思い出の音楽#6 『涙のキッス』とサザンオールスターズ

昔の曲は全て懐メロというわけではありません。何十年経っても輝き続ける曲はいつまでも懐メロにならないのです。今回はそんな色褪せない楽曲を世に放ち続ける日本一のロックバンド・サザンオールスターズの『涙のキッス』をcheck it out!

1.サザンオールスターズについて

おそらく日本人でサザンの音楽を聴いたことがないという人はまずいないでしょう。その楽曲は、熱狂のロックナンバーから軽快なポップス、心打たれるバラードから踊りたくなるお祭りソング、時には挑戦的な前衛音楽からきわどいエロナンバーまでとても幅広く、耳の肥えた音楽ファンをうならせるほど凝ったことをしている一方で、誰でも楽しめる親しみやすさを保っています。時代の中で常に変化し続けながらも、茅ヶ崎や江ノ島といった夏のご当地風味も損なわない。そして全ての楽曲にどんな時代でも変わらないLove & Peaceの魂が込められているのです。

この名実共に国民的人気を誇るバンドと僕が出会ったのは中学生の頃。当時は嘉門達夫さんのラジオにどっぷりはまっており、土曜の夜はちょうど桑田佳祐さんの番組の次が嘉門さんの番組でした。しかも両者はもともと同じ事務所だったということもあって、時々双方からお互いの話題が語られることもありました。
それで少しずつサザンに興味を持ち始めていたまさにそのタイミングで、商店街のレコード店に『happy』という3枚組ベストアルバムが数個だけ並んでいるのを見つけたのです。田舎だったせいか、限定生産のはずのこのCDが予約なしで買える状態。今を逃したらもう入手できないかもしれない、そう思った僕は買い物の予定を変更してこれを購入しました。
それからは何百回聴いたかわかりません。初めて触れるサザンの音楽はどれもワクワクが止まりませんでした。そのうち自分でも弾いてみたくなって『happy』のギターブックを購入。当時はギターを始めたばかりの頃でもあり、これは人生で一番練習した楽譜本、気付けば手垢でページが真っ黒になっていました。
だんだんベストアルバムだけでは物足りなくなって、過去のアルバムやシングルも収集。親父が買ってくれた野外ライブ『ホタル・カリフォルニア』のビデオも擦り切れるほど何度も何度も見ました。

今や三世代・四世代に渡ってファンがいるサザンです。きっと出会った時期によって抱くイメージも異なるでしょう。70年代から知っているうちの母親などは、テレビ初登場で『勝手にシンドバッド』を大騒ぎしながら演奏する姿が衝撃的だったそうです。80年代から知っている人は、紅白歌合戦での『チャコの海岸物語』のパフォーマンスを憶えているかもしれませんね。そして『真夏の果実』や『エロティカ・セブン』などの数々のヒット曲を放った90年代、デビュー15年を超えて大御所としての風格も出てきたこの頃に僕はサザンと出会ったわけです。
『happy』発売後のサザンは『あなただけを』、『愛の言霊』と更なる大ヒットを連発。毎回斬新な刺激をくれるサザンの新曲が待ち遠しくてたまりませんでした。
すっかりサザンファンになった僕は、高校1年の文化祭のバンドで恐れ多くも『いとしのエリー』に挑戦。友人宅に集まってCDとライブビデオを何度も巻き戻しながら演奏を研究しました。

2000年にはあの『TSUNAMI』が発売され空前の大ヒット。その後もサザンの楽曲を追い続け、大学や職場でサザンファンと出会う度に嬉しかったです。活動休止発表の時はびっくりしましたが、30周年ライブで桑田さんが「伝説にはしません」と宣言しておられたとおりちゃんと五年後に復活してくれ、妹と『おいしい葡萄の旅』ツアーを札幌ドームで観たのも良い思い出です。初めて肌で感じたサザンのサウンドは力強くてあたたかくて、一曲終わるごとに「ありがとう!」とファンへの感謝を叫ぶステージは本当に愛に溢れていました。
40周年ツアーもDVDで観賞しましたが、還暦過ぎても衰えないどころか加速していくパワフルさに圧倒。特にこれまで腰痛で何度もライブを休んでおられたパーカッションの毛ガニさんがこのツアーでは元気全開で演奏しておられたのが嬉しかったです。

そんなサザンオールスターズ、これからも応援し続けていくぜ馬鹿野郎!

2.『涙のキッス』について

大好きな曲があり過ぎてこの研究コラムにどれを選ぶか迷いましたが、やっぱり一番すごさを感じた『涙のキッス』について書かせていただきます。
1992年発表、言わずと知れた大ヒットシングルで、ベストアルバム『happy』では2枚目の1曲目。まずは曲が始まった瞬間に目の前に広がるあたたかくてせつない雰囲気がたまりません。中学生当時は音楽の知識がまるでなく、一体何をどうやって演奏したらこんな雰囲気が出せるんだろうと魔法の様に感じていました。年齢を重ねながらじっくり聴くと、どの楽器が主役ということもなく、さり気なくそれぞれの役割を果たすことで全体として一つの空気を生み出しているんだなあと納得。それはまるで小さな桜の花びらが集まって大きなピンク色の景色を生み出すような、ああ音楽とはこんな表現もできるんだと感銘を受けました。そんなわけで僕にはこの曲、ピンク色に近い淡い赤色に見えています。

編曲の素晴らしさもさることながら、本作は桑田さんのソングライティングのセンスもピカイチ。「僕」や「俺」といった一人称を一切使っていない歌詞は別れ際の男女の姿を生々しくもどこか断片的に描写します。「見つめる素振りをしてみても」、「きっと明日の夢は見ない」、「ふられたつもりで生きていくには」などの桑田節も炸裂。そして「もう一度」の後で「もう一度だけでも」というリフレイン。歌詞を読むだけでも胸がキュンとしてしまいます。
さらにメロディはシンプルでありながらあまりにも美しく秀逸で、この詞にはこの曲しかない、この曲にはこの詞しかない、という完璧なまでのはまり具合です。

使用されているコードを紐解いてみると、そんなに複雑なコードは多くない、むしろギター初心者が最初に覚える基本コードが大半。僕が一番驚かされたのはこの事実です。名曲は難しいコードで作られていると勝手に思い込んでいたので、シンプルなコードでこれだけいい曲が作れるということに目からウロコ、真の料理人はありふれた食材でご馳走を作れるんだと感じました。
もちろん桑田さんは音楽の理論についても滅茶苦茶詳しい。この曲にも僕の想像なんて遠く及ばない綿密な計算と設計図があるはず。そしてサザンの楽曲が時を越えて愛され続けるのは、労力を惜しまず丁寧に丁寧に作り込まれているから。
そんなすごいことをやっているのにそのことは語らず、ただ音楽だけをそっとプレゼントしてファンに感謝する。このスタンス、かっこ良過ぎだぜこの野郎!

3.演奏の思い出

中学の頃から何度も練習しているはずなのに、いつまで経っても完成できないのが『涙のキッス』です。ちょっとは上手になったかなと思ってCDやDVDで本物を確認すると足元にも及んでいない。サザンがさり気なくいかに高度なことをやっているかを思い知らされます。
特に難しいのがリズムと歌い回しで、あのあたたかい雰囲気を出すためにギターをどんなリズムで鳴らせばいいのか未だに模索中。そして歌については、これはもう桑田さんしか再現できないんじゃないかというくらい巧みで繊細な喉の技術がいくつも使われていて、音符にするとシンプルでも、いざ歌うとなると味を出すのがこんなに難しい曲はありません。

そんなわけで、大好きなのに未だに人前で演奏した経験はない本作。当面は趣味の弾き語りの時に選曲しながら、1ミリでも上達できるように一生かけて励みたいと思います。みなさんもこの名曲を改めてご堪能ください。

4.余談

先月、テレビで桑田さんが最近主題歌を担当した映画の出演俳優さんと話しておられたのですが、「そう言ってもらえて曲も幸せですよ」とおっしゃっていたのがとてもジーンときました。この謙虚なスタンス、生み出した楽曲を我が子のように思う優しさ。やっぱり桑田さんは誰よりも音楽を愛し、音楽からも愛された人。サザンと同じ時代に生きていることを心より幸せに思います。

令和3年10月1日  福場将太