心の名作#17 藤子不二雄ランド

感情の成長に大きな影響を与えてくれた、そんな心の名作を研究するシリーズの17回目です。

■研究作品

今春、藤子不二雄A先生の訃報が届きました。テレビで先生の代表作が紹介され、懐かしさと寂しさが込み上げてきました。高校生の頃、藤子・F・不二雄先生が亡くなられた時にも大きな喪失感を憶えたのを思い出します。

ご存じのとおり『藤子不二雄』という筆名はもともとお二人の共同ペンネームで、かつてはこの名義でコミックスも刊行されていました。コンビ解消後はF先生とA先生それぞれのお名前で作品が発表されていましたが、思えば幼い頃からずっと僕は藤子作品に何度も笑いと感動をいただいてきました。改めて宣言しますが、僕はお二人の漫画が大好きです。そんなわけで今回は藤子作品との思い出を巡ってみたいと思います。みんなで愉快な大脱走だ!

■福場的研究

1.FFランド

僕が幼少期を過ごした1980年代は、藤子作品のアニメが本放送・再放送合わせると毎日のようにテレビで放映されていました。子供心にワクワクしながら週に何回も色とりどりの藤子アニメを楽しめたわけです。大晦日やお正月には『ドラはっぱーQ』というドラえもん・ハットリくん・パーマン・Qちゃんが集合する特番があったり、『藤子不二雄ワイド』という番組では、プロゴルファー猿・エスパー魔美・ウルトラBといった藤子アニメがまとめて放送されていました。なんと贅沢な時代でしょう。

2020年代においても色褪せない藤子アニメですが、原作漫画の多くは1960年代から70年代にかけて執筆されています。コミックスもいくつかの形態で発刊されていますが、僕が一番集めていたのが1980年代に刊行された『藤子不二雄ランド』というシリーズです。通常のコミックスより少しだけサイズが大きく、1ページ目にカラーのセル画が付属、表題作以外の藤子作品の情報も掲載、しかも巻末には1話だけ別の作品、例えば『ドラえもん』の単行本の最後に『チンプイ』や『ウルトラB』の新作が連載されているというおまけ付き。まさに楽しみがいっぱいの遊園地のようなシリーズでした。

2.F先生の作品の思い出

今までもこのコラムで何度も書いてきた『ドラえもん』についてはひとまず置いておき、その他のF先生の作品について触れてみます。

●パーマン

平凡な小学生の満夫が宇宙から来たバードマンにもらった変身セットを装着してスーパーヒーローになる物語。普段は小学生をしながら緊急時にはパーマンとして出動するという二重生活のコメディに笑い、時には危険を冒して悪と闘うスリルに少年心をくすぐられました。僕もおもちゃのパーマンセットで変身していましたが、あの格好をすると本当に力が6600倍になる気がしたものです。

印象に残っているエピソードは、満夫がどんなに苦労しても誰にも褒めてもらえないことに嫌気が差し、パーマンを辞めるとバードマンに宣言して出動を拒否するお話。最後の彼の行動、それに対するバードマンの言葉は胸が熱くなりました。またパーマン3号こと星野スミレとのほのかなロマンスも素敵で、『パーマン』の最終回を読んでから『ドラえもん』に登場する大人になった星野スミレの姿を見ると、ちゃんとつながっている描写があって驚きと共にせつなさが込み上げたものです。

そしてテレビアニメはOPもEDも主題歌がとてもキャッチで、やっぱりアニメのテーマソングはこうでなくっちゃと思わされます。「手と手、心と心、つないでみんなで飛ぼうよ」とか、「パーマンはそこにいる、君のクラスの一番後ろ」とか、作曲・編曲だけでなく作詞のセンスがズバ抜けていますね!

●T・Pぼん

平凡な中学生のぼんが、ひょんなことから歴史上の人物の救出を使命とするタイムパトロールの隊員になる物語。主人公が中学生ということで、お色気と残酷描写が少々アップしたF先生の新たな世界に引き込まれました。シリーズの前半と後半でヒロインが交代するのも珍しく、今なら前半のヒロインであるリーム・ストリームの魅力が当時よりもわかるような気がします。

タイムパトロールには厳しい掟があり、救ってよいのはあくまで助けても歴史に影響を与えない人物に限られています。太平洋戦争の空中戦の中で、どんどん撃墜されて失われていく命を見ながら、でもそれは救ってはいけないということにぼんが泣いてリームに抗議し、リームも泣きながら説き伏せる場面が強く印象に残っています。

F先生のご逝去で最終回が描かれず、リームの再登場がなかったのが本当に残念。一回だけスペシャルでアニメ化された時のビデオは今でも大切にしています。

●キテレツ大百科

発明好きの小学生のキテレツがご先祖様の遺した大百科を見ながら様々な発明品を作る物語。自分の家にもそんなご先祖様の宝はないかと、僕も押入れの奥や天井裏を探したものです。

忘れられないのが第1話の衝撃。ライト兄弟よりも早く、江戸時代に空を飛んだのにそのことで獄中に入れられてしまったご先祖様が遺した大百科。開いてみると何も書かれていない…と思いきや付属のメガネをかけたら字が浮き上がり、そこには数々の発明品が記されていた。あれを発見する場面のキテレツの表情に僕まで好奇心が止まりませんでした。

テレビアニメは長寿番組となり、日曜夜はちびまる子ちゃん→サザエさん→キテレツ大百科→ハウス名作劇場と楽しむのが定番コースでしたね。『お料理行進曲』や『スイミン不足』など楽しい主題歌が多かったですが、やっぱり僕は初代OPテーマの『お嫁さんになってあげないゾ!』が大好き。ちょっぴりおませだけど清純な女の子のイメージにこのボーカルの声質はピッタリだと思います。

●チンプイ

小学生の女の子が遠い星の王子様から求婚されちゃう物語。主人公のエリちゃんは同級生の内木くんのことが好きで、照れたりドキドキしたりする描写がとても新鮮でした。チンプイも使命としてはエリちゃんをマール星に連れて行かなくちゃいけないんだけど、友人としてはエリちゃんの恋を応援してしまうのが可愛い。

印象に残っているのは、流れ星の上に乗って「流れ星を内側から見たのは僕らが初めてだよ」みたいなことを内木くんが言う場面です。前述のように『藤子不二雄ランド』の巻末連載で楽しみにしていたのですが、これもF先生のご逝去で未完のまま。はたしてルルロフ殿下の正体は誰だったのか、そしてエリちゃんの恋の結末はどうなる予定だったのか…このまま一生気になってしまいそうです。

アニメのOPテーマは子供心に「竜宮城のプールサイド」という歌詞が大好きでした。

●エスパー魔美

エスパーに覚醒したお転婆女子中学生の魔美が頼もしい同級生の高畑くんと困っている人たちを助けていく物語。特徴的なのが主人公の父親が画家という設定で、他の藤子作品よりもパパが積極的にストーリーに絡んできます。芸術とは、作品とは、批評とは、モチーフとは…という漫画にも通じるF先生の創作への思いが滲み出ているように感じます。また魔美の人助けは本質的には超能力ではなく彼女の優しさに酔ってなされているという点も感慨深く、お節介なくらい他人のことを思いやる気持ち、現代社会においてはこれこそが一番の超能力のようにも思えます。

子供心に衝撃的だったのは、バイトで裸婦画のモデルになっている魔美がその絵を平然と高畑くんに見せちゃう場面。彼からすれば例え絵でも同級生の女子のヌードを見せられてはドギマギせずにはいられませんよね。ちなみにこの高畑くん、僕としては『姫ちゃんのリボン』に登場する小林大地に匹敵するかっこいい男なのですが…その研究はいずれまた。

アニメのEDテーマの冒頭、「前髪切り過ぎた土曜日の午後」という歌詞を、僕の従兄弟のお姉ちゃんはいつも「ダイコン切り過ぎた~」と替えて歌っていたのが面白かったです。きっとお姉ちゃんは当時魔美に憧れたりしてたんだろうなあ。

●ウメ星デンカ

惑星の爆発で王国を失った遠い星の王様一家が日本の一般家庭に居候する物語。洗濯物を乾すただのベランダをバルコニーと呼んで王様一家が町の人たちに挨拶する場面が本当にユーモラスでした。

好きなエピソードは王様の誕生日のお話。最初は皇族ということで庶民の暮らしに馴染めなかった王様一家も徐々に周囲から愛されていき、みんなが王様のために誕生日パーティをしてくれます。規模もプレゼントも惑星にいた頃とは比べ物にならないけど、それでも喜ぶ王様。王様もみんなの気持ちを汲み、みんなも王様の誇りを大切にして挙げたということが、子供心にとても優しく感じました。

残念ながらアニメは僕の住んでいた地域では放送がなく見たことがないのですが、どんな主題歌だったのでしょう。

3.A先生の作品の思い出

続いてはA先生の作品。画風としてはF先生よりも劇画タッチで、黒ベタや陰の描写を多用、最後の1コマが太い黒枠になっていたのも特徴。お色気シーンは少なく、むしろ男らしさや恐ろしさを感じることが多かった印象です。

●忍者ハットリくん

伊賀の忍者の末裔が街の小学生の男の子と友達になって一般家庭に居候する物語。友達なのに「ケンイチうじ」と呼んだり、天井に布団を貼りつけて眠ったり、赤い褌をしていたり、野球ではバットを刀、ボールを手裏剣のように扱ったり…と、現代に忍者がいたらこんなに楽しいんですね。当時はハットリくんの忍法のやり方を記した本なんかも出てて、「ニンともカンとも」なんて言いながら本気で練習していた子供はきっと僕だけではないはず。

原作で一番印象に残っているのは最終回。ハットリくんやライバルのケムマキの所へそれぞれの故郷から帰還の指示が届く。最後の朝、ハットリくんがケンイチくんに見せたハットリくんらしい別れ方に涙が出ました。また映画版もいくつかあって、雷の中でメカ武装した忍者と闘うハットリくんは本当にかっこよかった。そしてパーマンとの共演映画にはもう嬉しさが止まりませんでした。何度ビデオを見たことか。

アニメ主題歌は、「忍者ハットリカンゾウ、ただいま参上!」の掛け声から始まるOPテーマがあまりにも有名。サザンオールスターズの原由子さんがハットリくんに似ているとしょっちゅう桑田さんにからかわれ、ライブのメンバー紹介でこの曲が流れたりする一幕も。そしてアニメのEDテーマは逆に普通の少年が「そんな忍法使ってみたいな」とハットリくんにお願いする歌詞になっていて、テレビの前の子供たちはみんな同じ気持ちだったことでしょう。

●怪物くん

お屋敷に住む怪物ランドの王子様が小学生の男の子と友達になって騒動を巻き起こす物語。A先生の劇画タッチの恐い絵柄ととびっきりのギャグが見事にブレンドして、震えたり笑ったりしながらアニメを見ていました。

やっぱり印象的なのが怪物くんのお供、フランケン・ドラキュラ・オオカミ男の三人組。怪物くんに振り回されながらもなんやかんやで怪物くんに愛情を注いでいるのが微笑ましい。そして彼らのようなモンスターが日常生活に入り込むことで起るドタバタ劇はまさにA先生の世界。うどん屋でバイトすることになったオオカミ男が月見うどんで変身してしまう場面は大笑いでした。また映画版もドラえもんとの併映で公開されていて、当時はF先生とA先生、どちらの作品も楽しめる贅沢な構成となっていました。

アニメ主題歌はOPテーマも有名ですが、僕はやっぱりEDテーマが大好き。なんたってあの三人組が歌うんですから。それぞれの特徴を出しながら「俺たちゃ怪物三人組よ」「ぼっちゃんのためならエンヤコラ」と合唱、きっと声優さんたちはとっても楽しくレコーディングしたんだろうなと感じさせる名曲です。

●プロゴルファー猿

木を削って作ったドライバー一本だけを持った少年が強敵とゴルフで対決していく物語。紳士的なイメージのあるゴルフに、野性的な少年を主人公にしているところが見事です。

内容としてはちょっと子供には難しい印象があり、ミスターエックスの存在などは怖かったです。ただやっぱり主人公・猿のゴルフ技がかっこよく、一番人気は「旗包」、旗にボールを当ててそのままストーンとホールに落とす。旗がない闘いでは鳥が旗を持って飛び、そこを狙って撃つというエピソードが印象に残っています。

そしてアニメ主題歌はOPテーマがめちゃくちゃかっこいい。吹きすさぶ風と雷の音の後に「わいは猿や、プロゴルファー猿や!」という叫び、そして始まる力強い歌声。当時はゴルフ用語がわからなくて歌詞が聴き取れませんでしたが、それでも真似して歌っていました。「夢を勝ち取ろう」、とっても勇気が湧く曲です。

●ウルトラB

宇宙からやってきた超能力を持った赤ちゃんUBと彼と暮らす少年ミチオの物語。まずは赤ん坊がサングラスをかけているというデザインが鮮烈。さすがに恐かったのか、途中でサングラスの種類が変わりましたね。言葉は話せなくても超能力で大活躍、守られるはずの存在にみんなが助けられる、でもやっぱり守ってあげなきゃいけない赤ちゃんというバランスが微笑ましいです。

好きなエピソードは、空に浮かんで昼寝するUBをミチオがスケッチしたら、まるでマグリットの絵のようだと美術の先生から褒められてしまうお話。そして劇場版では敵の赤ちゃんBBがブラックホールから襲来。当時は3D映画と銘打たれ、映画館で配られた右と左でレンズの色が違うメガネをかけてみんなで観賞したものです。原作最終回でまたBBが現れた時には戦慄しました。

アニメのOPテーマはまさに喋らないUBに合わせて「ビビビビバビブ、ビバビバビ」と赤ちゃん言葉で口ずさむ珍曲。当時のアニメスタッフは本当にセンスがいい!

●マネーハンターフータくん

いくつかのシリーズがあるようですが、僕が読んでいたのはお金を貯めたフータくんが日本一周の旅をする物語。毎回最初の1コマで今回はどの都道府県を巡っているのか、これまで巡った都道府県はどこなのかが示され、なんだかフータくんと一緒に旅をしている気分になれました。友人のテツカブがドアップで叫ぶ「プワー!」というギャグが大好きで、よく友達相手に真似していたものです。

エピソードとしては、日本一周を終えたフータくんが出発した時と同じ駅の同じ場所で同じポーズをして記念写真を撮影する話が好きでした。フータくんの感無量が伝わってくる気がして、いつか自分も旅をする時には真似したいなと憧れました。

●まんが道

後の藤子不二雄になる二人の青年を描いた実話に基づく青春物語。これはもう藤子ファン、トキワ荘ファンにはたまらない作品ですね。当時の世相、お二人が出会って漫画家を志し、上京してデビューしてからもまた苦難があって…というのがとてもリアルに、そしてコミカルに描かれています。

印象的なのはお二人が初めて手塚治虫先生の『新・宝島』の連載を見て衝撃を受ける場面、そして後に実際に手塚先生に会いに行く場面です。お二人にとって手塚先生が本当に神様のような存在だったことがわかります。また初めてお寿司屋さんに行って調子に乗って注文していたらお金が尽きてしまうエピソードも、苦笑いしながらもほっこりさせられました。貧しくても夢があって、失敗したら一緒に落ち込んでくれる相棒がいて、同じ夢を目指す仲間たちがいて…こんな青春、素敵ですよね。

4.共同の作品の思い出

コンビ解消後はどちらかお一人の名義になっている藤子作品ですが、未だに連盟で二人の共著とされているのがこれです。

●オバケのQ太朗

ドジなオバケのQちゃんが小学生の男の子と友達になって騒動を巻き起こす物語。何といっても怖いイメージのオバケという素材に、大食い・犬嫌い・おっちょこちょいなどの可愛い設定を与えて愛されるキャラクターにしてしまったのが見事です。しかも「Q太朗」という不思議な名前、「Q」の字が霊魂に見えるというのもミソですね。何度もアニメ化され、世間におばQブームを巻き起こした藤子ギャグ漫画の決定版! 小学校時代、ちょっと悪ぶった同級生が図画の授業でQちゃんの絵を描いていたのがなんだか可愛かったです。

好きなエピソードは潮干狩りに行って、階を見つけられないQちゃんのためにみんながこっそり甘栗を蒔いてあげるお話。帰宅してからみんなの貝と一緒に料理してとねだるQちゃんに家族が困るというオチも面白かったです。

アニメ主題歌は「クエスチョン、クエスチョン」と連呼するOPテーマが軽快で大好き。「大人になんかならないよ」という歌詞が子供心にずっと残りました。自分はいつか大人にならなくちゃいけない、けどQちゃんはならない。そんなことをどこかせつなく考えたものです。

5.感情を育ててくれた先生

そんなわけでざっと振り返ってみた藤子作品。実際に目で漫画やアニメを見たのは遠い昔なので記憶に間違いがあったらごめんなさい。でも何十年経っても印象的な場面、そして印象的な主題歌は色褪せずに心に残っているものなんだなと、これを書きながら改めて感じました。

藤子作品、特に子供向けに書かれた作品はどれも僕らの日常に近い所に遭って、ほのぼのさせたりワクワクさせたり、時にはゾッとさせたりハラハラさせたりしながら、けして押しつけがましくなく、大人になるために大切な感情をたくさん教えてくれたように思います。幼少時代、少年時代にたくさん藤子漫画、藤子アニメに触れられたことを心から幸福に思います。

藤子不二雄先生、たくさんの夢を本当にありがとうございました。天国のトキワ荘でまた仲間が集まってワイワイ話しておられるのでしょうか。子供たちがちゃんと日常の中で喜怒哀楽を学べる世界を、そして未来に夢を描ける世界を、守っていけたらと思います。

令和4年7月1日 福場将