せ場はクライマックスだけですが、倒叙形式では全編通して犯人のドラマ。しかも犯人の設定も、医者に弁護士、作家に芸術家、学生にテロリスト、葬儀屋にスパイ、探偵に軍人と毎回多種多様。
 どんな名優がどんな犯人に扮するのか、どんな演技を見せてくれるのか、これだけでも視聴者はとても楽しむことができるのです。
 その犯人の設定に合わせて事件の舞台が毎回変わるのも面白く、ある時は法曹界、ある時は出版界、ある時は芸能界、シンクタンクから闘牛場、レストランから大学講義まで、まるで社会科見学のように視聴者は色々な業界を覗くことができます。

 また毎回事件の関係者として犯人以外のキャラクターも登場しますが、視聴者は彼らを容疑者として見るわけではないので素直にその人物像を捉えることができます。時には第3の主役と呼べるような存在感を放つキャラクターもいます。
 身近で事件が起きた時、人々はどんな反応を見せ、どんな行動をとるのか。そんな人間ドラマも倒叙形式だからこそ深まる味わいでしょう。

●一話完結

 シリーズを通して登場しているキャラクターはコロンボ警部一人だけで、第1話から最終話まで立場も肩書きも変化しません。複数回登場する同僚刑事がいたり、過去の事件の話題が語られたりする場面も稀にはありますが、いずれもお遊び程度、むしろ同じ俳優が別役で再出演していることも多いくらいで、視聴者は全く予備知識を要しません。
 本シリーズは完全に一話ずつ物語を独立させ、良い意味での作り物であることを前面に押し出しているのです。

 また毎回殺人事件を扱いながら、目を覆いたくなるような残虐描写がなく、むしろクスッと笑える場面が散りばめられていて、一貫して温和な会話劇になっているのも特徴。
 まさにエンターテイメント、本作はどのエピソードからでも安心して楽しめる作りになっているのです。

●名対決

 倒叙ミステリーの魅力はなんといっても名犯人と名探偵の対決。追われる者と追う者、隠す者と暴く者、騙す者と解く者、ぶつかったりかわしたりのかけひきと攻防、頭脳戦に心理戦、これは犯人が最後まで明かされない通常形式のミステリーでは味わえません。

 本作が見事だったのは対決の魅力だけに終始しなかったこと。シリーズ初期は頭の切れる憎々しい犯人が多かったですが、次第に全く異なる犯人像も登場。最高傑作と名高い第19話『別れのワイン』に登場する犯人は、生涯でただ一つの物だけを愛し守り続けた悲しくも誇り高い男でした。
 他にも弱い犯人、優しい犯人、美しい犯人、儚い犯人…、コロンボ警部との関係は対決だけではなく、時としてそこには友情や信頼、敬意さえ育まれました。
 視聴者は悪を破った爽快さだけでなく、時にあたたかさや切なさを感じながらエンドロールを見送るのです。

●可能性の探求

 そんなわけで人間ドラマとして十分に楽しめる本作なのですが、じゃあドラマばかりで知的快感を求めるミステリーファンにとって物足りないかというとそんなことは全くありません。
 例えば毎回コロンボ警部が犯人に目星をつける根拠はとても論理的でミステリーファンが好むロジカルな魅力に満ちています。その他にも、犯人のミスはどこにあるのか、何が犯行を証明する決め手になるのか、物的証拠がない場合にコロンボ警部はどんな罠を仕掛けて犯人にボロを出させるのかなどなど、視聴者が推理を愉しめるポイントはたくさんです。
 見事な解決に「なるほど、それが証拠か!」と思わずうならされたり、犯人と一緒になってコロンボ警部に騙されて「やられた、一本取られた」と気持ち良く負けを認めたり、これらはまさにミステリーファンが求める知的快感に他なりません。

 本作の素晴らしさは、倒叙ミステリーの可能性を探求し続けたことでしょう。犯人のキャラクターや部隊設定だけでなく、犯行手口、アリバイ工作、動機、証拠、コロンボ警部が仕掛ける罠の方法などなど、視聴者を飽きさせない様々なバリエイションが考案されています。
 シリーズが進むと、倒叙という形式は守りながらも視聴者を驚かせるひねり技もくり出されており、例えば犯人の真の動機が最後に明かされたり、権力で捜査が阻まれたり、科学捜査ができない場所だったり、倒叙に見せかけて途中から犯人当て形式にスライドしたり、本当に殺人事件が起きたのか中盤までわからなかったりなどなど、成功・失敗はあったと思いますが、倒叙形式をここまで拡充したのはミステリーの歴史において偉大な功績。晩年にはついに倒叙形式を崩した作品も作られており、これも賛否両論あったと思いますが、挑戦し続けるスタッフの姿勢の表れだったのでしょう。

 このように、倒叙という形式美の中で多様なドラマ・多様なミステリーを生み出したこと、一度見つけた勝ちパターンに落ち着かず、自ら上げたハードルを自ら越え続けて行ったことが、本作が35年間も支持され、未だに語られ続ける名作たる由縁なのだと思います。

2.コロンボ警部の魅力

 ではいよいよ、大好きなコロンボ警部について考察します。みなさんはコロンボ警部のファーストネームをご存じですか?

●かつてない名探偵

 本作の人気を支えたのは何と言ってもコロンボ警部の魅力。星の数いる名探偵の中で、どうしてコロンボ警部はここまでたくさんの人に愛されたのでしょうか。理由の一つは、かつてない名探偵の姿だったことが大きいと思います。
 ホームズのような超人の風格はなく、ポワロのような気高さもなく、かといって金田一耕助ほど自由人でもない。多少風変わりな容姿でも警察に所属する組織人で、殺人事件を扱いながらも安葉巻とチリと妻を愛する家庭人。こんな等身大のプロフィールの名探偵はこれまでいませんでした。

 事件捜査の手法もけっして派手なものではなく、現場の些細な痕跡や関係者の言動の小さな矛盾からまずは犯人に目星をつける。そして一人で動き回って相手がうんざりするほどつきまとい、一見どうでもいい話をしながら翻弄し、ついにはその足元をすくって陥落させてしまう。
 銃撃戦もカーチェイスも厳しい取り調べも一切せず、穏やかな会話だけで犯人を追い詰める。こんな等身大の捜査手法の名探偵もこれまでいませんでした。

●人間愛の名探偵

 実は子供の頃はコロンボ警部のことが怖かったです。間抜けや道化を演じているけれどその裏で犯人を冷静に見定め、言葉のほとんどは口八丁、お人好しやおっちょこちょいも全ては相手を油断させるための芝居…だとしたらこの人の本心はいったいどこにあるんだろう、もしかしたらこの人は誰も信じていない、誰一人愛していないのではないかとぞっとしたものです。

 でも、シリーズを見ているうちに自然と感じました。やっぱりお人好しやおっちょこちょいこそがこの人の素顔なんだろうなと。笑顔の裏には確かに冷徹さが隠されている、でもさらにその裏には人間愛に溢れた本当の笑顔があるんだろうなと。
 第41話『死者のメッセージ』の中で、コロンボ警部が人前で自分の仕事について講演する場面があります。その中で「あたしは犯人に対しても好きになったり尊敬したりしたことがあります。誰にでも良い所がある、あたしは人間が大好きなんです」と堂々とおっしゃいました。きっとこの人は誰よりも人間愛に溢れた名探偵なのでしょう。

●努力家の名探偵

 どこに本心があるのかということと同じくらい僕が子供の頃に疑問だったのが、コロンボ警部は天才なのかということです。生まれながらの優れた頭脳の持ち主が捜査のためにずっとさえない振りをしているのか…これは多くの視聴者も考えていたことではないでしょうか。

 シリーズを見ていくと、徐々にその答えがわかってきます。まずコロンボ警部は博識ではありません。その知識量は視聴者と同等、極めて一般的です。ただしコロンボ警部は事件を解くために必要なことは勉強し、わからないことは専門家に教わる、その努力を惜しまない人なのです。
 本作は犯人や関係者のドラマはたくさん描かれるものの、主人公のコロンボ警部の人生についてはほとんど描かれません。何せその口から語られる経験談や身内話はどこまで本当かわかりませんし、ファーストネームさえ永遠に明かされないままなのですから。コロンボ警部の生い立ちや生活については視聴者の想像に任せる、それがシリーズの掟でした。

 ただ最終回を想定された第40話『殺しの序曲』の中で、少しだけそれが破られる場面があります。この事件の犯人は高い知能指数の持ち主で生まれながらの天才、それゆえに子供の頃からずっと孤独だったと最後の対決で独白します。それに対してコロンボ警部は「誰にでも悩みはあるもんですなあ」と優しく言い、自分は学校でも軍隊でも自分より遥かに頭の良い人間に大勢出会ってきた、それでも連中よりたくさん本を読んで注意深くやるようにしたらこの仕事がものになったと語るのです。
 これが名刑事の正体でした。凡人だからこそ続けた努力が生まれつきの天才をも上回った。ほとんどの人間は天才ではありません。そんな僕たちにコロンボ警部は「頑張れば君だってやれる」「自分なりのスタイルを見つければいいんだ」と示してくれました。やっぱり、とても等身大の名探偵だったのです。

●お茶の間の名探偵

 最期にあともう一つだけ、コロンボ警部の魅力を。
 本作は世界の中でも特に日本で愛されたことで知られています。近年でも何度も再放送されていますし、全話収録のブルーレイボックスも世界で日本が一番最初に発売、ピーター・フォークさんがコロンボ警部に扮して日本のコマーシャルに登場していたのを憶えている方もおられるでしょう。著名人が本作について語る日本オリジナルの特番も何度か放映されました。
 アメリカの刑事ドラマなのにアクションシーンもなく、動きの少ない会話劇の中で地味で滑稽なおじさんが気取った犯人を一対一で打ち負かすという異色の作風は、侍魂との相性がバッチリだったようです。

 また本作には日本で加味された独自の魅力もあります。それは日本語吹き替え版の魅力。コロンボ警部のあの声と独特の話し方があってこそ、日本のお茶の間にこれだけ浸透したのは間違いありません。
 これは演じた声優さん、そして和訳を当てた翻訳家さんの偉大な功績。コロンボ警部の一人称を「あたし」に設定し、my wife」を「うちのカミさん」にしていなかったら、ここまでの人気はなかったかもしれませんね。ロサンゼルスの刑事なのに「カミさん」というワードが似合うなんて、これぞ奇跡の化学反応です!

■好きなエピソード

 第1話にして倒叙ミステリの魅力が全て詰まった『殺人処方箋』は犯人が精神科医ということもあって何度見ても丁々発止のやりとりにドキドキします。犯人との対決といえば『二枚のドガの絵』『溶ける糸』『魔術師の幻想』などが痛快、トリックや設定の面白さなら『意識の下の映像』『権力の墓穴』『ビデオテープの証言』などがとてもスタイリッシュ、またドラマ性の高さなら『別れのワイン』はもちろんのこと、『偶像のレクイエム』『祝砲の挽歌』『黄金のバックル』などが心に残ります。
 正直全部大好きなのですが、もし自分の一番を選ぶなら第32話『忘れられたスター』を挙げたいと思います。このエピソードには『刑事コロンボ』の魅力が凝縮されていると同時に、そこを超えた極上の人間ドラマとしても完成しています。

●刑事コロンボ 忘れられたスター

 犯人はカムバックを願う往年のミュージカル女優グレイス。彼女は資金援助に反対した夫ヘンリーを自宅の屋敷で拳銃自殺に見せかけて殺害し、その時刻ホームシアターで自分は映画を観ていたというアリバイを作った。コロンボ警部は捜査を続け真相を確信、彼女のビジネスパートナーで長年の親友でもある男優のダイヤモンドにそれを告知するが、彼は信じられないと突っぱねる。ある宵、グレイスからホームシアターに招待された二人は映写機の傍ら、はしゃぐ彼女に気付かれないよう事件について語らう。やがてアリバイも崩され逮捕の時が訪れるが、ここで事件は唯一無二の終焉を迎えることになる。

→なんて美しい、そして悲しい物語なのでしょう。ミステリーなんて興味ないという人にもぜひ見てほしい一作。挑戦を続けた本シリーズはついに最高のバリエイションを生み出しました。
 物語の序盤は理詰めで犯行を解き明かしていくいつものフォーマットで進行し、木にぶら下がる、愛犬とじゃれ合う、ミュージカルスターに会えて舞い上がる、10年も射撃試験を受けていないことが発覚して怒られるなど、コロンボ警部のコミカルな場面も満載です。
 中盤ではステージ復帰を目指して奮闘するグレイスの姿がどこか切なく描写されます。そして物語の終盤、優しくて悲しい光の中での謎解き。犯人グレイスとコロンボ警部だけでなく、関係者ダイヤモンド、そして被害者ヘンリーまでもがクライマックスで重要な役割を果たします。まさに登場人物全員を引き立たせる倒叙ミステリの魅力。対決の物語はいつしか思いやりの物語となって、愛に溢れた人間たちの決断に帰着するのです。

 僕が特にお気に入りなのは、つらい真相を語る前にコロンボ警部がダイヤモンド氏と話す場面。葉巻を手に苦笑いで言った「禁煙しなくちゃいけないんだけど、意志が弱くって」というセリフ、コロンボ警部の人柄が滲み出ているように思います。このセリフの日本語吹き替えは絶品!

■福場への影響

1.表現者として

 中学・高校時代、本作に魅了されて擦り切れるほど再放送や金曜ロードショーを録画したビデオを見てました。通学電車では小説版を全巻読破。ついには学生服の上にコロンボ警部風のコートを着込み、葉巻風におしゃぶり昆布をくわえて通学するようになりました。
 校内で何か事件があれば、見様見真似で聞き込みなんぞもしてましたが、もちろん謎はちっとも解けませんでした。さらに仲間とビデオカメラを持ち出して『刑事カイカン』というパロディ映画を製作。思えばあの脚本が人生で初めて書いたミステリーでした。

 大学時代には学友や恩師を犯人役にした『刑事カイカン』の小説を書いて学園祭で同人書籍として配布。卒業後にも音楽部の仲間と『刑事カイカン』のラジオドラマを作ったのは一生の思い出です。

 そしてそして、社会人になった現在もこのホームページの図書室に『刑事カイカン』の小説を書き続ける日々。まあ一生かけても追いつけそうにありませんが、カイカンはコロンボ警部のようには生きられなかった僕の憧れを投影した存在なのです。

2.支援者として

 精神科医になった時、一番難しかったのが自分の心の置き所でした。精神科医は人間が人間を判定するというとてもおこがましい仕事、顔では笑って患者さんと会話しながらも、そこにある病気の症状や起きている問題を見定め、嘘や誤魔化しにも気付いていない振りをして、診断や治療を考えている。なんだかそれがとても罪深いような気がしたのです。
 でもコロンボ警部のスタンスを思い出した時、ふっと楽になれた気がしました。確かに笑顔の裏には冷徹なプロとしての顔がある、でもさらにその裏には人間愛に溢れた本当の笑顔がある…精神科医もそうあれたらいいんじゃないかと思います。

 また精神科の診療では何が事実なのかを見定めなければならない場面があります。もちろん事件の捜査とは違いますが、現実をいかに認定するかはとても難しい問題。
 ここでもコロンボ警部の手法は学ぶことが多いのです。コロンボ警部は論理的に考える部分と心理的に考える部分のバランスがとても良い。ちゃんと物理的な根拠で状況を推察しつつも、人の内面への考察も忘れていないのです。
 第1話の犯人が精神科医だったのは、共に論理と心理で人に関わるプロとして、一番の好敵手だったからなのかもしれませんね。

3.当事者として

 コロンボ警部を演じたピーター・フォークさんは幼い頃の病気で片目を失っておられます。僕もすぐには気付かなかったのですが、つまりコロンボ警部の片目は義眼ということです。表情を作らねばならない俳優さんにとって、片目が義眼というのは大きなハンディキャップだったと思います。

 それでも俳優の道をあきらめず、世界中から愛されるコロンボ警部というキャラクターを演じてみせたピーター・フォークさん。コロンボ警部のどこを見ている科よくわからない独特の表情、人に対する独特の挙動には少なからず義眼も影響している、悪い意味ではなくプラスに作用しているように僕は思います。
 つまり障害を足枷ではなく価値に変えた、まさに近年医療や福祉の現場でも言われているバリアバリューですね。人間愛と努力に溢れたコロンボ警部のキャラクターには、ピーター・フォークさんの生き方も滲み出ているのでしょう。

 コロンボ警部の義眼のことを知った時、僕はなんだか元気が出ました。自分もそんなふうに、目の事情をプラスに活かせたらいいな、魅力にできたらいいなと。
 今から五年前、2018年の11月に初めて視覚障害当事者の精神科医として山梨で行なった講演。僕はその中で本作のテーマ曲を流して「何の曲だかわかりますか?」と会場に尋ねてみました。すると「刑事コロンボ!」という声がたくさん返ってきました。そして自分のヒーローとしてコロンボ警部のお話をしたのです。
 あの講演が人生の転機になったことを思うと、本当に本作との出会いに感謝ですね。

 そんなわけで、表現者としても、支援者としても、そして当事者としても、ヨレヨレのレインコートの刑事はやっぱり僕の最大のヒーローなのでした。

■好きなセリフ

「あたしはこの仕事が大好きなんです」
 コロンボ警部

令和5年10月22日  福場将太