流浪の研究第六楽章 学力アップ vs 視力ダウン

生きる場所を求めて放浪していた時代を振り返るシリーズの6回目。今回はいよいよ迫ってきた二度目の国家試験への対策について書いてみたい。

前回までのあらすじ:
持病の網膜色素変性症と向き合うために決行した新潟への小旅行、落胆の帰り道で子供の頃から好きだったドラえもん映画の思い出が蘇り、僕はもう一度国家試験受験を決意するのだった。

1.勉学

そんなわけで趣味の創作活動はしばし休止し勉学に集中。予備校の講義もちゃんと受け、自習室も積極的に利用した。ようやくスイッチが入ったというのか、勉強すればするほど昨年自分がいかに勉強をしていなかったのかを実感した。
勉強の手法も変わった。例えば模擬試験、これまでは受験後は帰宅してすぐにベッドに倒れていたが、なんとかベッドの引力に抗って勉強机に着席、その日のうちに復習する習慣にした。これによってまだ問題が記憶に残っているうちに振り返りができ、今までは一週間以上かかっていた作業がその日のうちに終わるようになった。また単純に知識や理解が深まれば試験問題が解けるわけでもないこともわかった。これはいかに音楽の知識と演奏技術があっても経験がなければいいライブができないのと同じ、過去問をやってちゃんと試験を『解き慣れる』ことが大切だった。

思えばこんなに勉強したのは小学6年の中学受験の時以来ではなかろうか。ただあの時と大きく異なるのは目の状態。低下した視力、狭まった視野で、いかに正確かつ迅速に試験を解き終われるかというのが課題だった。
まずやったのはマークシートを塗る練習。国家試験は完全マークシートなので、塗り間違えたら全ておしまい。段がずれないように、枠からはみ出さないように、目が疲れてきたら虫眼鏡も駆使して塗る練習に勤しんだ。
また問題文の見落としをしないための練習もした。特に文章の最後の最後に「2つ選べ」と書いてあるのを読み落としたら絶対に正解できない。答えの数をチェックして印を付けるのを癖にした。
そして最も苦労したのが時間配分の練習。医師国家試験は一つの試験ではなく、いくつかの試験に分かれている。それを三日間で行なうのだが、中には1時間足らずの試験もあれば、2時間40分かかる試験もある。2時間40分の試験は長文問題なのだが、ゆっくり読んでいたらすぐに時間が足りなくなってしまう。かといって自分の視力では速読にも限界があり、読むのに時間がかかる分、考える時間を短縮しなければならなかった。どれくらい考え、わからなかったらどれくらいであきらめて次に進むか、時計とにらめっこしながらなんとか時間内で全問解き終われるようになったのは、本当に国家試験本番の直前だったように思う。

そんなわけで、僕の受験戦争は他の受験生との戦いではなく、アップする学力とダウンする視力とのせめぎ合いだった。

2.休息

とはいえ勉強ばっかりやってたら息が詰まる、12月には少しだけ息抜きの予定を入れた。
一つはドリームライブへの出演、これが最後という思いで参加した。この時はとあるデパートの屋上ステージでの演奏だったのだが、あまりの寒さで風邪を引きそうだった。しかし受験生に風邪は大敵、たまたま持参していたカシミアのマフラーのおかげで僕は難を逃れることができた。この経験から冬場にはカシミアのマフラーを必携する習慣は今も続いていたりする。

そして息抜きのもう一つは大学の音楽部の冬ライブを見に行くこと。冬ライブは医学部4年生の引退ライブでもあり、この4年生というのが僕がハウプト(主将)を務めた時の1年生、もう彼らが幹部学年となって引退するということが感慨深かった。
OBとはいえ浪人中の身の上、部活に顔を出すことはなるべく控えていたのだが、どうしてもこのライブだけは見たくて足を運んだ。それぞれバンマスとなってバンドを率いる姿、後輩たちに花を贈られ祝われている姿に胸が熱くなった。さり気なく昔一緒に作った曲を入場のBGMに使っていてくれたりしてそれも嬉しかった。

打ち上げで久しぶりに部活の仲間たちと語らいながら、やっぱり国家試験を頑張ろうと密かに誓った。お世話になった先輩、慕ってくれた後輩、みんなの仲間でいるためにはそれは乗り越えなくちゃいけない壁だと思った。将来みんなと同じように働くことはできないかもしれないけど、それでもみんなが活躍する業界の片隅にはせめていたいなんて思ってしまった。

やっぱり自分は小心者だ。本当のアウトローになんてなれやしない。みんなからパワーをもらって、僕は受験勉強にラストスパートをかけることができたのである。

3.下見

そして年が明ける。そろそろやっておかねばならなかったのは試験会場の下見。先日の新潟旅行の時のように道に迷っては大変だ。多少のトラブルが起きてもちゃんとたどり着けるように、時刻表を見ながら実際に何度か現地まで行って練習をした。

これでよし。あとは人事を尽くして天命を待つのみ。そんなふうに思っていた1月下旬、僕はある一点について完全に目測を見誤っていたが、まだそのことに気付いていなかった。最大のピンチは国家試験当日に待ち受けていたのである。

4.研究結果

受験生はよく学び、ちょこっと遊べ。みんなの仲までいるために、これはきっと楽しい試練。

令和4年1月6日  福場将太