思い出の音楽#3 『夏の幻』とGARNET CROW

さらに続きましては、今年デビュー20周年を迎えられたクリエイター集団・GARNET CROW(ガーネット・クロウ)の『夏の幻』をcheck it out!

1.GARNET CROWについて

出会いは2000年、今でも毎週楽しみにしているアニメ『名探偵コナン』のオープニングテーマに彼らのデビュー曲が流れた時です。その独特な歌声とサウンドが気になっていたのですが、間もなくして今度はエンディングテーマに『夏の幻』が起用され、それを聴いた瞬間に心臓を撃ち抜かれました。迷わず僕はファーストアルバムを購入、その後解散まで追い続け、今でも通勤途中のイヤフォンからは彼らの楽曲がヘビーローテーションしている状態です。

何がそんなに好きなのかというと、まずはとにかくボーカルが魅力的。魅力的過ぎるといっても過言ではありません。僕が男だからか、なかなか女性の歌声を聴いて独自性を感じることが少ないのですが、彼女のボーカルには久しぶりに衝撃を受けました。声質、発声、そして音域とどれもが特徴的で、それは強さと儚さ、大人と幼さ、かっこよさと可愛さ、勇ましさと慎ましさを併せ持ち、まるで聖歌のような清廉な神秘性も帯びているのです。声帯は神様から一人に一つだけ与えられる楽器ですが、これはまさしく唯一無二。しかも本人は黒髪ポニーテールのクールビューティ、でもライブでは星の形のタンバリンを叩きながらチャーミング全開で歌う。ずるい、はっきり言ってずるい。惹き付けられずにはいられない…中村由利さんとはそんなボーカリストなのです。

さらに彼らの魅力は楽曲のクオリティの高さ。一曲一曲がとても丁寧に仕上げられているのですが、それが実現されている要因として、理想の分業を行なっていることも大きな特徴です。彼らは自分たちで楽曲を製作し自分たちで演奏する、つまりクリエイターとしてもプレイヤーとしても分業しています。
まずは中村由利さん、ライブではボーカルとしてフロントマンを務める彼女は、楽曲製作では作曲を担当。同様にピアニストのAZUKI七さんが作詞を担当、キーボーディストでバンマスの古井弘人さんが編曲を担当、そしてギタリストの岡本仁さんはライブでもレコーディングでもギター演奏に専念しています。
この役割分担は、全ての楽曲に一貫されていて例外なし。彼らはライブでも必ず「ボーカルと作曲の中村です」のように楽曲製作の担当も含めてメンバー紹介をします。言葉を伝えるボーカリストが作曲担当で、旋律を奏でるピアニストが作詞担当という分担も個性的ですが、彼らのすごさはそれだけではありません。

特筆すべきは、メンバー全員実は自分だけで作詞・作曲までできる人たちであるということ。GARNET CROWではギタリストに徹している岡本さんも、それ以外の活動ではボーカルも作詞も作曲も編曲もこなす。そのように全員多才な技術を持ちながら、ここではけして領分を越えず、それぞれ自分の担当の中で最高の仕事をする…そうやって生み出すのがGARNET CROWの音楽だと決められているのです。冒頭にも呼称しましたが、彼らがバンドやユニットではなく『クリエイター集団』と称される由縁はここにあります。
2013年6月のラストライブのメッセージが、「私たちは解散しますけれども、楽曲は生きています。これからも、私たちの作り上げてきた作品をどうぞ大切に聴いてください」だったのも、とても彼ららしいと思いました。

形式美が好きな僕は、役割分担の徹底という点でも、GARNET CROWがとても素敵に感じるのです。もう新曲が聴けないのは残念でもありますが、これまでの楽曲たちはまだまだ何十回、何百回聴いても味わえる、それくらい作り込まれているので物足りなさは全くありません。これからも一生かけて、じっくり一曲ずつ聴き込ませていただきたいと思っております。

2.『夏の幻』について

彼らのサウンドは、アコースティックとデジタルの融合が大きな持ち味。この曲もまずはフォークギターのカッティングから始まります。そして郷愁を思わせる秋風のようなイントロメロディが流れ、ノスタルジーを漂わせた…かと思いきや、今度は打ち込みのドラムが軽快に登場、そして少年のような中性的なニュアンスを持った歌が始まる。優しくポップなメロディに乗せられる歌詞は、日常を切り取っていながらも主人公と相手の具体的な関係は明示されず、曲の終わりには夏の終わりの風景と幸福な日々への懐古、そしてほのかな寂寥感が込み上げてくるのです。

…なんて、理屈っぽく書いてしまいましたが、この曲は理由はわからないけど不思議と心に沁みるというのが正直なところ。踊りたくなるような明るい曲でもあり、泣きたくなるようなせつない曲でもあり、歌声・メロディ・歌詞・編曲・演奏と、全てがバランスよく調和して結実した、まさに理想の分業が生み出した楽曲だと思います。『夏の幻』というタイトルも秀逸で、非常に字面がよい。文芸好きとしては、これだけでゾクゾクしてしまいます。

世の中に夏の名曲はたくさんありますが、僕にとってはやっぱりこの曲は外せない。ラストライブのDVDで、この曲が始まった時は、もう懐かしさと嬉しさでたまりませんでした。歌詞の一節をお借りして言うなら、不安定で無防備なあの頃を忘れずにいたいものです。

3.演奏の思い出

2001年、大学の音楽部に所属していた僕は、まだ発表されて間もなかったこの曲をぜひやりたいと仲間たちを説得、無事採用となりました。おそらくそんなはずはないのですが、当時日本一早くこの曲に目をつけてコピーしたぜと勝手に思っていました。

ただ実際に演奏しようとすると、GARNET CROWの驚異をさらに痛感。バンドスコアはなかったので耳でコピーするしかないわけで、音を取ってみるとそのコード進行がすご過ぎました。メロディはすぐに口ずさめそうなくらいにキャッチなのに、イントロ、Aメロ、Bメロ、サビ、間奏と全てキーが違う。いわゆる転調が頻繁に用いられており、これ自体はそう珍しい手法ではないのですが、その転調の仕方が僕の常識では有り得ませんでした。
中学時代にビートルズを聴いて、ある程度は慣れているつもりでしたが、『夏の幻』は人生二度目の衝撃的なコードチェンジだったのです。このキーとこのキーが繋がるはずがない、このコードからこのコードに飛ぶのはおかしい…と、当時音楽かじりの若造だった僕は、仲間とかなりこの曲について議論と検証を重ねたものです。

理論では繋がってないはずなのに、でも実際に聴いてみると繋がっているし、中村さんはそれでスムーズに歌っている。これはこれであり、むしろこれだからこそ『夏の幻』は魅力を放っていたのです。正直コードを憶えるので精一杯な学生レベルでは難儀な曲ですが、全員がスタジオミュージシャンレベルの演奏技術を持つGARNET CROWにとってはきっと余裕、むしろ彼らだからこそこんな曲もやれちゃうという、その点でも彼ららしい一曲だったのでした。
なんとか形にして演奏しましたが、音楽部の夏ライブということもあって全員浴衣姿での『夏の幻』。大変失礼致しました。僕にとっては、初めてのギター独り立ちをさせてもらったバンドでもあり、ギター担当が自分しかいない状態で一体どの音を演奏するべきか、当時何十回もCDを聴きながら、ああでもないこうでもないと試行錯誤したのはよい思い出です。
実はこの曲、GARNET CROWのライブではバンドサウンドを強調した別バージョンで演奏されており、今から思えばそっちをコピーした方がよかった気もしますが、自分にとって技術面でも理論面でも幅を広げてくれたのは間違いありません。

それからしばらくはこの曲を演奏することから遠ざかっていましたが、数年前にインフルエンザで自宅療養になった時、あまりに退屈な中、ふと思いついて久しぶりにこの曲のコードを解析してみました。そこから僕の弾き語りレパートリーに加わり、ようやくこの難解な曲を体に馴染ませることができたようです。少しは上手になったかな?

4.余談

分業は徹底しているが、自分の担当ではない業務もお互いに理解している…これは医療の世界でもとても大切なこと。医師だから診断と治療のことしかわからない、看護師だから看護のことしかわからない、精神保健福祉士だから福祉のことしかわからない…これではチーム医療はうまくいきません。
特に精神科はチーム分裂を起こしやすいことで有名ですが、その大きな原因がお互いの仕事を知らないことにあります。お互いの信念や役割を学び合い、お互いを尊重し合い、その上で自分は自分の領分で全力を尽くす…そんなふうに働けたら理想ではないでしょうか。

そしてもっと大きな視点で言えば、医学だけの人間にもなりたくないと思います。それ以外のことにも興味を持ち本気で追求する…そのことは精神科医の仕事にも深まりを与えてくれるはず。なんて、都合の良い口実かもしれませんが、僕はやっぱり音楽や執筆への情熱も捨てられそうにありません。

令和2年12月2日  福場将太