心の名作#18 金田一少年の事件簿

 大人になっても少年の気持ちを呼び起こしてくれる、そんな心の名作を研究するシリーズの18回目です。

■研究作品

 今年の7月、毎週楽しみにしていたテレビドラマが最終回を迎えました。少年漫画を原作とするこのドラマ、シリーズとしては第5弾、主人公の俳優もなんと5代目。それもそのはず、漫画の連載開始が僕が小学生の頃なのですから。その後テレビドラマもアニメも断続的にシリーズを重ねて今年は連載30周年!
 そんなミステリー漫画の金字塔が『金田一少年の事件簿』です。残念ながら視力の低下で第2部以降の原作は読めておりませんので第1部を中心に研究します。俺自身のこだわりにかけて!

■ストーリー

 金田一一(きんだいち・はじめ)はあの名探偵・金田一耕助を祖父に持つ高校2年生だが、彼自身はアホ面の落ちこぼれで通っている。ある春の日、幼馴染の七瀬美雪から頼まれて演劇部の合宿に同行することになった彼だったが、訪れた孤島の劇場のステージで部員の一人が無残な方法で殺害される。島から脱出もできなくなり誰もが恐怖に怯える中、彼はただ一人真剣な眼差しで事件解明に動き出すのだった。 (ファイル1『オペラ座館殺人事件』より)

■福場的研究

1.少年漫画で本格ミステリー

 まずは少年漫画と本格ミステリーを融合させたのが本作最大の魅力。冒険・対決・ギャグ・お色気・ラブコメといった少年漫画の要素を保ちつつ、推理の謎解きはミステリーファンも舌を巻くほどの完成度でけっして添え物ではない。そのため推理小説なんて読んだことのなかった少年少女にもミステリーの面白さを知らしめ、逆に漫画から遠ざかっていた大人のミステリーファンを取り込むことにも成功。
 さらにテレビドラマも空前の高視聴率を記録しお茶の間にも浸透、「ジッチャンの名にかけて!」の決めゼリフと共に一大ブームを巻き起こすに至った。少々取っ付きにくい本格ミステリーというジャンルに対する敷居を下げ、その面白さを普及させたのは本作の偉大な功績であろう。

 今でこそ推理漫画は珍しくない。しかし1992年当時、週刊少年マガジンへの本作の連載はかなり挑戦的な試みだったと思われる。長編エピソードを基本としているため一つの事件が終わるまでに数ヶ月かかる。しかもミステリーなので一回読み飛ばしてしまうともうわからなくなるし、推理を楽しむにはバックナンバーを保管して読み返す必要もある。消耗品として楽しむ週刊雑誌としては明らかに不向きである。
 にも関わらず本作はマガジンの看板漫画になるほどの人気を博し、しかも誌上で『真相当てクイズ』なる企画も開催。金田一が作中で「謎は全て解けた!」と口にしたら、それは謎解きのヒントは出そろったという読者への宣言であり、次回からは解決編が始まる。読者はそれまでの間に犯人の名前とトリックの方法を推理して応募、そしてドキドキしながら来週号を待ったのである。
 当時まだインターネットも一般的ではなく、推理はひたすら自分と周囲の友達でするしかなかった。問題編を何度も何度も読み返して知恵を絞る。そして解決編を読んで、自分の推理の的中に歓喜し、的外れに落胆し、金田一の解説に頷き、意外でありながら納得の真相に満足を得るのだ。これぞまさしくミステリーというエンターテイメントの理想的な楽しみ方ではないだろうか。
 通学途中の電車内、放課後の教室、マガジンを積み上げて友達と推理を楽しんだ日々が本当に懐かしい。そして解決編の発売日には、きっと今日本中でみんなが自分と同じように驚いてるんだろうなあと思うとなんだかとっても嬉しかった。

2.漫画ならではのミステリー

 謎解きの完成度の高さだけでなく、本作が画期的だったのは「漫画ならではのミステリー」の手法を編み出したことだ。つまりただ推理小説を漫画化したというのではなく、小説という媒体では不可能な表現方法を用いてミステリーの新たな可能性を開拓したのだ。
 例えば全身黒タイツ姿の犯人の表現は、その後漫画『名探偵コナン』やテレビドラマ『安楽椅子探偵シリーズ』など、多くの映像ミステリー作品に流用されることとなった。読者が推理する上で重要なアイテムが描かれているコマに「!?」を表記する手法もシャレている。

 特に秀逸だと思うのは漫画という静止画ならではのヒントの提示法だ。例えば「独特のスプーンの握り方をしている」「電気スタンドの傘の模様が変化している」などのヒントには唸らされた。これらはけっして小さく描かれているわけではない。むしろ大きな絵で堂々と描かれているのに巧みな心理誘導でそこに読者の意識が向かないようにされているのだ。だからこそ、真相を知った後で読み返すと「やられた、どうして気付かなかったんだ!」と読者は気持ちよく一本投げられるのである。
 これ以外にも本作は文章よりも画像表現の方がわかりやすいトリックがふんだんに用いられている。時として推理漫画は推理小説を超えるということを示してくれたと言えよう。

3.高い物語性

 ミステリーファンである僕の親父はよくこんなことを言っていた。「推理小説といっても小説なんだから、物語として面白くなければどんなに謎解きがすごくても駄作」。まさにこれはそのとおりだと僕も思う。謎解きだけが魅力になってしまうとその作品は一度見ればもう見直す価値はなくなってしまう。
 逆に物語として面白ければ、犯人やトリックがわかっていても何度も楽しめる。『犬神家の一族』や『オリエント急行殺人事件』の映画が不朽の名作として輝き続けるのも、何度もリメイクされるのも、謎解きもさることながら一つの物語として面白いからなのである。

 本作はその点でも十分な仕上がりになっている。魅力的な舞台、そこで織り成される愛憎劇、犯人でも被害者でもないその事件にしか出てこない脇役のキャラクターでさえも読者の印象に残るのは、本作の高い物語性によるものだ。
 また犯人がどうして犯罪に手を染めるに至ったかという過程も毎回連載1話分を用いて丁寧に描かれている。ある意味では謎解き以上に人間を描くことを大切にしていることの表れだろう。

 今春放送されたテレビドラマ第5シリーズでは過去の人気エピソードもいくつかリメイクされた。漫画版、アニメ版、旧ドラマ版、そして今回の新ドラマ版と一つの原作が4回も焼き直されたことになる。僕のような金田一ファンならストーリーも犯人も当然百も承知なわけだが、それでも楽しめてしまうのはやっぱり骨太な物語性があってこそだろう。

4.新しい名探偵像

 少年漫画としての魅力、本格ミステリーとしての魅力、それらを両立させる高い物語性の魅力ときて、もう一つ本作を特徴付けているのは、なんといっても主人公・金田一一という新しい名探偵像の魅力に外ならない。
 推理小説の世界には古今東西様々な名探偵がいる。僕が一番好きな名探偵は『刑事コロンボ』に出てくるコロンボ警部だが、国内でのナンバーワンは金田一一である。

 シャーロック・ホームズ、エルキュール・ポワロなど、多くの名探偵は切れ者のオーラをまとっている。それが若者となるとどうしてもキザな天才少年のイメージになりやすい。またコロンボ警部や金田一耕助のように一見風体が上がらない人物の場合は、警察官や私立探偵など、相応の職業に就いている設定が多い。
 しかし金田一一はどこにでもいる平凡な高校生であり、一般家庭に育ち友人たちとありふれた青春を送っている。ホームズのような切れ者のオーラは漂わず、かといってコロンボ警部のような変人オーラもない。普通に身近なクラスメイトとしてどこにでもいそうな存在なのだ。

 しかも探偵役であるはずの彼は全く冷静沈着ではない。全知全能でもない。テストは赤点で授業もサボる、スカートもめくるしお風呂も覗く、気になる美雪のこととなるとドギマギもするしムキにもなる、ピンチに陥れば恐怖に怯える、腹が立てば怒りもぶつける、悲しさや悔しさで涙も流す、正しいと思ったら無鉄砲でも突き進む。そんな彼の姿は従来の名探偵とは一線を隔す。
 そう、つまり彼は紛れもなく「少年」なのである。感情的で未完成な少年。少年がたまたま祖父から推理力を譲り受けてしまっただけの存在。ミステリーというロジカルな謎解きを務めながら、エモーショナルな少年漫画の主人公としても成立しているのは、彼の本質は天才の名探偵ではなく読者と同じただの少年だから。『金田一少年の事件簿』という一見堅苦しいタイトルは、まさにそのことを表していたと言えよう。

5.涙を流す名探偵

 彼は自然体で言う、「ジッチャンのことは誇りに思うけど、俺は俺だからさ」と。
 並外れた頭の良さを秘めながらも彼はけっして人を見下すこともなく、仲間と同じ物を見て喜んだり悲しんだりできる。友達思いで、バカでスケベでズルも悪さもするけれど、人間としての正義感は強い。つまりとってもいい奴なのだ。僕もこんな友達がいたらいいなと素直に思う。
 もしも事件が起こらなければ、そしてもしも彼が天才的頭脳を祖父から受け継いでいなければ、きっと彼は仲間たちと平凡ながらも幸福な日々を送ったに違いない。自分は探偵だとか、事件を解きたいだとか、そんな意識は彼には毛頭ないのだから。

 そして彼はとても心根が優しい少年だ。美雪のことは誰より大切にし、友達のために一肌脱ぎ、他人の不幸に対して涙も流す。
 そんな彼の優しさは被害者だけでなく加害者にも向けられ、負の感情に囚われた犯人に対しても彼は人間として言葉を掛ける。罪を憎んで人を憎まず、罪を犯しても友達は友達のまま。
 だから犯人たちは彼の推理力にではなく彼の人間力に負けを認めるのだ。多くの犯人が涙を浮かべて口にした「ありがとう、金田一君」というセリフは他の名探偵にはない彼の魅力を象徴していると言えるだろう。

 そんなキャラクターだからこそ、シリーズが長期化することによる弊害もあった。普段はアホ面、いざという時だけ真剣になるのが彼の持ち味なのに、どうしてもいくつもの事件を解決していくと天才性の印象の方が強まってしまう。そして何度も何度も事件に出くわすというのは、ただの高校生という設定では不自然である。
 そのためシリーズ中期からは彼の心に一つの変化が起こっていく。事件に巻き込まれることを自分の宿命として考え、同時にそこに使命感を抱く。事件に関わることにある種の能動性を見せていくのだ。
 気付いてしまった友人の罪に手を差し伸べようとする。解き明かした真実も仲間たちのために自分だけで抱え込もうとする。そして時には彼の存在そのものが悲劇を生むきっかけにもなってしまう。「俺がいなければこんなことにならなかったのかな」と人知れず涙を流す姿はとても痛々しい。

 少年とは少し違う大人の顔も見せ始めた金田一一。その痛みを察してそっと包み込む七瀬美雪。その切ないニュアンスも新たな本作の魅力になっている。
 ただファンとしてはつい思ってしまう。もし本作がヒットせず最初の事件だけで終わっていたらと。金田一は人生で一度だけ祖父の頭脳を借りて事件を解決しまた平凡な日常に戻った、宿命も使命感もなくただ日々を穏やかに過ごした…二人にとってはその方がハッピーエンドかもしれない。
 だって美雪は、彼がいくつも事件を解決する名探偵だから彼を慕っているわけではないのだから。

6.芸術犯罪

 やがて本作にはシリーズを通して対決する最強の敵役が登場した。この人物は犯罪芸術家を自称し、「完成された犯罪は芸術だ」と豪語してわざと謎と怪奇に満ちた事件を起こしては金田一に挑戦してくる。
 この天才犯罪者の登場には賛否両論あったと思う。主人公の宿敵、なかなか決着のつかない対決は少年漫画としての興奮を大いに盛り上げた。一方でどうしても非現実的なキャラクターなので、ミステリーの要であるリアリティの土壌を揺るがすリスクもあった。

 私見だが、この人物の存在はミステリーという娯楽に対する警鐘を鳴らしているようにも感じる。殺人トリックを考える推理作家、事件を楽しむ読者。もちろんエンターテイメントとしてであるが、一歩間違えるとその嗜好は人間としての大切な倫理観を揺るがしてしまう。
 「犯罪は芸術なんかじゃない」と金田一に明言させ、芸術犯罪を楽しむ敵役を悪として描くことで、どんなに大ヒットしてもけっして生命の尊厳を見失ってはならないことを読者と作者自身に戒めているのだ。

■好きなエピソード

1.原作漫画・アニメ

 あまりにたくさんあるのですが、やっぱり金田一の少年性が引き立っているエピソードが特に心を打つように思います。

●雪影村殺人事件

 中学時代に過ごした寒村を訪れる金田一。かつての親友たちと再会するが、誰もあの頃とは違うそれぞれの現実を抱えていた。そして一緒に埋めたタイムカプセルを掘り出そうとした朝、仲間の一人が無残な姿で雪化粧の校庭で発見される。
→シリーズ中最も切ないストーリーとして知られる名作。アニメ版の演出も物悲しく、エピローグでは毎回涙が出てしまいます。まさに探偵も被害者も犯人もみんな少年少女だからこそ、悲哀も持ち味とする金田一少年だからこその物語。

●悲恋湖伝説殺人事件

 湖畔でのリゾートモニターツアーに代役で訪れる金田一。しかし殺人鬼が脱獄したとのニュースが流れ、次々に参加者たちが斧で惨殺されていく。無差別殺人? それとも誰かに命を狙われる共通の動機がこのメンバーにあるのか?
→『13日の金曜日』をモチーフにした一作。少年漫画としても本格ミステリーとしても美雪が重要な役割を果たしており、特に解決編で彼女が犯人に問いかけた言葉がとても優しくて痛々しい。金田一も嫉妬・憤怒・自責など少年らしい様々な感情を見せてくれます。

●飛騨からくり屋敷殺人事件

 家督争いの渦中にある旧家を訪れる金田一。間もなく謎の客人が離れの密室で首なし死体で発見され、家督を継ぐはずの青年が姿を消す。金田一と美雪も誘拐され、目を覚ますとそこには鎧に身を包んだ武者の姿が!
→本家・金田一耕助を髣髴とさせる舞台設定で、金田一の理解者・剣持警部にスポットを当てた一作。ある出来事が実は全く別の意味を持っていたと言う解釈の謎解きには脱帽。ミステリーの完成度の高さに加え、犯人の業の深い動悸と絶命の言葉が忘れられません。

●蝋人形城殺人事件

 蝋人形が並ぶ不気味な古城に世界中の名探偵が集められミステリーナイトが始まった。推理ゲームを楽しむイベントのはずが、本当に参加者たちが殺害されていく。その背後には日本犯罪史上最も華麗な手口とされるあの事件が!
→こちらは西洋風の本格ミステリーの雰囲気に満ちた傑作。漫画ならではのトリックの見事さもさることながら、金田一のライバル・明智警視にも重要な役割が与えられています。燃え盛る炎の中、ラストの金田一と犯人のやりとりがミステリーファンの胸を打つ。

●仏蘭西銀貨殺人事件

 人気モデルとなった小学校時代の同級生・ますみからファッションショーに招かれた金田一は、彼女の挙動のおかしさに気付く。そして会場で発生する連続殺人、やがて追い詰められたますみはついに金田一の目の前で…!
→ミステリーの舞台としてファッション業界というのが新鮮な一作。真犯人に脅迫されて犯行を重ねてしまうますみ、疑いながらも幼馴染を想う金田一、それを察して優しさを見せる美雪のドラマが心に残ります。ミステリーとしても、毒殺・遠隔・密室トリックと手並みが豊富で、真犯人がどうしてますみを操れたのかという根拠も精神科医としてとても興味深いです。

●墓場島殺人事件

 同級生と無人島へキャンプに訪れる金田一。そこでサバイバルゲームに興じる大学生たちと知り合うが、次々に不可能な状況でメンバーが殺害されていく。本当に命を懸けたサバイバルゲームが始まる中、やがて日本兵の格好をした男が姿を見せる!
→冒険とラブコメの比重が多めの一作。勉強はダメでも無人島では頼りになる金田一がかっこいい。またみんなが外部犯に怯えている中、金田一だけが内部犯だと確信して冷静にメンバーの挙動を見つめているのも彼の孤高を表しています。野性的なサバイバルと論理的なミステリー、それが両立できるのはやっぱり本作ならでは!

●異人館ホテル殺人事件

 函館のホテルで行なわれる推理劇に招かれた金田一。しかし舞台上でベテラン女優が毒殺されその後も劇団員たちが次々と襲われていく。そしてついに犯人の魔の手は…!
→映像描写の中にヒントとトリックを散りばめた「漫画ならではのミステリー」を存分に味わえる一作。先入観に囚われていた僕は犯人の正体に愕然としました。また金田一の近しい既存のキャラクターが被害者となり、容疑者として金田一が逮捕される展開はあまりに痛切。

●露西亜人形殺人事件

 有名推理作家の遺した暗号解読の助っ人として露西亜館を訪れる金田一。しかしそこにはあの天才犯罪者も居合わせていた。連続殺人が始まる中、恩人を殺害された天才犯罪者は「自分が先に犯人を突き止めた場合は犯人の命を奪う」と金田一に宣戦布告!
→名探偵と天才犯罪者がそれぞれの心情で殺人事件の解決に動くという設定が秀逸な傑作。二人の間の緊張感、戦慄の解決編、さらに全てをひっくり返す驚愕のエピローグ。あの天才犯罪者の設定が最も魅力的に生かされた第1部の集大成とも呼べる大作です。

2.ノベルス

 漫画を小説化するというこれまた挑戦的な試みでしたが、こちらも傑作揃い。活字離れの少年少女たちを推理小説の世界に引き込んでくれました。

●オペラ座館 新たなる殺人

 ある夏の日、春に殺人事件が起きた孤島のオペラ座館に再びやってきた金田一。人気男優も所属する劇団がそこで稽古をしていたが、またしても連続殺人はくり返されてしまう。
→小説版第1弾。漫画を小説にして面白いのか? …という不安を見事に裏切ってくれました。漫画と同じ作者による挿絵のおかげでどんどん読み進めることができ、さらに小説ならではの叙述トリックも素晴らしい。そして悲しくも美しい犯人像はシリーズっ屈指。はしゃがない重厚な演出で劇場アニメ化もされているので本格ミステリーファンはぜひ!

●電脳山荘殺人事件

 スキー旅行のはずが吹雪に見舞われ、なんとか山荘に避難させてもらえた金田一。しかしそこにはハンドルネームで呼び合う奇妙な男女が集っていた。お互いの本名も素姓も知らない彼らはパソコン通信の仲間という。そして発生する連続殺人、やがて金田一はかつて彼らが行なった恐るべき完全犯罪計画を知る。
→ ノベルス最高傑作と呼ばれる名作。本格ミステリーとしての完成度が極めて高く、現実と虚構を織り交ぜながら小説ならではの仕掛けが何重にも張り巡らされています。今やSNSで素姓も知らない相手を友達や恋人と呼ぶなんて当たり前の時代。それに対して「気持ちが悪い」と感じる金田一の感性は、まさにインターネット普及前の時代だからこそのもの。集団無責任が一つの命を奪いそこには罪悪感が生じない…本作で描かれた忌まわしい出来事が、今や当たり前の日常になってしまっている気がしてとても恐ろしいです。

3.ドラマCD

 音だけの世界で描かれる金田一少年、もう何十回聴いたかわかりません。

●悪魔組曲殺人事件

 亡き音楽家の別荘へたまたま訪れる金田一。そこには音楽家の弟子たちが集い、遺作である『悪魔組曲』の楽譜を探す小競り合いをしていた。そして『悪魔組曲』の詞に見立てられるように連続殺人が発生する。
→「音ならではのミステリー」に挑戦した意欲作。ドラマCDという媒体を活かし、登場人物にも、謎解きにも、犯人の動機にも、全てに音や音楽が絡めてあるのがお見事。難易度もちょうどよく、ぜひヒントを「見つける」のではなく「聴き取る」ミステリーを楽しんでみてください。

■福場への影響

 ミステリーが大好きになった一因は間違いなくこの作品です。ここから色々な推理漫画・推理小説を読むようになり、自分でも書きたいと思って高校卒業直前に執筆したのが当サイトの図書室にも掲載した『図書室の悲惨』です。事件現場が学校で登場人物の多くが高校生という設定、みんなを集めての謎解き、最後に探偵が犯人に面会に行く場面などなど、今から思えば本作からのイメージをたくさん流用していました。
 また大学の音楽部でラジオドラマ『刑事カイカン・サウンドファイル』を作った時も、ただ推理小説を読み上げるのではなく音ならではの仕掛けにしたいと思ったのは、本作のドラマCDがあったからこそ。金田一少年は僕にとってミステリーを学んだ教科書でもあるわけです。

 ちなみにテレビドラマで初代金田一を演じたKinki Kidsの堂本剛さん、妹が大ファンで当時一緒にドラマを見てました。妹の結婚前のプレゼントに堂本剛さんが歌った主題歌『ひとりじゃない』を演奏して贈ったのも懐かしい思い出。

■好きなセリフ

 もちろん本作はフィクションです。トリックを用いた犯罪なんて現実にはないし、名探偵が推理だけで真実を解き明かすなんてことも現実にはありません。ただ現実の事件と共通していることがあるとすれば、犯人は孤独だということ。
 本作の犯人は抱えきれない悲しみや怒りを胸に秘め、独りぼっちで苦しんでいる人がほとんどです。思い詰めた結果、本当は自分を思ってくれている人の存在にも気付かず、思い込みや勘違いで殺人という手段を選んでしまう。もし誰かに相談できていたら、誰かが声を掛けていたら、もう一度だけ人を信じることができていたら、思いとどまれたんじゃないか? 幸せになれたんじゃないか? …そう思わされる犯人がたくさんいます。
 悲しい事件のニュースが連日のように流れる昨今、孤独の中にいる人たちがそれだけたくさんいるということ。青い詭弁かもしれませんが、全てを投げ出す前にもう一度だけ人を信じてほしい、誰かに相談してほしい、一人だけで悩まないでほしいと強く願っています。殺人事件なんてミステリーの中だけにしましょうよ。
 そんな思いを込めて、このセリフを選びました。

「どんな時でも最悪の道を避けられる選択肢は残されてると思うんだ」
 金田一一

令和4年9月3日  福場将太