思い出の音楽#8 『心を開いて』とZARD

 俳句の世界ではサザンが夏、ユーミンが秋、山下達郎さんが冬の季語になっているそうですが、歌手にはそれぞれのイメージに合った季節があります。今回は夏、それも清涼感のある爽やかな夏のイメージにぴったりなバンド・ZARDの『心を開いて』をcheck it out!

1.ZARDについて

 90年代は色々なバンドがヒットチャートを賑わせた時代。ZARDも元々は坂井泉水さんをボーカルとしたロックバンドの名前で、初期のアルバムには他のメンバーも表記されていましたがやがて坂井さんのソロプロジェクトへと移行していきました。それでもZARDという名称は継承され、楽曲もバンドサウンドが中心だったため、やはりZARDは「90年代を代表するバンド」という表現がしっくりきます。
 特に僕が高校生だった頃は世間で一台ブームを巻き起こしていて、新曲が発売される度にオリコントップを獲得といった状況でした。当時の僕は「流行曲なんて聴かないぜ」とちょっとひねくれてもいましたが、結局その魅力に負けてCDを購入、どっぷり夢中になってしまいました。

 ZARDの魅力は何でしょう。まずは何と言っても坂井泉水さんが可愛過ぎること。テレビにほとんど出演しないミステリアスな存在、CDのジャケットに写る綺麗で可憐なお姉さんは高校生男子をときめかせずにはいられませんでした。その透明感ある優しい歌声、どこかけなげでひたむきな歌い方は『負けないで』に代表される応援ソング、『揺れる想い』に代表されるサマーソングにピッタリ。そしてすっと入って思わず口ずさんでしまうキャッチなメロディも、ベタといえばベタなのですが、それが逆に誰でも親しめるZARDサウンドとして十分なオリジナリティになっています。

 ただ僕がZARDの一番の魅力、坂井さんの一番の能力だと想うのは作詞です。小難しい表現は用いず、何てことない素直な言葉で紡がれた歌詞がどうしてここまで心を打つのでしょう。坂井さんの作詞は情景を鮮やかに想起させ、心の片隅の小さな感情に共感させるのがとてもうまく、しかもそれがごく自然にというのが本当にすごいです。『きっと忘れない』『愛が見えない』『息もできない』といったZARDの曲はもちろん、他アーティストに提供した『瞳そらさないで』『君がいたから』『突然』などなど、ありふれたフレーズでも坂井さんにかかれば魔法の言葉。曲作りの真似事を開始していた当時の僕は、歌詞カードを何度も何度も読み返しながら、どうすれば坂井さんのように心に残る詞が書けるんだろうと随分研究したものです。
 ちなみに僕が思う一番作詞で可愛さが爆発している曲は『好きなように踊りたいの』と『Top secret』です。これは女性にしか書けない!

2.『心を開いて』について

 ZARDの楽曲で一番好きなのが『心を開いて』です。透明感のある歌声、けなげな歌い方、キャッチなメロディ、爽やかなアレンジ、そして素朴で素直な歌詞…ZARDの魅力の全てが結集している曲だと思います。特にすごいと思うのはやっぱり作詞。こんなにシンプルな言葉、少ない文字数で心を打てるなんて。90年代後半のJポップは早口で歌詞が長いヒット曲が増えてきていましたが、そんな中で発表された本作はZARDの全楽曲の中でもかなり歌詞が短い部類、にもかかわらず十分胸がいっぱいになるこの満足感。漫画やドラマでお馴染の「心を開いて」というフレーズに、これだけあたたかくて大きな意味を持たせられるなんて。

 心を開くってどういうことでしょうね。それはきっと心を解き放つという意味でもあり、開け放つという意味でもあり、自分の内面を打ち明けて相手を受け入れる…なかなか難しいことですが、迷っている時、ときめいている時、せめて好きな人に対しては心を開いてみたいもの。「それが誤解や錯覚でも 心を開いて」という歌詞がまた、坂井さんの優しさのようで勇気をくれるのです。

 プロモーションビデオで壁にもたれて歌う白いTシャツ姿の坂井さんの映像が、今も記憶に残っています。そのせいか僕にはこの曲は眩しい白色に見えます。夏の朝に窓から差し込む真っ白な日射しのイメージ。やっぱり夏にはスポーツ飲料とZARDのナンバーで爽やかさを感じたいですね!

3.演奏の思い出

 大学4年生の時に音楽部の夏ライブで『心を開いて』をやりました。改めて解析すると、確かに譜面としては複雑ではない、楽譜どおりに弾くだけなら一見初心者でもできそうな感じ。しかし誰もが知っているわかりやすい楽曲だからこそ、演奏を再現してお客さんに楽しんでもらうのはとても難しかったのを憶えています。学生が手を出してはいけない、あまりに恐れ多い挑戦でした。
 その後は特に人前でZARDの曲を演奏する機会はありませんでしたが、『Don’t you see!』や『君に逢いたくなったら…』などと並んで、今でもこの曲は趣味のギター弾き語りのレパートリー。できればピアノのイントロが印象的な曲なので、ピアノ弾き語りでもやれたらいいなと長年練習中です。

 そして心の医療の現場にいる時、ふとこの曲が胸の中で流れる瞬間があります。患者さんは今心を開いてくれているだろうか、自分は心を開くことができているだろうか。そんなことを考えながら、またこの曲を歌ってみたいと思います。

4.余談

 坂井さんの訃報が届いたのは僕が社会人になって少しした頃でした。ニュースを聞いてなんだか呆然となってしまい、帰りの通勤バスでもずっとぼんやりしていました。今や自分の年齢も坂井さんの享年を超え、改めてZARD末期の楽曲を聴くと当時の坂井さんの気持ちを色々考えてしまいます。
 未だにその人気は根強く、アニバーサリーイヤーにはZARDのベストアルバム、未発表曲や未発表フォトなどが発売されています。その度にまたテレビやネットのコマーシャルであの透明感のある歌声が流れてきます。
 今の世代にもZARDを知ってもらえるのは嬉しいことではあるのですが、ただ一方で僕のような当時からのファンはこのまま一生忘れることはないでしょうから、そろそろ坂井さんをゆっくり休ませてあげてほしいと想ったりもしています。

令和4年8月1日  福場将太