心の名作#16 TITANIC (どうしてキャルはクソ野郎になったのか?)

 友人とああだこうだと熱く議論ができる、そんな心の名作を研究するシリーズの16回目です。

■研究作品

 タイタニック号の沈没からこの4月で110年。この歴史的海難事故はこれまでにも多くの書籍やテレビ番組で取り上げられ、題材にした小説や映画も多数製作されてきました。それくらいこの悲劇の豪華客船には人々を惹きつける魅力、あるいは魔力のようなものがあるのでしょう。特に1997年に公開されたジェームズ・キャメロン監督の映画は世界的大ヒットとなり、映画史に残る名作として今も多くのファンに愛されています。
 今回はこの映画『TITANIC』を研究。ただ絞殺やトリビアを語った記事はネット上にすでにたくさんあるので、ここではテーマを一つに絞って書いてみようと思います。You jump,I jump!

■研究テーマ

 どうしてキャルはクソ野郎になったのか?

■ストーリー

 1996年、探査チームは海底に沈むタイタニック号から1等客室の金庫を引き上げた。中に入っていたのは一枚の裸婦画、そこに記された日付は沈没事故の前日であり、モデルの女性の胸には探査チームが探し求める宝石・ハートオブオーシャンが光っていた。テレビで公開したところ一人の老婦人から絵のモデルは自分だという連絡が入る。その名はローズ、探査船を訪れた彼女はゆっくりと84年前の記憶を語り始める。当時17歳のローズが目にした沈みゆく船の上の人々の姿とは? そして彼女を救った青年ジャック・ドーソンとは?

■福場的研究

1.研究動機

 そもそものきっかけは東京で物理学者をやっている僕の友人。理系はもちろん文系分野にまで幅広い知識を持つ彼だが、唯一流行のエンターテイメントについては疎い。そんな彼が2021年のある日電話でこう言った…「最近やっとDVDで映画『TITANIC』を見たけど、一つ気になることがある」と。
 今頃見たのかよ! …というツッコミはさておき、工学部出身の彼はタイタニック号について世間の流行に関係なくすでに何冊もの書籍を読んでいた。だから彼が気になったことというのは、実際の設計図と映画の船が違うとか、物理的にこれはありえないとかそういう話かと思ったのだが、聞いてみるとそうではなかった。彼は言う、「どうしてキャルはここまでクソ野郎になったんだ。キャルのクソ野郎ぶりだけが浮いている」と。キャルとは本作の主要登場人物であるキャルドン・ホックリーの愛称。友人のこの指摘から今回の研究テーマは決まったのである。

2.登場人物たちについて

 本作は貧しい絵描きのジャック、裕福だが窮屈な人生を強いられているローズ、そしてそんな彼女の婚約者であるキャルを中心に物語が展開する。上流階級の生活を守るために不本意な結婚をさせられるローズは絶望して船から身投げしようとするが、偶然その姿を見かけたジャックに説得されその命を救われる。二人はお互いに惹かれ合いながらも身分の差がそれを許さず、キャルも当然ジャックを疎ましく思う。そしてそんな人間関係の中であの沈没の夜が来てしまうのだ。

 この三人は架空のキャラクターであり、人物像についての説明描写もたくさんある。一方でそれ以外の登場人物については極端に説明が少ないのが本作の特徴。沈みゆく船の上で各人様々な振る舞いを見せているが、そもそもどんな生き方をしてきたどんな人たちなのかは詳しく説明されていない。にもかかわらず視聴者が彼らに感情移入できるのは、本作が史実であり、多くの登場人物が実在の人間だからというのが大きい。キャメロン監督は長年の調査を重ね、船の構造や雰囲気はもちろん、沈没時の人々の様子を可能な限り忠実に再現した。最期まで演奏を続けた楽団、一人操舵室へ入った船長、救命ボートに乗るのを断わった老夫婦、正装してブランデーを飲む紳士といった有名なものから、画面に少し写るだけの人々の様子まで、当時の記録や生存者の目撃証言に基づいている。だから作中での掘り下げは少なくても、視聴者は予備知識も踏まえて人物像を補えているのである。

 その意味では架空の人物であるキャルについては予備知識もないし、実際の目撃証言もないので彼の言動のリアリティは薄まる。僕が友人にそう伝えると、友人が不満なのはどうもそういうことでもないらしい。彼は言う、「キャルをクソ野郎にしてしまったせいで、ローズを巡るジャックとの対決が浅い物になってしまった。もしキャルが一本筋の通った信念を持った人物として描かれていれば、この対決はもっと奥深いものになっただろう」。
 なるほど。ブラック・ジャックとドクター・キリコのように、あるいは『天空の城ラピュタ』のシータとムスカのように、異なるがそれなりに説得力のある新年の対決を友人は見たがっているのだ。それではここで本作で対決する二人の男を検証しよう。魅力とともに苦言も書くが研究のためなのでどうかご了承いただきたい。

3.ジャック 「人生は贈り物」

 3等の乗客である彼が1等客室のディナーに招かれた場面、ローズの母親から「そんな根無し草のような生き方で満足なのか」と問われてジャックは「満足ですよ」と涼しく笑ってみせる。家も家族もない彼は行く先々で生活費を稼ぎながら好きな絵を描いてその日暮らしをしている。「毎日何が起こるかわからないから楽しい。人生は贈り物、どんなカードが配られても大切にしたい」という彼の生き方はまさに自由を体現していて、不自由な生き方をしているローズから輝いて見えるのもよくわかる。すぐに友達ができる社交性、いざという時に頼りになる度胸と行動力、豊富な人生経験と毎日を楽しむ知恵、おまけに若くてハンサムときたらそりゃあ恋せずにはいられないだろう。それくらいジャック・ドーソンという青年は魅力的である。

 だがあえて難点を挙げてみよう。自由に生きる…聞こえは良いが、それは彼が健康な若者だからこそ成立している。今回は運良くポーカーでチケットを手に入れてタイタニック号に乗れたが、頻繁にそんな幸運はないし、「何が起こるかわからないから楽しい」と言ったって、実際には何も起こらない日の方が圧倒的に多いだろう。もし病気になってしまったらお金もない彼は満足な治療も受けられない、そうなると好きな絵も続けられなくなる。将来ローズと結ばれて子供が生まれたとしても、今のジャックの生き方で家族を守れるかというと疑問がある。
 また彼は乗船させてもらうためにちゃんと衛生検査は受けたと嘘を言ったり、同じ理由で友人のファブリッチオをアメリカ人だと偽ったり、人様のコートを盗んだり、人様の車に侵入してそこで行為に及んだり、と自分の都合のためならルール違反もいとわない面がある。見方によっては周囲の迷惑も気にせずはしゃいでいるチャラい大学生のようにも見えてしまうのである。

4.キャル 「運は自分で掴むものだ」

 対するこちらは鉄鋼王の息子であり、経営者としての手腕を振るい政治経済にも通じている。親の期待に応えて成功し、ローズに安泰で恵まれた生活を保証している。彼女が着飾れるのも好きな絵が買えるのもキャルがお金を出してくれるおかげだ。
 ディナーの席で彼は言う、「運は自分で掴むものだ」。今は大富豪の彼だが代々名家というわけではない。争いの果てに栄光を掴み上流階級の仲間入りを果たした成り上がり者、だからこそ今の地位は努力で勝ち取ったという自負があり、人生は贈り物だから与えられた運に感謝するというジャックとは真逆の人生観を持っている。

 難点も挙げてみよう。上流階級の相手に対しては気品と礼節を忘れない彼だが、身分の低い相手に対しては見下して不遜な対応をする。その穏やかな物腰も偽善の真心、感謝や愛情の表現も金品であり、宝石を与えることでローズに自分の愛を示そうとする。
 普段はローズをほったらかしにしているくせに彼女がジャックと仲良くすると激しく憤慨し、怒鳴ってついには手を挙げる。その怒りにはもちろん婚約者の不貞を許さないという気持ちもあるだろうが、相手が身分の低い、キャルからすれば闘う努力をせずにいい加減に生きている男だからというプライドの問題が大きいと感じる。

5.ジャック vs キャル

 こう考えると、二人の人格や信念はそれぞれの生き方で培われているのがわかる。貧しいからこそ言葉や態度で人への感謝や愛情を示せる自由人のジャック、敵と闘って財を築いたからこそ心からの感謝や愛情がわからない社会人のキャル。そしてジャックやローズよりも年上のキャルだからこそ現実の厳しさを知っている。「スケッチブックが一冊あればいい」というジャックに対し、「世の中は金が者を言う」というキャルの考えはけして悪ではなく至極真っ当な意見である。
 本来はこの対比だけでも二人は十分闘うことができた。ジャックの生き方には自由がある、夢もある、しかし確かな保証が何もなく極めて不安定。逆にキャルの生き方には自由は少ないが展望があり安心がある、いざという時に家族を守れる力がある。運に感謝できる少年と運を勝ち取ろうとする大人、さあこれでローズはどちらを選ぶのか? …という物語でも成立する。むしろ三角関係のドラマとしてはこちらの方が見ごたえがある。

 ではここで三人の対比が描かれている僕が一番好きなシーンを紹介。沈みゆくタイタニック号の甲板、ジャックはローズだけを救命ボートに乗せようとするが彼女は応じない。すると二人を見かけたキャルもやってきて凍えるローズに自分のコートを掛けてやる。「僕は運が良いから必ず助かる」というジャックの言葉だけでは動かなかったローズは、「ジャックと僕の乗るボートの席は確保した」というキャルの言葉も加わってようやくボートに乗る。金の力で全てを手に入れてきたキャルの言葉、もしかしたら運任せのジャックの言葉よりも説得力があったのかもしれない。
 海面へと下ろされて行くボートのローズを見下ろしながら、キャルはジャックに確保しているボートの席は自分の分だけであることを告げる。そしてこう続ける…「僕は絶対勝つ、どんな手を使っても」。
 ここはまさに二人の生き方の対比による名対決だ。贈り物の運に感謝する男は死に、汚い方法でも力で運を掴み取る男が生き残る。そしてローズのことも手に入れる。これでキャルの完全勝利…かに思われたが、ローズが船に戻ってきてジャックと抱き合うことで形勢逆転、キャルのプライドが完全に破壊される決着となった。

 もしここでキャルが愛し合う二人の姿に胸を撃たれ、自分の敗北を認めてニヒルに笑い、背中を向けて去っていけばきっと彼の人気は急上昇しただろう。ジャックのかっこいいライバルとしての地位を確立したに違いない。
 しかし実際にはここからキャルのクソ野郎化は急速に進行していく。これまでも嫌味を言ったり怒鳴ったり手を上げたりはあった。褒められたことではないが、まあ婚約者を寝取られたのだからまだ理解でき許容できた。しかしこれ以降は、突然悪魔の表情を浮かべたかと思うと拳銃をぶっ放して二人を殺そうとしたり、ローズに着せたコートに宝石を入れたままだったと嘆いたり、金が通用しなくなると見知らぬ迷子を利用して嘘をついて救命ボートに乗ったり、挙句にはキリスト教圏ではタブーとされる自殺に手を染めたりと、クソ野郎街道まっしぐらである。
 これではジャックとの対比も、信念どうこう以前にキャルの人間性に問題があることになってしまい、ローズがジャックを選んだのも、とんでもないクソ亭主だから逃げたかったという単純な構図に見えてしまう。
 しかしそうではないはず。ローズはけしてそんな理由でジャックを選んだわけではない。ではここで本作のヒロインについて検証しよう。

6.ローズ 「真実に理屈はないのよ」

 17歳の彼女は自分の人生に絶望していた。血統は名家でも財産がないローズの実家、逆に財産はあるが成り上がりで家柄のないキャルの実家。両者の利害が一致しての政略結婚であり、彼女はそのための生け贄。ただし本人も作中で言っているように、傍目にはとても恵まれた縁談、明日の食べ物もままならない人たちからすればうらやまれる話である。裕福だからといって幸福ではない、自分の意思で自由に生きたい、そう考える彼女の感性の方が当時の一般常識としては異質だったのかもしれない。
 ローズはピカソの絵について語るシーンでこう言った、「真実に理屈はないのよ」と。そんな彼女だからこそ、後のシーンでジャックに「あなたについて行く、理屈も何もない、だから信じられる」と告げた言葉に説得力が出る。彼女がジャックを選んだのはけしてクソ野郎との結婚に悩んでいる時に渡りに舟で彼が現れたからではない。かといって何か計画性や保証があるからでもない。ただ理屈もなく心が選んでいるから。通常は否定の根拠になる「理屈がない」ということが、彼女にとっては逆に決め手になっているところにローズという女性の個性がよく表れている。

 彼女は食事の席でフロイトの心理学を引用してわざと卑猥な発言をしてみせた。娼婦のような裸婦画を描いてほしいとジャックに願った。美しい服を着ていても、愛していない男に抱かれている自分はけして綺麗ではない、そんな思いがあったのかもしれない。ジャックと結ばれる時も彼女はどこか達観したせつない目をしていた。キャルのように運を掴み取る力もなく、ジャックのように運に委ねる勇気もなく、ただ流されるしかなかった人生を泳いできた彼女は、男たちよりも一番大人だったのかもしれない。

7.キャルがクソ野郎になった理由

 ではいよいよ本題。キャルをクソ野郎にせざるを得なかった理由とは?
 一番の理由はジャックを見劣りさせないためだ。ジャックのやっていることは人様の婚約者に手を出すという不道徳な行為。これを正当化するためには、ただジャックがローズに惹かれ田からということだけではなく、ローズをキャルという極悪非道な人間から救出するという名目が必要だった。キャルが品行方正で紳士的な人物だった場合、どんな理由があっても間男のジャックが汚らわしく見え、キャルに同情票が集まってしまうだろう。ジャックという男をヒーローにするためには、キャルには文句なしの悪者になってもらうしかなかったのだ。

 そしてもう一つ理由を考えるなら、ラブストーリーを単純明快にするためというのもあったのだろう。本作は恋愛映画であると同時にタイタニック号の悲劇を描いたドキュメンタリー映画でもある。前述したようにキャメロン監督はものすごい労力をかけて当時の状況を再現している。ラブストーリーの方が複雑となりそちらだけに視聴者の意識と興味が奪われてしまうとドキュメンタリー要素が霞んでしまう。船が倒壊するシーンの時には視聴者にはキャルのことなんて綺麗さっぱり忘れていてもらった方がよいのだ。
 そう考えると本作のラブストーリーは三角関係の人間ドラマというより、悪い悪魔から勇者がお姫様を助け出すおとぎ話に近い。それを沈没するタイタニック号というドキュメンタリーの中で描いた映画だったのである。

 だからキャルにジャックの好敵手になってもらってはまずかった。かといってダースベイダーのように人気が高まる名悪役になってもらっても困る。詰まる所とことんクソ野郎になってもらうしかなかったのである。ああキャルよ、なんと哀れな。
 僕の友人が求めたような「ジャックとキャルが信念で対決するTITANIC」も見て見たい気はするけれど、まあ世界的大ヒットをしたことを思えば本作はやっぱりこの形が正解だったのだろう。

8.残された疑問

 逆に僕の方から友人に「このシーンは必要か?」と尋ねた箇所が一つだけある。発砲するキャルに追われてジャックとローズが再び船の下のフロアへ逃げた後、どんどん浸水してくる海水に追い詰められる場面。鉄柵のゲートが開かなくて二人が叫んでいると、たまたま通りかかった船員が鍵を開けようとしてくれるが、その鍵を落としてしまう。船員はその場を逃げ去り、ジャックが海水の中でなんとか鍵を拾って錠を開けギリギリで脱出するわけだが…。

 確かに『インディ・ジョーンズ』や『ダイ・ハード』のようなアクション映画として捉えれば非常にスペクタクルな名シーンだと思う。しかしここまでの物語の流れで見るとどうだろう。ローズは一度は周囲の助けで救命ボートに乗れたのにジャックと離れたくなくてまた船に戻ってきた。命懸けの覚悟で戻ってきたのに今度は鉄柵のゲートを叩きながら「誰か助けて!」と叫ぶのはいかがなものか。せっかく周囲が助かる道を準備してくれたのにそれを断わったのは本人である。そこでたまたま船員が通りかかるのもあまりにもご都合主義だし、さらにせっかく立ち止まって鍵を開けようとしてくれている船員に対してジャックが「何やってんだ、まだか、早くしろ!」と怒鳴るのもどうだろう。ここは謙虚に「大変な時にご迷惑かけてごめんなさい、ありがとうございます」と言ってほしい。

 本作の二人の愛は美しいが、多くの人を不幸にする不倫の愛。一歩間違えれば自分勝手な二人に見えてしまう。そうならないように、それこそキャルをクソ野郎にしてまで純愛路線を演出してきたはず。なのにこのシーンはどうもその二人の自分勝手さばかりが強調されてしまった気がして、浮いているように僕は感じるのである。

■研究結果

 なんだか今回の研究コラムは文句ばかり書いてしまったが、こんなふうに一つの作品をああだこうだと友人と論じるのは楽しい。そして論じるのに十分な魅力を持った名作であるからこそそれが楽しめるのだ。
 初めて映画館で観た時から、この3時間を超える映画はちっとも長いとは感じず、今も僕の心を掴んで離さない。本作前半のきらびやかな船内の様子、そして後半の恐ろしくて悲しい沈没の情景は今もまぶたの裏に焼き付いている。毎年4月になるとついDVDをまたプレイヤーに入れてしまうことからしても、僕はこの映画が大好きなのだ。
 現実世界においてはもうタイタニック号の生存者は全員逝去され、本作のように直接当事者から話を聞くことはできない時代になった。映画が公開された1997年は、過去と現在をつなぐことができるギリギリのタイミングだったと言える。そして僕たち人間は語り部として、時代をつないでいるのだということを改めて感じる。

 今回色々と検証したが、キャルがクソ野郎ではなかったとしても、やっぱりこの二人の対決はジャックの勝だったと僕は思う。船が沈んだ後、海面で戸板に捕まって凍えながら助けを待つシーンでジャックがローズに語った言葉。「人生は贈り物、生きることをけしてあきらめるな」…かっこつけではなく彼が本当にそう思って生きてきたんだということが伝わってきた。人生は勝ち負けじゃない、でもけして人生を投げ出さない。ジャックのこの信念をローズは愛して彼を選んだのである。

■福場への影響

 これは余談。このサイトの図書室のコーナーに連載した『Medical Wars』という小説、医者になる気もないのに医学部に来てしまった青年を描いた物語だったが、実はそのイメージの原点がこの映画だったりする。
 別に『TITANIC』には医者も医学生も出てこない。ただ僕自身が医学部に入った時にこの映画のディナーのシーンを連想したのだ。なんだか豪勢で高尚な雰囲気、余裕があって自信がある人たちがたくさん、でもどこか魅力がなくて窮屈な世界、そしてそこに自分という異分子が紛れ込んでしまった居心地の悪さ。まるで無理矢理オシャレをして参加しているジャックのような気がした。そして留年したくなくて進級試験の時にあさましい争いをする医学生の姿は、数の限られた救命ボートを奪い合う悲しい人々の姿にオーバーラップした。

 まあもちろんジャックのようなかっこよさは自分にはなかったし、実際にはつまらないと感じた医学部の人たちもみんながクソ野郎ではなかった。むしろ親の期待に応えるかどうかで葛藤したり、たくさんのしがらみの中でも自由を生み出そうと奮闘したり、そんな魅力的な人たちがたくさんいたのは小説でも描いたとおりである。
 『Medical Wars』の主人公の名前が同村(ドーソン)だったのも、嫌な役で北里(ホックリー)が出てきたのもそんな当時の感慨の名残。だからどうしても僕はキャルを嫌いになれないのである。

■好きなセリフ

「a promise kept」
 映画のラストで老いたローズが目を閉じた後、幻の中でジャックと再会し結ばれるシーン。ここに一切セリフはないが、DVDのチャプター名がこの「a promise kept」…約束は守られた、という言葉。ローズはちゃんと生きた、つらい時もあきらめず笑って人生を全うした。愛する人の手を離してちゃんと幸せになるのが愛する人との約束だったから。
 あまりに素敵である。う~ん、やっぱりキャルの出る幕はないなあ。

令和4年4月15日  福場将太