思い出の音楽#1 『あの素晴らしい愛をもう一度』と鈴木彩子

音楽が大好きです。これほど生涯を通して好きな気持ちが続いているものは他にありません。研究室の新たなジャンルとして、思い出の曲とアーティストを紹介するコーナーを始めてみたいと思います。すでにやっている『心の名作』シリーズでもよい気がしますが、こちらでは音楽に特化して、分析よりも思い出を中心に書いてみたいと思います。まず年内は、2020年がアニバーサリーの方々を。

それではさっそくいきましょう。第一回は、今年デビュー30周年を迎えられた鈴木彩子さんの『あの素晴らしい愛をもう一度』をcheck it out!

1.鈴木彩子さんについて

中学1年生の時、クラスで話題になっていたFMラジオ『爆裂スーパーファンタジー』。番組の中で嘉門達夫さんと一緒にパーソナリティを務めておられたのが彩子さんでした。

おっとり話したり、テンポがずれて笑ったり、ラジオでは少々天然なお姉さんといった感じでしたが、CDのジャケットを見れば超絶美人。そしてステージに立てばカリスマロックシンガー。熱いバンドサウンドをバックに、長髪を振り乱しながらいかつい声で叫ぶように歌う、しかも訴えているのは愛の存在、矛盾した社会、汚れた大人たちといった純粋過ぎるメッセージ。折れそうな細い身体の一体どこにそんなエネルギーが隠されているのか、と驚かされるまさに命懸けのライブをされていました。

その魅力にすぐにファンになった僕は、当時発売されたばかりだったアルバム『BORO BORO』を購入。若い女性のCDを買う、というだけで当時随分恥ずかしがっていた記憶があります。思えばこれが自分のお小遣いで買った人生最初のCDでした。同じくファンになった友人と広島アステールプラザにライブも見に行きましたが、これも人生初のロックコンサートで、音の大きさに驚いたものです。

高校時代も引き続き応援していましたが、本当に彩子さんは才能と美貌に恵まれながらも、いじらしいくらい不器用で不安定な人で、真実の歌が歌いたいからとやがて大手レコード会社を離れます。その後は所属事務所が立ち上げたレコード会社からCDを出していましたが、突然の交通事故で活動休止。奇跡の復活を遂げるも、今度はメジャーシーンを引退しインディーズで活動を始めます。当時東京にいた僕は、このメジャー引退のライブを見に行きましたが、冒頭のメッセージが「もうあの人たちに頭を下げるのが嫌になってしまいました」だったことは今でも衝撃です。

そんな彩子さん、現在はSAICO名義で活動しておられます。最近はどうしてるのかな、と時々公式ホームページをチェックしていたのですが、今年デビュー30周年のベストアルバムをリリースするとのこと。メジャー時代からインディーズ時代までレーベルの枠を越えた自由な選曲になっていて、さっそく購入しました。

改めて聴いても、やっぱりこの人は熱い。青くて無鉄砲な危なっかしいメッセージだけど、魂で歌っている。たくさんの若者が心を鷲掴みにされたのもわかる。社会性を指導する仕事をしている僕はもう随分汚れてしまったけれど、彼女からもらった情熱、夢に手を伸ばす勇気、間違いに屈さない意地は忘れずにいたいと思います。そして、体に気を付けて、いつまでも歌い続けてほしいと思います。

2.『あの素晴らしい愛をもう一度』について

ロックサウンドを主軸にしてきた彩子さんですが、アコースティックサウンドに傾倒していた時期もあります。その第一弾として発表されたのが『あの素晴らしい愛をもう一度』で、初めてラジオで聴いた時の感動は今も忘れません。耳に飛び込んだ瞬間、夕陽に染まる荒野が目の前に広がりました。大袈裟ではなく、本当に場所がワープしたかのようなそんな感覚だったのです。

軽快なピアノから始まり、つむじ風のようなブルースハープ、郷愁と疾走を感じさせるアコースティックギター、ロデオの蹄のように力強くお腹に響くベースとドラム、そして空間的な広がりを感じさせるストリングス、そこに彩子さんの熱い真っ赤なボーカル…名アレンジだと思います。

作詞・作曲のセンスも光る彩子さんですが、この曲はカバーです。もとはフォークソングで、そこから知名度も上がって合唱曲としても有名、小学校や中学校で歌ったという人も多いのではないでしょうか。

ただ僕に関して言えば、そんなことは全く知らず、彩子さんのカバーがこの曲との初対面でした。だからこそ余計に印象深いのかもしれません。後で原曲を聴いた時、このシンプルで淡白な曲が彩子さんの歌でここまで生まれ変わるのかと驚きました。まさに新たな魂を吹き込むといった感じで、真のボーカリストは曲を完全に自分のものにできるのだと知りました。

広島大学の学園祭に彩子さんが来た時も見に行きましたが、最後にこの曲を演奏してくれたのがとても嬉しかった。ちなみにこの時のバンド編成はアコースティックギター奏者が三人もいて、三人ともジャカジャカとコードを鳴らしていました。音楽のセオリーからすればどう考えても三人もいらないのですが、和気藹々とした雰囲気も含めて、僕の理想のバンドスタイルだったりもしています。

3.演奏の思い出

そんなわけで大好きなこの曲、高校2年生の時の文化祭のバンドでやりました。キーボーディストの憲司くんが音楽室のグランドピアノを弾き、僕もフォークギターと人生初のブルースハープに挑戦。ただ憲司くんの「彩子さんと同じキーでやる」というこだわりのせいで、男の僕には歌いにくいAフラットのキーで演奏。あの時買ったAフラットのブルースハープはその後一度も使用したことがありません。憲司くん、どうしてくれるんだ?

大学時代の音楽部でも、他大学との合同ライブで演奏。そして精神科医になってからも、デイケアの合唱プログラムで毎回のように演奏しました。憶えやすく、歌いやすく、ハモりやすいこの曲は確かに合唱にピッタリ。ただ看護師さんから「どうしてこんなにアップテンポなんですか?」と質問されましたが、実は彩子さんバージョンでやっていたからなのです。

4.余談

ちなみに原曲は『あの素晴しい愛をもう一度』が正しい。つまり送り仮名の「ら」がないのです。しかし彩子さんのCDでは一貫して『あの素晴らしい愛をもう一度』となっています。単なる誤植なのか、こだわりなのかはわかりませんが、まあ別の曲といってもよいくらい生まれ変わっているので問題はないでしょう。このコラムでは彩子さんに合わせた表記をしています。

令和2年11月4日  福場将太