昨年秋から今春にかけては講演のお仕事をいくつかいただいている。通常の精神科医としての講演だけでなく、視覚障害に関する講演もあり、今回ご紹介するのは新宿区社会福祉協議会からのご依頼で行なったもの。とても貴重な経験をさせていただいたのでここに書き残しておきたい。
1.依頼は突然に
新宿区社会福祉協議会の中にある視覚・聴覚障害者交流コーナーの担当者から当サイトにお問い合わせのメールが届いたのが2022年の9月初頭。2023年に交流コーナーが10周年を迎えるため、その記念講演の演者を探しているとのことだった。ネット上で取材記事や『視覚障害をもつ医療従事者の会 ゆいまーる』のサイトを見て僕にたどり着いたらしい。
さっそくお電話で話してみると交流コーナーの活動には好感が持て、また新宿は学生時代を過ごした青春の街、さらにアニバーサリー大好き人間としては10周年というワードにも惹かれてお受けすることにした。
その後も主にメールを用いてのやりとり。演題の『コロナ禍だからこそ一緒に考えるメンタルヘルスケア』に合わせて内容を調整、特に今回は視覚・聴覚障害の当事者や支援者に向けてとのことだったのでその要素をどう盛り込むかを熟考した。また今回は録画講演、つまり直接話を聴いてもらうわけではなく、話しているのを録画して後からそれを視聴してもらうというスタイル。しかも録画もオンラインで行なうため僕が新宿に出向く必要もない。
ある意味とても楽なような、とても難しいような、ともかく初めての録画講演に僕は練習を重ねるしかなかったのである。
2.本番はノスタルジー
そして迎えた11月某日、仕事を少しだけ早く退勤させてもらって自宅の仕事部屋にパソコンをスタンバイ。指定のZOOMのURLにアクセスすると無事つながった。そしてそこにはお電話でやりとりした担当者、その同僚や関係者の方々がいて一通り挨拶を交わした。みなさん明るくて優しい人ばかりで穏やかな空気がオンラインでも伝わってきた感じだった。カメラや音声を調整するためにバタバタしている様子もなんだか微笑ましく、一緒にリハーサルをしながら僕は懐かしい学園祭の準備風景を思い出していた。
そしていよいよ本番。担当者の挨拶の後に僕は話し始める。教師をしている友人が対面授業ができず自室で講義を録画するのが大変だったと前に話していたが、今回はまさしくその感覚。「みなさんこんにちは」なんて言ってもその場には誰もいない。まるでコンサート前に無観客で一通り演奏するゲネプロのようでもあり、そういえばコロナ禍で無観客ライブを決行した歌手もいたなあと思い出す。サザンも無人の観客に向かっていつものようにあおっていたし、泉谷しげるさんも誰もいない客席に恒例のギター投げ込みをやっていた。笑点の大喜利だって一時は客席が無人で笑いのリアクションがない中でやっていた。まさしくプロ根性。コロナ禍の心の健康の話をしながら、そもそもこの講演スタイル自体がコロナ禍を象徴しているなあなんて考えていた。
今回一番意識したのが話すスピード。耳が不自由な人もご覧になるため後日編集で字幕や手話を付けると伺っていたので早口は禁物、残り時間が少なくなっても焦らず一定の速度で話さなくてはならなかった。
またスライドの操作は担当者の方にお願いしたが、目で見て確認できない僕はちゃんと表示されていると信じて講演を続けるしかなかった。話しているのは北海道、スライドを操作してくれているのは東京、まさにコロナ禍ならではのコンビネーションである。
講演の内容としては、まずは僕自身が歩んだ視覚障害との半生を最初に話し、その後は心の元気を奪う原因は何か、それはコロナ禍でどう変わったのか、視覚・聴覚に障害があることで余計に増えたストレスはあるか、などを前半で当事者に向けて説明した。キーワードにしたのは『バリアバリュー』、確かにコロナ禍でより大変になった面もあるが、視覚・聴覚の障害がコロナ禍で活かされる面もあると伝えたかった。
講演の後半では支援者に向けて、回復の考え方、特に当事者の心理的回復を阻む『お荷物感』をどう解消する科を説明した。そして最後にはまとめとして、僕が一番大切にしているもの、なおかつコロナ禍で一番失われてしまったものについて話をしたが…ネタバレになるのでここで書くのは控えよう。知りたい方は以前に当サイトの音楽室にアップした『天地創造できない僕らは』という楽曲をどうぞ!
何はともあれ無事指定の60分におさまって講演は終了。録画停止になった瞬間、思わずほっとして大笑いしてしまった。そして「スライドうまくいきましたか?」「ヒヤヒヤでした」など画面の向こうのみなさんとも談笑。これも学園祭のステージが終わって舞台そでに戻ってからみんなで笑う時の感覚に似ていてなんだか懐かしく、幸せな気分だった。
後は編集作業を頑張ってくださいとお伝えし、僕の役目は終了となったのである。
3.動画は限定公開
無事に編集も終わったとのことで12月下旬からyoutubeにて動画の配信開始。限定公開であり申し込んでURLを教えてもらった人しか見られない仕組みだが、お世話になっている支援者やつながりのある当事者には僕の方からURLを伝えてもよいと言ってもらえたので、ゆいまーるや『公益社団法人 NEXT VISION』の仲間にはお知らせさせていただいた。さらにパソコンが不得手な方のために、新宿区社会福祉協議会では上映会までしてくださったそうだ。
おかげ様で感想もたくさんいただいた。「話し方が聴きやすかった」と書いてくださった方も結構いて、スピードを抑えて話したのが功を奏したらしい。単調で退屈にならないかと心配していたが、録画の場合はむしろその方がいいのかなと新たな学びだった。人によって印象に残った部分が異なるのも興味深く、むしろそれが嬉しい。60分の中でそれぞれ何か一つでも心に残ってくれたら演者としては大満足である。
4.命を支えるエネルギー
1月末で予定どおり動画の公開も終了。最終的には再生回数が2000回に達したとのことで自分でも驚いた。限定公開なのにここまで数字が伸びたのは、動画を見てくださったゆいまーるやNEXT VISIONの関係者が、さらにご厚意で別の誰かに動画のことをお薦めしてくださったことが大きいと思われる。実際に初めましての方から当サイトに動画の感想が届いたりもした。
有難い。本当に有難い。今回僕が話した内容は必ずしも医学的な根拠に基づくことばかりではなく、自身の経験や個人的な信条に基づくことも多かった。それでも伝えるべきことだと思って話をしたのだが、受け入れてもらえなかったらどうしようという不安も大きかった。だから少なからず共感してくださった方々がいたことに本当に救われた。
かつてのアメリカ大統領のリンカーン、今でこそ英雄とされるが奴隷解放を提唱していた頃は批判の声も多かった。南北戦争で多数の犠牲者も出した。それでも人権を守るために戦い抜いたリンカーンだが、暗殺された時に服のポケットから出て来たのは自分を賞賛する新聞記事の切り抜きだったという。
それを聞いた時、僕は涙が出そうになった。揺るぎない信念の男、強靭な意志を持ったたくましい人だと思っていたリンカーンも、きっと不安だったんだな、自分が正しいと叫んでいることは本当に正しいのかと迷ったりもしたんだろうな、だから自分を認めてくれた記事が嬉しくて肌身離さず持っていたんだろうなと。
もちろんリンカーンと僕では全く比較にもならないけど、自分を認めてくれた言葉が嬉しいのは大いに共感。今回届いた動画の感想は一生の宝物であり、僕の命を支えてくれるエネルギー。みなさん、あたたかい応援を本当にありがとうございました!
5.研究結果
これからも言葉を紡いでいきたい。大切な心を届けていきたい。
今回のチャンスをくださった交流コーナーのみなさんに感謝申し上げます。いずれ直接そちらへ遊びに行きたいです。
令和5年2月5日 福場将太