心の名作#11 11人いる!

たった一度見ただけなのにずっと記憶に残り続けている、そんな心の名作を研究するシリーズの11回目です。

■研究作品

数字の中でも11は魅力的だと思いませんか?10を単位にすると1つ余る、1ダースの12を単位にすると1つ足りない。ベスト10には入らないけどそれ以降の数字のナンバー1、でも素数でどこか孤高の存在。
そんな11という数字が昔から好きな僕ですが、11と聞くと思い出す、名作SF漫画『11人いる!』を新年一発目に研究してみましょう。僕の直感は狂わない!

■ストーリー

時は未来、宇宙共存の時代。二年半に一度行なわれる宇宙大学の入学試験には、様々な惑星から受験生が集まっていた。難関の一次・二次試験を突破し、いよいよ行なわれる最終試験の内容は、10人が1グループとなって宇宙船の中で53日間の共同生活を送ることだった。地球人の末裔である青年・タダもその一人。さっそく宇宙船に乗り込んだが、試験開始直後に恐るべき事態が発覚する。10人しかいないはずのグループに11人いるのだ。疑惑が交錯する中で発生するいくつもの緊急事態。はたして11人目の目的は?そしてそれは誰なのか?彼らは無事に合格できるのか?

■福場的研究

1.疑惑の11人目

自分たちの中に犯人がいるのかもしれない…という疑惑はミステリーでもお馴染みですが、本作ではそれを『10人のグループに11人いる』という不気味な数字の不一致で表現しているのが素晴らしい。一人ずつはけして疑わしい存在ではない、でも確実に一人多いという事実が何とも言えない疑心暗鬼を演出しています。『11人目』という名称がまた秀逸で、登場人物たちのセリフでも「お前が11人目か?」、「僕は11人目じゃない」のように度々口にされますが、『犯人』や『潜入者』という呼び名よりも奇妙でなおかつスタイリッシュです。

冒頭にも書きましたが、11という数字は二桁最初の素数であり、10人が11人になることで一気に割り切れない不安定さを帯びるのが不思議です。登場人物たちは意見が割れた時には多数決で方針を決めていきますが、11人になったせいで必ずどちらかに傾きます。
本作が今も名作として語られる大きな由縁は、11という数字をキーナンバーにしたことでしょう。『11人いる!』、このタイトルはあまりにも衝撃的です。

2.青春群像劇

本作の特徴的な設定は、数々の異星人や科学技術が登場するSFでありながら、登場人物たちがやっているのは大学受験であるということ。主人公のタダの夢はパイロットになることですが、他にも自分の惑星の医療を発展させたい、若くして王位を継いだ者として腕試しがしたいなど、受験生はみんなそれぞれの夢と情熱を抱いています。しかもここにいるのは一次・二次試験の難関を突破した者ばかり。だからどれだけ合格したいのか、そのためにどれだけ努力してきたのかをお互いにわかっている。本来なら力を合わせてこの最終試験を乗り切りたい、なのに人数が一人多い…このもどかしさの中で、疑心暗鬼と仲間意識が絶妙に波打ちます。
怪我人や伝染病が発生する中、時には互いを信じ、時には互いを疑い、友情や恋愛感情、憎悪や欺瞞を育みながら、最終的に彼らがたどり着く心はいかなるものか…本作はそんな青春物語でもあるのです。

3.未来の倫理観

本作のヒロインであるフロル、彼女は他の作品に類を見ない魅力を放っています。便宜上彼女と呼称しましたが、実はフロルは女ではないのです。かといって男でもない。フロルの星は一夫多妻制で幼少時はみんな雌雄同体、基本は第一子しか男になることを許可されない、しかし宇宙大学に合格すれば例外的に認められる。そう、男になることがフロルの夢だったのです。「結婚式の姉上たちは綺麗だったけど、成人式の兄上が一番素敵だった」と男への憧れを語り、自分の容姿へのコンプレックスに悩む彼女は、誰もがジェンダーに困惑や倒錯を覚える思春期の甘酸っぱさを彷彿とさせます。
見た目はロングヘアーの美女なのに、本人は女扱いされることが大嫌いで言動も粗暴なはねっ返りのフロル。タダとの関係も、友情の用で恋愛のようで、そこがなんとも微笑ましい。男女に囚われず二人の間に育っていく感情が、とてもあたたかく感じました。

そしてフロルの魅力に加え、驚かされるのが作中の倫理観。本作が執筆された頃は、まだ今のようにジェンダーの多様性に対する認識がなく、むしろ男らしく女らしくなんて価値観が日本では当たり前だったと思います。
しかし作中の時代は様々な異星人が交流する未来ということもあって、登場人物たちはお互いの文化を認め合う心を持っており、フロルのことも誰も異形の存在としては扱いません。科学の進歩だけではなく、文化やジェンダーの多様性を寛容する倫理観の進歩も描かれているのです。
実際に精神科における性自認や性嗜好に関する病名は、社会が寛容すれば病気でなくなるものも少なくなく、倫理観の変化によって診断基準も改訂されています。本当に宇宙旅行ができる時代には、ジェンダーによる生きにくさは過去の問題となっているかもしれませんね。作者の先見、想像力には脱帽です。

■福場への影響

1.偶然の出会いと再会

実は本作、小学校5年生、つまり奇しくも11歳の時に学習塾でアニメ映画を見たのが出会いです。確か夏休みだったと思うのですが、先生が授業で使うプロジェクターで見せてくれました。おそらく生徒の息抜きをしてくれたのでしょう。みんなでああだこうだと雑談しながら見たのですが、普段のテレビアニメと異なるその鮮烈な映像と物語が強く印象に残りました。ただそこは小学生、面白かったとは思いつつも、作品名はすぐに忘れてしまっていました。

それが高校生の時、本屋でたまたま見かけた表紙。当時は名作漫画が文庫本で復刻するのがブームになっており、主人公タダの顔と『11人いる!』のタイトルを見た時に膝が震えました。小学校の時に見たあのアニメ映画はこれだったんだと確信。さっそく購入して一読しました。原作が少女コミックだったこと、単行本一冊にも満たない中編作品だったこと、続編もあったことなどを僕はそこで初めて知ったのです。

2.一度だけの記憶

それから二十年。ネットのDVDレンタルサイトを検索している時のこと。ふと思い出して『11人いる!』のタイトルを入力してみました。するとあるじゃないですか。迷わず注文して観賞すると、紛れもなく11歳の時に見たあのアニメ映画。残念ながら僕の目はもう見えなくなっていましたが、その音声に触発されて懐かしいシーンや登場人物たちの姿がどんどん頭に蘇ったのです。

不思議なものですね。たった一度、それもけして真剣に見たわけでもない作品だったのにこんなに記憶に残っているなんて。いつか視力が回復しない限り、僕がこのアニメ映画を目で観賞することができたのは人生で一回きりなわけですが、これからも心に残り続けていくのでしょう。

■好きな場面

11人目だと疑われ、フロルに連行されてみんなの所へ向かうタダ。隙をついて彼女の銃を奪いフロルに向けるが、醜態をさらすくらいなら死にたい、殺せと彼女は言いかえす。そんな彼女にタダは詫びて銃を返すのだった。
→二人の関係がよく表れているやりとりだと思います。タダはフロルを女として愛し始めている、でもフロルは男らしくありたいと願っている、そんな彼女の気持ちを汲んでタダは自分から折れる。なんともいじらしいじゃないですか。太田裕美さんの名曲『君と歩いた青春』の最後のフレーズが聴こえてきそうです。

■好きなセリフ

「11人目はどんな夢や未来を抱いているのか。そして誰なんだ」
タダ・トス・レーン

令和3年1月11日