山を愛する人

 中学・高校時代からの親しい友人にこよなく山を愛する男がいる。今回はその恐るべき動向を。

1.山の魅力

 彼は山岳のこととなると一際雄弁となり、そして一番楽しそうになるのだが、彼の語る登山の魅力は大きく二つある。

 一つは壮大な自然に触れられる感動。山道で見かける花や木々、頂上を征服した時の果てしない空、広がる緑と雲海、澄んだ空気と風。写真愛好家でもある彼にとって、山には素敵な被写体がいくつも溢れている。

 またもう一つの魅力は、人間が信じ合える文化がまだ山には残っていること。普段都会に暮らしていると人間の薄情さや冷酷さを感じることが多く、街は人でごった返していても心は孤独、猜疑心や嫌悪感を覚えることばかり。しかし山の上では人を信じることが大前提。そうでなければ見ず知らずの人と山小屋で雑魚寝したり、キャンプ場にテントを立てて食材や貴重品を置いたり、踏み外したら命を落とすような細い道を並んで登ったりできない。「人を見たら泥棒と思え」の世界で、山の上には人と人が信じ合い助け合うユートピアがまだ残っているのだ。

 彼は登山に行くことをよく「都会を脱出する」と表現するが、きっと大自然の美しさと人間のあたたかさに触れ、体の疲れを癒やすと同時に荒んだ心を浄化しているのだろう。

2.和製インディ

 それにしても彼の山岳魂はすごい。今年の1月上旬にも長野県の上高地へ赴き、数十キロの荷物を担いで登山。キャンプ場に着くと他の登山客は誰もおらず、しかも日が暮れると雪までちらつき始めた。しかし彼はそんな中でも冷静に防寒具を着込み、テントを張り、一酸化炭素中毒に注意しながら夕食を準備。やがて激しい風と雪に見舞われ、みるみる外はマイナス8度。それでも寝袋で一晩過ごし、朝目覚めて一面の銀世界の中を下山してきたという。「悪天候のせいで期待していた夜空の写真が撮れなかったのが悔しい」と語っていたが、その電話の声は至福に満ちていた。

 いやいやいや、誰もいない夜中の吹雪の山で眠ること自体とんでもない恐怖だ。まるで『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』の冒頭でルークとハン・ソロが遭難する場面ではないか。しかし彼は懲りるどころか意気揚々と今度は1月末に群馬県の武尊山へ向かっていった。何もそこまでしなくても…とつい思ってしまう。

 ただ夏目漱石を愛読する彼ではあるがけっして無鉄砲な男ではない。「登山で大切なのは危険だと思ったら引き返す判断。無謀な挑戦をして事故を起こすのが一番ダメ」と常々口を酸っぱくして言っている。だから今回の雪山キャンプも経験に基づく勝算があっての行動だろう。いやはや、普段は学者として教鞭をとっているくせに、休日はこんな大冒険をしているなんて、とんだインディ・ジョーンズが日本にもいたものだ。

3.好きなことはやめられない

 しかしよくよく考えると、周囲から見れば呆れられそうなことをやっているのは僕も同じだった。例えば音楽の録音。数十キロとはいかないまでも、楽器と機材を抱えて録音場所へ赴き、到着したらセッティング、その後は喉や指先が痛くなるまで歌やギターを録音し、また撤収作業をして楽器と機材を抱えて帰宅する。そして彼と同様、この一連の作業において完全に一人である。

 …まあしょうがない、好きなんだから。少なからず、いや大いに、それで心の元気を充電しているんだから。彼も僕も、そこまで好きなライフワークを見つけられたことをアカシアの神様に感謝すべきだろう。

 ちなみに彼の山岳魂をモチーフにした楽曲『山を愛する人』は、当サイトの音楽室にアップされているので興味のある方はそちらもどうぞ!

4.研究結果

 ロマンを追うから孤独なのか、孤独だからロマンを追うのか。
 憧れだけに身を任せ、僕らはそうやって生きていく。

令和5年2月1日  福場将太