JRPS北海道と小さな大冒険

 視力が低下しても旅行を趣味にしている人は案外に多い。しかし僕自身は目を悪くしてから外出の頻度は大幅に減ってしまっている。特に単身でとなるとほぼ皆無で、通勤を除けば普段の買い物も友人の手を借りて行なっている。興味を引かれたイベントがあっても、道中の苦難を考えるとついつい行かないことを選択してしまう。
 そんな自分が先日久しぶりに単身で出掛けた。今回はその大冒険の記録を。ぜひBGMはインディ・ジョーンズのテーマ曲でお楽しみいただきたい。

1.動けた時代

 広島で暮らしていた少年時代は自転車で長距離を移動していた。一時間以上かけて祖父宅まで行ったり、カメラ片手に知らない風景を求めたり、そんな自転車小旅行が好きだった。

 東京の大学に進学してからも日常の移動手段はやっぱり自転車で、四ツ谷のアパートから西新宿までペダルをこいで通学したし、夜中にお腹が空けば新宿まで出て深夜の立ち食いそばを楽しんだ。もちろんJRもバスも地下鉄も自在に乗っていたので、渋谷や池袋、秋葉原へ買い物に行くのも日常。新幹線や飛行機も当然一人で乗れ、山梨で音楽部の合宿が終わったその日に北海道まで移動して今度は柔道部の合宿に合流、なんてアクロバットなこともした。
 北海道に就職してからもしばらくは、友人の結婚式に出向いたり、東京で音楽部のOBライブに参加したり、というフットワークができていたものだ。

2.動けなくなった時代

 それがやはり目が悪くなると移動のストレスが増加、街の中や空港の中で何時間もさまよったり、ホテルの設備がうまく使えなかったり、人様に迷惑をかけたり、旅行の楽しみよりも苦しみの方が上回ってしまった。特にまだ中途半端に見えていた頃は、駅や空港の表示を見るために度数の違うメガネを複数携帯したり、チケットや地図を見るために電子拡大鏡を持参したり、自分でどうにかしようともがいていた分余計に大変だった。
 気付けば東京へ出向くこともなくなり、旅といえば数年に一度広島の実家へ帰省するくらいとなっていた。

 それが完全に視力を失ってからは心境に変化が生じた。もう人に頼るしかないんだと腹を括り、駅や空港でのお願いの仕方、ホテル利用の工夫など見えない旅の技術を少しずつ習得、知り合いがいる場所へなら一人で出向けるようになっていった。よし、また旅をするぞと意気込んでいたのだが…今度はコロナ禍で長距離移動が制限。昨年10月に長野、12月に神戸へ行ったのが本当に久しぶりの旅であった。

3.動き出すべき時代

 では今回はどこへ行ったのかというと、札幌である。昨年のyoutubeでの講演動画が縁となって、JRPS(日本網膜色素変性症協会)北海道とご縁ができ、アイサロンと呼ばれるメンバーの集いに誘っていただいたのである。これまで視覚障害関連の活動やつながりは本州ばかりで、ぜひ地元でもと思っていたタイミングだったから嬉しかった。

 とはいえそうなると札幌まで単身出向かなければならない。広島や神戸までは行けるのに札幌まで行けないというのも変な話だが、空港へ行く際はいつも優しい友人が車で送ってくれている。仕事で札幌へ行く際も送迎してもらったり誰かと一緒に動いたりなので、実は一人でJRを利用するのはかなり久しぶりだったのである。でもアイサロンのみなさんは当然そうやって集まっているわけで、今回僕もメンバーの一人として行くわけだからちゃんとそれはこなしたいと思った。
 思えば大学卒業後の放浪時代に一度だけ新潟でJRPSの集まりに参加したことがあった。あの時は白内障で靄がかかった視界でもなんとか現地まで行けた。そう、やってやれないことはない!

 先方に会場への行き方を確認すると、初めてなので西口改札までメンバーの一人が迎えに来てくださるとのこと。となればそこまでたどり着ければよし。事前に住まいの最寄駅に電話を掛けて乗車時と降車時の誘導をお願いすると、駅員さんは快く引き受けてくれた。これでやるべきことはやった、あとは自分の勇気のみ。

4.動いた今

 当日は普段滅多に鞄から取り出さない白杖を片手に出発。最寄駅まではタクシーで行き、液入口から改札までは当然徒歩で移動、エレベーターの音声と点字ブロックを頼りにカウンターまで行くことに成功した。そして駅員さんと一緒にホームに出て、電車が来たら車内の座席まで誘導してもらった。
 着席してまずは一安心。ただ二人掛けの席の通路側に腰を下ろしたのはわかったが、隣の窓側席に誰か座っているのかはわからない。ひとまず気配や息遣いは感じない。手で触ればはっきりわかるがもし本当に誰かいたら痴漢になってしまう。そんなことを思いながら過ごしていると途中の駅で停車、やはりここでも隣に人の気配はない。思い切って少しだけ体を寄せてみると空席だった。
 そんなわけでそこからは窓側席にずれて、車窓の風景は見えないながらも陽光と心地良い揺れを感じながら電車の旅を満喫する。車内案内の音声は高校時代の愛聴ラジオ『中島みゆき お時間拝借』でもお馴染の大橋俊夫アナウンサー、その懐かしい低音ボイスも味わった。

 やがて札幌へ到着。札幌が終着の電車だったので他の乗客が降りるのを待っていると駅員さんが登場、今度はその人の誘導で西口改札へ。そこにはJRPSのメンバーの方が待っていてくれて、今度はその人の誘導でタクシーで会場を目指す。そして無事予定どおりに到着し、アイサロンに参加できた。

 話題は尽きることはなくあっという間の数時間が過ぎる。帰りは同じ方向のメンバーが一緒に移動、地下鉄を乗り継いで札幌駅へ。再び駅員さんに誘導をお願いして電車に乗り、帰路に着くことができたのである。

 今回参加して一番感じたことは、メンバーのみなさんの優しさと穏やかさだ。アイサロンではお互いの話をゆっくり聞き、悩みを一緒に考え、ユーモアにはみんなで笑う。僕のような新参者も自然に溶け込める雰囲気がそこにはあり、初めて会う人たちなのにまるで旧知の仲のような心地良さがあった。
 それはもちろん同じ障害の苦労という共通項があるからというのも大きいが、みなさんが自然に他者への感謝と信頼を大切にしていらっしゃるからだと思う。だって視覚障害者は人を信じなければ生きていけないから。
 西口改札まで僕を迎えに来てくださった方も白杖ユーザー、一緒に歩いた時、すれ違う人やタクシーの運転手さんに自然に感謝の言葉を伝えておられた。僕には顔は見えないが優しい笑顔を添えて「ありがとうございます」とおっしゃっていたのは間違いない。
 帰りにみんなで移動した時も、たまに道を間違えたり物にぶつかりそうになったりしても誰も怒ったり嘆いたりしない。むしろそんなつたなさやおぼつかなささえも楽しむみたいに、みんな明るく笑っておられた。疑心暗鬼が蔓延した社会で、人間っていいものだなと久しぶりに思えた気がする。

5.動いていく未来

 そんなわけで今回の大冒険は終わった。いやどこが大冒険なんだと思われたかもしれない。僕が独力でやったのは白杖で最寄駅の中を歩いたことくらい。他は全て誰かに助けてもらって移動している。JRで札幌へ往復するなんてビジネスマンや学生さんにとっては毎日やっているごく当たり前のことだろう。

 でもこの当たり前のことをするのに勇気と技術が必要になってしまうのが障害を負うということ。けっしてできないわけではない。ただそれをやるのに心のハードルを一つ越えなくてはいけないのだ。
 単身電車に乗って知らない場所の知らない人に会いに行く…今回僕にとって、やっぱりこれはインディ・ジョーンズにも匹敵する大冒険だった。
 もちろん、無事こなせた今となっては恐るるに足りない。小さなことかもしれないが、また一つ自分でできることが増えたのは嬉しい。こうやって僕の新しい人生の地図は広がっていくのだ。

 JRPS北海道のみなさんと触れ合って痛切に感じた。自分はまだまだ当事者としての修業が足りないと。みなさんの心に、そして移動技術に少しでも追いつけるように、まずは最寄駅までタクシーなしで一人で歩けるようになりたいと思う。昔は当たり前に歩いていた道を、もう一度自分で踏みしめたいと思う。

6.研究結果

 JRPS北海道のみなさん、本当にありがとうございました。
 みみっちいですが、無事冒険を終えた気持ちを言います。
 …てえしたことねえじゃねえか、これくらい!

令和5年4月22日  福場将太