心の名作#13 王様のレストラン

噛めば噛むほどどんどん味わい深くなる、そんなおいしい料理のような心の名作を研究するシリーズの13回目です。

研究作品

料理をテーマにしたテレビドラマはたくさんあります。食事をしながら見ていると、一緒にご馳走を食べているような優雅な気持ちを味わえるものです。
しかし今回研究する作品は、そんな料理の魅力だけに留まらず、働く喜び、そしてプロフェッショナルの誇りをも呼び起こしてくれます。見ると元気が出てきてまた仕事を頑張りたくなる、そんな奇跡のドラマ『王様のレストラン』。この研究は最低ではあるが、素晴らしい!

ストーリー

あるフレンチレストランのオーナーシェフが息を引き取る。彼は愛人に産ませた子である原田という青年に店を託すが、青年が訪れてみると、かつては栄華を誇ったその店も今は客足が遠のき、従業員たちもいい加減に働いている状態であった。原田は亡き父の親友だった伝説のギャルソン・千石に協力を求める。断わろうとした彼であったが、シェフの秘められた才能に微かな可能性を見いだす。こうして新オーナーとなった原田、ギャルソンとして復活した千石、二人を中心にレストラン立て直しの日々が始まるのだが…。

福場的研究

1.シチュエイションドラマの傑作

まず特殊なのは、テレビドラマでありながら全話を通して店の中だけで物語が起承転結するということ。しかしそこでくり広げられるのは、時にはクスッと、時にはお腹を抱えて笑ってしまう極上のコメディであり、思わずホロリと、思わずジーンときてしまう奥深い人情話であり、限定空間での群像劇としては金字塔ではないでしょうか。映像的な開放感の乏しさも、逆に店内の空気をそのまま視聴者に伝えてくれており、まるで舞台劇のような生命感と臨場感に溢れています。さらに「それはまた、別の話」というフレーズでお馴染みのあたたかい声のナレーション、胸躍る秀逸なBGMも合わさって、おいしいディナーを楽しんでいるようなリラックスを心にもたらしてくれるドラマです。

…とまあ、本作の魅力はもうたくさんの方がご存じで、各所でも書かれていますから、ここでは働くことについて考えるドラマとして研究してみます。

2.職場の問題

僕がかろうじて知っているのが医療の業界なので、どうしてもそれを基準に考えてしまうのですが、当然ながら医学生時代に学ぶのは医学だけで、病院の運営学や職員の指導学、楽しい職場の作り方なんて講義はありません。しかし実際に現場に出ると、組織の問題や人の問題、そしてお金の問題は無視できないことであり、それについて意見を求められても何のノウハウもなかった僕は、随分会議であたふたしていました。正直社会人になって十五年経つ今でも苦手です。

本作でもレストランは当初様々な問題を抱えていました。火の車の経営、スタッフの技術とモチベーションの不足、人間関係の確執、そしてお客さんをもてなすという基本理念も見失っているのに、そんな仕事のやり方が当たり前としてまかり通っている雰囲気。そんな場所に新参者の原田くんと千石さんが飛び込んだわけですから、もちろん現場からは反発が起こります。一流の店を目指してスタッフに正しい働き方を指導しても高まるのは不満ばかり。こんな悩み、きっと多くの方が共感できますよね。
医療の業界も日進月歩で、過去のエビデンスからよりよい方法を見い出していく以上、古い方式が新しい方式に否定されるのは宿命です。精神科医療もそうやってかつてとは全く違う価値観・全く違うやり方にたどり着いた歴史があります。しかし、「昔は間違っていた」と後から歴史を振り返ってコメントするのは簡単ですが、実際に変革の渦中に立ち合うスタッフの苦悩は尋常ではありません。確かに最前線から見たら遅れた方法かもしれない、最新の研究からすれば間違った考え方かもしれない。それでもその職場には長年その方法でやってきた歴史があり、それに時間や労力を費やしてきたスタッフの人生があったのです。「君たちのやり方は時代遅れだ、おかしいんだ」といきなり言われたって、簡単に承伏できるものではないのが当然でしょう。昨今のコロナ情勢におけるテレワーク導入についても、会社や世代によっては渋った人もいたと聞きますが、もちろん変化に対するしなやかさは必要ですが、昔のやり方を守りたいという気持ちもけしておかしくはないのです。

本作においては少しずつスタッフに一体感が生まれ、自分の仕事にプロとしての意識が芽生え、よい仕事をすることの喜びをみんなが感じていきます。果たしてそれをもたらしたものは何だったのか…。そんな目に見えない大切なものが描かれているドラマなのです。

3.それでもみんなで

もちろん職場には綺麗ごとだけでは乗り越えられない問題も数多くあります。ヘッドハンティングされるスタッフ、過ちを犯すスタッフ、能力が及ばず足を引っ張ってしまうスタッフ…。店のことを考えれば、時には情を捨てて人を切る決断をしなければならないこともある。本作でも店が軌道に乗り始めた後半の物語においてはこういったテーマが多く扱われ、ついには同志だった原田くんと千石さんが対立してしまいます。スタッフを守ろうとする原田くんに千石さんは言います、「これはサークル活動ではない、私たちはプロです」と。確かに甘い仲間意識だけじゃ技術は向上しない。でも仲間意識もないと組織はバラバラになってしまう。

…本当に難しいですね。僕も学生時代、所属していた音楽部のやり方について随分意見を闘わせたことがありました。運動部には大会での好成績という具体的な目標がありますが、音楽部にはそれがない。「良いライブをする」といっても、何をもって良いライブと呼ぶのかがまた人それぞれ。
ある年は部員の音楽技術の向上を目指しました。経験者も初心者も、時間に余裕がある人もない人も、みんな平等な音楽部員として技術の向上を目指す。そのスパルタな練習に対して「楽しくない」と去っていく部員もいましたが、逆にそこを乗り越えた部員はこれまで以上に音楽の面白さを実感し、数年後の未来にまでライブのクオリティを底上げしました。
またある年は部員の調和を重んじ、技術の差があっても誰もおいてけぼりにせず、みんなで一緒にライブをすることを優先しました。誰も欠けなかったというのは喜ばしいことですが、その分音楽の面白さの追求という点では後退させてしまいました。

千石さんは「料理というものは持って生まれた才能が大きく作用する」と言いましたが、音楽もやはり上達スピードや呑み込みのよさには個人差が大きく、一生懸命やっていても足を引っ張ってしまうメンバーが出るのはどうしても必然です。
職場でもそうですよね。優秀なスタッフもいればそうではないスタッフもいる。みんなが技術を上達させようというムードになるとそうではないスタッフが孤立するし、みんながだらけたムードだと逆に意識の高いスタッフが孤立する。だからといって優秀で意識の高いスタッフばかりを集めればうまくいくかというとそうでもない。
そして音楽のバンドが一人では成立しないように、多くの仕事も一人では成立しない。千石さんもレストランの知識と経験はナンバーワン、それでも一人じゃレストランはできない。医者だって、いくら免許があったって、スタッフの助けがなくちゃ治療はできない。思い上がるとついそのことを忘れそうにもなりますが、僕は幸い目が見えなくなったおかげで、助けてもらわないと働けないことを毎日実感しています。情けない時もありますが、やっぱり忘れてはいけないことだと思います。

本作に登場するレストランの名前はフランス語で『良き友』の意味。ここには理想の職場の1つの答えが示されているのかもしれません。天才もいれば凡人もいる、古い考え方の人もいれば新しい考え方の人もいる、意識の高い人もいればいい加減な人もいる。
それでもみんなで働こう!

福場への影響

社会人になって数年、医療以外の問題で頭を悩ませるのが嫌になって、医者なんだから治療だけさせてくれと思ってしまった時期が僕にもありました。医療費のことで論じてくる事務員さんや、治療より患者さんの生活のことばかり相談して来る福祉士さんに対して、腹を立ててしまっていました。でもそれは僕があまりに彼女たちの仕事について無知だから生じた怒りでした。
本作のDVDのコメンタリーで千石役の松本幸四郎さんがとてもよいことをおっしゃっていて、「総合芸術とはただ様々なジャンルの専門家が集まっているという意味ではなく、お互いがお互いの仕事を理解し合っていること」という言葉が胸に突き刺さりました。ダンサーは踊りだけでなく音楽についても知識がなくてはならない、役者は演技だけでなく部隊の大道具についても知って居なければならない。

精神科医療も同じ。プライドがあるのは、譲れない流儀があるのは医者だけじゃない。スタッフとゆっくり面談をしてみたら、どんな時でも不正な請求はしたくないという事務員さんの情熱や、医者や看護師と争っても患者さんの側に立って支援するという福祉士さんの信念を知ることができました。もちろん僕にだって僕なりの思いがある。大切なのはまずお互いを知ることですね。その上で譲ったり譲られたり、相手を立てたりこちらが立ててもらったりしながら、スタッフみんなでやっていくことが、結果として患者さんにとっての最善にも繋がると今は思っています。

好きなエピソード

二人が店に来て一ヶ月が経過した頃、千石があまりに細かく指導してくることに対してついに従業員たちがストライキを起こす。「そんなに口うるさく言われてもできないものはできない」、「千石さんが来て店の雰囲気が悪くなった。前はみんなもっと伸び伸び働いていた」、「千石さんが態度を改めない限りこれ以上協力はできない」と。しかし折れるわけにいかない幹部側は、従業員に頼らず自分たちだけで店を開けようとするのだが…。

→ 実は学生の頃は一番面白くないと感じていた第4話。確かにもっと大笑いする話や感動する話は他にもある。でも社会人になって改めて観賞するととても心に沁みる物語です。
どんな職場でもきっとあるでしょう、現場と幹部の対立。お互い立場と意地があってなかなか譲れない。本作で示されたその解決法とは…まあ詳細は見ていただくしかないのですが、やっぱり大切なのはお互いを知ること、その上でお互いに一歩歩み寄る姿勢、権利を主張することと我儘をごっちゃにしないこと、現場は自分の存在価値を放棄してはならず、幹部は現場に存在価値を作ってあげなくてはならないこと。そして何より…みんなで働けることの幸福を忘れないことでしょう。
人は人に悩まされながらも、人に救われて生きています。もちろん病院の成功はレストランとは違って、患者さんの数や経営状態で測るものではありませんが、少しでもよいサービスを追求するという点は同じ。
また気持ちが滅入ったり働く喜びを見失った時は、本作にヒントと元気をもらいたいと思います。

好きなセリフ

「人は料理の前では平等でございます」
千石武

令和3年7月2日  福場将太