2023年7月下旬の一週間、とある縁でNHK札幌放送局の取材を受けた。10分ほどの特集のために一週間も密着というのには驚いたが、担当ディレクターさんによるとこれはむしろかなりの短期集中、ものによっては取材に数ヶ月以上かかることもざらだという。テレビ番組を作るというのは大変なことなんだなあと感心しつつ、無事オンエアーも終わったので今回はその貴重な体験の記録を。
1.人間は多面体
サザンオールスターズの楽曲『シュラバ★ラ★バンバ』の歌詞に「恋人は美味なる多面体」というのがあるが、僕も常々人間とは多面体の存在だと思っている。外見と内面、善と悪、本音と建前、公式と非公式、職場とプライベート、健康な部分と病気の部分、リアリティとファンタジー、得意と苦手…どの面に着目するかによって見え方は大いに異なる。
例えば仕事という面で見れば僕は精神科医、病気という面で見れば僕は視覚障害者だが、趣味という面で見れば音楽好きと文芸好きだし、嗜好の面で見ればカレー好き、ルーツの面で見れば日本人で広島出身、続柄で見れば同胞二名の第一子で独身、性別で見れば男、年齢で見れば中年、容姿の面で見ればまん丸、憧れの面で見ればドラえもん、武道の面で見ればヘッポコ柔道初段などなど、構成要素は無数にある。にも関わらず、どうしても医師という詩ごとや目が見えないという障害は文字どおり前面に出てしまい、それがまるで僕の大部分を占めているかのように扱われがちだ。
これまでも取材を受けるとどうしても『全盲の精神科医』なんてキャッチフレーズになったが、それを言うなら『カレー好きの精神科医』や『精神科医の音楽好き』『ドラえもんに憧れる目が悪いまん丸中年』でもいいはずである。もちろん社会性・話題性という観点から医師や視覚障害というワードの方がセンセーショナルなのはわかるのだが、それは僕の一面に過ぎないし常時その面だけで生きているわけでもない。
今回担当してくださったディレクターさんと打ち合わせした時、その感覚を理解してくださる方だったのがとても嬉しかった。「目が見えなくても頑張ってます」という構成ではなく、「人間は多面体」というテーマを伝えられる内容にしたいとおっしゃってくださった。
そんなわけで約一週間、多面的に取材を受けながら過ごしたわけだが…。
2.仕事の面
テレビ取材といってもレポーターやカメラクルーが押し寄せたわけではなく、いらっしゃったのは担当ディレクターさん一名のみ。このディレクターさんが手持ちカメラを構え、許可が得られた患者さんの診療の様子を撮影したり、診察後にインタビューしたりしながら取材は進んでいった。さらに勉強会や音楽会といった僕が担当している治療プログラムの様子も撮影。テレビを見た方に少しでも心の医療を知ってもらえたなら嬉しい。
3.生活の面
白衣を脱いで職場を出れば、今度は一人の生活者となる。独身で北海道に身内もいない僕が一人暮らしを継続できているのはとある友人のおかげである。掃除や炊事はこなせても、マイカー所持が当たり前の雪国で遠方まで買い物へ出かけることは今の僕にはできない。そこを助けてくれているのがもう十五年来のつき合いとなる友人である。
今回一緒に買い物へ行く場面にディレクターさんも密着。診察室では指導を行なう男がスーパーでは導いてもらって歩く男に変身。はしゃぎながら大漁の激辛カレー『LEE』を買うオッサン二人の姿がNHK的に大丈夫なのかという疑問はあったが、紛れもなくこれも僕の一面。荒んだ世の中、助けてくれるこんなに優しい人もいることを知ってもらえたなら嬉しい。
4.交流の面
このサイトの記事を閲覧くださっている方ならご存じかもしれないが、目の不自由な医療従事者は何も僕だけではない。医師に限らず、看護師、心理士、理学療法士、言語聴覚士、精神保健福祉士などなど、視覚障害を持つ医療従事者は日本に数多く存在し、その仲間が集まっている会が僕も所属する『ゆいまーる』である。
今回ディレクターさんはゆいまーるにも関心を抱かれ、僕がオンラインでゆいまーるの仲間と交流する場面も取材してくださった。定期勉強会の前に小一時間、有志メンバーでお喋りをしている姿を撮影。話題は電子カルテについてのことが多かったが、取材を忘れて没頭するくらい毎度ながら非常に学びの多い語らいだった。
僕がゆいまーるを好きなのはそのベクトルがちゃんと前へ向いている会だから。「目が悪くなってお互い大変ですね」と慰め合うだけでなく「じゃあどうすれば医療の仕事を続けられるか」という学び合い・支え合いが盛んに行なわれている。つまりゆいまーるは『医療に従事する視覚障害者の会』ではなく、あくまで『視覚障害を持つ医療従事者の会』なのだ。そしてメンバーは医療者・当事者という面だけでなく、趣味や生活の面も充実させている人たち。この多面体団体を多くの人に知ってもらえたなら嬉しい。
5.ライフワークの面
僕の2大ライフワークは音楽と文芸、視力を失っても自由に動き回れるこの二つの世界が残されたのは本当に恵まれている。特に前者のストレス解消効果は抜群で、以前にもコラムで書いたが、ランダムに思い浮かんだ曲を次から次へとひたすらギターで熱唱し続ける『弾き語りラッシュ』は楽し過ぎる。
なんとディレクターさん、その場面も撮影したいとおっしゃった。あまりにもプライベート、というかあまりにも愚かな姿である。デイケアの治療プログラムならまだしも、ただ一人で歌う謎の中年。学生時代あれだけライブをやっていたのに、ディレクターさんたった一人の前でパフォーマンスするのは異常に緊張した。ディレクターさんは「ニヤニヤが止まりません」とおっしゃっていたが、こっちはバクバクが止まらなかった。やはりちゃんと人前で演奏する練習もしておかねば。こんなライフワークもあることを知ってもらえたなら…いや、知ってもらわなくてもいい気がする。
そんなこんなで人生初の密着取材は終わった。実はもう一つ、意外な面の取材があったのだが…それはまた次の次のコラムで触れよう。
6.オンエアー
無事2023年8月5日(土)のNHK総合『おはよう北海道土曜プラス』の中で特集としてオンエアーされた。一週間の取材映像の中から抽出された10分間、仕事の面と生活の面が中心の編集となっていて、確かに全ての場面を少しずつ盛り込もうとするよりもテーマがはっきりしたと思う。『全盲の精神科医』という触れ込みを用いず、多面体の一人の人間として扱ってくれており、自覚していなかったが多面性の意識が患者さんへのアドバイスの言葉にも表れていることを示してくださっていた。本当に良いディレクターさんにめぐり会えたと思う。さらに番組内で触れられなかったゆいまーるなどについては、今後ネット記事で取上げてくださるとのこと、重ね重ね有難い。
今回の取材を通して、仕事の面、生活の面、交流の面、ライフワークの面などなど、改めて自分を振り返るよい機会となった。支えてくれている人たちのあたたかさも再認識した。まだテレビで取上げていただくほど何かを成し遂げたわけでは全くないので、現状に甘んじず、逃げずにこの中途半端な道を歩いていきたい。もちろんちゃんと受信料を払いながら。
7.研究結果
目が見えない精神科医ではありません。精神科医がたまたま目が見えないだけ、そしてたまたま精神科医なだけなのです。
令和5年8月6日 福場将太